UKロック・シーンのフロントランナー、ブラック・ミディの創造性あふれる音楽アイデアの源に迫る

ここ数年の活況を見せる英国のロック・シーンにおいて、ブラック・ミディ(black midi)がその最前線を走るフロントライナーの筆頭であることは誰もが認めるとおり。古今東西のジャンルからインスピレーションを得た創造性あふれる音楽アイデア、それを具現化する高い作曲能力と演奏スキル、その表現力とどれを取っても頭一つ抜けた存在であり、この夏にリリースされた彼等のニュー・アルバム『Hellfire』はそのことをあらためて強烈に印象づける作品だった。

そしてそんなバンドにあって、とりわけ強烈な個性を放つのがヴォーカリスト/ギタリストのジョーディ・グリープだ。名門ブリット・スクールで学んだ多彩なバックグラウンドを持つミュージシャンシップの集合体であるブラック・ミディだが、音楽にとどまらずさまざまな領域にまたがるジョーディの旺盛な好奇心は、彼等のスタイルや理念を形作るところの重要な中枢を占めると言って間違いない。

ステージではギターを弾きながらサルサのステップを踏み、時に声色を変えながらキャラクターを演じ分けるように喉をふるう、企みに満ちたパフォーマーにして舞台回し――はたしてジョーディが音楽やアートに傾ける情熱の源泉とは、そしてそれは現在のブラック・ミディをどう駆動させているのか。コロナ禍での延期をへて開催された3年ぶりの来日公演を終えた数日後、渋谷のスタジオで直接話を聞いた。

ブラック・ミディ(black midi)
ジョーディ・グリープ(Vo.Gt)、キャメロン・ピクトン (Vo.Ba)、モーガン・シンプソン(Dr)によるロンドンを拠点に活動する3人組バンド。メンバーは、アデルやエイミー・ワインハウス、キング・クルールらを輩出した英名門校ブリット・スクールで出会った。2019年にファーストアルバム『Schlagenheim』をリリース。「2019年最もエキサイティングなバンド」と評され、世界各国で 年間ベスト・アルバムに軒並みリスティング、マーキュリー・プライズにもノミネートされた。2021年5月にはセカンド・アルバム『Cavalcade』を、2022年7月にはサード・アルバム『Hellfire』をリリース。
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——以前インタビューした際に、ジョーディさんがボサノヴァやアルゼンチンのタンゴがとても好きだと話されていたのを覚えています。例えば、先日のライヴでも披露された「27 Questions」や「The Defence」といった新曲を聴くと、前作の『Cavalcade』から最新アルバムの『Hellfire』にかけて、そうした音楽の影響、メロディやハーモニーの探求がさらに深まっている印象をあらためて受けたのですが、いかがでしょうか。

ジョーディ・グリープ(以下、ジョーディ):答えはいたって単純で。例えば「27 Questions」の冒頭の部分はアストル・ピアソラにインスパイアされたもので、タンゴのようなコードを自分達のスタイルで表現するのが目的だった。曲の名前は思い出せないけど、ピアソラの『Tango -Zero Hour』というアルバムが好きで、角ばっている(Angular)けれど情熱的なところに惹かれて。だからアルゼンチン・タンゴが直接のベースになっているんだ。

——そうした音楽が好きになったきっかけは何だったんですか。

ジョーディ:それがよく覚えていなくて。ただ、多くの音楽においてアルゼンチン・タンゴは遥か彼方のエキゾチックな音色として参照されているし、もっと言えば京劇を始め、何から何までありとあらゆるものを参照して、いったい何が中心にあるのかわからないパスティーシュのような音楽も世の中にはたくさんある。

自分達の音楽について言えば、多くの曲でアルゼンチン・タンゴを引用したセクションがあり、映画のサウンドトラックをサンプリングしたセクションもほんの少しだけ入っている。自分の場合、ピアソラとディノ・サルーシがアルゼンチン・タンゴに夢中になる入り口となったのは確かで、押し引き(push and pull)するような展開や、官能的でありながら粗野で荒々しい(harsh and rough)感じが大好きなんだ。

——ジョーディさんにとって、アルゼンチン・タンゴが今あらためて見直されるべき価値、ポイントとはどのようなものでしょうか。

ジョーディ:多くの南アメリカの音楽は、音楽性のクオリティが非常に高く、コード、メロディ、リズムの面でとても複雑だけど、幅広い聴衆のために作られている。自分は、そうした音楽の本質的な楽しみを否定するような音楽、あるいはテンポ・リズムに乗れないような音楽、つまりただ複雑で難解なだけの音楽が嫌いなんだ。いい音楽、最高の音楽というのは、メロディ、リズム、歌からなる構成がとても複雑でありながらとても聴きやすく、難解なものをいともたやすく聴かせてくれるもの。中でもタンゴには、サルサやボサノヴァなどその他多くの広くアメリカ大陸の音楽と比べても一味違った魅力があって、タンゴにはとりわけ悪魔的な響きがあり、邪悪でありながら情熱的な響きを持っている。タンゴはどの曲も同じような構造をしていて、角ばった特有の形状をしたリフで始まり、それを捻じ曲げて、全体を印象付けるコードを形作っていき、そして曲全体をさまざまにコードを変えながら巡り、やがてスローダウンして停止する。そこでロマンチックに、お互いに見つめ合って「mi amor(愛する人よ)」なんてささやくわけ(笑)。

——はいはい(笑)。

ジョーディ:でも、タンゴのダンスはとても難しい。あれは本当のプロがやるもので、自分には全くできない。サルサクラブで踊るのは楽しいけどね(笑)。サルサはリズムが大事で、ステップの正確さはあまり関係ないんだ。タンゴは踊っているとヒリヒリしてきて、痙攣しそうになるんだ(笑)。『タンゴ・レッスン』って映画は知ってる? ヴァージニア・ウルフの小説を映画化した『オルランド』を撮った女性監督(サリー・ポッター)の作品で、白人のイギリス人女性がレッスンを重ねて本物のプロのタンゴ・ダンサーになろうとする話なんだけど。映画自体はあまり好みではないけど、コンセプトはおもしろいし、彼女がダンサーになろうとタンゴの踊りに打ち込むシーンは見どころだよね。

——話を聞いていると、音楽そのものについてはもちろんですが、その背景にある文化や歴史についても関心を向けられている様子がうかがえます。

ジョーディ:ここにきていろいろなことに興味が湧いてきた感じだね。ただ、「これはあの国で生まれたものだからいい」といった区別や線引きは自分の中にはなくて、特定の地域や国に特別なフェティシズムを抱いているわけではないんだ。ただ純粋にそれが大好きで、愛しているというだけであって。

それでも南アメリカで生まれるものにはいいものがあるのは確かだと思う。だけどそれは、ある種の不幸がもたらした産物であり、恩恵でもある。南アメリカには恐ろしい歴史があり、それはけっしてよいものではないけど、そのおかげで多様なものが組み合わさって1つになっている。そこには、南アメリカの先住民、そしてイタリアやスペイン、フランスからの移民などさまざまな人々が関わっていて、その結果、音楽、文学、映画など、さまざまな歴史や文化が融合してユニークな感覚を生み出している。そういう人達が集まって、興味深い文化ができあがっているわけだからね。

英米のロックやポップ以外の音楽に興味を抱くきっかけ

——そもそも、ジョーディさんがいわゆる英米のロックやポップ以外の音楽に興味を抱くようになった、そのルーツや原点はどういうところにあるのでしょうか。

ジョーディ:どうなんだろう? ただ、父親が音楽にとても熱心で、「音楽には“良いもの”と“悪いもの”がある。ジャンルの境界はない」という考えを小さい頃から刷り込まれてきている。「あるものが好きだからといって、必ずしも他のものを好きになるべきとは限らない。すべては自分次第であり、自分に正直であるべきだ」と。そして、何かに対する自分の感情的な反応に素直であるべきで、それを無理強いしないこと。もし、みんなが好きなものでも、自分には合わないって言えばいい。でも逆に本当に好きなものなら、それを恥じる必要はない。

父はまさにそうして多岐にわたってさまざまな音楽を聴いてきた人で、彼の存在は、自分の人生においても多様な音楽やアートとの出会いがもたらされたことを証明するものでもある。家族には、異なる地域の出身者や、異なる種類の音楽の趣味を持つもの、または「これをチェックするように」と勧めてくる人がいるんだ。

——現在のブラック・ミディに通じるスタンスは、生まれながらの環境によって育まれたものだったんですね。

ジョーディ:自分の場合、最初に夢中になった音楽がクラシック音楽だったから、好きな音楽は個人的な生活や経験とはかけ離れたものが多くて。その点で、自分と地理的に離れているという理由で何かを好きになれないのはくだらないことだと思えるようになったんだ。仮にもし自分の好きな音楽が、カトリック教会と音楽を中心に生活していた時代――つまり音楽は教会のために書かれ、1度だけ演奏され、2度と聴くことができない時代に書かれたものだったとしたら、ただそれを聴いたというだけで実に取るに足らない理由から処刑されたかもしれないけど。でも今の時代、20年前の音楽だろうが、他の異なる国で書かれた音楽だろうが、何を聴こうが問題ないわけで、音楽を聴く喜びや楽しみをなぜ否定しなければならないのか。

——ええ。

ジョーディ:いうまでもなく、音楽の素晴らしいところは、言語化される必要がないので誰でも楽しめるところ。自分は翻訳された本や映画が大好きで、好きな本のほとんどはフランスのもので、好きな映画はオールジャンルで、特に香港映画をたくさん観るんだ。ただ言語が翻訳される場合、それによって何かが変わってしまったり、損なわれてしまったのではないかという不安が常につきまとう。

けれど音楽は、長3度音程を翻訳することはできないけど、誰にでも同じように聞こえるのが素晴らしいところ。誰もが楽しめて、誰もが幸せな曲や悲しい曲の気持ちを知ることができる点で、音楽は最も即効性があり、最も神秘的な芸術形式だと思う。でも、なぜメジャースケールはハッピーで、マイナースケールはサッドなのか。それはとても神秘的で、完全に理解の範疇を超えたものだけど、同時に、否定できないものでもあるんだ。

日本のカルチャーからの影響

——英米以外の音楽やアートでいえば、ブラック・ミディは日本のオルタナティブ・ミュージックやカルチャーと深い結びつきがあることでも知られています。

ジョーディ:まさにそれを考えていたところだね。というのも、数日前に名古屋でライブをしたんだけど、その時のDJがボアダムスの∈Y∋で。ボアダムスは自分にとってすごく好きなバンドの1つで、心の底からリスペクトしているんだ。

ボアダムスの音楽に初めて触れたのは13歳か14歳の頃、確か『Vision Creation Newsun』がリリースされた時で、それは自分にとってとても大きな出来事だった。当時、ロンドンのバービカン・センターでボアダムスのライヴを観たんだけど、そこは普段はクラシック音楽のコンサートをやるようなとても権威のある会場で、DJの∈Y∋を中心に、5〜7人のギタリストと4つのドラム、そして大勢のキーボード奏者を従えたビッグバンド編成で彼等はライブをやっていて。さらに∈Y∋は、88人のランダムな人達にシンバルだけを演奏させていた。それはある種のギミックに満ちたものでありながら、同時に大掛かりなショーのようなものだった。

結果的にそれは本当に素晴らしかった。なぜなら彼等のやり方は、単なるギミックではなく、本当にクレイジーでバカげたことをやってみようというものだったから。あんな音の作り方を目の前で見ることができたのはとても貴重でユニークな体験だったよ。シンバルの音はとても軽やかで、まるで海の音のように聞こえたのを覚えている。生演奏でなければ、およそ聞くことはできない音だったし、しかもそれを劇場で目の当たりにできたのは信じられないことだった。PAならどんな音だって鳴らすことはできるけど、機械を通して再生される音はどうしても微妙に加工されたり、変な音になったりする。でも彼等のサウンド、演奏は頭を動かしただけでも周波数のわずかな変化が感じられるもので、今までの自分の人生の中でおそらくトップ3に入るくらいの最高のショーだった。

——とてもよくわかります。

ジョーディ:それをきっかけに、日本のノイズ・ミュージックにのめり込むようになったんだよね。グラウンド・ゼロ(大友良英)もそうだし。『革命京劇 Revolutionary Pekinese Opera』は特に素晴らしい――もちろん『Consummation』や『Consume Red』もだけど。メルトバナナも最高だし、ボアダムスのヨシミがやっているOOIOO、あふりらんぽとか……他にもたくさんある。とにかくどれも素晴らしい音楽だよ。

自分は常々、1つの国や文化に執着する人達に対して警戒心を抱いていて、日本の音楽との出会いは、そのことに気づかせてくれるとてもいい機会になったね。他にも、クラシックの音楽を作っている武満徹とか――彼は黒澤明の映画『乱』の音楽を担当していて、たくさんの美しい音楽や交響曲を手がけていて大好き。あと日本の映画も。たくさんあるけど、溝口健二の『雨月物語』とか、コバヤシ(小林正樹)の『切腹』も大好きだよ。

——そういえば、今回のジャパン・ツアーに合わせて、きゃりーぱみゅぱみゅと一緒に撮った写真をSNSにポストされてましたね。

ジョーディ:彼女が出始めの頃、欧米ではポジティブな報道がたくさんされていた記憶があって。それでアルバムを聴いてみたら、「結構いいじゃん」ってなったんだ(と、「PONPONPON」のサビを鼻歌で歌い出す)。前にコーチェラでライブを観て、残念ながら会うことはできなかったけど(※写真に一緒に写っているのはベース/ヴォーカルのキャメロン・ピクトン)、とても印象的だったのを覚えている。自分は本来、バックトラックに歌をのせるだけのショーは退屈で好きじゃないんだけど、彼女のショーはエネルギーと情熱と本物のオーラがあって、とても楽しかった。

——日本のゲームやアニメについてはどうですか。

ジョーディ:幼い頃、今サックスを吹いてくれているカイディ(・アキニビ)――俺の人生における大の親友なんだけど、彼が『カウボーイビバップ』を勧めてくれて、それをよく観てた。どこか倒錯的で変態ぽさもあって、クールだったね。あと、今敏の『パーフェクト・ブルー』が大好きで。今敏はアニメーションの作家だけど、作品はとても洗練されたスタイルで、芸術的でとても素晴らしい。『ブラック・スワン』を作ったアメリカの監督(ダレン・アロノフスキー)が権利を買ったそうで、だから基本的に『ブラック・スワン』は『パーフェクト・ブルー』のリメイク作品とも言えるわけ。実際、『ブラック・スワン』には『パーフェクト・ブルー』のシーンを再現したシーンがたくさんあるしね。ストーリーはさておき、場面場面によっては完全に盗用されている(plagiarized)といっていい。それも権利を買ったからこそできることで、とてもおもしろいよね。

——ゲームはどうですか?

ジョーディ:大好き。特に『メタルギアソリッド』は最高。『鉄拳』もよくやったね。子供の頃は『スーパーモンキーボール』とかも。

2度目の来日で「すしざんまい」に通い詰める

——今回は2度目の来日になりますが、日本ならではのカルチャーに触れたりスポットを訪れる時間や機会はありましたか。

ジョーディ:今回は初日がフリーだったので、丸1日を散策にあてて。でもまだ渋谷の同じようなエリアを回っただけで。それでも「すしざんまい」には5回行ったんだ。

——5回もですか(笑)。

ジョーディ:最高だった。日本はレストランやクラブ、それにテイクアウトする際もスタッフはみんな親切で、ホスピタリティが行き届いて感心させられるね。あと、今は(円安で)物が安く買えるのがいい。イギリスよりも1000ポンドくらい安く「ジョルジオ・アルマーニ」のジャケットも購入できたよ。

——ちなみに、その通い詰めた「すしざんまい」にインスピレーションを受けて、それが何かしらの形で曲作りにフィードバックされる、なんて展開もありえたりするのでしょうか。

ジョーディ:「すしざんまい」の、どの店舗でも見られるような効率性とプロ意識のクオリティをまねることができれば、俺達はとても素晴らしいバンドになれると思うよ。とてもスピーディーで優れたオペレーションで運営されているからね。

——前作の『Cavalcade』の際は、リリースされた時点ですでに『Hellfire』の曲作りが進められていることをインタビューで明かされていましたが、現状はいかがでしょうか。

ジョーディ:どうなんだろう? というのも、2022年は家を離れて過ごすことが多かったからね。3月からの9ヵ月間、2週間以上ロンドンにいたことがないんだ。ロンドンに戻って、またあの街に溶け込めるのがとても楽しみだね。だから現時点で、今年どうするとか、次のアルバムはどうなるかといった計画は現実味がなくて、ほとんど仮の話に過ぎないんだ。まあ、グループの未来は誰にもわからないし、もしかしたらこれで終わりになるかもしれないわけで、いずれわかることだと思うよ。

Photography Haydee Yamane

author:

天井潤之介

ライター。雑誌やウェブで音楽にまつわる文章を書いています。 Twitter:@junnosukeamai

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