LUCAとharuka nakamuraの新ユニット、arcaが奏でる平和と優しさの種

新型コロナウイルスのパンデミック以降、私達の「世界」は大きく変容した。それまで当たり前のように行われていたコミュニケーションや国を跨いだ移動は制限され、日々の暮らしのあらゆる場面に感染の恐怖が影を落としている。それでもなおパンデミックが終息する気配はなく、私達は終わりの見えない異常事態の中を生き続けている。

そんな2020年の秋、『世界』と題された1枚のアルバムが届けられた。本作を作り上げたのは、坂本龍一の2017年リリース『async』にコーラスとして参加するなど活動フィールドを広げている京都府在住のシンガー・ソングライター、LUCAと、音楽家であるharuka nakamuraの2人。彼らはかねてからコラボレーションを続けてきたが、今回のアルバムはarca(アルカ)という新プロジェクト名義での初リリース作品となる。nakamuraが静かに奏でるピアノやアコースティック・ギターの上にLUCAの歌唱がふわりと乗る、arcaの『世界』。ここではパンデミック以降の新たな「世界」もみずみずしく描写されている。そんなアルバムを完成させたLUCAとnakamuraの2人にメール・インタビューを試みた。

LUCAとnakamuraの出会いは、ひょんなことがきっかけだった。ある時、nakamuraは京都のカフェ「STARDUST」で店主の女性から1枚のCDを受け取った。それはLUCAのファースト・アルバム『So, I began』(2015年)であり、nakamuraにそのCDを渡したのはLUCAの母親だった。彼は帰りの新幹線で早速そのCDを聴くと、彼女の歌声に衝撃を受ける。そこに収められていたのは「僕の頭の中で鳴っている理想の『声』」(nakamura)だったからだ。当時のLUCAはパリ在住だったが、彼女の帰国後、それほど時間を置かずに2人は共作を始めることになる。

コンピレーション・アルバム『stardust album』収録。『世界』では別アレンジが収録されている

「初めて一緒に作ったのは『八星』という曲でした。僕がピアノを弾いてLUCAが歌うと、瞬く間に旋律と詩が生まれて曲となりました。それは『感覚が合う』という次元の話ではなく、本来あるべき場所にあるべきものが収まっていくような必然性を感じました。僕らには作るべき歌があり、それを1つの形にすることは使命だとさえ感じました」(nakamura)。

nakamuraはNujabesや青葉市子、ミロコマチコとのコラボレーションでも知られ、繊細で奥深い音作りから国外でも人気を誇る音楽家である。そんな彼の心をつかんだLUCAとは、一体どんなシンガー・ソングライターなのだろうか。

LUCAは1994年、カリフォルニアのバークレー生まれ。先述のファースト・アルバム『So, I began』は全編英語詞で歌われていたが、バイリンガルの日本人シンガー・ソングライターである。今年の8月には日本各地の古謡に取り組んだ『摘んだ花束 小束になして』をリリース。このアルバムはアンビエントとアシッドフォークを経由した日本列島の古謡集といった趣があり、民謡のアップデートを試みた凡百の作品とは異なる新鮮な響きに満ちあふれている。

「幼少時を海外で過ごしたこともあって、数年前までは日本語の歌詞、あるいは単語を上手く音に乗せて歌えなかったんです。ある夜の大宴会で鳥取県の「貝殻節」を独唱した人がいて、一晩かけて教えてもらったんですね。不思議とその古い言葉や音がすっと入ってきて、素直に身体に染み渡っていったんです。それが民謡との出会いでした。民謡を歌うと、いつもと違うところから声が出てきて、地面と真っすぐにつながる気がします。不思議ですね」(LUCA)。

音を育む風土ともつながった作品作り。それはnakamuraのこれまでの活動とも共通するものともいえるだろう。nakamuraは今年4月に初のピアノ・ソロ・アルバム『スティルライフ』をリリースしているが(この11月には同シリーズの2作目がリリース予定)、母親のピアノレッスン室で見つけた亡き祖父の静物画がジャケットを飾るこのアルバムには、nakamuraの個人史と故郷である青森の風土と歴史も写し込まれている。

「曽祖母はとある海辺の大きな稲荷神社で神事に従事していたんです。そんなこともあって神社や『日本書紀』、神楽に興味があり、ある時期、自分なりに長い時間をかけてそれらについて調べました。祖父は曽祖母のことを本にまとめて何冊か出版しているんですが、僕はまだまだ自分の家系と津軽のことを追いかけていこうと思っています。大事なことは、いにしえに歌があり、その川は脈々と今も流れ続けているということ。そして、それを感じることができているかということだと思うんです」(nakamura)。

初めて共作した「八星」で手応えを感じた2人は、アルバム制作を視野に入れた本格的な共作に取り組むことになる。やがてその試みは、arcaという新プロジェクトに発展していく。

「僕とLUCAはいくつかの点と点でつながっているんです。まず、名前がほとんど同じこと。同じ干支であり、12年という1つのサイクルで生まれていること。他にもいろいろとあるんですが、コラボレーションをするにしてもお互いの名前をぶつけ合うのではなく、完全な1つの『円』のような作品を作るべきだと思っていました」(nakamura)。

arcaにとって初のアルバムとなる『世界』の録音は、山梨のStudio Camel Houseで行われた。エンジニアはnakamuraとのユニット、orbeでも活動する盟友・田辺玄。「高台にあり、大きな窓から甲府盆地と富士山が望める最高の環境」(nakamura)の中、その場で生まれたアイデアを即興的に反映しながら作品作りは進められた。そうした制作環境もあって、1つひとつの音には甲府盆地を望むスタジオの空気がにじんでおり、差し込む陽光や山から吹き下ろす風もまた本作に特別な魅力を与えている。Nujabesから生前託されていた8小節のループを元に制作された「SUN DANCE」などからは、木漏れ日がゆらゆらと揺れる光景も目に浮かぶ。

また、本作に奥行きを与えているのが、nakamuraの奏でるピアノの音色だ。ここでは『スティルライフ』シリーズでピアノという楽器に改めて向かい合った成果が如実に反映されている。nakamuraは「ピアノという楽器はとても懐が深いんですよね」と話したうえで、こう続ける。

「ピアノから教わることはたくさんあるし、まだまだピアノを弾けていない気がしています。僕はピアノを森に吹く風のように響かせたいんです。森から作られているピアノの響きの中に、いつも森を感じられる状態でありたいと思っています」(nakamura)。

作詞はnakamuraが手掛けた2曲を除いてLUCAが担当。自然環境をモチーフとする楽曲も多い。そこにはあらゆる場所で断絶が進んでいる「世界」との調和を図ろうという意識もうかがえる。人と人が分断され、国と国が分断されるとともに、人と自然も分断される現在、ここに収められた楽曲はまるで祈りのように響く。かつて歌や踊りとは、さまざまな断絶の間に架けられた橋のような役割も担ってきたが、arcaの音楽に耳を傾けていると、いにしえの時代から歌が持ってきたそうした役割の1つを再認識させられるのだ。

「社会の動きや国の在り方は、私達1人ひとりの人生と切っても切れない関係にありますよね。すべてが巡り続けるこの世界で生きるには、何事も他人事とは思えません。同じ地球に生きる者として、さまざまなことが起こるたびに、自分達の人生というフィルターを通して感じてきたことがありました。そうした事柄をこの作品に落とし込めたんじゃないかな。人間が持つ優しさとかの善性と愛、それがすべての鍵だ! なんてことを最近心の奥底から感じながら日々を送っています」(LUCA)。

コロナ禍の今、2人はこのアルバムがどのように聴かれ、社会の中でどのように響くことを望んでいるのだろうか。

「何も望んでいません。歌のないところから、こうして歌が生まれて、戦争の反対には芸術があるというだけです」(nakamura)。

「うん、私も何も望んでいません。聴いてくださった皆さんが感じるままに委ねたい。でも、強いて言えば、何かの種になったらいいな。平和や優しさの種だったら嬉しい」(LUCA)。

arcaの奏でるハーモニーには、ある種の厳しさも潜んでいる。ここには温かい音と言葉が存在しているが、イージーリスニング的なリラックス感の代わりに、聴き手の感覚を研ぎ澄ませていくようなメディテーショナルな力に満ちあふれている。私達はアフター・コロナの時代にどんな「世界」を作り出すことができるのだろうか? 聴き進めるうちに来るべき世界のイメージが浮き上がってくる点もまた、このアルバムの魅力の1つといえるだろう。

LUCA
1994 年アメリカ・カリフォルニア州バークレー生まれ。2015 年に『So, I began』を発表。音や言葉を紡ぎ歌うこと、そして日本各地に伝わる民謡を歌いつなぐことを始める。最新作は 2020 年 8 月、写真家・Miho Kajioka の写真をジャケットに採用した民謡集『摘んだ花束 小束になして』。ソロ名義の活動の他、坂本龍一ソロアルバム『async』にコーラスとして参加、また京都を拠点にした『night cruising』からThere is a fox と『Light Waves』のリリースなども行う。作詞、ナレーション、写真家・Ariko Inaokaの最新作『Eagle and Raven』の翻訳など、音楽の垣根を越え、活動は多岐にわたる。カリフォルニア、デンマーク、パリ、東京を経て、現在は京都を拠点に活動中。
https://www.lucadelphi.com/

haruka nakamura
1982年青森県生まれ。最新作は初のミュート・ピアノソロ作品「スティルライフ」。世界平和記念聖堂など多くの重要文化財にて演奏会を開催。近年は、杉本博司が構想した江之浦測候所のオープニング特別映像、国立新美術館で開催された「カルティエ、時の結晶」、安藤忠雄に密着したドキュメンタリー番組「安藤忠雄 次世代へ告ぐ」の音楽を担当している。京都・清水寺成就院よりピアノ演奏のライブ配信も行う。東京スカイツリーなどのプラネタリウム劇伴音楽を担当。早稲田大学交響楽団と大隈記念講堂にて自作曲でオーケストラ共演した。Nujabesをはじめとする多くのアーティストとのコラボレーションを行う。翻訳家・柴田元幸との朗読セッション(ライブアルバムを発表)、画家・ミロコマチコとのライブペインティング・シリーズも敢行中。「evam eva」とのアルバム、山梨県のワイナリー「BEAU PAYSAGE」とのワインなどの作品も多数制作。CM音楽ではカロリーメイト、ポカリスエット、AC 公共広告機構、「CITIZEN」などを手掛ける。
https://www.harukanakamura.com/

author:

大石始

世界各地の音楽・地域文化を追いかけるライター。著書・編著書に『奥東京人に会いに行く』(晶文社)、『ニッポンのマツリズム』(アルテスパプリッシング)、『ニッポン大音頭時代』(河出書房新社)、『大韓ロック探訪記』(DU BOOKS)、『GLOCAL BEATS』(音楽出版社)他。最新刊は2020年12月の『盆踊りの戦後史~「ふるさと」の喪失と創造』(筑摩書房)。旅と祭りの編集プロダクション「B.O.N」主宰。 http://bonproduction.net

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