バラエティとダイバーシティのフェス、大阪アジアン映画祭の魅力 第2幕 連載「ソーシャル時代のアジア映画漫遊」Vol.13

「大阪アジアン映画祭」は、この連載にとって指針であり“恩人”と言っても過言ではない映画祭である。Vol.7では、まるまる1回分紹介した。今回は、今年の「第17回大阪アジアン映画祭」を観て、グッときた作品についてあれこれ、書いてみたい。

バラエティとダイバーシティの方向性をさらに推進する映画祭

まず、2022年第17回の総評をするなら、「バラエティとダイバーシティのフェス」の方向性をさらに推進した映画祭だった。Vol.11「アジアの女性監督考」の最後では、
「『大阪アジアン映画祭』には、昨年話題を集めた韓国映画『はちどり』のように、アジアの女性映画人達、そして女性達の絆を描くシスターフッド映画を積極的に紹介しようとする、暉峻創三プログラミング・ディレクターの意志を感じる」と述べたが、「言うは易く行うは難し」を痛感した。今のほうが、「大阪アジアン映画祭」への尊敬の念は強くなっている」。
と述べた。特に今回は、前回より女性に焦点が当てられていた。第16回で映画『いとみち』がグランプリ・観客賞のW受賞を果たした横浜聡子監督の特集が組まれ、コンペティション部門の審査員3名すべてを女性が務めグランプリ(最優秀作品賞)は、韓国のホン・ソンウン監督の映画『おひとりさま族』(2021)が受賞した。

ホン・ソンウン監督作品『おひとりさま族』(2021)

ここで近年のグランプリ受賞作を書き出してみる。

・2019年 第14回 イ・オクソプ監督作品『なまず』(韓国、女性)
・2020年 第15回 ナワポン・タムロンラタナリット監督作品『ハッピー・オールド・イヤー』(タイ、男性)
・2021年 第16回 横浜聡子監督作品『いとみち』(日本、女性)
・2022年 第17回 ホン・ソンウン監督作品『おひとりさま族』(韓国、女性)

受賞監督4名のうち、3名が女性だった。例えば、過去45回のうち、最優秀作品賞で、女性監督の作品がたった一度も受賞したことがない「日本アカデミー賞」と比較すると、その違いは一目瞭然だろう。ちなみに、ナワポン監督は男性だが、『ハッピー・オールド・イヤー』は女性が主人公の映画なので、この4年間、グランプリ受賞作はすべて女性が主人公の映画なのである。

また、コンペティション部門の15作品のうち、共同監督作『はじめて好きになった人』(2021)が含まれるので、監督が16名いるわけだが、16名のうち6名が女性監督だった。監督が男性であっても、今回のコンペは女性が主人公の作品も多かった。

モハメド・ディアブ監督作品『アミラ』(2021)はパレスティナの女子高生、リョン・ロクマン監督作品『アニタ』(2021)はアニタ・ムイ、チャン・タンユエン監督作品『徘徊年代』(2021)はベトナムから台湾へやってきた「新移民」の女性2人、パク・イウン監督作品『ブルドーザー少女』(2021)は父の事故の真相を探る韓国の少女、ジャンチブドルジ・センゲドルジ監督作品『セールス・ガール』はアダルトグッズショップで代理アルバイトをするモンゴルの女子大学生が主人公だった。

男性主人公の劇映画も、ジョン・ロブレス・ラナ監督作品『ビッグ・ナイト』(2021)ではゲイというよりもバクラの美容師、映画『世界は僕らに気づかない』ではフィリピン出身の母を持つゲイの男子高校生、モストファ・サルワル・ファルキ監督作品『ノー・ランズ・マン』(2021)ではパキスタンからニューヨークへ移り住んだ男性など、マージナル(=境界)な存在に焦点を当てていた。また、今回「来るべき才能賞」を受賞した映画『世界は僕らに気づかない』(2022)の飯塚花笑監督はトランスジェンダーである。

飯塚花笑監督作品『世界は僕らに気づかない』(2022)

“雑”を愛でる「大阪アジアン映画祭」

加えて、「大阪アジアン映画祭」のユニークさは、ダイバーシティに富んだ映画とバラエティに富んだ娯楽映画が混ざり合っているプログラム、すなわち、“雑(いろいろなものが入りまじっていること)”を愛でる方針であることはVol.7で指摘したが、今回もそうだった。

例えば、私がカタログ解説を書いた、ベトナム映画作品『椿三姉妹』(2021)はめったに映画祭で選ばれない「シリーズもの」の娯楽映画実質第4作目である。ちなみに、シリーズの前作にあたるパート1から3までが日本未公開。日本未公開シリーズものの4作目を上映する、アジア関連の映画祭は「大阪アジアン映画祭」をおいて他にないだろう。「大阪アジアン映画祭」は、コンペ部門でもこの雑を愛でる、雑愛方針が生きていて、アートフィルムだけではなく、娯楽映画も好んで選んでいる。それは、フィリピンの映画『ビッグ・ナイト』、中国の映画『宇宙探索編集部』(2021)、そしてモンゴルの映画『セールス・ガール』が、すべてコメディ映画なのである。「大阪アジアン映画祭」の雑愛プログラムは、1日5本観たとしても、上映作に体感5分の娯楽映画が混ざっているので、楽しくて長時間観ていてもあまり疲れず、ありがたいのだ。

「大阪アジアン映画祭」で注目したい映画『アニタ』

そして、今回もっとも注目された作品は、コンペティション部門スペシャル・メンションと観客賞を受賞した映画『アニタ』で、笑いと涙の歌謡伝記作品だ。幸い、この『アニタ』のディレクターズカット版が全5話のドラマシリーズとして、ディズニープラスで独占配信されている。「大阪アジアン映画祭」で上映されたバージョンの137分に対し、このディレクターズカット版は、1話約45分で全5話なのでおおよそ225分、上映版の80分以上長いバージョンとなる。ここでの紹介を読み続けるより、すぐ鑑賞されたほうがいいと断言できるくらい、素晴らしい歌謡伝記映画で、香港映画がこれまで積み上げてきた娯楽映画の心髄を体感できるはずだ。『アニタ』のような歌謡伝記映画は、ハリウッド映画の十八番で、現在、マドンナの伝記映画の制作も進行中だそうだが、果たして日本で『アニタ』のような歌謡伝記映画をアニメではなく、実写で創ることは可能だろうかと考えると、日本映画界の現状と実力が見えてくる気がする。

リョン・ロクマン監督作品『アニタ』(2021)

余談だが、ディズニープラスはスターの伝記ものに力を入れているようで、香港の「明星」、いや世界のスターである、ブルース・リーの伝記ドキュメンタリー作品『水になれ』(2020)も配信中だ。監督は、越僑のバオ・グエンで、Vol.8で取り上げたベトナム映画『走れロム』のプロデューサーの1人である。バオ・グエンを介して、ベトナム映画と香港映画が交差するのは興味深いところだ。

移民に関する劇映画にもフォーカス

移民に関する劇映画も、「大阪アジアン映画祭」はこれまで積極的に上映してきた。例えば、Vol.5で取り上げた映画『海辺の彼女たち』と映画『カム・アンド・ゴー』の両作品を関西で初上映し、中国語で「阿媽」と呼ばれる(フィリピン人を中心とした)出稼ぎ外国人家政婦とアンソニー・ウォン演じる、事故の影響で全身麻痺状態になった初老の男性との交流を描いた香港映画『淪落の人』(みじめな人)を日本で初上映したのも、「大阪アジアン映画祭」だった。

今回、特に、ベトナムからの「新移民」女性2人が主人公の映画『徘徊年代』と、「来るべき才能賞」を受賞した映画『世界は僕らに気づかない』(2022)の2本には驚かされた。

チャン・タンユエン監督作品『徘徊年代』(2021)

正直個人的には、移民に関する劇映画も食傷気味で、制作者の方々には申し訳ないのだが、『海辺の彼女たち』と『カム・アンド・ゴー』を超える映画に出会うのは難しいだろうとたかをくくっていた。しかし、『徘徊年代』『世界は僕らに気づかない』ともに後半、映画としてのギアが上がると言えばいいのだろうか、こちらの甘い予想をはるかに超えてきた。まず『徘徊年代』は、2部構成で、前半と後半では、主役も撮り方も照明も、さらに画角さえもガラッと変わる。しかも、前半(1990年代)、台湾の田舎に結婚斡旋業者の仲介で嫁いできた女性から、後半(2015年以降)、同じく結婚をきっかけに台湾へやってきたベトナムの女性である点では共通しているものの、年齢も職業も社会階層も違う主人公に交代する。それに合わせて、撮り方も照明も画角も変化する。こういう大胆な構成を採用することで、『徘徊年代』は、新移民達が積み重ねた年代とその変貌を表現している。エンディングロールに、ベトナムのインディペンデント映画を代表するファン・ダン・ジー監督が、トラン・アン・ユン監督とともに主催する映画人の若手育成プログラム、Autumn Meetingが出てきたので、調べてみたら、チャン・タンユエン監督はAutumn Meetingの参加者で、さらに、台湾でベトナムのインディペンデント映画の上映会とシンポジウムも企画していた。その上映作品には、Vol.8で取り上げた、ベトナム映画黄金世代の3人、レ・ビン・ザン、チュオン・ミン・クイ、レ・バオ監督の作品も含まれている。

ちなみに、この『徘徊年代』とレ・バオ監督の長編デビュー作で、ホーチミン市のスラム街に住むナイジェリア人元サッカー選手を主人公にした映画『Vị (Taste)』(ベトナムで上映禁止)は、「台北映画祭」2021年International New Talent Competitionで、とがった移民劇映画同士で競い(春本雄二郎監督作品『由宇子の天秤』、 黄インイク監督作品『緑の牢獄』も参加)グランプリはレ・バオ監督作品『Vị (Taste)』が受賞している。

次に、『世界は僕らに気づかない』は「来るべき才能賞」の受賞理由に、
「人種差別とジェンダーアイデンティティの両方を描くことは簡単なことではないと思います。しかし、フィリピン人の母親と日本人の父親を持つ主人公が、自身のセクシャリティとアイデンティティの危機に対峙する姿を、飯塚花笑監督は巧みに映し出しました」。
と書かれているように、主人公はミックスルーツを持つのみならず、ゲイでもある。つまり、二重に少数者である高校生を主人公に据えた点に驚かされた。

さらに、その主人公による父親探し、フィリピンパブで働く母親(とその新しい恋人)との衝突、主人公を叱咤しつつも、愛している恋人の男子高校生とそのキュートな家族との交流の3つを軸に映画は展開し、移民劇映画としては想像していなかったラストへ観客を連れて行く。最近、第3回大島渚賞を受賞した藤元明緒監督より若い飯塚花笑監督が、『海辺の彼女たち』の翌年に、挑戦的な作品『世界は僕らに気づかない』を創ったことに、日本映画の未来を感じることができた。花笑監督と同世代で1990年生まれのレ・バオ監督作品『Vị (Taste)』を含めて、『海辺の彼女たち』『徘徊年代』、そして、『世界は僕らに気づかない』を観比べると、アジアの気鋭の監督達による、移民劇映画の可能性とその豊かさに気付かされるだろう。

驚きの映画との出会いがある「大阪アジアン映画祭」

想像していなかったラストへ観客を連れて行く、驚きの映画との出会いも「大阪アジアン映画祭」の醍醐味の1つだろう。今回、個人的に『ダイ・ビューティフル』(2016)のジュン・ロブレス・ラナ監督の新作コメディ作品『ビッグ・ナイト』にはシビレた。

ジュン・ロブレス・ラナ監督作品『ビッグ・ナイト』(2021)

この作品には、映画祭での上映が決まる前から期待していて、ノーマルスクリーンさんに書かせてもらった「スコールが通り過ぎるのを待つように。 東南アジアの性的少数者映画をめぐる近況」でも、
「『ゲームボーイズ THE MOVIE』のエグゼクティブ・プロデューサー、そして共同脚本家に、『ダイ・ビューティフル』(2016)のジュン・ロブレス・ラナ監督が入っているのが興味深い。ラナ監督は『ダイ・ビューティフル』以降も、ブラザーズではなく、シスターズというところがミソでバクラをめぐるコメディ映画『The Panti Sisters』(2019)、アジア映画サイトAsian movie pulse選出「アジア発偉大なモノクロ映画25」の10位、HIVに感染した15歳の少年が主人公の映画『Kalel, 15』(2019)、クリスマス公開予定の最新作でコメディ映画『ビッグ・ナイト』(2021)など 硬軟交えた性的少数者周辺の映画を監督しているので、日本未公開なのは惜しい気がする」。
と書いた。実際、観ると予想を上回るできで、コメディで観客を油断させてからのラストの展開は、最近の東南アジアで創られた性的少数者映画の中でも屈指のキレで、笑いながらぞっと寒気がした。

フィリピンのこの記事によれば、ラナ監督は2022年に2本の長編映画を創る予定だそうだ。日本劇場未公開のままなのは、本当に惜しい。

日本で劇場未公開だが注目したい作品

他の驚きの映画には、コン・ダーシャン監督による中国SFロードムビー&コメディ作品『宇宙探索編集部』、バングラデシュの新鋭監督による、出口なしの生き地獄映画『地のない足元』、薬師真珠賞を受賞した、モンゴルの女性オフビートコメディ映画『セールス・ガール』、そして、グランプリを受賞した映画『おひとりさま族』などがあり、日本で劇場公開もしくは配信されることを期待している。

コン・ダーシャン監督作品『宇宙探索編集部』(2021)

ジャンチブドルジ・センゲドルジ監督作品『セールス・ガール』(2021)

特に『おひとりさま族』は、第14回グランプリの映画『なまず』が、日本で劇場公開に至らなかったことを思い出し、危惧している(と書いたら、『なまず』は、7月から東京・新宿武蔵野館ほか全国で順次公開が発表)。Vol.11の「アジアの女性監督考」で取り上げた、韓国映画『オマージュ』(2021)のシン・スウォン監督のように、映画祭では好評なのに、劇場公開に至らなかった韓国の女性監督達がいるのは残念に思う。なぜなら、斎藤真理子さんを中心に、韓国文学翻訳者の方々の尽力によって、韓国女性作家の小説が翻訳され、日本の読者の方々に届いたように、韓国の女性映画人の作品も日本の観客の方々に届く可能性は十分あると予想しているからだ。

そしてユン・ガヒョン監督による、2021年DMZ国際ドキュメンタリー映画祭最優秀韓国ドキュメンタリー賞を受賞した映画『バウンダリー:火花フェミ・アクション』(2021)は、斎藤真理子責任編集『完全版 韓国・フェミニズム・日本』(河出書房新社)との相性はバッチリだと思う。この映画『なまず』以外にも、「大阪アジアン映画祭」の受賞作には、劇場未公開&未配信作がまだまだある。ここで1つ提案しておきたい。「ドキュメンタリードリームショー -山形in東京」のように、「大阪アジアン映画祭in 東京」(もちろん、福岡、名古屋、札幌なども)を開催して、劇場未公開&未配信の受賞作を特集上映できないものだろうか?

そんな楽しい“バラエティとダイバーシティのフェス”「大阪アジアン映画祭」も、今年は閉幕してしまったが、タイミングと条件が合えば、この映画祭で上映されたであろうアジア映画の新作が控えている。まず、2019年に上映された、ベトナムの女性アクション映画『ハイ・フォン / Furie』のスピンオフで、前日譚にして、女性ラスボスの名前がタイトルである映画『THANH SÓI』(2022)。今回は『ハイ・フォン』の主演でプロデューサーのゴ・タイン・バンが共同監督を務めている。

映画『THANH SÓI』(2022)

次に、Vol.1でも取り上げた、ナワポン・タムロンラタナリット監督の最新作で、アクション映画『FAST & FEEL LOVE』(2022)。

ナワポン・タムロンラタナリット監督作品『FAST & FEEL LOVE』(2022)

そして、香港では上映禁止になった、民主化デモを描く香港の青春映画『少年たちの時代革命』である。

レックス・レン監督とラム・サム監督作品映画『少年たちの時代革命』(2021)

幸い、『少年たちの時代革命』の緊急特別上映会は6月4日、5日に渋谷ユーロライブで開催される。即完売だろう。すでに来年の「大阪アジアン映画祭」が待ち遠しい。

author:

坂川直也

東南アジア地域研究者。京都大学東南アジア地域研究研究所連携研究員。ベトナムを中心に、東南アジア圏の映画史を研究・調査している。近年のベトナム娯楽映画の復活をはじめ、ヒーローアクション映画からプロパガンダアニメーションまで多岐にわたるジャンルを研究領域とする一方、映画における“人民”の表象についても関心を寄せる。

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