テレビだからこそ、わかりづらいものを。テレビ東京・大森時生インタビュー

大森時生(おおもり・ときお)
1995年生まれ、東京都出身。一橋大学卒業。2019年にテレビ東京へ入社。2021年放送の『Aマッソのがんばれ奥様ッソ』でプロデューサーを担当。『Raiken Nippon Hair』で「テレビ東京若手映像グランプリ」優勝。その後『島崎和歌子の悩みにカンパイ』『このテープもってないですか?』を担当。Aマッソの単独公演『滑稽』でも企画・演出を務めた。現在は5月18日に放送開始の新番組『SIX HACK』を手掛ける。
Twitter:@tokio____omori

「悩める奥様たちをお助けする」をテーマに芸能人を一般家庭に派遣、という触れ込みで放送されるも、その内実は決してほのぼのバラエティではなく、言うなれば、フェイクドキュメンタリーバラエティという新境地を切り開いた番組『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』。そして「テレビ放送開始69年」という冠のもと、「過去の貴重な番組録画テープを視聴者から募集・発掘する番組」と銘打って放送され、実態は終始その真偽を掴ませることなく視聴者を困惑させた『このテープもってないですか?』。

……と、言葉での説明が異様に困難な、これら2つの番組を手がけたのが、テレビディレクターでありプロデューサーの大森時生。2019年にテレビ東京へ入社、3年目にして自らプロデューサーと企画・演出を担当し、いずれの番組もSNSで大きな反響を巻き起こした。

さらに、今年の2〜3月には、Aマッソの単独公演『滑稽』でも企画・演出を務め、早々にテレビの枠からはみ出す活躍を見せている。

このインタビューでは、1995年生まれのテレビ局員が、いま現場で何を感じ、何を求めて番組を制作しているのか、「ヴェイパーウェイヴ」「ホラー」などをキーワードに、その真意に迫る。

——過去のインタビューを読むと、就職活動でテレビ局はテレビ東京しか受けていないと。

大森時生(以下、大森):そうなんです。でもテレビ東京にしか行きたくないとか、そういう考えがあったわけではなく、就活を始めるのが遅すぎて、テレビ東京しか残っていなかったというのが実情です。

——テレビ業界以外の企業は受けたのですか?

大森:それは受けました。コンサルとか通信とか、いわゆる一般企業には応募しています。

——どうしてもテレビ業界に行きたい、という感じでもなかった?

大森:ではないですね。テレビは普通に見ていましたが、熱心に見ているとか詳しいわけではなく、まわりの友人達と変わらない、ネットでも話題になっているような番組は見る、というくらいで。『水曜日のダウンタウン』とか『相席食堂』とか。小学生時代までさかのぼると、『めちゃ×2イケてるッ!』とか『トリビアの泉 〜素晴らしきムダ知識〜』は好きで見てましたけど、映画やYouTubeとかと並列で、その中にテレビ番組もある、という感じです。

——当時はテレビというものに、どういう印象を持っていましたか。

大森:娯楽の中でもシンプルでわかりやすく楽しませるもの、という印象ですね。今でも99.9%のテレビ番組はそういう作りになっています。ただ、0.1%の確率で存在するおかしな番組に出会うこともあって。フジテレビの『放送禁止』というフェイク・ドキュメンタリー番組とか、テレビ東京だと『バミリオン・プレジャー・ナイト』という変則的なバラエティ番組とか。最近の番組だと、『ハイパーハードボイルドグルメリポート』は、こんなのテレビで放送しちゃうんだ、って夢中で見てました。

憧れの番組は局内でも圧倒的に少数派

——ご自身でも番組を制作するようになった今の立場から見ると、その0.1%の番組は、どういうところがほかの99.9%と違うのでしょう。

大森:テレビの公式でいうと、番組には何かしらのテーマや物語があって、そのすべてを丁寧に説明しながら、結論までを見せるのが一般的です。でも、例えば『ハイパーハードボイルドグルメリポート』は、あえて一部分だけを切り取って、判断や結論を視聴者に委ねています。VTRをモニタリングする出演者として小籔千豊さんがスタジオにいますが、何か結論を言うわけではなく、ただ小藪さんが考えている姿を映しているだけ。

なので、テレビ東京に特別な思い入れがあったわけではないですが、『ハイパーハードボイルドグルメリポート』の衝撃は入社の動機として大きかったです。僕のフェイクドキュメンタリーとの出会いとも言える、『山田孝之の東京都北区赤羽』と『山田孝之の元気を送るテレビ』も圧倒されながら見てました。

——とはいえ、テレビ局の社員になれば、99.9%のほうの番組を作ることが仕事になり、99.9%のほうの番組作りを学ぶことになりますよね。

大森:僕に限らず、どのテレビ局員にも当てはまると思いますが、テレビ東京の場合だと『ゴッドタン』とか『勇者ああああ』とか、自由度が高くて学生時代に好きだった番組に憧れて入社しても、その番組の担当になることはまずありません。そもそもそういう番組は、0.1%とは言わないまでも、テレビ局全体の中では圧倒的に少数派です。それでやる気がなくなるとまではいかないですし、入社して最初は基礎を学ぶというモチベーションでやるしかないですよね。それに、先輩達の話を聞くと、勤務時間はまだ他の業界に比べたら長いかもしれませんが、なにより「暴力がない」というだけで、昔に比べたらだいぶ恵まれてるなと思います。

——テレビ東京だと、『ゴッドタン』をはじめとした深夜番組を作りたいと思って入社した人も多いのでしょうか。

大森:お笑いが好きな人は思った以上に多かったです。それだけ今はお笑いや芸人さんの力が強くて大きいということですよね。僕がいる部署がバラエティ制作だからというのはあるとしても、バラエティ番組ってお笑いだけじゃないにもかかわらず、お笑い番組をやりたくてテレビ局で働いている人はかなり多い。現状、テレビ東京はゴールデンタイムにお笑い番組は1つもないですし、やったとしても視聴率を取るのは難しいと思うので、現実的にやりたいことができていない人が多いのかなっていう印象はあります。

——キャスティングする立場として、芸人にはそこまで強い思い入れはないですか?

大森:芸人さんをメインに据えて、芸人さん個人の魅力を引き出すような番組は、僕なんかより得意な人がたくさんいますので、芸人さんと番組を作ること自体には重点を置いてはないですね。お笑い番組を見るだけではなく、劇場や単独ライブにも通って、キャラクターや芸風といった文脈を理解していないと、本当にその芸人さんが光る番組は作れないはずなので。

テレビはバグが起きた時のインパクトが大きい

——直接テレビとは関係なくても、どういうものに興味や関心を持っていますか。

大森:趣味でいうと、ヴェイパーウェイヴ系のカルチャーは追いかけています。あとは、ホラーやフェイクドキュメンタリーも好きです。ただ、単純に怖いものというよりは、なんとなく不気味で、日常を侵食するような怖さが好きなんです。動画コンテンツとかでも、そういう新しい不気味さや怖さを追求している手法は出てきているんですけど、それらを括る言葉がまだなくて、なかなか説明するのが難しい……。

——ヴェイパーウェイヴが好きなのも、日常を侵食されるような、ある種の不気味さを感じるからですか?

大森:それはあると思います。最近気に入ってよく聴いているのが、ポケモンの金銀クリスタルのBGMを加工しているヴェイパーウェイヴで、チョップド&スクリュードという、音を切り刻んで、どんどん拗らせていく音楽技法が使われているんです。ポケモンの金銀クリスタルは僕自身が世代なので、よく聞いていた音楽が歪に加工されていることに、ノスタルジーを歪まされているような、独特の快感があるんですよね。

——インターネット発のコンテンツと比較した場合、テレビ放送についてはどう考えていますか。

大森:自分の選択でクリックして見るのと、テレビをつけたらたまたま遭遇したというのでは、やっぱり出会いの質が違いますし、偶然に出会ったものに惹かれるほうが、より強く響くんじゃないかなとは思っています。あと、ネットはそもそもカオスなものとして認識されていますよね。非公式もイリーガルも有象無象が混在している。なので、歪なものに出会ったとしても、そんなには驚かない。でもテレビは、カオスとは程遠い、整然としたメディアなので、ちょっとした異物が混入しただけでも驚きがあるし、バグが起きた時のインパクトも大きい。

——テレビは日常であり安心感のあるメディアだからこそ、「日常を侵食するような怖さ」を演出しやすいと。

大森:わかりやすいことが前提になっているので、わかりにくいことが放送されると、それだけで怖さも増幅されます。そこを利用して、テレビだからこそ、わかりにくいことを意図的に流したいなと思っているんです。

ホラーの世界でも、わかりにくい恐怖の潮流というのがあって、最近は「気づかないうちに得体の知れないものに己自身が穢されていた」みたいな感覚がブームになっていると感じていて。それこそ台湾映画の『呪詛』あたりから。わかりやすい事件や恨まれることがあって、それが原因で呪いにかかるとかではなく、もはや呪いを引き起こしている存在が何かもわからない、論理性がない恐怖。加害者になるにせよ、被害者になるにせよ、気づいたら終わってた、という。

リアルタイムで見た人は100人もいないけど……

——ハイコンテクストな恐怖を楽しむには、視聴者にもリテラシーが求められませんか?

大森:万人受けするのは、得体の知れない不気味さよりも、ジャンルでいうとミステリーのほうかもしれませんね。理由や原因を探したくなるような。でも僕は、テレビだからこそ、伝わらないリスクを背負ってでも、わかりにくいものを放送することに意義があると思っているんです。

——それはもうテレビの最先端ですよ。

大森:いや、むしろ最後尾だとは思いますけど(笑)。でも常に意識していることはあって、たとえコンテクストは共有できなくても、映像というビジュアルで生理的に訴えかけるものにはしようと。ただわかりづらいだけでは意味がないので。そういう意味では、たとえTVerなどインターネット経由で番組を見たとしても、これはもともとテレビで放送されていた番組なんだ、という文脈を視聴者は意外と大事にしているのかなと思います。変だったりわかりづらかったりすると余計に、これがテレビで放送されていた、という事実だけでワクワク感が増幅されると思いませんか?

——確かに。これをテレビ番組でやっちゃうんだ的な、下駄をはかせる効果はありますね。

大森: その先入観を逆手に取ることができたら理想ですよね。何気なくつけたテレビで、リアルタイムで見てくれると、より増幅されるんですけど……そこはなかなか。

——若い世代はとくに、「たまたまテレビをつけた」という機会はだいぶ減っているでしょう。

大森:そうなんですよね。いまやテレビもTVerをはじめとした見逃し配信ありきなところはありますから。自分の番組でいうと、BSテレ東で放送した『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』は、リアルタイムでテレビで見た人は多分100人もいないんじゃないかなって思います。視聴率だけが評価軸の時代だったら、100人にも見られていない番組ってありえない。でもあの番組は、見逃し配信がSNSでけっこう話題になり、動画としては再生してもらえたんです。

——再生回数という新しい評価軸のおかげで存在が許された。

大森:そう考えると、録画機能もなかった時代のテレビ番組ってなんて儚いんだ……って思いますね。その時に見た人だけが知っている、あとから検証もできないって、もはやファンタジーに近いというか。

テレビの常識を持ってないだけで新しいことができる

——テレビにとどまらず、Aマッソの単独公演『滑稽』では企画・演出を務めていました。

大森:テレビ放送以外のプロジェクトやマネタイズの方法は会社からも求められていますし、テレビ業界全体としても、これからは番組制作だけではなく、公演の企画やプロデュース、あるいはプロモーション映像とか、このチームに制作してほしいっていう形で仕事がまわるような仕組みが大事になってきます。逆にそれ以外にテレビ局が生き残る道はないんじゃないかなとすら思いますね。

——『滑稽』ではネタの合間に連続性のある映像作品が上映されていましたが、制作チームはテレビのスタッフではなかったですよね。

大森:監督の酒井善三さんをはじめ、映画を撮っているスタッフにお願いしました。

——テレビ局員であれば、テレビの制作スタッフを抱えていることがメリットになるのかなと思ったのですが、そういうわけでもない?

大森:そういう面もないわけではないですが、そもそも、テレビ番組を制作する時でも、別に映画監督やミュージックビデオのチームに発注してもいいんですよ。放送作家ではない方にブレーンをお願いしたっていい。でも現状は、基本的にいつも頼んでいる制作会社や技術会社と組んで、同じチームで制作していることが圧倒的に多い。そのほうがテレビの常識を言わずもがな共有できるので、楽なんですよね。ギャラの基準とか、納期であるとか。そういった交渉とかの実務はけっこうなカロリーを使うんですけど、僕はなるべく外の世界の人と仕事をしたいと思っています。テレビの常識で仕事をしていない人達と組むと、「簡単に」というと語弊があるかもしれませんが、それだけでテレビにとって新しいことができるんです。

——それでいうと、Aマッソも、枠組みを疑う、新しさに関心のあるコンビですね。

大森:新しい表現に対して、異常に探究心があります、とくに加納さんは。軸足はもちろん芸人にありながら、笑いではないおもしろさも追求している人達で、おもしろければ、しみじみしてもいいし、怖くてもいいし、という思考を持っているコンビですね。

制作過程で視聴者の目線は内面化しない

——5月18日に放送がスタートした新番組『SIX HACK』についても聞かせてください。

大森:「偉くなるためのハック」をテーマにした、全6回のビジネス番組です。僕も社会人5年目になったので、たとえ表面的であれ、人が偉くなるために必要なテクニックっておもしろいなと思いまして。いろんなパターンで偉くなる方法を紹介していきます。

——ビジネス番組の中に、不気味さも仕込ませている?

大森:途中には入ってくるかもしれません。でも、僕がずっとやりたかった番組でもありますし、そこには不気味さというよりも、僕の伝えたいメッセージや思想みたいなものを強く入れているかもしれないです。どうやって偉くなるのか、なぜ偉くならないといけないのか、偽物の偉いとは。そういったことを考えながら制作しました。

——初回のエンディングでは、『踊る大捜査線』に出てくるセリフ「正しいことをしたければ偉くなれ」が引用されていましたが、大森さんご自身は「偉くなる」ということについて、どう考えているのでしょうか。

大森:偉さにも様々な種類があるとは思いますが、偉くなることは、冗談抜きに、本当に必要不可欠なことだと思っています。私もサラリーマン生活5年目に突入したこともあり、強烈に偉さの重要性を感じているので……。

——初回を見た限り、近年の「論破」というキーワードを中心とした、建設的な議論を避けて、とにかく相手を黙らせることを礼賛する、ひいては憧れて真似する人が続出している風潮や、ビジネス系メディアが吹聴するインスタントなテクニックがもてはやされるような、一連の価値観へのアンチテーゼも感じました。

大森:正直、その一連の価値観へのアンチテーゼというものはありません。ただ、ある人物の仕草や思想など、それを強く信じること、絶対に正しいと思うことへの怯えみたいなものはすごく感じています。アンチテーゼというより、怯えに近いです。また、それは自分自身を信じすぎることも含んでいます。

一方で、信じられるものが何もない、もしくは少ない、という状況も、それはそれで危険なことではあると思うので、難しいですが……。

——番組の構成として作家のダ・ヴィンチ・恐山さん、有識者としてSF作家の樋口恭介さんがクレジットされていました。

大森:ダ・ヴィンチ・恐山さんは、私達が日常で見落としがちな事象を鋭い観察眼で見通せる方、樋口さんは常に高い視座で、物事を捉えられる方、という印象がありました。お二人とも偉くなるということを多角的に捉える際に不可欠な方だと思い、依頼しました。

——では最後に、番組を制作する上で、視聴者の目線を意識することはあまりないですか?

大森:そこは意図的に持たないようにしています。制作過程で視聴者の目線を内面化してしまうと、どうしてもフォームが崩れるんですよね。画面中にテロップが入っている今のテレビの姿は、スタッフがあらゆる視聴者層の視線を内面化した結果だと思っているので、それとは違うものを提示できたらと思います。

Photography Mikako Kozai(L MANAGEMENT)

■テレビ東京『SIX HACK』
2023 年5月18日スタート
毎週木曜25:00~25:30放送
TVer・YouTubeでも配信
 ※5月25日は『世界卓球 2023』により時間変更の可能性あり。
出演:ユースケ・サンタマリア、松村沙友理、国山ハセン、樋口恭介
©︎テレビ東京
https://www.tv-tokyo.co.jp/sixhack/
Twitter:@SIXHACK_TX

author:

おぐらりゅうじ

1980年生まれ。編集など。雑誌「TV Bros.」編集部を経て、フリーランスの編集者・ライター・構成作家。映画『みうらじゅん&いとうせいこう ザ・スライドショーがやって来る!』構成・監督、テレビ東京『「ゴッドタン」完全読本』企画監修ほか。速水健朗との時事対談ポッドキャスト番組『すべてのニュースは賞味期限切れである』配信中。 https://linktr.ee/kigengire Twitter: @oguraryuji

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