「映画には社会を変える力があると信じている」 新世代の香港映画『星くずの片隅で』のラム・サム監督インタビュー

活気あふれる国際都市・香港は、1997年の中国返還により徐々に変貌し、一国二制度が形骸化。かつての自由な空気はなくなり、2019年から大規模な民主化デモが発生した。その様子を描いた『少年たちの時代革命』(2020年)をレックス・レン(Rex REN)と共同で監督したラム・サム(LAM Sum)監督の、単独監督デビュー作『星くずの片隅で』が7月14日から順次公開される。

コロナ禍で静まり返った2020年の香港を舞台に、清掃会社「ピーターパンクリーニング」を経営する不器用な中年男のザク(ルイス・チョン)と、若きシングルマザーのキャンディ(アンジェラ・ユン)を主軸に、都会の片隅でひたむきに生きる人々の姿を温かく描く。

2022年より妻子とともにイギリス・ロンドンに暮らしているラム・サム監督に、オンラインでインタビューを試みた。

ラム・サム(林森 LAM Sum)
1985 年生まれ。香港演芸学院電影電視学院演出学科卒業。短編映画やドキュメンタリー映画の制作のほか、映画制作の講師としても活動。代表作に短編『oasis』(2012)、共同監督作『少年たちの時代革命』(2021年/日本公開2022年)など。本作が初の単独長編監督作。2022 年よりイギリス・ロンドンを 拠点に活動する。

北野武や是枝裕和からの影響

——映画監督を目指したきっかけから教えてください。

ラム・サム:小さい頃はサッカー選手になりたいと思っていて、映画監督になろうなんてことは1ミリも考えていませんでした。ただ、香港ではスポーツで生計を立てるのが難しいことを知り、早い段階で挫折しました。

中学生になると音楽に興味が芽生えてきて、友達と一緒にカルチャーを共有していく中で、自然と映画も観るようになり、感動を経験し、自分も何かストーリーを作って、人を感動させたいと思うようになったんです。

日本映画では北野武監督の『HANA-BI』(1997年)に感動しました。映画監督を目指したきっかけとなった作品は、是枝裕和監督の『誰も知らない』(2004年)です。19歳の頃に見て、2年後に映画学校に入学しました。

——ご自身の映画作りにおいて、北野監督や是枝監督から影響を受けている部分はありますか?

ラム・サム:北野監督の『HANA-BI』は、登場人物の感情の変化がきめ細かく描かれているところが本当に素晴らしかった。『星くずの片隅で』においては、そこが影響を受けた部分ではありますが、どちらかというと、是枝監督の『誰も知らない』からより大きな影響を受けています。

初めて『誰も知らない』を観た時に、そのリアルさにすごく惹かれましたし、驚きました。どういう演出をすれば、子役達にこんなに自然な演技をしてもらえるのだろうか? と。今回の映画でもキャンディの娘ジューを演じる子役(トン・オンナー)に対し、『誰も知らない』を参考に、なんとか自然な演技を引き出すようにしました。

——是枝監督は子役に台本を渡さずに、セリフを口伝えして演出するらしいですが、監督はどのように演出しましたか?

ラム・サム:オンナーちゃんは初めての映画だったので、なかなかセリフを覚えられませんでした。そこで我々が取った方法は、一緒に遊ぶことと、「こういう場合はどうするの?」と一緒に考えるというものでした。

キャンディとジューがザクの「ピーターパンクリーニング」に迷惑をかけてしまい、キャンディが落ち込んでいるシーンは特に印象的でした。ジューが母親に近寄っていき、「自分が悪い」といった意味のことを言いますが、あのセリフは脚本にはありませんでした。このシーンに関しては、ジューのセリフを空白にしておいたんです。オンナーちゃんに、「今、どういうことが起きているかわかる?」「今、お母さんがすごい落ち込んでいて、ザクさんにすごい怒られちゃったんだけど、どうやったらお母さんを慰められるかな?」と、誘導のようなことをしました。そしてカメラを回したら、彼女はキャンディに近づき、母親の背中を触りながら、「悪いのは自分で、お母さんは何も悪くない」と言いました。あれはオンナーちゃんから自然に出てきた言葉でした。

——だからセリフに感情が乗っているんですね。セリフといえば、映画の中でキャンディが時々日本語で話していたのはなぜでしょう?

ラム・サム:キャンディのキャラクター設定は香港の若者で、私が映画学校の先生をやっていた頃の教え子達をモチーフにしました。彼等・彼女等は日本が大好きで、日本語を習っていた子も珍しくなく、チャットグループで日本語でのやりとりをすることもありました。ですので、キャンディが日本語を話すことに、設定上の違和感はありません。ただ、私が書いた脚本に日本語のセリフはありませんでした。アンジェラさんが突然、アドリブで日本語を喋りだしたんです。キャラクター的にも合っているし、そのまま採用しました。

——アンジェラ・ユンはVaundyの「Tokimeki」MVにも出演しているので、日本語に馴染みがあるのでしょうね。そもそも、彼女をキャンディ役に起用した理由は?

ラム・サム:キャンディ役は当初違う役者を予定していたのですが、コロナ禍でスケジュールが延期して、その女優のスケジュールが合わなくなってしまったんです。そこで行ったオーディションに、アンジェラさんが参加しました。彼女は緊張していて、何となく本心を隠しているような雰囲気にキャンディと重なるものを感じ、彼女に決めました。

アンジェラさんはキャンディの役作りとして、派手なファッションでオーディションに来ました。キャンディのキャラクターに合っていたので、スタイリストとも相談して、それをベースにしてキャンディとジューの衣装を決めていきました。キャンディというキャラクターには、強い生命力を込めています。困難な状況でも個性的で生命力のある服装やインテリアを通して、キャンディという役を表現しました。

——インテリアといえば、キャンディとジューの部屋に飾られたカレンダーに、ひらがなの落書きも見えました。

ラム・サム:細かいところに気づいてくれてありがとうございます。アンジェラさんとオンナーちゃんはカメラが回っていない時も、親子みたいに仲良しで、ずーっと一緒に遊んでいました。その日本語の落書きも、彼女達が遊びながら書いたものです。それをそのまま撮影して、映画の中に採用したという流れです。

——監督から見た、日本という国に対するイメージはどんなものでしょうか?

ラム・サム:自分を含めて、一般の香港人は日本が大好きです。私は日本に何回か旅行をして、整備された公園や、食事のおいしさに感動しました。正直なところ、日本に対しては、幻想に近い、理想郷みたいなイメージがあります。もちろん、それが現実ではないとわかっています。外国の方が香港を見ると素晴らしい場所に見えるかもしれないけれど、実際にはいろんな問題があるのと同じように。それでもやはり日本の食事は大好きです(笑)。

映画を通じて自分の考えを発信する

——弱者に寄り添う目線にも、是枝作品に共通するものを感じました。それはラム・サム監督にとって、映画を作る上でのテーマでしょうか?

ラム・サム:ある意味そうかもしれません。学生時代の作品やその後の短編も、人と人との関係性や困難をテーマに映画づくりをしてきました。私自身、あまり裕福ではないエリアの出身なので、そういう人達が直面する困難や感情を、自分の経験として映画の中に入れています。今回は、私が成長する過程で手を差し伸べてくれた大人達の姿を、主人公のザクに投影しています。

あまり日の当たらない一般の人達が映画で取り上げられることは多くないので、一般人でもある自分が、価値のあるストーリーとして発信していきたいなという思いもあります。せっかく映画を通じて、自分の考えを外に向けて発信する力を得たので。

——『星くずの片隅で』では、ザクの友人がカナダへ移民します。中国からの締め付けが厳しくなる一方の香港市民にとって、国外への脱出が1つの選択として描かれています。2021年よりイギリスは香港市民にイギリス市民権を獲得できる特別ビザを発行し、香港からの移民が殺到しているというニュースを読みました。監督も今ロンドンにいらっしゃるということですが、それは移民したということですか?

ラム・サム:妻と子どもと一緒に移民して1年が経ちますが、香港にはこの1年で3回帰っているので、移民なのか移住なのかは言い切れない状態です。完全に移民したとしても、香港には家族がいるので、今後も帰ると思います。

移民した理由の1つはもちろん、政治的な大転換期だからです。ただ、移民しようと思った瞬間は、コロナ禍での生活にありました。2019年に下の子が生まれて、コロナ期間中に、歩けるようになったのですが、外で遊べなかったんですね。公園が完全に封鎖され、学校も休校で、上の子もずっと家にいるしかない。子ども達をこのような環境で育てたくないという気持ちが強くなった瞬間に、香港を離れようと決断しました。

——ロンドンでの映画制作の見通しはいかがですか?

ラム・サム:今のところは正直わかりません。まだ移住して1年なので、人間関係もイチから作り直さなければならないし、さまざまなところでわかっていないことが多いので。気持ち的には、引き続き映画の制作活動をしていきたいと思っています。必要に応じて香港に戻って制作することもできますし、ポジティブに考えています。

——香港の政治的な現状は、日本にいる自分にとっても他人事とは思えません。市民の自由がどんどん奪われていく現在の状況において、映画にどんな力があると考えていますか?

ラム・サム:私が映画を作る目的は、映画を使ってストーリーを伝えることによって、誰かを元気づけたり、力づけたりすることです。今の香港では、映画に対する締め付けが厳しくなっていて、『少年達の時代革命』のように、映倫を通せずに上映禁止になってしまう作品がたくさんあります。なぜなら、政府は映画に人や社会を変える力があることを知っているから、映画を恐れて規制するんです。私も、自分の作る映画には、誰かを元気づける力や、社会を変える力があると信じています。

■『星くずの片隅で』(原題:『窄路微塵』 英題:『The Narrow Road』)

■『星くずの片隅で』(原題:『窄路微塵』 英題:『The Narrow Road』)
7月14日からTOHOシネマズ シャンテ、ポレポレ東中野ほか全国ロードショー 
©︎mm2 Studios Hong Kong

出演:ルイス・チョン(張繼聰)、 アンジェラ・ユン(袁澧林)
パトラ・アウ(區嘉雯)、 トン・オンナー(董安娜)
監督:ラム・サム(林森)
プロデューサー:マニー・マン (文佩卿)
脚本:フィアン・チョン (鍾柱鋒) 
撮影:メテオ・チョン (流星)
2022|香港|カラー|DCP|5.1ch|115 分
https://hoshi-kata.com

author:

須永貴子

ライター。映画、ドラマ、お笑いなどエンタメジャンルをメインに、インタビューや作品レビューを執筆。『キネマ旬報』の星取表レビューで修行中。仕事以外で好きなものは食、酒、旅、犬。Twitter: @sunagatakako

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