UKの新鋭ギタリスト/シンガーソングライター、オスカー・ジェロームが明かすユニークな音楽性の背景 「WONKには共感できることが多い」

オスカー・ジェローム(Oscar Jerome)
イギリス東部、ノーフォーク出身で現在はサウスロンドンを拠点とするギタリスト兼シンガーソングライター。ジャズの他に、ファンク、ソウル、ヒップホップを愛する。トム・ミッシュも学んだトリニティ音楽カレッジを卒業。2019年には、カマシ・ワシントンのUKツアーのサポートアクトを務め、SXSWにも出演した。「ステラ・マッカートニー」のキャンペーンモデルにも起用され、ファッション界からも注目を浴びている。
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Instagram:@Oscar Jerome
YouTube:@OscarJerome

イギリス・サウスロンドンを拠点に活動するギタリスト/シンガーソングライター、オスカー・ジェローム(Oscar Jerome)が初の来日公演を行った。5月26日に渋谷duo MUSIC EXCHANGEで単独ライヴを行った後、翌27日に野外フェス「GREENROOM FESTIVAL’23」に出演。とりわけ後者は、来日がアナウンスされながらもコロナ禍で中止となった2020年以来、実に3年越しとなる公演の実現だったこともあり、彼のパフォーマンスに立ち会う日を待ち望んでいたリスナーも数多くいたことだろう。

かつてはアフロビート・バンド、ココロコ(Kokoroko)のメンバーでもあったオスカー・ジェローム。現在進行形のUKジャズを集めたコンピ盤『We Out Here』(2018)の収録曲「Abusey Junction」や、ココロコによる初のEP『Kokoroko』(2019)などでその才能の片鱗を示していた。一方、ソロ活動では2020年にファースト・アルバム『Breathe Deep』をリリース。2021年には日本のバンドWONKの楽曲「Sweeter, More Bitter」のリミックスを手掛け、翌2022年にはセカンド・アルバム『The Spoon』を発表した他、ブルーノート・レコードの名曲を再解釈したコンピ盤『Blue Note Re:imagined II』にグラント・グリーンの楽曲「Green With Envy」のカヴァーを寄せている。ジャズのバックボーンを感じさせながらも、ポストロック、ファンク、R&B、レゲエ&ダブ、アフロビート、ヒップホップ等々を取り込んだオリジナルな音楽性は新鮮だ。アルバムでのサウンド・プロダクションにはエクスペリメンタルな色彩もちらつかせている。

今回のインタビューでは、初来日公演を終えた直後のオスカー・ジェロームに、ライヴでの印象をはじめ、影響を受けたギタリストや大学時代に学んだこと、ココロコでの活動、さらにコラボしてみたい日本のアーティストまで聞いた。彼のユニークな音楽性の背景には、いったい何が潜んでいるのだろうか——。

ギタリストとして影響を受けたもの

——初の来日公演はいかがでしたか?

オスカー・ジェローム(以下、オスカー):最高だった! 日本のオーディエンスの前で演奏するのはすごく楽しかったよ。というのも、リスナーが一生懸命静かに聴いてくれるので、とにかく音楽が好きなんだなってのが伝わってくる。でも、楽しんでいるということもちゃんと示してくれるんだ。だから弾いていてとても気持ちよかった。

——イギリスをはじめ、日本以外の国でライヴをやる時との違いは感じましたか?

オスカー:やっぱり静かなところが違うかな。日本のオーディエンスは音を立てずにちゃんと聴いてくれる。他の国だと、演奏中でも一緒に来た友達と喋ったり、お酒を飲んでわいわい騒ぎながら観たりすることがよくあるんだ。でも、日本のリスナーは音楽を聴く時にたくさんお酒を飲んでいる印象はなかった。それよりもライヴを観た後に飲みにいく感じがあるというか。演奏する側としてはその方がありがたくて、一生懸命に音楽を聴いてくれているのが伝わるし、僕としても、より音楽に集中できる。ちゃんと聴いてくれていると思うと、より良いパフォーマンスをしなきゃってなるからね。頑張って作った音楽を心を込めて演奏しているので、それに対してちゃんとリスペクトしてもらえるのは嬉しい。

——ライヴでは素晴らしいギター・ソロも披露されましたね。オスカー・ジェロームさんはどんなギタリストが好きなのでしょうか?

オスカー:ジョージ・ベンソン、ジョン・スコフィールド、ジミ・ヘンドリックス、ジョン・リー・フッカー、アリ・ファルカ・トゥーレ……うーん、他にもめちゃくちゃたくさんいる(笑)。もちろん、ウェス・モンゴメリーやケニー・バレルも大好きだよ。

——アルバムを聴くと実験的なサウンド・プロダクションを感じさせる箇所もあります。例えばローレイン・マザケイン・コナーズやジム・オルークなど、いわゆるエクスペリメンタル系のギタリストで好きな人物はいますか?

オスカー:もちろんその2人は好きだけど、そこまで影響されたわけではない。エフェクター、特にディレイの使い方は、むしろダブやレゲエの影響が大きいんだ。あとはいろいろな音の加工の仕方とかは、エクスペリメンタル系よりもプロデュースされたポップス、例えばヒップホップのようにビートをもとに作られた音楽からより多くインスピレーションを得ているかな。自分の頭の中でそういった音楽のサウンドをイメージして、それに寄せようとして作っている。あと、ギタリストで音の加工の仕方が面白いという意味では、トム・モレロからとても影響を受けているね。

——ブルーノート・レコードの名曲を再解釈したコンピ盤『Blue Note Re:imagined II』(2022)ではグラント・グリーンの「Green With Envy」をカヴァーしていました。ラッパーのOscar #Worldpeaceとのコラボでヒップホップ風にアレンジしていましたが、選曲はオスカー・ジェロームさん自身が行ったのでしょうか?

オスカー:そうだね、あの曲は自分で選んだ。グラント・グリーンからもすごく影響を受けている。あの曲はタイトルが「Green With Envy(=ひどくねたむ)」という、嫉妬の気持ちがテーマの曲のはずなのに、原曲はハッピーな曲調で。だからそれを「嫉妬の気持ち」というテーマに沿う形で、もっとダークな感じにしたかった。メロディーはそのままなんだけど、コードを変えて、歌詞にフォーカスしながら曲のイメージを変えてみたかったんだ。

トリニティ音楽カレッジで学んだこと

——オスカー・ジェロームさんはトリニティ音楽カレッジを卒業されています。大学時代はどういったことを勉強されていましたか?

オスカー:専攻はジャズ・ギターだった。授業の内容としては、ギターの先生に1対1で教えてもらうのと、グループでの授業があった。1対1の授業では、デイヴ・クリフ(Dave Cliff)とフィル・ロブソン(Phil Robson)、ハネス・リプラー(Hannes Riepler)という3人のギタリストが僕の先生だった。グループ授業では、和声を勉強したり、ギター・ソロを聴き取る訓練をしたり、ジャズの歴史を学んだりしたね。あとはグループの中でどう演奏するか、即興をどういうふうにやるかという勉強もした。それと、授業だけじゃなくて練習の時間が設けられていて、大学の構内に練習できるスペースがあったから、そこでとにかく練習をしていたよ。

——先ほど好きなギタリストの一部を挙げていただきましたが、大学時代に特に研究/分析したミュージシャンはいましたか?

オスカー:ジョージ・ベンソンとグラント・グリーン。でもギタリストだけではなくて、ソニー・ロリンズとかジョー・ヘンダーソンとか、そういったサックス・プレーヤーも大好きだから、すごく研究していたかな。

——2010年代はアフロビート・バンド、ココロコのメンバーとしても活動されていました。なぜバンドを脱退することになったのでしょうか?

オスカー:だんだん自分自身の活動が忙しくなってきて、ココロコのライヴで他のミュージシャンに代わってもらうことが増えてしまっていたんだ。両方を掛け持ちすると、どうしても中途半端になってしまう。僕としては自分の音楽を優先していきたい、だからもうソロ活動に専念しようと思って、それで脱退することにした。2014年の結成当初から5年ぐらいいたから、ココロコのメンバーだったのは2019年までかな。正式に脱退したのはコロナ前だったと記憶している。

もちろん、他の人が書いた楽曲をメンバーと一緒に演奏することもすごく好きだよ。でも、自分の才能を一番輝かせられるのは曲作りの部分だと僕は思っているので、自分がやりたい音楽を自由に追求したかった。とはいえ、メンバーとは今でも仲が良くて、例えばドラマーのアヨ・サラウは、いつも僕がライヴをやる時にサポートしてもらっている。今回の日本公演には来ていないけど、そんなふうにココロコのメンバーとは今でも繋がりがあるんだ。

——ココロコはアフロビートやハイライフなどを取り入れた独自の音楽性が特徴でしたが、そこで活動した経験は、現在のソロ活動にどのような影響を与えていますか?

オスカー:1つは、アフリカの音楽、特に西アフリカの音楽を学ぶことができたのは大きな糧になった。エボ・テイラー、パット・トーマス、フェラ・クティなど、素晴らしいアーティストの曲をたくさん演奏したし、本当に深く掘り下げることができた。もう1つは、メンバーは何回か変わったけど、素晴らしいミュージシャン達と一緒に演奏できたことだね。それに途中からココロコ自体が人気が出て、大きなステージで演奏する機会も増えたので、僕が今ソロで「グリーンルーム」のような野外フェスに出ても、経験値があるから、多くの観客の前でも自信をもって演奏できる(笑)。

WONKとのコラボは素晴らしい体験だった

——2021年には日本のバンドWONKとコラボを果たし、楽曲「Sweeter, More Bitter」のリミックスを手掛けました。オスカー・ジェロームさんにとっては他の人の楽曲をリミックスすること自体が初めてだったそうですが、実際にやってみて手応えはいかがでしたか?

オスカー:素晴らしい経験になった! ちょうどその時はベルリンにいて、ロックダウン中の冬で、誰とも会わずに1人でスタジオでひたすら音楽を作っていた。特にサウンド・プロダクション面でいろいろと自分のスキルを伸ばしていた時期でもあったので、実際にその楽曲のリミックスを手掛けることができたのは、僕としてもいろいろなことを試すことができて、経験値に繋がったのがとてもよかったね。もちろん曲もすごく好きだった。なので、ただ普通にリミックスをするだけではなくて、もっと自分らしいものを加えたいと思ったんだ。それで歌詞を書いて歌をつけることにした。そうやってできたリミックス曲を、今回あらためて日本で聴くことができたのは、とても感動的でもあった。

——WONKというバンドの魅力はどのようなところに感じますか?

オスカー:どのメンバーもそれぞれミュージシャンとして素晴らしいし、今の時代ならではのモダンなサウンド・プロダクションと、楽器で演奏する部分を上手く融合させるというところは、僕もそうなので、すごく共感できることが多い。今まで聴いてきた音楽や、影響を受けているものには多少違いがあるかもしれないけど、もしかしたら、やろうとしていることは同じ方向を向いているのかもしれないなと思ったよ。

——今後コラボレーションしてみたいと思う日本のミュージシャンやバンドはいますか?

オスカー:今回「グリーンルーム・フェスティバル」でSIRUPと会うことができたので、ぜひ何か一緒にできたら嬉しい。あと実はSOIL & “PIMP” SESSIONSがすごく好きで、子どもの頃からずっと聴いていたんだけど、「グリーンルーム」では彼等のライヴも生で観ることができて、しかも会った時に「君の音楽のファンだよ」って言ってもらえて、めちゃくちゃ嬉しかった(笑)。だから将来、もし彼等とも一緒に何かができるなら最高だね。

——ちなみにSOIL & “PIMP” SESSIONSのように、以前から好きで聴いていた日本の音楽というのは他にありますか?

オスカー:ある、けど、名前をど忘れしてしまった……うーん……シティポップ系のアーティストで……。

——大瀧詠一とか?

オスカー:そう! あと、ジャズ・ピアニストの福居良のアルバムもたくさん聴いたな。彼の音楽も大好きだ。それと竹内まりや。彼女はレジェンドだね。

——最後に、日本の印象について教えてください。近年、シャバカ・ハッチングスが尺八を吹くようになりましたが、かつてクライヴ・ベルは日本に一時的に住んで尺八の腕を磨いたこともありました。今回の来日公演を経て、「いつか日本に住みたい」と感じたことなどはありましたか?

オスカー:僕は美味しいものを食べるのが大好きだから、そういう意味では日本はパラダイスだね。だからガールフレンドと「え、日本に住んじゃう?」みたいな話をすることはあったけど(笑)、具体的に予定を立てているわけじゃない。でも、大好きな人もたくさんいるし、日本に住んだらそれはそれで面白いかもしれないね。

Photography Yuri Manabe

author:

細田 成嗣

1989年生まれ。ライター、音楽批評。編著に『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(カンパニー社、2021年)、主な論考に「即興音楽の新しい波──触れてみるための、あるいは考えはじめるためのディスク・ガイド」、「来たるべき「非在の音」に向けて──特殊音楽考、アジアン・ミーティング・フェスティバルでの体験から」など。国分寺M'sにて現代の即興音楽をテーマに据えたイベント・シリーズを企画、開催。 Twitter: @HosodaNarushi

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