身近な女性の死から自己の表現に向き合う 石内都×頭山ゆう紀の対談から見えたもの

京都の街を舞台に14日まで開催されている「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭(以下、KYOTOGRAPHIE)」とパートナーシップを結ぶケリングによる、文化や芸術の世界に貢献する女性を称えるプログラムの一環「ウーマン・イン・モーション」。2023年に支援するのは、写真家の石内都と頭山ゆう紀による2人展 A dialogue between Ishiuchi Miyako and Yuhki Touyama「透視する窓辺」展だ。

同展は石内が次世代の作家として頭山を選んだ対話的な2人展。石内は波乱の人生を歩んだ「母」を1人の女性としてとらえ、身につけていた衣類や使いかけの口紅、髪の毛のついた櫛といった遺品を撮影したシリーズ「Mother’s」を、頭山は2006年の「ひとつぼ展」に入選し、石内からも高い評価を受けた原点といえるシリーズ「境界線13」から、家族がいる風景写真とコロナ禍に亡くした祖母の介護中に風景や庭を撮影した新作をそれぞれ展示している。

展示会場となった老舗の帯匠「誉田屋源兵衛 竹院の間」には、世代を超えた2人の作家の視線が交錯するように、写真に写真が重なり展示されている。「KYOTOGRAPHIE」開催初日に行われた2人の対談「石内都と頭山ゆう紀の視点」では、モデレーターに赤々舎代表でディレクターの姫野希美を迎え、同展の構成から身近な女性の死に直面し、ごく私的な写真が作品になるまでの境界についてのトークが交わされた。

石内都
1979年に「Apartment」で第4回木村伊兵衛写真賞を受賞。2005年、母親の遺品を撮影した「Mother’s」で第51回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館代表作家に選出される。2007年より現在まで続けられる被爆者の遺品を撮影した「ひろしま」も国際的に評価されている。2013年紫綬褒章受章。2014年には「写真界のノーベル賞」と呼ばれるハッセルブラッド国際写真賞を受賞。近年の主な展覧会・出版物に、個展「Postwar Shadows」(J・ポール・ゲッティ美術館 ロサンゼルス 2015)、写真集『フリーダ 愛と痛み』(岩波書店 2016)、個展「肌理と写真」(横浜美術館 2017)、個展「石内 都」(Each Modern 2022 台湾)、個展「Ishiuchi Miyako」(Stills 2022 エディンバラ)、「六本木クロッシング」(森美術館 2022)等がある。作品は、東京国立近代美術館、東京都写真美術館、横浜美術館、ニューヨーク近代美術館、J・ポール・ゲッティ美術館、テート・モダン等に収蔵されている。

頭山ゆう紀
東京ビジュアルアーツ写真学科卒業。生と死、時間や気配など目に見えないものを写真に捉える。自室の暗室でプリント作業をし、時間をかけて写真と向き合うことで時間の束や空気の粒子を立体的に表現する。主な出版物に『境界線13』(赤々舎 2008)、『さすらい』(abp 2008)、『THE HINOKI Yuhki Touyama 2016−2017』(THE HINOKI 2017)、『超国家主義−煩悶する青年とナショナリズム』(中島岳志著、頭山ゆう紀写真/筑摩書房 2018)がある。

2人の出会いと同展が2人展に至った背景

2人の出会いは、頭山が写真学生の頃に沖縄で開催されていた石内のワークショップに訪れたこと。その後、石内が審査員をしていた「ひとつぼ展」に頭山が入選し、その後発表した作品集「境界線13」の帯のコメントも寄せている。今回、2人展の構成を打診された時に、頭山の名前がすぐに浮かんだという。

「頭山さんと榛名湖アートレジデンスで会った時にお祖母さまの介護をしていた時の写真があるとは聞いていました。でも、写真は見ていなかったんです。今回、私からは「Mother’s」を出してほしいと言われていましたので、彼女のお祖母様と、その後お母様も急逝されてしまい、2人の身近な女性を亡くした。私の作品と共通するテーマでもあり、一緒にやりませんかと声を掛けて今回の展示になりました」。

頭山は「作品にするつもりはなかったんですが、ちょうど祖母を介護していた時に写真があったので発表したいという気持ちになり、姫野さんにも写真集にしたいという相談をしていたタイミングでした。石内さんから代表作も展示したほうが良いとアドバイスを頂いたこともありました。『境界線13』には家族の写真も結構入っているので、今回の写真を選びました」と、出展のきっかけとなった新作に加えて、2人の出会いであり、代表作でもある「境界線13」から家族のいる風景を選んだ。モノクロの同作と新作にはカラー写真もある。「そもそも、カラーの写真は作品にしようと思って撮っていなくて。コロナ禍の初期だったので、人にも会っていないし、買い物に行く途中に撮ったものなので、ちょっと爽やかというか、自然にカラーになった。ちょっとした気晴らしでもあったので、その流れでたくさん撮りためていった」。

展示会場に入ると中央には、頭山のモノクロの写真が壁紙のように拡大され、その上に2人の作品が重ねられ、左側が石内の右側が頭山の作品を展示しているユニークな構成になっている。この演出はどのように考えられたのだろうか。それには石内が「Mother’s」を撮り始めた頃の記憶も関係しているという。

「応接間のガラスの窓に両面テープを貼り付けて撮ったのが『Mother’s』の始まりなんです。最初の背景には庭が写ってた。頭山さんが庭を撮っていたと聞いた時に、ふと思いだしたので、モノクロだし、初心に戻るじゃないけど、一番初めの私の撮影を思い出してこの演出にしたんです。それに、頭山さんのお祖母様の介護をしていた時の部屋から庭を撮ったモノクロの写真を拡大して、それぞれの写真を重ねて展示したいって何となく思ってました。1つの実験的な試みですね。実は、今回の写真はこれまで日本で展示しなかった作品もあります。階段の上にある長襦袢の写真は『ベネチア・ビエンナーレ』の展示用。和モノではないですが、ベネチアなので日本的な写真を展示しようと思って、今回の展示写真の着物に関する写真の展示はそれ以来です。『Mother’s』の中でもこれまで見たことのないような写真を展示しています。母が亡くなって23年が経ちます。ついこの間のような感覚もあり、かなり長い時間でもある。同じシリーズですが、場所とテーマで見え方が変わります。今回は新しい母に再会した気持ちで展示しています」。

創業約280年を迎える帯匠「誉田屋源兵衛」の空間を生かしたこと、展示で初めて建築家を加えたことが2人の作品が渾然一体となり、既視感のない印象の構成に至ったのだという。また、石内の作品は敷居をくぐったり、低い位置に写真が展示されていたり、頭山の作品も壁紙の写真をプリントとして横にかかるような並びで展示されていることで、これまでの作品のトーンとは異なる鑑賞体験ができる。

頭山は「今回の窓の作品は、祖母の目線を作品にしたもの。介護中に祖母が外に出られなくなってしまったんです。幻覚が見えていたようで、その中で『壁に墨絵が見える』と言っていたことがありました。墨絵が見える世界ってどういうものか。家から出られなくなって、さらに墨絵が見える。その墨絵を意識してプリントしました。介護ではどうしても閉鎖的になってしまって、1人の時間というか、写真があることが救いになりました」と新作の制作過程の一端を明かした。

石内は「さきほど頭山さんが話したことと全く一緒で、『Mother’s』も作品にするつもりはなかった。母親がもういないっていう現実を受け入れられなかった。その時に、彼女が残したものが本当にたくさんあって、それをどう処分するか考えた時に写真に収めればよいと思ったんです。今、対話できるのはそこにあるものしかない。非常に切羽詰まった現実感から『Mother’s』が始まって、ようやくプリントして人に見せられたとしても、作品にするには時間がかかるので簡単ではない。写真って他人の目線が入ってきた時に問題意識が反映される。その個性がどんどん広がってくことは写真1つのあり方です。写真は見る人がいて成立するわけですから。その意味で、彼女と私が何か根底的に写真に対する考え方が似ているんです」とし、頭山は「母が亡くなった後に、母が生まれた場所に行くと目の前が海で、そんなことは全然知らなかったし、母が居た景色も撮りたいと思いました」とそれぞれの母への思いも語った。

“女性写真家”という言葉が持つ意味

芸術分野における女性の地位と認識や評価への理解と変化を促進するためのプラットフォームとしての「ウーマン・イン・モーション」に繋がる話として、石内は1976年に企画した「百花繚乱」について、頭山は“女性写真家”というセグメントと介護中に感じた違和感について語った。

「企業の女性支援は、現在の社会の成り立ちの1つになってしまったけれど、本来はない社会であるべき。1976年に企画した『百花繚乱』のテーマは“男”。その時は写真界では無視されました。なぜ、この企画を考えたかというと、少しずつ女性が社会進出しているような流れがあった時代だったものの、女性は結婚して子どもを産むと写真をやめなければいけない人が多かった。男性の考えが変わらない限り、物事は変わらなかった。それに、女性写真家という表現が嫌いなんです。女性であることは1つの特徴であって、全てではないわけですから」と振り返る石内に頭山は「『ウーマン・イン・モーション』のテーマを考えた時に、以前は雑誌等で『若手女性写真家特集』が組まれていたことを思い出しました。自分ではあまり意識していなかったです。介護も女性の役割という意識もあるし、決め付けられている」と呼応した。

これまで、さまざまな文脈で展示されてきた写真は、鑑賞するたびに新しい気付きをもたらしてきた。石内と頭山それぞれの個展と2人の作品が重なるように展示された空間とトークで語られた言葉からは、身近な女性の死という経験から生じた個人的な意識とともに、社会が抱える普遍的な問題さえも浮き彫りにしていると感じられた。

■石内都/頭山ゆう紀 A dialogue between Ishiuchi Miyako and Yuhki Touyama「透視する窓辺」展
会期:5月14日まで
会場:誉田屋源兵衛 竹院の間
住所:京都府京都市中京区室町通三条下ル烏帽子屋町489
時間:10:00〜18:00
休日:5月10日
公式サイト:https://www.kyotographie.jp/

author:

芦澤純

1981年生まれ。大学卒業後、編集プロダクションで出版社のカルチャーコンテンツやファッションカタログの制作に従事。数年の海外放浪の後、2011年にINFASパブリケーションズに入社。2015年に復刊したカルチャー誌「スタジオ・ボイス」ではマネジングエディターとしてVol.406「YOUTH OF TODAY」~Vol.410「VS」までを担当。その後、「WWDジャパン」「WWD JAPAN.com」のシニアエディターとして主にメンズコレクションを担当し、ロンドンをはじめ、ピッティやミラノ、パリなどの海外コレクションを取材した。2020年7月から「TOKION」エディトリアルディレクター。

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