音楽家ロメオ・ポワリエが『Living Room』でたどり着いた境地とは H. TAKAHASHIとも共鳴する制作背景を語る

サウンドコラージュを幾重にも重ね、メディテーティヴで芳醇なアンビエントを奏でるフランスの電子音楽家ロメオ・ポワリエが今年5月に待望の初来日を果たした。ロメオは、東京都庭園美術館で行われた「PRADA MODE」を皮切りに、日本の音楽レーベル〈FLAU〉によるライヴイベント「CROSSS」、代官山「晴れたら空に豆まいて」の3会場でモジュラーシンセを用いたライヴを披露し、詩的な瞑想空間を作り上げた。

昨年発表した最新アルバム『Living Room』は、前作『Hotel Nota』に続き世界中の音楽愛好家の間で話題を呼んだ。ドイツミニマル・音響シーンで活躍するヤン・イェリネックが主宰するレーベル〈Faitiche〉からリリースされた同作は、サンプリングを多用したさまざまな音像が絶妙なバランス感を持って溶け合い、聴き手を遠い記憶の彼方へと誘う。瀟洒なムードをまとったアルバムは生活にもなじむが、タイトルの『Living Room』は部屋の“リビングルーム”という意味だけでなく、もっと奥行きのある言葉のようにも思える。

そんなロメオの創作源を探るべく、「晴れたら空に豆まいて」でも共演していた「Kankyo Records」のオーナーであり音楽家・建築家のH.TAKAHASHIを迎え、アルバムに込めた思いや制作手法、自身のバックグラウンドから日本の音楽についてまで幅広く話を聞いた。

悠久の人類史に思いを巡らす『Living Room』

H.TAKAHASHI(以下、H):2022年にリリースされた『Living Room』は世界中のアーティストに称賛されていましたが、アルバム制作の背景や当時の心情について教えてください。

ロメオ・ポワリエ(以下、ロメオ):時間に関連した作品としてこのアルバムはスタートしました。大昔の先祖が、食べられるものと食べられないものを識別するために、色の感覚を育んだことからインスピレーションを受けています。彼等が色の感覚を研ぎ澄ましてくれたおかげで、今私達が色を識別して絵画等を鑑賞できるようになったというイメージから、自分の音源やすでにある他の音源を集めて曲を作っていきました。

H : それは本当の話ですか?

ロメオ : 色の感覚を発展させたというのは本当の話で、その事実に感動しました。色を識別する能力は、すでに自分達の中にある所与のものとして認識しているけれども、その能力は実は昔の人達が育んだ感覚なのです。先祖が時間をかけて取り込んだ能力が、体の中にあるということ自体に心を動かされました。それが今回のアルバムのインスピレーション源です。

H : 詩的で想像力が豊かなインスピレーションですね。

ロメオ : 「Living Room」の1つの意味は、文字通り、家の中で皆が集まるような空間のことです。私達は、誰かの「Living Room」によって、ある物が何年前に作られたものであるとか、それができた時のこととか、1つひとつの物事に対してそれが作られた時間に思いを馳せることができます。

また、「Living Room」を自分達の体の内側にあるものとしても捉えています。例えば、私達が普通にやっている、指でつかむという行為も膨大な時間をかけて進化していく中で身に付けた能力の1つです。そのような潜在能力や自分の中にあるホームのような概念を「Living Room」という言葉で示しているという側面もあります。

H : 個人的に「Living Room」という言葉は1LDKとかのリビングルームのことだと思っていたので、そのような意味があるとお聞きして、DNAに帰結するようなロメオさんの感覚がとても興味深いと感じました。聴く側としても、アルバムに込められたイメージを知ることで、これから聴き返す時に新しい発見があると思います。

ロメオ : このタイトルはすごく一般的な言葉で、本来含まれている他の意味を想像するのはなかなか難しいですね。レーベルのボスであるイェリネックは、このタイトルが好きではありませんでした。ドイツ出身の彼は、「Living Room」を家の中でも最も心地のよくない場所と捉えていたんです。

H : 家の中のパブリックスペースである「Living Room」には人がたくさん集まるので、そこで時間を過ごすのが嫌だったということでしょうか。

ロメオ : 個人的な思い出に関係するのかもしれませんが、彼にとって「Living Room」は、お父さんにののしられたり怒られたりする場所で、自分の部屋のほうが心地の良い場所だったということだと思います。

H : そんな気がしました(笑)。

聴き手に想像の余白を与えたい

H : よく使われている機材や、今回の制作で使用した機材を教えていただきたいです。

ロメオ : このアルバムでは主にモジュラーシンセを使っていて、とにかくサンプリング音源をたくさん組み合わせています。他の方の音源も使いましたが、自分の音源をリサンプリングすることを音楽の基盤にしたいと思っていました。自分の音源を引き伸ばしたり、少し編集したりしてから、それをモジュラーシンセに取り込み、インプロヴァイズしています。

H:フィルターをいくつか通した音で即興的に演奏されたということですか。

ロメオ : フィルターとはまた少し違って、自分の音源を長めにサンプリングして、そこからインプロヴァイズしたものを取り込んでいます。何かを同期しているわけではないし、BPMに合わせて何かを調整しているわけでもありません。イメージとしては、坂道や揺れている道を、他の人よりも短い足でバランスを取りながら歩いていく、というような感覚です。

H : 本人にしかわからない感覚ですね(笑)。

ロメオ : そうですね(笑)。

H : だからこそ独特の音になっているのだと思いました。

ロメオ : 誰にもある特定のイメージを押し付けたくないという思いがあって、だからVJも使わないし、照明もすごくミニマルにしています。聴く人に想像の余白を与えたい、と常々思っています。

H : 素晴らしいですね。

ロメオ : 高橋さんも感覚としては同じじゃないですか?

H : 自分もあまり固有のイメージを押し付けたくはないんですけど、他のプロジェクト「UNKNOWN ME」では、映像を音楽と一緒に表現しているので、時と場合によるかなと。個人的にはロメオさんが言っていることがよくわかります。なるべく必要以上のイメージを与えないほうが、聴く人にイメージする余地を与えるので、個人的にもそういう音楽はすごく好きです。ロメオさんの音は本当にその通りになっているんだなと感じました。

親子というよりは音楽家同士

H:音楽制作のルーツやどのようなことから影響を受けているかを教えていただきたいです。

ロメオ : 自分のバックグラウンドにはアンビエントロックと呼ばれるようなロックミュージックがあって、音楽を最初に始めたのはドラムからでした。昔から住んでいるブリュッセルでは、ドラマーとして、まだいくつかバンドをやっています。エレクトロニックミュージックを始めるきっかけになったのは、ギターとループペダルです。10代の頃に偶然見つけたフロッピーディスクの音源を使って、ループ音源を作りました。

H:私もガレージバンドの中にあるアルペジエーターとかルーパーみたいなのを使って制作を始めたので、ルーツが近いところにあると知れて嬉しいなと思いました。音楽家でいらっしゃるお父様からの影響は受けていますか?

ロメオ : 父からの影響はもちろんあって、今父のためにアルバムのプロデュースをしています。私が作った曲の上から、父が自分で書いたテキストをセルジュ・ゲンスブールのように読み上げています。今は1つのチームとして音楽制作を共にしているので、互いに影響を与え合っているような関係性ですね。

H:すてきな関係性ですね。

ロメオ : 父とはかなり特殊な関係ですね。父は自分のことを息子というよりは音楽家として見ているし、僕も父のことを音楽家として見ているから、父・息子特有の関係性に悩んだりする、みたいなことは全然なくて。

H:自分にはない感覚です。

ロメオ : お父さんは何をやられている方なんですか?

H:ビデオカメラの設計士ですね。テレビ局とかで使われているすごく大きな撮影用のカメラを設計する人です。

ロメオ : カメラを作っているということは、独自の視点を持っている方ですね。

H:そうかもしれません(笑)。

水の要素は背後からついてくる

H:音楽家だけでなく、写真家やライフガードとしても活動されていたということですが、その影響は音楽にもあるんでしょうか。

ロメオ : 写真はプロではなくて、写真を撮るのが好きというだけです。ライフガードは数年間やっていましたが、今はしていません。プールで働いていたのですが、ライフガードの経験は、私を今やっている音楽に導いてくれたような気がします。小さい頃から水に魅力を感じていたので、水に関係する仕事に就きたかったんです。それで、試験を受けてライフガードになりました。ライフガードは、常に四角い水の中で細心の注意を払っていなくてはなりません。何が起こっているのかをよく観察しながらね。それはトランス状態や忘我の状態とは全く真逆の感覚なので、人にすごく注意を払うようになった結果、人と自分の(精神的な)距離が近くなりました。そういう経験は、今の音楽にも生きていると思います。

H:確かに忘我と集中の狭間を漂っているようなイメージですね。独特な緊張感もありながら弛緩するような感覚もあります。

ロメオ : おっしゃる通りだと思います。

H:これまでのアルバムに水に関するジャケットが多いのは、子どもの頃から水に興味を持っていたことと関係があるのでしょうか。

ロメオ : もちろんそうなんですけど、今は水から外に出て何か他のものを探求しようとしています。

H:だから新しいアルバムは水のアートワークではないんですね。

ロメオ : そうです!(笑)

H:『Living Room』にも水のエッセンスを感じていたのですが、それもやっぱり、水が好きというのが影響しているのでしょうか。アルバムのレビューで、水中マイクのようなものを使っていると書いてあるのを拝見しました。

ロメオ : ご指摘の通りで、水の要素というのは私の背後からついてくるようなイメージです。今回のアルバムでもハイドロフォンや水中スピーカーを使って録音しました。

H:私も水が好きなので、その音がものすごく好みでした。

ロメオ : 高橋さんの音楽も水に関する要素をすごく感じますし、そこが共通点としてあるのではないでしょうか。

鶯張からストーンミュージックまで 日本の音について

H:2021年に東京のレーベル〈FLAU〉から発表したヴァイオリニストのKumi Takaharaさんの曲のリミックスは、どういう経緯で手掛けることになったんでしょうか?

ロメオ : 〈FLAU〉のヤスさんという方から、Kumi Takaharaさんの曲をリミックスしてくれないかという提案を受けて、「Sea」っていう曲、またこれも海に関係していますけど、それをリミックスしました。新しいものを自分で作って足したわけではなくて、もともとある彼女の曲の要素を切り取ってリミックスをしました。

H:気になっている日本のアーティストはいますか。

ロメオ : 日本の音楽には興味はあるんですけど初来日なので、あまり日本の音楽を知らないです。でもいろんな日本の音楽を聴いてみたいと思っているので、おすすめがあったらぜひ聴きたいです。

H:先ほど長谷川時夫さんのタージ・マハル旅行団の話をしていた時に、長い曲の間に1回だけ渾身の力を込めて石に石を叩きつけるストーンミュージックの話で盛り上がりましたね。

ロメオ : 興味深いなと思いました(笑)。ASUNAさんは自分と同じレーベルから曲を出しているので、知っています。あと冥丁さんは、ベルギーの同じフェスティバルでステージを共にしたので知っていますが、基本的にはあまり知らないので教えてほしいです。

H:日本のアンビエントとか実験音楽もいろいろと聴いていただけたらいいなと思いますね。ちなみに、今回の来日でどこか行かれたお店はありますか。

ロメオ :今回の来日は忙しくてあまり自由な時間がなく、どこにも行けていないんですけど、京都に行きたいと思っています。先ほどもお話したレーベルのボスのイェリネックさんは京都を訪れて「uguisubari」っていう曲を作ったんです。

H:歩くと音が鳴る床ですね。

ロメオ : そうです。敵の奇襲を知らせる古来の警報システムのようなものです。それにすごく興味があるので、経験できたら良いなと思っています。

H:なるほど。まだ行かれてはいないんですね?

ロメオ : はい。今回はもう帰らなくてはいけないので、次回来た時は彼女を連れて京都の鶯張を経験したいです。新婚旅行で行こうかな(笑)。

H:マニアックですね(笑)。鶯張の音を録音しますか?

ロメオ : イェリネックさんがすでに鶯張についての音源を出しているので、体験するだけでいいです。鶯張の話から、小さい頃住んでいたアパートの共用部分を思い出しました。アパートはリビング・ベッドルームがある部屋と、キッチン・バスルームがある部屋の2つに分かれていたのですが、その間の共用部分にはタイルが敷いてあって、ある部分を踏むと音が鳴るんです。どのタイルを踏むと音が鳴るかわかっていたので、そこを踏まないように静かに歩いていました(笑)。

H:鶯張の要素は意外と身近なところにあったんですね(笑)。

(左)Roméo Poirier
フランス出身、ベルギー・ブリュッセル在住の音楽家。
2015年にEP『Surfaces』を、2016年にアルバム『Plage Arrière』をロンドンの〈Kit Records〉からリリース。2020年にマンチェスターの〈Sferic〉からアルバム『Hotel Nota』を、2022年にベルリンの〈Faitiche〉からアルバム『Living Room』を発表した。
https://romeopoirier.bandcamp.com
Instagram : @romeo.poirier

(右)H. TAKAHASHI
東京を拠点とする作曲家/建築家。
UKの〈Where To Now?〉、USの〈Not Not Fun〉、ベルギーの〈Dauw〉や〈Aguirre〉、日本の〈White Paddy Mountain〉といったレーベルからアンビエント作品をリリース。また、やけのはら、P-RUFF、大澤悠大らとのライブユニットUNKNOWN MEやAtorisとしても各国から作品を発表している。2021年11月から東京の三軒茶屋にレコードショップ「Kankyo Records」をオープン。2023年3月からはレーベルとしての活動も開始。
https://htakahashi.com/
https://kankyorecords.com/
Instagram : @h.t.a.k.a.h.a.s.h.i

Photography Taiga Inui
Text & Edit Emiri Komiya(Editorial Assistant)

author:

TOKION EDITORIAL TEAM

2020年7月東京都生まれ。“日本のカッティングエッジなカルチャーを世界へ発信する”をテーマに音楽やアート、写真、ファッション、ビューティ、フードなどあらゆるジャンルのカルチャーに加え、社会性を持ったスタンスで読者とのコミュニケーションを拡張する。そして、デジタルメディア「TOKION」、雑誌、E-STOREで、カルチャーの中心地である東京から世界へ向けてメッセージを発信する。

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