テレビプロデューサー佐久間宣行インタビュー前編 「自分が生きるために、30代はハラスメントの撲滅に奮闘してました」

佐久間宣行
佐久間宣行

1999年にテレビ東京へ入社し、これまでに『ゴッドタン』や「ウレロ」シリーズ、『あちこちオードリー』といった話題の番組を次々と立ち上げてきたテレビプロデューサー・演出家の佐久間宣行。2021年3月にテレビ東京を退社したあとは、YouTubeチャンネル『佐久間宣行のNOBROCK TV』や、Netflix『トークサバイバー!〜トークが面白いと生き残れるドラマ』などを手がけ、テレビにとどまらない活躍を続けている。さらに、会社員時代から現在も、他局であるニッポン放送で『佐久間宣行のオールナイトニッポン0(ZERO)』のパーソナリティを務めており、テレビ局からラジオ局までメディアを横断するそのキャリアは、とても自由で、順風満帆のように見える。しかし本人は、「入社してすぐに、テレビ業界も芸能界もサラリーマンもまったく向いていないことがわかった」と語る。ゆえに「戦略的にならざるを得なかった」と。そんな佐久間が生き残るために身につけた知恵と技術をまとめた書籍『佐久間宣行のずるい仕事術 僕はこうして会社で消耗せずにやりたいことをやってきた』が、このたびダイヤモンド社から刊行された。本書の中で綴られている「ずるさ」の秘密とは。そして、経歴書には載らないバックヤードでの功績と、組織改革に奔走した当時を振り返る。

佐久間宣行

佐久間宣行
1975年11月23日、福島県いわき市生まれ。テレビプロデューサー、演出家、作家、ラジオパーソナリティ。『ゴッドタン』『あちこちオードリー』『ピラメキーノ』『ウレロ☆シリーズ』『SICKS~みんながみんな、何かの病気~』『キングちゃん』などを手がける。元テレビ東京社員。2019年4月からラジオ「佐久間宣行のオールナイトニッポン0(ZERO)」のパーソナリティを担当。YouTubeチャンネル『佐久間宣行のNOBROCK TV』も人気。著書に『普通のサラリーマン、ラジオパーソナリティになる』(扶桑社)がある。
Twitter:@nobrock
Instagram:@nobrock1
YouTube:『佐久間宣行のNOBROCK TV』

自分が呼吸できる方法はないか、戦い方を模索してから辞めよう

——タイトルにも「ずるい」とありますが、この本では佐久間さんがいかに策士で、戦略的な思考に基づいて仕事をしていたのかが綴られています。

佐久間宣行(以下、佐久間):普段のラジオとかでしゃべっていることに比べると、テンションも内容もだいぶ違いますよね。「仕事術」なんて、普段はなかなか人に伝える機会もないですし。

——正直、考えるよりまず行動、なんならちょっと不器用な人くらいのイメージを持っていた方もいると思うのですが。

佐久間:いろいろ策を練るようになったのは、テレビ東京に入社してすぐ、自分はテレビ業界も芸能界も向いてないってわかったからなんですよ。もっと言うと、サラリーマンにすら向いてないぞって。だからこそ、これはじっくり考えて、戦略的に行動しないと生き残れないなって思ったんです。

——どういうところが「向いてない」と感じたのですか。

佐久間:上司なり先輩なり、上の立場の人に意思決定権を握られていることがとにかくダメで。自分で決められないことがストレスでしょうがなかったんです。呼吸ができなかった、と言ってもいいくらい。それで、これはもう辞めるしかないか、とすら思いました。

——それでも辞めず、結果的に約22年間、サラリーマン生活は続きました。

佐久間:まったく向いていないことはわかったので、どうせなら自分が呼吸できる方法はないか、戦い方を模索してから辞めようと思ったんです。それでどうにか20年以上続けることができました。

——その20年以上に及ぶ戦い方が、この本には書かれていると。

佐久間:5年くらい前からですかね、インスタのDMにものすごい数の仕事に関する悩み相談が届くようになったんですよ。大学生からサラリーマンまで、いろんな人から。さすがに今は返信してないですが、最初の頃はけっこう悩みに答えていて、答えた人は100人は超えているはず。悩みの内容は、だいたいが「組織に向いてないんです」「組織の中で好きなことをやるにはどうしたらいいですか」「自分の強みがわかりません」「チームの作り方がわかりません」という感じで。そういう悩みに答えているうちに、自分の中で、仕事論や組織が抱える問題への回答が、体系化されてきました。

あと、その時期には他局や制作会社から企画に関する講演の依頼も来るようになって、講演のためにパワポの資料をけっこう作ってたんです。そういうのが溜まってきて、いつでも本にできるなと思っていたところに、本を書きませんかっていう依頼が来たので、今回それを1冊にまとめました。もう個別の悩みには答えられないので、この本を読んでくださいっていう、いわば回答集ですね。

——「戦い方を模索してから辞めよう」とは言っても、向いていないとわかっていながら、20年以上も続けるのは相当に難しくないですか。

佐久間:とにかく悔しかったんですよ。僕がテレビ東京に入社したのは1999年で、その当時はハラスメントも横行していたし、殴るディレクターもいました。なんでおもしろくもないこの人達の言うこと聞かなくちゃいけないんだ、なんでこの人達のせいで自分の夢を諦めなくちゃいけないんだ、っていうのは続けるモチベーションになりました。だったら、嫌な人達をどうにか封じ込めながら、自分の好きなことをやる方法はないかって、戦略を持って立ち向かうしかないって思ったんです。

——組織の中でやっていくには、やはり戦略や根回し的な振る舞いは不可欠だと思いますか? アイデアやおもしろさだけで一点突破は難しい?

佐久間:アイデアやおもしろさだけで一点突破できるような人は、テレビ局にしても出版社にしても、組織に入る必要はないですよ。本物の天才は、自分一人で何かをやったほうがよっぽど早く、大きな結果を出せます。天才ではない人が組織の中でどうにかやっていくには、それなりの戦略が必要でしょうね。誰にも邪魔されず、嫉妬もされず、嫌な上司にも当たらずっていう、よっぽど運が良くない限りは。僕は20代のうちに会社を辞めて、実力だけで好きなことを仕事にできる確信もなかったですし、まずはテレビ局の中で確かめないと、自分がどの程度なのかもわからなかった。それもサラリーマンを続けた理由の1つですね。

——もともと営業職志望で就職活動をしていたんですよね。

佐久間:はい。向いているのは営業職だと思っていたので。声も大きいし、居酒屋でバイトしていた時もやたらお客さんから好かれてましたし(笑)。実際に営業職でいくつか内定はもらいました。ただ、フジテレビの入社試験で、制作は自信がなかったので事業部志望で受けていたんですけど、二次面接の時に「最近おもしろかったもの」と「事業部でこういうことをやりたい」というのを聞かれたんです。そこで、当時はじまったばかりのフジロックについてとか、電気グルーヴのライブが熱い話とか、日本のインディーロックが盛り上がっている話をしたら、「君は自分の好きなものを言葉にすることができるし、おもしろいものを発見する力もあるから、制作も受けたほうがよかったんじゃない」と言われて。フジテレビの偉い人がそう言うならって、その言葉を真に受けて、慌ててテレビ局の制作を募集しているところを探したら、まだ応募できるのがテレビ東京だけで、唯一制作で受けたテレビ東京に受かったんです。これはほぼほぼ確信しているのですが、あの時、僕に制作をすすめてくれたのは、のちにフジテレビの社長になった亀山千広さんだったはず。

陰で悪口を言うくらいなら、会社に報告したほうがいい

——これまで壁にぶつかったことはないんですか?

佐久間:もちろんありますよ。先輩と大げんかして、学校でいう停学みたいになったことが何度もありますから。でも社会人にもなって、そんなに停学ばっかりくらっていてもしょうがないので、どうにか衝突しないでうまくやる方法を考えました。それがこの本に書いてあることです。

——本の中では「会社の悪口は決して言わない」と書いてますね。会社の悪口を言っても、何もいいことないぞ、と。

佐久間:陰口は100%本人にバレると思ったほうがいいです。

——でも絶対的に相手が悪い場合は、ちゃんと訴えることも必要ですよね。

佐久間:それは本当にそう。だって絶対的に相手が悪いのであれば、本人にバレたところで何の問題もないし、むしろ問題を顕在化させて、人事なりに伝わったほうがいいですからね。それこそ30代の頃は、めちゃめちゃ偉そうな言い方をすると、「この人は自分の上司になる資格がない」と認定した人を、ばんばん会社に報告しまくってました。

ただ、会社に申し入れる前に、きちんと問題点を因数分解する必要はあります。怒られるのは自分の能力が低いせいなのか、それとも理不尽な嫌がらせを受けているのか。あるいは、怒られること自体が問題なのではなく、上司の言い方が悪いのか、手を出してくることに問題があるのか、とかね。ただ嫌な奴だから訴えるのではなく、社会的・客観的な問題がどこにあるのか、きちんとリストアップして、まわりに相談して意見を聞いたりもして、論理的に説明できるようになってから、初めて会社に報告するようにはしました。陰で悪口を言うくらいなら、きちんと問題点を洗い出して、正当に人事とかに報告したほうがよっぽどいいですよ。

——とはいえ、日々テレビ番組を作っている多忙の中で、上司の嫌な部分を細かくリストアップする作業は、けっこうな負担になると思うのですが。

佐久間:でも仕事って、それこそ日々の中でかなり重要なウェイトを占めるものですからね。職場が辛いと、生きていくこと自体が辛くなるじゃないですか。問題点がわかっているのに放置してメンタルを削られるくらいなら、時間と労力をかけて解決したほうがいいと、僕は思います。とにかく職場で呼吸ができなくなることが、本当に嫌だったんですよ。入社した当時の精神的な追い詰められ方は、ほかの社員よりもだいぶひどくて、どうにか解決しないと生きていけないほどだった。切実な死活問題だったからこそ、そこまで行動できたっていうのはありますね。

30代はそうやって人事に働きかけたり、ハラスメントの撲滅にけっこうな労力を費やしていたこともあって、一時期は僕の担当する番組にメンタルが弱っている若手スタッフが次々と送り込まれるようになったんですよ。もはや療養所みたいになってました。佐久間のところに行けば安全だし、少しずつ回復するだろうって。

——いい番組を作ることに勝るとも劣らない、偉大な功績です。

佐久間:正義感でやったわけではないですけどね。あくまで自分が生き残るために、自分本位でやったことが、たまたまほかの人間の役にも立ったのかもしれないっていうだけで。

——入社当時、業界の慣習やハラスメント以外にも、辛いことはありましたか?

佐久間:行きたいライブや演劇、映画とかに行けなかったこともかなり辛かったですね。今でも覚えているのは、入社1年目の1999年に、電気グルーヴの石野卓球さんが主催する「WIRE」っていうテクノイベントの第1回が開催されて、それに行くために葬式だって嘘ついたんですよ。あまりにベタですよね。案の定すぐにバレましたけど。でも本当にそんなベタな嘘をついてでも行きたかったんです。ただ、「WIRE」も第1回だし、そもそもクラブのレイヴイベントがどういうものかもよくわかってなくて、あれって盛り上がるのは夜中なんですよね。わざわざ嘘ついて仕事を抜け出さなくても、仕事終わりの夜中から行けばよかったじゃんって、あとあと気づきました(笑)。「WIRE」は嘘ついて行きましたけど、入社2年目くらいまでは、やっぱり演劇にも映画にも行けなくて、好きなゲームとかもやる時間なかったですね。

——あと何年かの辛抱だ、今はしょうがない、と諦められなかった?

佐久間:多少はしょうがないと思う気持ちもありましたけど、その当時の自分がやっていたADの雑務をするために、自分が大好きなものに触れられないのは、どうしても我慢できなかったですね。それはもう、嫌な上司とか業界の古臭い慣習とかと同じくらい苦しかった。だからこそ、1年でも半年でも早く、自分が裁量を持って仕事ができるように、深夜でも何でもいいから企画を通して、自分の番組を立ち上げないとダメだって思いましたね。

後編へ続く

佐久間宣行のずるい仕事術 僕は会社にいながらこうやって消耗せずにやりたいことをやってきた』

■『佐久間宣行のずるい仕事術 僕は会社にいながらこうやって消耗せずにやりたいことをやってきた』

22年間のサラリーマン人生の集大成として、「いい仕事」をしたい全てのビジネスパーソンに向けて書いた本気のビジネス書。誰でもできるのにやっている人はとても少ない、「いい仕事」をするためのちょっとずるくて、ものすごく役立つ仕事術をまとめた1冊。

著者:佐久間宣行
発売日:4月6日
定価:¥1,650
仕様:四六判並製 232ページ
発売:ダイヤモンド社
https://www.diamond.co.jp/book/9784478114797.html

Photography Hironori Sakunaga
Edit Atsushi Takayama(TOKION)

author:

おぐらりゅうじ

1980年生まれ。編集など。雑誌「TV Bros.」編集部を経て、フリーランスの編集者・ライター・構成作家。映画『みうらじゅん&いとうせいこう ザ・スライドショーがやって来る!』構成・監督、テレビ東京『「ゴッドタン」完全読本』企画監修ほか。速水健朗との時事対談ポッドキャスト番組『すべてのニュースは賞味期限切れである』配信中。 https://linktr.ee/kigengire Twitter: @oguraryuji

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