Chihei Hatakeyamaが語る、アンビエントとジャズまたは即興の交差点 -前編-『Late Spring』から網状に広がるアンビエントとジャズの関係

ビンカー・アンド・モーゼスやテオン・クロス、チミニョ等々、近年盛り上がりを見せるUKジャズ・シーンで活躍するミュージシャンのアルバムをリリースしてきたことでも知られるロンドンのレーベル、ギアボックス・レコーズ。そこからChihei Hatakeyama(畠山地平)の新作『Late Spring』が発表されるという報せを耳にして驚いたリスナーも少なくないはずだ。2006年にファースト・フル・アルバム『Minima Moralia』を世に送り出して以降、これまでに国内外のレーベルから70作品以上ものアルバムをリリースし、21世紀以降のアンビエント/ドローンのシーンを牽引してきた彼は、一体どのような道のりを歩み、そして新たなアルバムをどのような音楽へと結実させたのだろうか。

前後編に分けてお届けするインタビューの前編では、ギアボックス・レコーズからリリースするに至った経緯や新譜のコンセプト、さらにアンビエント/ドローンの視点から捉えるジャズの魅力やアンビエント・ミュージックの世界に進んだきっかけまで伺った。

ジャズ寄りのレーベルからアンビエント/ドローン作品をリリースした理由

——今回『Late Spring』をリリースしたギアボックス・レコーズは、主にジャズの発掘音源や現行のUKジャズ・シーンを積極的に取り上げてきたレーベルです。なぜこのレーベルからアンビエント/ドローンのシーンで活躍されてきた畠山さんのアルバムを出すことになったのでしょうか?

畠山地平(以下、畠山):イギリスのBBCでラジオDJとして活動しているニック・ラスコムに声をかけていただいたことがきっかけでした。今回のアルバムでライナーノーツを書いている人です。彼は以前から僕の音楽を知ってくれていたんですが、ギアボックスともつながりがあって、「ギアボックスというイギリスのレーベルがあるんだけど、新しいアルバムを出さない?」と提案してくれたんです。ただ、レーベルのラインアップを見てみたらジャズのアルバムばかりだった。それで「ここから僕のアルバムを出してもいいんですか?」と相談してみたら、これから日本支社を設立して新しくエレクトロニック・ミュージックのシリーズを始めるということだったので、それならアリだなと思って出すことに決めました。

——なるほど、ギアボックスの新しい路線の第1弾として畠山さんに白羽の矢が立ったんですね。そのオファーはいつ頃来ましたか?

畠山:昨年です。けれどオファーをいただく前の2017年末頃から制作し続けていたアルバムがあって、それがちょうど完成しそうな時期だったんですね。なのでその音源を送って「ほぼ完成している作品があるんですけど、どうですか?」と聞いてみたら、「これでいきましょう!」と言っていただけた。それで最終的な音の調整をしてリリースに至りました。

——畠山さんはこれまで国内外のさまざまなレーベルからアルバムをリリースしてきましたが、レーベルごとに音楽的な方向性やコンセプトも分けているのでしょうか?

畠山:明確にコンセプトを分けているわけではないですけど、うっすらとは区別していますね。今回の新譜に関しては結果的にはギアボックスを想定せずに作ったアルバムになりましたが、例えばルーム40というオーストラリアのレーベルからこれまで5枚のアルバムをリリースしていて、そこから出す時の音のイメージのようなものは自分の中にあるんです。なのでルーム40の作品はある意味でシリーズ化しているところもあります。

——シリーズというと、畠山さんご自身で運営されているホワイト・パディ・マウンテンからは「ヴォイド(Void)」と題したシリーズを出されています。今年1月には第22弾がリリースされましたよね。ヴォイド・シリーズはどのような位置付けの作品なのでしょうか?

畠山:もともとはライヴ音源と未発表音源をデジタル・ダウンロード・オンリーで出すというコンセプトでした。2010年からスタートして、当時はまだフィジカル・リリースの方がかろうじて主流だったので、モノ化しない作品もおもしろいかなと。けれど、次第にSpotifyやApple Musicなどのストリーミングサービスが普及して、自分の作品の再生回数を見てみたら、普通にリリースしたアルバムよりもヴォイド・シリーズの方が人気だった(笑)。ならヴォイドの雰囲気を保ちつつ新録を出したり、フィジカル・リリースするのもアリだなと思って、それで徐々に当初のコンセプトから離れていきました。第22弾はすべて新曲な上にCDでリリースしていますからね。

——「ヴォイドの雰囲気」というのは具体的にはどういったものですか?

畠山:フィジカル・リリースすると在庫をさばかなきゃいけないじゃないですか。それに、他のレーベルから出すとどうしても売り上げを気にしなければならなくなる。そういった商業的な側面を考えずに、とにかく自分が好きな音を発表しようということが最初のコンセプトとしてはありました。なのでもともとは長尺のドローンがメインだったんですが、これも徐々に変わってきていて、特にコロナ禍になって以降は僕自身が長い曲を聴いたり作ったりする気力が減ってきてしまったんです。それで最近は3~4分の短い曲をどんどん録って出していて。ただ、昨年はそうだったんですが、そのモードも今は変わりつつあって、最近はまた7~8分のやや長い曲を作っています。

新譜に通底するデイヴィッド・リンチ、小津安二郎、「侘び寂び」の共通点

——『Late Spring』も3~4分の短い曲が多数収録された作品ですよね。それぞれの楽曲でシンセやギターなど使用楽器を絞り込んだところもおもしろいと思ったのですが、畠山さんにとって今作で新たに挑戦したことはどのような点でしたか?

畠山:モジュラーシンセのセッティングがそろったので、それだけを使って演奏する曲に挑んだことは大きかったですね。あとはエレキギターも録音の仕方を変えました。録音方法を変えるとそこから出てくるアイデアも変化するんですよ。アコースティックギターは結果的に7曲目の「Thunder Ringing in the Distance」でしか使用しなかったんですが、それも録音方法にかなりこだわっていて。この曲はアコギの即興演奏を一発録りしていて、ポストプロダクションで電子音を加えたりしていないんですけど、音をマイクで拾ってミキサーとエフェクターにその場で通して演奏しているので、一聴してアコギの音だとは思えないようなサウンドに仕上がっているんです。それも録音方法から出てきたアイデアの1つで、今回挑戦したことでしたね。

——各楽曲を「シンセまたはギターを用いて即興的に演奏したソロ」と捉えると、アンビエントな質感のジャズと並べて聴いても楽しめるなと思いました。アルバムを制作する上で、インスピレーション源になった人物や作品などはありましたか?

畠山:いくつかあるんですが、一番大きかったのは2017年に放送された『ツイン・ピークス The Return』でした。25年ぶりに新シリーズが放送されて話題になりましたよね。あのドラマを観ていて、映像や音響のテイストから刺激を受けて、Prophet-5というアナログシンセで即興演奏をしながらモジュラーでグリッチ・ノイズ的なものを入れた「Spica」という曲を作ったんです。同じ流れで「Butterfly’s Dream」の1と2も作りました。

——『ツイン・ピークス』といえばデイヴィッド・リンチ監督の代表作としても知られていますが、新譜のタイトルからは小津安二郎の映画『晩春』(1949年)もほうふつさせます。

畠山:もちろん『Late Spring』のタイトルは小津の『晩春』が由来になっています。小津安二郎とデイヴィッド・リンチは全然タイプの違う映画監督ですけど、僕の中ではつながっているんですよね。というのも、『ツイン・ピークス』の思想の大本を探っていくと、東洋思想に行き着くところがある。デイヴィッド・リンチがいわゆる超越瞑想や仏教的な思想から影響を受けていて、『ツイン・ピークス』のストーリーを仏教的に解釈する見方もありますからね。小津安二郎のテイストも、仏教そのものではないですけど、どこかその精神性が紛れ込んでいる部分はあって、その意味で共通するところがあるなと思っているんです。

今回のアルバムに関しては、「即興一発録りで良いテイクを探していく」というコンセプトと、「侘び寂び」のような日本的な美意識、いわば茶室の飾り気のない趣きを出そうという狙いがありました。茶道の美意識も辿ると禅仏教に行き着きますよね。それでデイヴィッド・リンチと小津安二郎と「侘び寂び」がつながって、タイトルを『Late Spring』にしたんです。

——アルバムを通して聴くと、夜明けから始まり夕方に終わるという曲名の並びの通り、とある1日の情景が浮かんでくるかのようでもありました。曲名はどのタイミングでつけたのでしょうか?

畠山:曲名はいつも最後につけています。音源がそろったらアルバム名を先に決めて、その後に個々の曲名を考えるんです。アルバム名と関連を持たせつつ、個々の楽曲のサウンドや雰囲気とすり合わせてつけていきます。最近はストリーミングサービスで曲単位で聴く人も多いので、1曲ごとの曲名を大事にしようとは思っているんですが、今回は映画的な流れも意識して、アルバムを通して聴く人のガイドになるようにストーリー性を持たせてつけました。

アンビエント/ドローンの視点から捉えるジャズの魅力

——ジャズ寄りのレーベルからリリースしたアルバムで言うと、2013年にエアプレーン・レーベルから発表した『Sacrifice For Pleasure』もありましたよね。とりわけ千葉広樹さんのヴァイオリン/コントラバスとJimanicaさんのドラムスをフィーチャーした楽曲には、アンビエント・ジャズとも呼べそうな雰囲気がありました。

畠山:そうですね。ただ、あの作品に関しては『Late Spring』のような一発録りではなくて、実は編集作業にとてもこだわったんですよ。千葉さんとJimanicaさんと録音したのは2008年で、なかなか形にならなかった思い出があります。当時はバンド形式でウィーンのラディアンのようなエレクトロアコースティックな音楽をやろうと思っていて、それで2人を誘ったんです。けれどバンドとしては継続せず、結果的にあのアルバムに収録されることになりました。今でも機会があればジャズっぽいアンビエントをバンド形式でやりたいとは思っているんですけどね。

——畠山さんはどういった種類のジャズが好きですか?

畠山:若い頃はフリー系が好きだったんですけど、35歳を過ぎたあたりからはモダン・ジャズの方が気持ちよくなってきましたね。時々Spotifyでモダン・ジャズのプレイリストを流し聞きすることもあります。とはいえ、やっぱり今も好きなのはサン・ラとかアリス・コルトレーンとか、いわゆるスピリチュアル・ジャズと呼ばれるような種類の音楽ですね。サン・ラでいうと、集団でカオティックになるシーンよりも、メロディックでメランコリックな音像というか、合唱が入っていたりするような、アルカイックな雰囲気が好きなんです。フェイバリット・アルバムを挙げるとしたら名盤ですけど『Sleeping Beauty』(1979年)とか、あとは『Cosmos』(1976年)あたりですね。フェイザーがかかった弦楽器やピアノが入っているのがグッと来るんですよ。

——『Lanquidity』(1978年)もそういった雰囲気ですよね。ところで以前、「TOKION」で音楽評論家の原雅明さんがアンビエント・ミュージックの一種としてマイルス・デイヴィスの『In A Silent Way』(1969年)や『Get Up With It』(1974年)を取り上げていましたが、あのあたりはどうでしょうか?

畠山:もちろんマイルス・デイヴィスも好きですよ。けれどマイルスで一番好きなのは、実は『On The Corner』(1972年)の元になったセッションが収録されている6枚組ボックス・セットなんです。『On The Corner』自体はファンクの文脈で語られることが多いですけど、僕は編集する前のセッション垂れ流し状態の方が好きで、アンビエント・ミュージックのように流しっぱなしにして聞いていることがよくありますね。

——原雅明さんの論考では、マイルスとブライアン・イーノの影響下に生まれたアンビエント寄りのジャズとして、菊地雅章のシンセ・ソロや清水靖晃の作品にも言及されていました。近年ではニューエイジ/アンビエント・リバイバルの流れで再評価されている作品でもありますが、これら1980年代日本のアンビエント寄りのジャズはどのように捉えていますか?

畠山:僕がアンビエント・ミュージックを作り始めた2000年代前半を振り返ると、正直に言えば、当時の感覚としては清水靖晃さんの音楽は少し前のサウンドだなと思っていたんです。その頃はオウテカとかフェネスとか、ワープやメゴ周辺の音楽がとても新鮮だと感じていましたから。それから10年ぐらい経過してから、ようやく1980年代の日本のアンビエント・ミュージックをしっかりと聴くようになりました。なので2019年にコンピレーション・アルバムの『Kankyō Ongaku』が出て、そこで初めて知ったミュージシャンも多かった。ただ、吉村弘と芦川聡に関しては、2000年代当時から良いなと思って聴いていました。

アンビエント・ミュージックの世界に足を踏み入れたきっかけ

——畠山さんがアンビエント・ミュージックの制作を始めた時、吉村弘や芦川聡のアルバムもインスピレーション源になりましたか?

畠山:いや、アンビエント路線に進み始めた後にその2人は聴きましたね。それ以前はワープやメゴ周辺のエレクトロニカとか、HEADZが出しているようなポストロック/音響派にどっぷりと浸かっていて、ラップトップPCを購入したのでラップトップ・ミュージックをやろうと思ったことが出発点になったんです。ジム・オルークもよく聴いていて、何度もライヴに足を運んでいましたね。ガスター・デル・ソルの『Camoufleur』(1998年)も好きでした。あとデイヴィッド・グラブスが来日して青山CAYでやったライヴを観に行ったんですが、それもめちゃくちゃ良かった。その頃にインプロ系のライヴにもよく行くようになりました。

——ブライアン・イーノでもなく、エレクトロニカやポストロック/音響派からアンビエント・ミュージックの世界に入っていったと。

畠山:そうなんですよ。ブライアン・イーノももちろん聴いていたんですけど、やっぱり少し前のサウンドだなと当時は感じていて。今は全くそういう風には思わないんですけどね。イーノがきっかけでアンビエントを始めたわけではありませんでした。

——イーノと言えば「興味深いが無視できる」という両義性をアンビエント・ミュージックの定義として提示したことでも知られています。今作『Late Spring』も、リラックスしながら流し聞きできる一方、注意深く聴くとうっすらとノイズが鳴っていたり、ミニマルなフレーズが急に不規則に動いたりと、興味深い瞬間が多々発見できるのですが、畠山さんはこうしたイーノ流のアンビエントの両義性についてはどのように考えていますか?

畠山:イーノが言っているような両義的な音楽のあり方は、今回の作品に限らず、常に意識して作っていますね。僕自身も集中して音楽を聴く時と、読書をしながらBGMとして流し聞きする時がありますし。自分のアルバムが一通り出来上がったら、しっかりと聴いて確認する作業だけではなくて、あえて本を読みながら流し聞きをして「邪魔になるところはないかな?」と探すこともあるんです。流し聞きをして気になるところが見つかったら修正するようにしています。

畠山地平
2006年にChihei Hatakeyamaとしてシカゴの前衛音楽専門レーベルKrankyより、ソロ・アルバム『Minima Moralia』をリリース。以後は、イギリスのRural Colours、Under The Spireやオーストラリアのルーム40、日本のHome Normalなど、国内外のインディペンデントレーベルから多くの作品を発表し、海外でのライヴ・ツアーもおこなっている。海外での人気が高く、Spotifyの2017年「海外で最も再生された国内アーティスト」ではトップ10にランクインした。4月にイギリスのギアボックス・レコーズ」からアルバム『Late Spring』を発売した。

Photography Teppei Hoshida
Edit Jun Ashizawa(TOKION)

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author:

細田 成嗣

1989年生まれ。ライター、音楽批評。編著に『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(カンパニー社、2021年)、主な論考に「即興音楽の新しい波──触れてみるための、あるいは考えはじめるためのディスク・ガイド」、「来たるべき「非在の音」に向けて──特殊音楽考、アジアン・ミーティング・フェスティバルでの体験から」など。国分寺M'sにて現代の即興音楽をテーマに据えたイベント・シリーズを企画、開催。 Twitter: @HosodaNarushi

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