カンザスに住む祖母から着想を得た姉弟が運営するカフェ「ロジーン」とは

麗子クリスタル
東京生まれ。幼少期からアメリカへ渡り、大学卒業後、NYのインテリアデザイン会社にて勤務、2015年に日本へ帰国。現在はフリーランスのインテリアデザイナー、翻訳家として活動しながら、2021年から弟のトーマスとともに、「ロジーン」のオーナーを務める。

トーマス龍
東京で生まれ、家族でアメリカへ移住。7歳までテキサスのダラスで育ち、日本へ帰国。高校卒業後、再びアメリカへ渡り、NYで2年間飲食業界で勤務した後、帰国。服飾専門学校を卒業し、アパレルや飲食店での勤務を経て、現在は姉の麗子と共同で「ロジーン」を経営する。

池ノ上の住宅街の路地に、ある姉弟が営む1軒のカフェ「ロジーン」がある。毎朝8時にオープンし、いるだけでどこか家でくつろいでいるような気持ちにさせる。店名は2人の祖母、ロジーンから着想を得たという。店の成り立ちや思い、目指すべきカフェのあり方について、共同オーナーの麗子クリスタルとトーマス龍に話を聞いた。

カンザスに住む祖母の家の作りや世界観を共有したいという思い

−−2人が姉弟でカフェをオープンした経緯を教えてください。

トーマス龍(以下、トーマス):母親がある日、「新しい家を建てる」って言い出したことがきっかけでした。あの時はかなり唐突だったから驚きました。

麗子クリスタル(以下、麗子):お母さんは仕事が大好きで、車や家の購入を仕事の原動力にするようなタイプ。それで、家を建てたら1階にスペースができるから、何かやったら? という話になったんです。私はインテリアデザイナーとして店舗の内装を手掛けているのですが、飲食店が多かったので、カフェの経営に興味はありました。内装の前にまず考えたのは、カフェの奥は私達の家でもあるから、続けていくことが大前提。日本では朝ごはんはささっと済ませる人が多く、ゆっくりと外で時間をとったり、友達と集まって食べたりする人が少ないように感じていました。そんなお店が私も欲しかったということもあり、ロジーンは8時から、朝ごはんメニューを中心としたカフェにしようと決めたんです。

カンザスに住む祖母のロジーンの家の作りや世界観がすごくすてきで、それをみんなに共有したくて、店の名前やコンセプトは「ロジーン」にしました。あとは、私達が小さな頃から、日本とアメリカを行ったり来たりしながら育ってきて、居場所はたくさんあるけど、ホームがなかったんですよね。だから、“帰れる場所”を自分で作りたいという気持ちがありました。

トーマス:もともと、日本の曽祖父の代から家族経営している会社があるんです。母親がここで何かやらない? と言い出したのも、同じように家族が集まる場所を作りたいという気持ちがあったからだと思います。

−−それで朝ごはん専門のカフェをされることになったんですね。

麗子:日本って朝ごはんを自宅で食べる人が多いじゃないですか。海外の人が日本に遊びにきてなかなか行くところがなかったり、日本人も本当は外食したいけど、近くに店がないから自宅で食べる人が多かったりするんじゃないかと思うんです。実際、朝早い時間からお客さんが来てくれます。

トーマス:ちょっと息抜きしたい時とか、朝食を作りたくない時にもいいですしね。朝から友達と集まってゆっくり朝ごはんを楽しんで、昼頃に解散するお客さんが多いかも。僕はいつも、「あれ、今から飲みに行かないの」って思うんですが。

麗子:うちではお酒も出しているんですが、たまに朝から飲む人もいます。2〜3時間くらい飲んで、もう1回寝るって帰るお客さんもいます。

−−内装のこだわりについて教えてください。

麗子:内装は祖母の家をインスピレーション源にしました。壁一面のペグはもともと、イギリスやアメリカで「シェーカー」という宗教を信仰する人達の家作りから来ています。「シェーカー」の人達は実用性を重視したシンプルで多機能な家を建てる文化があって、ペグもその1つ。カンザスでは、この「シェーカー」のスタイルを取り入れている家が多いです。

トーマス:ペグは荷物も掛けられるので本当に便利でした。あと、壁の色は祖母が一番好きな青にしました。ちょっとグレーがかったブルーで、デニムブルーっていうのかな。

麗子:祖母は色の薄いデニムが好きで、週の半分くらいはこんな色の洋服を着てます。

−−店で使っているコップや皿もカンザスのものですか?

麗子:これはもともと、コロラドスプリングスに住む大叔父のエドが作ったものです。私達の親戚は大体彼が作った食器を使っていて、小さい頃の写真にも写っています。

トーマス:僕達はカンザスからテキサス、日本に移ってからもずっとこれを使っていて、店を始めるタイミングで母から譲ってもらいました。オープン前に麗子は1ヵ月、僕は10日ほど祖母と過ごすためにカンザスに帰っていたのですが、その時にもトランクや段ボールに詰めて持って帰ってきました。送ったものは何枚か割れてしまったんですけど。

麗子:店で使っている布ナプキンはカンザスのセカンドハンドショップで買ったものだったり、トーマスが祖母と一緒にミシンで縫ったりしたものです。その時のトーマスの裁縫姿を動画でインスタにアップしたよね。

−−料理もロジーンさんのレシピを使われているとか。

麗子:レシピは祖母にもらったレシピブックをベースにしています。アメリカでは、みんなで小さなカードにレシピを書いてシェアする文化があるんです。2004年のクリスマスに祖母が、レシピを1冊にまとめて日本に住む私達にプレゼントしてくれました。

トーマス:アルバムの中にはおばさんや高祖父のレシピ、僕等がルイジアナ州に住んでいた時に近所の人からもらったレシピ、父が小さい頃に叔母さんの家に遊びに行った時にご馳走になったホットチョコレートのレシピ等もあります。今使っているレシピブックは、2016年に祖母がアップデートしてくれたもので、お店にもいつも置いています。

−−温かいエピソードですね。2人のエプロンやトイレの壁紙等、店ではひまわりをたくさん目にしますが、ロジーンさんが好きなんでしょうか?

麗子:祖母が花が好きというのもあるし、カンザスの州花がひまわりなので、馴染みのある花ですね。

−−トイレは、ひまわり柄の壁紙に家族の写真がたくさん貼ってあったり、ロジーンさんのハープの演奏が流れていたり、店内とはまた違った雰囲気があって印象的です。初めて入った時は、自分の家ではないのに懐かしい気持ちになったのを覚えています。

麗子:私は飲食店のトイレが好きで、内装を手掛けた時も店内とは別の空間と考えました。お店のコンセプトをちゃんと理解してもらえる空間だとも思うので、特にこだわりがあります。

以前、内装の仕事で携わった「ピザスライス2(Pizza Slice2)」は、トイレの前にNYのアパートにあるような非常口に似せた檻と中の空間はアメリカの小中学校で使われていた、ビニールタイルの安い床に仕上げました。どちらも、アメリカの小中学校に通った人なら懐かしく感じられるデザインです。

「ロジーン」のトイレは、アメリカ中西部の家の雰囲気をイメージしています。アメリカ人は、柄の壁紙を使用したり、廊下や階段の壁に家族の写真を飾ったりすることが多いんです。ひまわりはカンザス州の花でもあるし、祖母は花が好きなので、このデザインにしました。また、祖母がハープ奏者なので、演奏を聴くスペースとしてもトイレがいい空間だと思い、店内とは違って彼女の弾くハープのCDを流しています。

トーマス:トイレに行って店のコンセプトを理解してくれる方も多いですし、アメリカ時代を思い出して泣きそうになったという方もいます。

−−ロジーンさんは、店の1周年のパーティの時に来られていましたよね。

麗子:オープン1周年のタイミングで日本へ遊びに来てくれたんですが、「こんなに人が来てくれるなんて」と驚いていました。祖母が花好きなのを知っているお客さんがたくさんお花をくれたことにも喜んでいましたね。

トーマス:祖母は、祖父が麗子のために作ってくれたハープをアメリカから持ってきて、滞在中に子ども達が来たら店内でよく弾いていました。祖母の知人も知らずに来てくれた人も温かい音色と雰囲気を感じていたようでした。日本人はシャイな国民性ですけど、祖母がいた時はみんなオープンでしたね。

麗子:祖母は音楽と子どもが大好きで、子どもの教育に関わる仕事をしていたんです。さっきトーマスが話したように、店でも、子どもが来るたびにハープを弾かせてあげたり、教えたりしていました。みんなが喜んでいたようでよかったです。今もそのハープをペグに掛けています。

店に行けばいつもの人達がいる、お客さんにとっての家みたいな店でありたい

−−最近は下北沢のリロードにある「ユニバーサル ベイクス ニコメ」とのコラボでヴィーガンメニューも増えたとか。ローカルなつながりも大事にされているんでしょうか?

麗子:ヴィーガンの人も食べられるメニューを作りたくて、「アラスカツヴァイ」という私が好きなヴィーガンの店のオーナーの大皿彩子さんに「何か一緒にできないか」と直接連絡したんです。それがきっかけで、大皿さんがオーナーをされている近所のベーカリー「ユニバーサル ベイクス ニコメ」の監修のもと、ヴィーガンメニューを作りました。どんなお客さんに対してもウェルカムな気持ちでいたいですね。

コラボでいうと、他にも「シェミッキ(Chez Mikki)」というパティスリーを運営している宇田川光季さんに提供してもらったバターミルクビスケットを使った「ビスケット アンド グレービー」というメニューもあります。今は「ピザ スライス」とのコラボメニューも「ロジーン」で提供したいと話しているところです。これからも自分の好きな店やローカルとのつながりを大切にしたいと思っています。

−−65歳以上を対象にした“ロージン(老人)割”や、店頭で子ども達主催のレモネードスタンドを出店されていたり、年齢問わず街の憩いの場のような印象もあります。

麗子:“ロージン割”は、いつも店のお花を買っている、花屋の藤子ちゃんに「若い人が多くて年寄りが入りにくいんじゃない?」と言われたことがきっかけで思い付きました。街のみんなに気軽に来てもらいたいという気持ちをとても大切にしています。店に行けばいつもの人達がいる、お客さんにとっての家みたいな店でありたいです。

トーマス:僕達は“自由”をテーマに仕事をしているので、お客さんもそうであってほしいです。突然、店の中でギターを弾き始めるお客さんもいます。

−−「ロジーン」を経営するパートナーとして、お互いの魅力を聞かせてください。

トーマス:麗子は、昔から僕が考えもしないものの見方があって驚かされます。細部へのこだわりも強くて、例えば、ペグの上に並べている壺の順番やバランスにも悩んでいました。僕は、「並び順なんてどうでもいいじゃん」って思ったんですけど、改めて見ると、この並びがきれいだと思ったんです。何でもいいって考えると、思考停止になっちゃうけど、こだわれば、新しい何かが見えてくることを気付かせてくれました。

麗子:トーマスは飲食業界の経験もあるので手際がいいし、毎日のルーティーンが得意です。それから、人を惹きつける魅力があって、コミュニティの中心になっていたり、みんなの居場所みたいな人。優しいし、偏見を持たず人の話をしっかりと聞くし。トーマスと話したいから「ロジーン」へ来てくれるお客さんも多い気がします。私だけでは今の形にはできなかったので、感謝しています。

トーマス:これからも僕等のペースで、お客さんと良い空間にしていきたいですね。

author:

上野 文

1998年生まれ、兵庫県神戸市出身。フリーランスライター・フォトグラファーとしてカルチャーを中心とした執筆や撮影を行う。また、2022年にはイギリス・ロンドンにて収めた写真をもとに、初の個展、「A LIVES」を開催。 Instagram:@ayascreams

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