人気YouTube番組『日経テレ東大学』の仕掛け人・高橋弘樹が語る「YouTube」と「テレビ」

高橋弘樹(たかはし・ひろき)
テレビ東京プロデューサー、映像ディレクター。1981年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。2005年テレビ東京に入社。『家、ついて行ってイイですか?』『空から日本を見てみよう』『ジョージ・ポットマンの平成史』『吉木りさに怒られたい』などを担当。著書に『TVディレクターの演出術』『1秒でつかむ』『都会の異界』など。現在は『日経テレ東大学』企画・製作統括を務める。
Twitter:@takahashi_ntu
『日経テレ東大学』@keizailabo

「本格的な経済・ビジネスを、もっと楽しく学ぶ」をテーマに、2021年4月にスタートし、大学の授業になぞらえたコンテンツを配信するYouTube番組『日経テレ東大学』。現在の登録者数は97万人を超え、100万人間近という人気ぶり。その仕掛け人は、『家、ついて行ってイイですか?』や『空から日本を見てみよう』などの番組を手掛けたテレビ東京の高橋弘樹プロデューサーだ。

テレビプロデューサーがYouTube番組『日経テレ東大学』をいかにして、人気番組にしたのか。また、テレビとYouTubeの違い、テレビ業界の現状とは。

企画の考え方

——高橋さんが広く知られるようになったのは『家、ついて行ってイイですか?』だと思うんですけど。まずは、あの番組がどのようにして作られたのか教えていただけますか。

高橋弘樹(以下、高橋):もともとはある人妻のすっぴんを見る機会があって、そういうのってテレビでは見たことがなかったのでドキドキしたんです。それをテレビ番組として作りたいなと思ったのが始まりですね。夜中に人の家に行って、すっぴんの顔を見るというのが企画の種としてあって。それで「奥さんのすっぴんを見せてください」っていう企画を出したら、通らなくて(笑)。どうしようかと考えた時に、好きだった都築響一さんの『TOKYO STYLE』のようなごちゃごちゃした生活感のある家のエッセンスを入れて、「家を見る」企画にしたらいけそうだと思って、あの感じになりました。

——昔からテレビ東京は制作費が少ないから企画で勝負みたいなことがいわれてましたが、実際にそういうことってあるんですか?

高橋:それは本当にそうで。苦しさから出てくるアイデアってあるんですよ。

——企画を考える時って、他のテレビ局の番組とかってリサーチしてましたか?

高橋:僕はほぼ見ないですね。普段の生活とか、これまでにやった仕事から企画を考えることがほとんどです。『日経テレ東大学』もそうでした。

基本的にメディアは「権力を監視」するっていうのが大きな役割で、結果的に政権を批判することも多くなる。それはそれですごく重要な役割だと思うんですが、批判だけではなく、政治家の魅力を見せることも重要だなと思って。そうしないと政治家になりたいって人が増えないと思うので。そうした考えが『日経テレ東大学』の企画にもつながっていて。

だから、企画のためにリサーチするよりかは、日々暮らしている中で感じていることの方が、企画につながりやすいのかなと思います。

——今は、『家、ついて行ってイイですか?』からは離れて、『日経テレ東大学』をメインでやられていると。

高橋:そうですね。基本的にはYouTuberとしてやっています。

——テレビは全く関わっていない感じですか?

高橋:レギュラーは深夜の『AKB 48、最近聞いたよね…』だけで、あとはどうしても断りきれない特番ですね(笑)。基本的に自分からはやりたいとは思わないんですけど、「どうしても」ってお願いされて少しやる感じです。

徹底的に研究する

——『日経テレ東大学』のスタートの経緯を改めて教えてもらえますか。

高橋:日本経済新聞社とテレビ東京が共同でYouTubeの企画を募集したんです。基本的には、テレビ東京だとやっぱりテレビ番組に注力しようという感じなのでYouTubeだけの番組を作るのが難しくて。あと日経からの募集ってあまりなくて、おもしろいなと思って応募しました。

——普段は日経とテレ東の交流ってあるんですか?

高橋:報道の部署だとあるんですけど、僕はバラエティメインだったので仕事での交流はなくて。でも、今回はエンタメの部署にそういう依頼がきたんですよね。それで応募して。タイトルは『日経テレ東大学』で、文学部や政治学部、経済学部、いろんな学部の授業を作ってみましょうという企画書でした。

——『日経テレ東大学』を始める際には、YouTubeの人気チャンネルは見たんですか?

高橋:それが、始めるまではYouTubeはほとんど見てなかったです。

——YouTubeではないですが、「NewsPicks」とか「新R25」とかも見ていなかったんですか?

高橋:『日経テレ東大学』を始めてから見るようになりましたけど、始める時にはほとんど見たことがなかったです。本とかは好きなんですけどね。いかんせん、あまり他の人のコンテンツには興味がなくて。

——これまでのインタビューでも語っていますが、2021年4月にスタートした『日経テレ東大学』ですが、最初はあまり手応えもなかったそうで。

高橋:なかったですね。スタートダッシュは失敗して。真面目なんで、そこからちゃんと人気のYouTube番組を分析するようになりました(笑)。それでいうと、テレビもすすんでは見ていなかったんですけど、必要に応じて、めちゃくちゃ研究してました。全局のゴールデンの番組を見て、テロップの色とかを分析したりして。

それでどうすれば、おすすめにピックアップされるかとか、YouTubeのアルゴリズムの理論を研究して。あと、テレビの時もそうなんですけど、逆に行こうっていうのは常に考えていて。人気のYouTubeチャンネルを分析すると、「短尺が多い」「アバン(オープニング前に流れる振り返り)つけない」とかルールが見えてきたので、それを逆に考えて、「長尺でやる」「アバンをつける」とか。それをスタートして4ヵ月目くらいから意識してするようにしました。

——『日経テレ東大学』がいけるなと思ったのはいつ頃ですか?

高橋:まだまだ不安ですけど、2021年6月くらいですかね。ひろゆきさんや成田(悠輔)さんに出てもらいはじめてから手応えを感じました。もともとYouTubeで人気だったひろゆきさんだけでなく、成田さんとか、元日経の後藤(達也)さん、他にも成田さんの友達にも出てもらうようになって、スタートして1年くらいで番組が立体的になっていったような気がします。

——確かにひろゆきさんだけよりも成田さんがいることで番組のバランスが保たれているような気がします。

高橋:コンテンツとしてのバランスもそうですけど。ひろゆきさんとか成田さんっていつ辞めるかわからないじゃないですか(笑)。飽きたら辞めそうだし。だから、『日経テレ東大学』としては軸が多い方がよくて。ひろゆきさん、成田さんの人気は抜群なんですけど、番組自体を認知されてきたのがこの1年くらいですね。

——ゲストに関しては高橋さんが決めているんですか?

高橋:もちろん僕も候補は出しますけど、みんなで考えます。あと、成田さんも相当挙げてくれるので、そこで決めていくって感じですかね。一応、事業ではあるので、日経とテレ東には企画やゲストを共有していて、OKをもらうようにしています。

——企画に出てNGになるゲストとかもいるんですか?

高橋:少ないですが、それはありますね。例えば、あのアテンダーさんとか。やっぱり、番組には日経もテレ東も間接的に関わっているので、そっちに被害が出ることはできないっていうのは鉄則です。ダサくてすみません……。

番組本で収益を増やす

——これまでも『ひろゆきと考える 竹中平蔵はなぜ嫌われるのか?』など、番組本も出版されていますが、高橋さん発のアイデアですか?

高橋:そうですね。副業で儲けたいと思っているので(笑)。

——そうした番組本の収入は高橋さんになるんですか?

高橋:もらっているものと、そうでないものがあります。違いは実際に執筆したかどうかですね。竹中さんの本はもらってません。もらう場合は著者の方が1番で、テレ東にももちろんいくらかは入れつつ、僕もいくらかもらっています。三方良しの考えです。

——番組とは関係なく高橋さん個人の書籍も出されていますが、その印税は高橋さんに入るんですか?

高橋:『都会の異界』とかですよね。これは業務と関係ない、単なるプライベートでの旅のエッセイなんで僕が全部もらえますけど、番組関係だと何パーセントかは会社に入れていますよ。会社の力を使って、どれだけコンテンツを作ったかでそのパーセンテージは変わります。

——昨年の9月には『天才たちの未来予測図』も出版されました。出版の経緯は?

高橋:「まったりFUKABORI」というシリーズが元になっていて。この番組をやっていると、高校生や大学生の時に知っておけばよかったと後悔することがあって。若い人でもYouTubeを見ない人もいますから、そういう人にも届けたいなと思って。それで以前マガジンハウスの方と一緒に仕事をしたことがあったので、相談したらじゃあ出版しましょうという流れで。

——著者の成田悠輔さん、斎藤幸平さん、小島武仁さん、内田舞さん、4人の人選は?

高橋:今後、第2弾とかも考えているので、おもしろさもありつつ、初期の頃に出ていた人を中心に選びました。あとは天才感のある人達(笑)。原稿に関しては、僕が文字起こしをしたくらいの原稿を書いて、皆さんそれをベースに書き直して。だからこの本は各著者の色が出ていると思います。

——今後も番組本は出していく予定ですか?

高橋:そうですね。このシリーズもそうですけど、「なんで会社辞めたんですか?」や「Re:Hack」などのシリーズでも予定しています。

出世は会社員の醍醐味

——『日経テレ東大学』のKPIってあるんですか?

高橋:もともとは制作側としては開始1年で登録者数30万人だったんですけど、それはすぐに達成して。今は明確に決まったものはなくて。100万人いったらいいよねっていうくらいで。

——今は97.5万人で、100万人もすぐにいきそうですね。

高橋:2月中にはいきたいです。でも、ほんと気持ちいいですよね。僕はテレビを18年間やってきたんですけど、常に下方修正で。こんなに急激に成長する産業があるんだと思ったし、そういう場に身を置くべきだなと思いました。

——制作者としては、YouTubeの方がおもしろいですか?

高橋:テレビもすごくおもしろいですし、どっちもおもしろいです。その上で今は、YouTubeに全力でやっているっていう感じで。それはYouTubeをやっている人へのリスペクトから。最初はテレビもYouTubeも両方やってたんですけど、どっちも中途半端になってしまって、作り手としてのスタンスとしてもよくない。今はテレビを敵視するくらいのスタンスがちょうどいいなと思っています。

——テレビ離れっていわれて久しいですけど、そこはどう感じてますか?

高橋:それは数字でも表れていて、当然といえば当然というか。寂しいというか。テレビって不便ですからね。そうなるだろうなっていうのはテレビの人はみんな感じていたと思う。だから僕はテレビ局にいつつ、少しでも収入を増やして、自分の給料を確保するっていうゲームをやっている感じですね。

——やっぱり視聴率に連動して、広告収入って変わるものですか?

高橋:いろんな状況はあるんですけど、かなりざっくりいうと変わりますね。だから、テレビの視聴率が全体として下がっているので、広告収入も減っていくという感じで。

——そうなると、やっぱりテレ東としてもYouTubeをどんどんやっていこうという流れなんですか?

高橋:いやそうはならなさそうです。僕もYouTubeが正解だとも思わないので。やった方がいいとは思うんですけど、そっちに全振りして、会社として今の社員の給料を維持するのは難しいと思います。大きな組織で、制作以外の人もいっぱいいるので。そこはゲームが破綻している部分でもあって。佐久間(宣行)さんも上出(遼平)も、稼げる制作の人が会社から抜けていってしまう。今後どうしていけばいいのか。そこはジレンマですよね。これはテレ東に限った話ではないと思いますけど。その中で、テレビのおもしろさを知っている人間がそれにどう抗っていくかっていうところですかね。

——それでもテレビ局員の年収でいうと日本では高い方になると思うんですが?

高橋:テレビ業界全体としては、年収は下がっていると思います。それこそ昔は残業代がいくらでもついたので、それで年収が高かったところもあったんですけど、今は働き方もだいぶ変化していて。会社として残業もそこまでさせないようにしているので、年収も上がらない。

ただ、テレ東でいうとアニメが好調だったり、そのライセンスの売り上げが上がってたりするので、地上波の広告収入とは別の軸での放送外収入を増やすことを考えている。この番組もそうですけど、今後はそれをどう増やしていくかっていうことがより重要になってくると思います。

——高橋さんはフリーにはならないんですか?

高橋:テレビ東京の常務を目指してますから(笑)。現場にいると変えた方がいいと思うこともたくさんあって。それを変えるなら出世するしかない。クリエイターとしてやっていくなら、佐久間さんみたいに出世ゲームから下りた方がいいと思うんですけど。出世って会社員の醍醐味だと思うので、僕はそっちのゲームの方が楽しいので、今はそこをがんばろうかなと。

——「フリーになった方が年収上がりますよ」って言われても、会社員がいいですか?

高橋:やっぱり楽しさ先行なので。大企業にいるうちにしかできないことに挑戦してみて辞めてもいいんじゃないですか。辞めるのはいつでもできるので。

『日経テレ東大学』をリアルに作りたい

——YouTubeの再生回数ってサムネイルで大きく変わってくるとは思うんですけど、サムネイルも研究しましたか?

高橋:それも研究しつくして。『日経テレ東大学』のサムネイルは「アサ芸(週刊アサヒ芸能)」や「週刊大衆」のイメージで、でもコンテンツは科学雑誌的なものを目指しています。まずは見てもらうことが大切なので、“釣る”っていうのも大事だと思いますね。

——YouTubeだと再生回数を求めて過激になっていったりするじゃないですか。時にはわざと炎上させるようなことをしたりもして。その辺は、高橋さんはどう考えていますか。

高橋:1人でやっているとそうなっていってしまう可能性もあるんですけど、僕らの番組はゲストにも来てもらって成立するので。出てもらうことを考えると、過激過ぎると出演者がついてこないので、極端に過激になっていくことはないと思います。やっぱり関係値が必要な番組なので、そこは大丈夫かなと思っています。

——YouTubeだと個人が立つほどエンゲージが高くなると思うんですが、高橋さんが番組に出るのってそういう狙いもありますか?

高橋:僕が出るようにしたのは、承認欲求と物理的なことで。せっかくなら自分も出たいっていう思いと、あと昔は週2配信だったのを週7配信にした時に全部のVTRの編集をチェックするのって不可能だと思って。それでなるべく撮影後の編集をしなくていいように、収録に立ち会って、話のバランスをとる、ズレたら戻すみたいなことを現場でするようにしたんです。だから番組の作り方としては生放送に近い感じですね。

——テレビだとコンプライアンスが厳しくなったといわれていますが、感じる部分はありますか?

高橋:コンプラは厳しくなったのかな……。僕はあまりそこを感じていなくて。上司が自分が知らないばかりに規制をかけようとするのはあると思いますが、業界として厳しくなったとかはないと思うし、表現って結構守られていると思います。批判の声が届きやすくなったのはあると思いますが、それはコンプラとはまた違う部分だと思うので。デジタルで残りやすいから気をつけようとか、気をつかう部分は増えたと思いますけど。

あと、世の中の空気的に、笑えなくなったことっていっぱいあるじゃないか。今の時代、容姿について言うのもダメだし。そういう風に世の中の価値観が変わってきたというのはあって。それは番組作りには影響していると思います。

——YouTube全体としては、今後どうなっていくと思いますか?

高橋:全体のレベルがさらに上がっていくと思います。出演者もそうですが、作り手側もテレビの人間が副業でやってたり、プロがどんどん参加している。芸人さんのYouTubeとか佐久間さんの『NOBROCK TV』とかレベルが高いじゃないですか。

あと、若い人の編集能力はすごいですよ。アフターエフェクトも使うのがうまかったり、スマホだけで動画作っちゃう人もいたりして。どんどんすごい人が出てくるんじゃないですかね。

——テレビの優秀な人がYouTubeに流れるのも今後もさらに増えそうですね。

高橋:すでにテレビ業界に優秀な人って入ってこなくなっているので、その流れもあと5年くらいだと思っています。今後は優秀な人はテレビ局に入らずYouTuberになるか、自分でやるんじゃないですかね。でもそれはバラエティに限っての話で、ドラマはYouTubeだと難しいと思いますし、報道やドキュメンタリーはテレビの大事な役割だと思います。

——最後に『日経テレ東大学』が今後目指すものは?

高橋:本当の大学みたいなものができたらおもしろいなと思っていて。多くの人はイェール大とかハーバード大の教授の授業を受ける機会ってないじゃないですか。だから『日経テレ東大』のリアルなスクールができたら、若い人が来たくなるんじゃないですか。結構いいと思うので、どこかお金を出してほしいです(笑)。

——日経との相性は良さそうですけど。

高橋:日経との相性良さそうでしょ! そこに日経が気づいてくれるかですね。本当にいいと思うので。

Photography Masashi Ura

author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社。2020年8月から「TOKION」編集部に所属。

この記事を共有