俳優・宮沢氷魚が考える「役を演じること」と「いい役者」

宮沢氷魚(みやざわ・ひお)
1994年カリフォルニア州サンフランシスコ生まれ。2017年 TBS系ドラマ『コウノドリ』第2シリーズで俳優デビュー。以後、ドラマ 『偽装不倫』、NHK連続テレビ小説『エール』、NHK連続テレビ小説『ちむどんどん』、『THE LEGEND & BUTTERFLY』、舞台『パラサイト』他、話題作に出演し続ける。 初主演映画『his』では、4つの新人男優賞を受賞、映画『騙し絵の牙』では、第45回日本アカデミー賞新人俳優賞受賞、映画『エゴイスト』では、第16回アジア・フィルム・アワード助演男優賞受賞など、数々の賞を受賞。
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2020年に実施した“映画をつくりたい人”を募集するプロジェクト「感動シネマアワード」(主催:レプロエンタテインメント)で大賞を受賞した映画『はざまに生きる、春』が5月26日から全国公開される。本作は現在出版社で漫画編集者として働く葛里華(かつ・りか)監督による初のオリジナル長編作品で、発達障がいの特性がある画家・屋内透と、出版社に勤務する女性・小向春の恋模様を描いている。

主演・屋内透を演じたのは第12回TAMA映画賞最優秀新進男優賞や第45回報知映画賞新人賞など数々の映画祭でその実力を認められ、今年も映画『THE LEGEND&BUTTERFLY』、映画『エゴイスト』など出演作が続く、今注目の俳優・宮沢氷魚だ。

「発達障がい」の特性がある屋内透を演じるにあたって、意識したこととは。そして、いい役者とはどんな人か。自身の考えを真摯に語ってくれた。

屋内透を演じる上で意識したこと

——『はざまに生きる、春』は、宮沢さんが所属する事務所、レプロエンタテインメント主催の映画コンペティション『感動シネマアワード』から誕生した作品だそうですね。

宮沢氷魚(以下、宮沢):2020年に始動したこのプロジェクトで、僕達所属俳優を当て書きした脚本を募集しました。集まった作品は、僕自身も読ませていただき、最終的には3〜4作品が候補に残りました。その中でも、僕は『はざまに生きる、春』をやりたいと思い、選ばせていただきました。

——この作品に決定したポイントは?

宮沢:どの脚本も自分をイメージして書いてくれているので、「確かに自分ってこういう要素があるな」「こういうふうに見えるんだ、確かにそうかもしれないな」と、入り込みやすい傾向がありました。『はざまに生きる、春』は、1つひとつの台詞やシチュエーションから、脚本を書いた葛里華監督の思いや熱量が感じられて、ぜひ映像化したいなという思いになりました。ただ、この状態でも面白いけれど、まだまだ面白くなりそうとは感じたので、これから監督と話したりすることでより面白い作品になるだろうなと、勝手にワクワクしている自分がいたことが、大きな理由の1つかなと思います。

——宮沢さんの中に、プロデューサー的なスタンスはありましたか?

宮沢:そこまで大げさではないですけど、この作品を選ばせてもらったのは自分ですし、こんなに早い段階から役者の自分が制作に関わることってほぼないので、責任を持って公開まで迎えたいという思いはありました。完成した作品を見た時も、やはり他の作品とは違う感動がありましたね。普段はすでに何回も修正が入った台本を製本した状態でいただきますが、今回は台本を一緒に修正していったので、長く関わった分、思い入れがちょっと違いました。

——宮沢さんが演じる屋内透という人物に対しては、どうアプローチしましたか?

宮沢:透君をどういうキャラクターにして、どう演じようかというところで、いろんなパターンを考えました。この作品はすごく温かい雰囲気になると思っていたので、透君を皆さんに愛されるキャラクターにしたいなと思いました。ただ、透君の台詞だけを読むと、時にキツいことを言っているし、春ちゃん(小西桜子)の気持ちが理解できなくてさらに困らせるような言葉を言ったりするので、そこでどうやったら透君の魅力を伝えられるのかを考えました。

例えば、春ちゃんにぶつける言葉は冷たいけれど、その言葉が出るまでに、手をたくさん動かしたり、目線をいろいろなところに持っていく。発達障がいの1つの特性でもあるんですけど、体の動きが多いんですよね。どういうふうに言葉を伝えようかなという迷いや、これは言っていいのかなという気遣いや思いやりがあるのに、結局わからないから、春ちゃんに対して「わかんない、もっとはっきり言ってよ」という言い方になってしまう。彼のその葛藤みたいなものを、所作や動きで表現したいなと思い、監督と話しながら工夫していきました。

——発達障がいを持つ青年や、『his』や『エゴイスト』で演じた同性愛者の役柄もそうですが、社会におけるマイノリティを演じることは、どう考えていますか? 演じ方や仕上がり方によっては、傷つく人が出てきてしまうから、繊細な向き合い方をしなければいけないものでしょうか?

宮沢:どんな役も役柄にかかわらず結局難しいと思っています。マイノリティを演じることが、特別難しいわけではなく、ただ準備が必要ということであって。『his』のシュンも、『エゴイスト』の龍太も、今回の透君もそうなんですけど、自分の演じ方を1つ間違えただけで、たくさんの人を傷つけたり、差別を助長したりしてしまう可能性があるんです。発達障がいのことを知らない方が、この映画で初めてアスペルガー症候群というものを知った時に、この映画に描かれていることがその人にとって「正解」になる。だからこの物語の中で我々が演じる発達障がいやアスペルガー症候群の特性というものは、ちゃんと真実のものでないと、間違ったものとして広まってしまう。それが一番怖いので、いろんな方に事前にお話を聞いて、慎重に表現できるように、しっかり準備をしたつもりです。

——そこから、透君の役作りをしていったんですね。

宮沢:はい。葛さんが、当事者の方達にインタビューをした動画を送ってくださいました。発達障がいと言っても、すごく幅が広くて、「これが発達障がいです」という典型的なものはないし、ジャンル分けも難しいんです。たくさんのインタビュー動画を見て、いろんな個性や特性があったので、逆に僕は自分が思う屋内透君を作っていいんだと、ある意味、すごく気が楽になりました。もちろん医療監修の方や監督と話しながらですけど、困ったら助けてくれる人達がいるという安心感がありました。

——過去の映画やドラマで参考にした作品はありますか?

宮沢:『レインマン』は昔から好きで、あの映画を見て僕は、人は1人では生きていけないと感じたんですよね。透君は1人暮らしをしていて、家の中にアトリエがあって、そこで作ったアートを発注されたところに持っていけばいい生活なので、1人で生きていけるようにも見えます。でも、春ちゃんという人物が自分の人生に関わってきた途端、そこで化学反応が起きて、より豊かな時間を過ごせて、そこに喜びを感じる透君がいて。そこは『レインマン』をはじめ、発達障がいをテーマにしている作品はどれもそうだと思うんですけど、人間はお互いを助け合って、高め合って、より素晴らしい毎日を過ごすという結末を迎えるんですよね。そこは僕の中で「そういうことだよね!」という1つの正解や確信みたいなものに変わった気がします。

「いい役者」は、器用すぎない人

——透君は青い絵ばかりを描くアーティストです。彼のものづくりに対する姿勢を、どう思いましたか?

宮沢:純粋にうらやましいなと思いました。透君はアスペルガー症候群の特性を持っている人達の中でも、すごく恵まれているほうだと思います。特技や才能があって、そこに情熱を注ぎ込める性格やエネルギーを持っている。何かを生み出すために、あんなにも没頭できる透君って、いいなと思います。僕も役者やモデルという、何かを世の中に出す側にはいるんですけど、透君ほど情熱を持っているかと聞かれるとちょっとわからない。役者は台本や作品などを与えられて、ヘアメイクさんやスタイリストさんにビジュアルを作ってもらって、監督の演出などを加えられて、やっと成立する仕事です。僕達はある程度できたものにちょっとスパイスを加えるだけであって、0→1のことはできません。だから透君みたいに、何もない真っ白なキャンバスに0から1を生み出せるところにすごく憧れや魅力を感じます。

——ここ数年は、監督として作品を作る俳優さんが増えてきていますが、宮沢さんはそのあたりの意欲はお持ちですか?

宮沢:考えたことはありますけど、とても僕にはできないと思いました。というのも、役者をやっていて、自分の役を理解するだけでもすごく時間がかかるし、体力も使うし、結局最後まで正解かどうかがわからない不安があるんです。脚本家や監督、もしくは両方をやった場合、全部の役やスタッフも見なきゃいけないじゃないですか。全てのキャラクターを自分の中で理解して、それを文字に起こしたり、役者さんから「この役はこのシーンでどういう感情ですか」「どういうふうに演じればいいですか?」と聞かれても、全然わからないなと。それは向いている人に任せて、僕はプレーヤーとしてやっていきたいなと思います。

(池田)エライザさんが監督をやってますけど、すごいなと思います。彼女とは仲がいいから、いろんな相談をするんですよ。その時のアドバイスが適切なんです。単に状況判断をした上での一般論的なアドバイスではなくて、僕の性格や過去の経験、そのときの状態を瞬時に理解して、「今こういうこと思ってるんだよ。こういう状態でしょ? だったらこうだよ」というアドバイスを言ってくる。「すげえ! なんでわかんの?」と驚きます。彼女のように、本人以上にその人のことをわかっている人が、監督をやるべきだと思います(笑)。

——「プレーヤーとしてやっていきたい」とおっしゃいましたが、宮沢さんが考える「いい役者」とはどんな俳優でしょうか? ご自分のステージが変わっても大事にしたいものとは?

宮沢:本当にいろんな役者さんがいて、第一線で活躍してる人は皆さん素晴らしいんですけど、自分がそうでありたいなと思う「いい役者」は、器用すぎない人です。誰とは言えないんですけど、自分の周り、特に若い役者さん達って、すごく器用なんですよ。泣きのお芝居でスーッと泣けるし、「こういう表情が欲しい」と言われるとすぐにその表情ができる。僕は器用な役者じゃないので、「すごいな」と思うけど、「で?」で終わっちゃうんです。テクニックで流す涙は、言ってしまえば嘘の涙です。僕は、不器用でも心の中で一生懸命役の感情や状況を想像して、感じて、感情を出す役者さんが好きです。ただ泣くんじゃなくて、対峙している時に、「今、内心いろんなことを考えてモヤモヤしてるんだろうな、なんだか超怖いな」と感じさせる人や、悲しみを表現する時に、過去の自分の悲しい経験を一生懸命思い出した上で出てくる表情とか、そういうお芝居に惹かれます。映画を見ても、そういう人のお芝居って嘘がないから、すごく届いてくるんですよね。僕は、泥臭くて不器用なお芝居を大事にしたいです。

——泥臭さや不器用さを大事にしつつ、上手になりたいと思いますか?

宮沢:それはもちろん! 上手くなるのは前提です。でもそれがただのテクニックになってしまうのではなくて、テクニックの中にちゃんと感情がのっていれば一番いいなと思います。その辺のバランスは大事ですよね。

——6月からは舞台『パラサイト』に出演されますが、年に1本ペースで舞台に出演するのはご自身の希望ですか? やはり舞台に出ると、地肩が強くなるという実感がありますか?

宮沢:去年はやってないんですけど、2021年まではほぼ毎年やってましたね。たまたまそのタイミングで舞台の話があるだけで、「そろそろ舞台をやるか」ということでもないんですけど、自分にとっての舞台はある意味、映像でやってきたことを壊す場所ではあります。ずっと映像が続いてると、その中でやりやすい芝居になりますし、求められるものもだいぶ限られてきます。舞台という場所はお客様の前で、生でお芝居をするのでごまかしがきかない。真実を伝えるお芝居を磨いていく場所だと思うので、定期的に舞台があると、自分がちょっとずつステップアップするというか、自分のことを見つめ直す時間になっている気がします。

——23時間のお芝居の台本を全部覚えるところから、映像作品とは全然違いますよね。稽古をするとはいえ。

宮沢:やばいです……。台詞を覚えながら、たまに「なぜ引き受けたんだろう?」と思っちゃいます(苦笑)。

「これ以上はもう自分は何も生み出せないな」と思えたら幸せ

——今年の2月6日、日本外国特派員協会で行われた映画『エゴイスト』の記者会見を拝見して、宮沢さんの話し方や態度に、日本語で話す時よりも力強い印象を受けました。笑い声も「HAHAHAHAHA!」という表記が似合うような。

宮沢:そうでしたか?

——個人的な印象ですが。日本語を話す時と英語を話す時とで、自分のキャラクターにちょっと違いが出るな、という意識はありますか?

宮沢:意識はしていなかったですけど、言語がその人のキャラクターを構築するとは思っています。英語と日本語は全然違うので。英語という言語自体が日本語よりもシンプルで、例えば喜びを伝える言葉も、日本語に比べるとすごく少ない。日本語は相手との距離感によってどの言葉を選ぶかも変わってくるし、感情も伝わるんですけど、英語はどれくらいハッピーなのかを表情や声の高低、ジェスチャーで伝えるから、自然と表情が豊かになる。というのは、言葉に伝えきる機能がないから生まれるものだと思います。おそらく他の言語だとまた違ってくると思いますし、それが国民性にも影響しますし。僕の場合は多分、中身は同じまま、伝え方が変わったということだと思います。

——あの会見で、「ハリウッドに限らず、日本以外の国の作品に参加したい」という発言をされていました。それは英語で演技をしたいということですか?

宮沢:せっかく英語が話せるので、英語でもお芝居をしたいという意欲はもちろんありますが、言語の縛りではなく、日本以外でお仕事がしたいんです。例えばアメリカで撮る日本のお話なら日本語の台詞になるし。ただ、撮影現場の環境を変えてみたいんです。僕は生まれがアメリカで、幼稚園から大学までインター系の学校に通って、いろいろな人種、文化、宗教の人達と育ってきました。いろんな国のちょっとしたニュアンスや世界観みたいなものがわかるから、それを現場を通してもっと深く知りたいんです。例えばイギリスの舞台だとしたら、イギリスの空気感みたいなものをなんとなく知っているから、演劇を通して実際どうなのか、どんな演目があるのかを知りたい。そういう意味で環境を変えてみたいんです。

——それを経て、なりたい俳優のイメージはありますか?

宮沢:これ、というものはないんですけど……。何も決まっていないからこそ、いろいろ経験したいという意欲があって。この先ずっと、自分が役者をやっているとも限らないし。

——そうですか?

宮沢:それはもう、多分みんなそうだと思います。いつ何があるかわからないですし、役者だけが人生じゃないですし。音楽家であれば、バンドでもう自分ができることは終わったから、バンドはやめて作詞・作曲のほうに回ることもあると思いますし。自分はまだまだそこには行き着いていないですが、この仕事を始めた以上は「もう役者としては全部やりきった」と自分で思えるところまで行ってみたいです。「これ以上はもう自分は何も生み出せないな」と思えたら幸せだと思うので。

Photography Takahiro Otsuji

■『はざまに生きる、春』
出演:宮沢氷魚、小⻄桜子、細田善彦 、平井亜門、 葉丸あすか、芦那すみれ / 戶田昌宏
監督・脚本:葛里華
エグゼクティブプロデューサー:本間憲、倉田奏補、古賀俊輔 
企画・プロデュース:菊地陽介、かなりかピクチャー
プロデューサー:吉澤貴洋、新野安行、松田佳奈
制作プロダクション:セカンドサイ、ザフール
配給:ラビットハウス
©2022「はざまに生きる、春」製作委員会
https://hazama.lespros.co.jp

author:

須永貴子

ライター。映画、ドラマ、お笑いなどエンタメジャンルをメインに、インタビューや作品レビューを執筆。『キネマ旬報』の星取表レビューで修行中。仕事以外で好きなものは食、酒、旅、犬。Twitter: @sunagatakako

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