韓国語と日本語の間で“小確幸”を探して 神保町書店「チェッコリ」で出会う隣国の文学 

キム・スンボク(金承福)
「クオン」代表。1969年、韓国全羅南道霊光生まれ。ソウル芸術大学文芸創作科で現代詩を専攻。1991年に卒業し日本へ。日本大学芸術学部文芸科卒。来日してからも韓国の詩や小説を読むことを欠かさないほどの本好きが高じて出版社を立ち上げることを決意し、2007年にクオンを設立。事務所移転に伴い、2015年に韓国の本を専門に扱うブックカフェ「チェッコリ」を、本の街・神保町にオープンした。

歴史、政治的背景から近くて一番遠い国といわれている韓国。一方で、気軽に旅行に訪れる人も多く、若い世代になればなるほど、Kポップやドラマ、映画などを通して生活スタイルや価値観等への共感も多く、“憧れの国”として熱心に韓国カルチャーを追いかける日本人にもたくさん会う。さらに近年は、韓国で130万部を売り上げ、世界16か国で翻訳出版され、映画化もされた『82年生まれ、キム・ジヨン(以下、82年生まれ)』(チョ・ナムジュ著、斎藤真理子訳、筑摩書房)がきっかけとなり、Kポップやドラマ、映画ファンの中にも文学に興味を持つ人が増えている。韓国のフェミニズム小説と言われる同書は、世界各国の女性たちに深い共感が生まれ、これからの時代を共に生きるための希望となったという声も聞こえる。

では、なぜ、日本人が韓国の小説に惹かれるのか。『82年生まれ~』の翻訳を手掛けた翻訳家の斎藤真理子は自著『韓国文学の中心にあるもの』(イースト・プレス)で次のようにつづっている。「この現象は、読者の広範でエネルギッシュな支持に支えられたものだ。読者層は多様で、一言ではくくれないが、寄せられる感想を聞くうちに、読書の喜びと同時に、またはそれ以上に、不条理で凶暴で困惑に満ちた世の中を生きていくための具体的な支えとして、大切に読んでくれる人が多いことに気づいた」。

そんな韓国文学を日本で楽しめる場所が神保町にある「チェッコリ」だ。店名には韓国語で「韓国の寺子屋で1冊の本を学び終えた子どもが、先生の教えに感謝するお祝いの場」という意味が込められているそうだ。店には一般読者から韓国の研究者、日本の出版関係者らも多く集う。同店は韓国関連の専門出版社「クオン」が運営を行っており、オーナーのキム・スンボク(金承福)が16年前に同社を立ち上げた。当時は韓国文学の翻訳は年間20点あまりだった。書店を巡り、書籍を置いてもらうまでにたくさんの苦労があったというが、社名の由来である「すべての良いものは、みんなに愛されて長く生きる」を信じてやってきたという。現在では、多くの書店で翻訳された韓国の書籍コーナーがあるが、「まだまだ日本語で出版されていない韓国の良書はたくさんある」と目を輝かせる。

好奇心と情熱と連帯で繋がる、日本における韓国文学の世界

--「クオン」では幅広い分野の韓国の書籍をシリーズで出版しています。日韓の文化人を通して両国の差異や類似性を掘り下げる「同時代人の対話」、歴史・社会等さまざまな角度から韓国の歴史や精神が知れる「人文・社会」等、多数あります。その中で「新しい韓国の文学」は、現在も装丁で高い評価を得ているそうですね。初めて出した本は、2011年の発売から変わらずに人気があり、韓国人としては初のマン・ブッカー国際賞を受賞したハン・ガンの『菜食主義者』だと聞きました。

キム・スンボク(以下、キム):『菜食主義者』の装丁に「01」と記載しているのですが、ある書店員に「01と書いてあるけど、何冊まで出すの? その分、棚を確保する必要があるから」と聞かれ、その場で「24冊まで」と答えました。本を6冊作って、その売り上げでさらに6冊を作る計画だったのですが、平坦な道のりではありませんでした。それでも現在までに無事に23冊まで出版しています。『菜食主義者』の出版後、「韓国文学の世界観が変わった」という言葉を頂いたのは嬉しかったですね。私達が書店に営業へ行き、書籍を取り扱ってもらえないと読者と本は出合えませんから、もっと頑張らないといけませんね。

--それから12年を経て、今は何に注力していますか?

キム:現在は出版と書籍仲介業、書店経営の他に、ブックイベントやK-BOOKフェスティバルの開催、韓国語の翻訳コンクールを開いて翻訳者の育成・発掘もしています。「あまり読書はしないけど、韓国語を学びたい」というお客さん向けに「韓国文学ショートショート」というシリーズを出版しました。このシリーズでは、1つの短編を韓国語(原文)と日本語(翻訳)で手軽に読めて、さらに韓国語の朗読をYouTubeで配信しています。

あらゆるおもしろいと感じることをやりながら、巻き込んできた仲間が多く、今も常に新しいことに興味を持っています。私達は、「この人と仕事をしてみたいな」と思ったら、粘り強く説得をすることから始めます。そのパワーが今に繋がっている気がしますね。私だけではなく、関わっている皆の情熱が集まっていますから。

韓国語と日本語の間で“小確幸”を探して 神保町書店「チェッコリ」で出会う隣国の文学

美味しい、親しみを感じる国から憧れの国へ 日本人の意識の変化

--実は私も先日、「チェッコリ」のオンラインのイベントに参加をしました。年に100回はこのようなイベントを開催していると聞きましたが、エネルギーが必要ですね。どのように企画運営をしていますか? また、読者層にも変化はでてきましたか?

キム:連帯意識を持ちたいと思っています。読者だけではなく、翻訳家や編集者といった制作者とも仲が良いので、次回作の構想や販売方法等を話し合っています。出版に関わる方達と相互関係を作り、韓国文学のマーケットを広めるために活動してきましたが、今では街の書店でも韓国文学のコーナーがたくさんできました。

「チェッコリ」を始めて8年になりますが、今回の韓流ブームでお客さんの年齢層が一気に下がった気がします。韓国に憧れている10代は、お店に入ってきた時から目の輝きが違います。BTSや韓流スターが愛読書として薦めた作品を求める読者が多いですね。一方で歴史や政治に興味のあるお客さんも増えました。動画配信サービスが始まってからは、韓国映画やドラマも気軽に視聴できますから、文化的にも身近に感じているようです。「韓国文学はおもしろい」という声が増え、読者達がまた他の本を手に取ってくれる。読みやすい内容の作品ばかりではないですが、徐々に広がっています。

果敢な言葉は、国境を越え、社会を良くする力を秘めている

--「クオン」から詩集が出版されているのを見ました。文学やエッセイには、読者の社会性に訴えるような力強さを感じたのですが、韓国文学の中では、詩というのは、どんな位置付けにあるのでしょうか?

キム:韓国は儒教の国ですし、書物を読んで詩を書き、詠ずることを一番としていた国ですからね。今でも文学者は尊敬されています。「クオン」からは、詩集シリーズ「セレクション韓・詩」をスタートし、2冊の韓国の詩集を出版しています。一作目はハン・ガンの『引き出しに夕方をしまっておいた』で、回復に導く・詩の言葉という帯をつけました。韓国の小説は日本語翻訳で出版されていますが、現代詩はまだ少ないのでもっと紹介していきたいです。私達の詩集が売れれば、日本の出版社も興味を持ってくれて、詩集の出版がさらに多くなるはずです。

日本と韓国では喜びや悲しみを表現する方法が少し異なります。日本では短歌や俳句が親しまれていて、今もSNSを中心に若い世代で短歌が流行っていますが、韓国では詩。かっこいい背景と一緒に、詩的な短い文章が投稿されていて、それが現代詩の表現の1つになっているように感じますね。自称詩人も多いんですよ(笑)。それくらい、日常的に詩を書く人達が世代を問わず多いということです。

--『82年生まれ』を筆頭に、韓国のフェミニズム書籍は日本でも多数翻訳され「励まされた」「韓国文学を読んで、日本のフェミニズムや歴史を考えるようになった」という声があったりして、韓国文学が女性達の連帯を生むきっかけの1つになっています。このように、韓国の現代作家の作品と日本の読者層との親和性はどんなところにあるのでしょうか。また反対に、韓国における日本文学の影響についても教えてください。

キム:現代作家達のエッセイが、日本でたくさん読まれているのは、韓国人と日本人が近い感受性をもっていて、共感しやすいからだと思います。また、韓国語に翻訳出版されている日本の書籍は、韓国語の日本語訳書籍の10倍以上もあり、韓国の若者は日本文学に共感しています。言葉は違いますが、文化圏が一緒だと改めて感じます。

現代の韓国で最も有名な小説家の一人、キム・ヨンスの有名なエピソードがあります。彼が、小説家になろうと思ったきっかけは村上春樹を読んで、新しい小説の書き方を知ったからでした。1970年代生まれの彼がそれまで読んでいた小説は、南北問題や朝鮮戦争、イデオロギーの闘い等、重い作品が多かったため、自然に小説の在り方が刷り込まれていたそうですが、村上作品に出合い、難しいテーマもないのに、自分の気持ちをわかってくれるような感覚の書き方に自分でも書けるのではないかと思ったらしいです。

村上作品は、個人を主語に書くという意味でキム・ヨンスの小説の概念を変えるほどの大きな影響を与えました。キム・ヨンスをはじめ、現在50代半ばの作家であるハン・ガン、キム・ジュンヒョク、キム・ヨンハも、すごく良い小説を書いていて、世界中で愛読されています。彼等の作品の特徴である個人の話を描きながらも、自国の歴史や社会問題等をうまく取り入れる点が韓国文学の魅力の1つです。

日本人は、重く、痛みを感じる韓国小説を読んで、自分の考えを代弁してくれているかのような感覚を覚えているようです。反対に、韓国人は日本の何気ない日常の癒し、幸福な小説に惹かれています。それは映画も同じで、激しく、メッセージ性が強いものが多い韓国映画の中で、日本の映画も大人気で、主役の男性に夢中になったり。相互補完しているようでおもしろいですね。

「良い本とは読んだ後、すぐに行動させる本」

--キムさんは自社だけでなく、日韓の出版仲介業もされています。昨年末にキム・ウォニョン(※)の邦訳書が3冊同時出版され、1冊目は、「クオン」から出版した『希望ではなく欲望——閉じ込められていた世界を飛び出す(以下、希望ではなく)』(牧野美加訳)。2冊目は、著者が『希望ではなく~』が自由と連帯の力を証言するための書なら、弁論を書いたという『だれも私たちに「失格の烙印」を押すことはできない』(五十嵐真希訳、小学館)。もう1冊は、韓国新世代SF作家の旗手キム・チョヨプとの共著で、完全さに到達するための治療ではなく、不完全さを抱えたままで、よりよく生きていくための技術を刺激的な対話で考察していく『サイボーグになる テクノロジーと障害、わたしたちの不完全さについて』(牧野美加訳、岩波書店)です。これらの作品の出版仲介をした理由は何ですか?

キム:『希望ではなく~』に出合ったきっかけは、知的障害のある著者の弟との日常を愉快につづった『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった(以下、家族だから』(岸田奈美著、小学館)を読んで、障害を持つ著者の本を韓国語で読みたくなったからでした。

キム・ウォニョンの本は、どの作品も『家族だから~』のように楽しく読むというよりも深く考えさせられる内容でした。そこで読み終わった後、そんな作品が話題になることや販路の拡大を考えていると興味を持ってくれそうな日本の編集者の顔が何人か浮かんだので、企画書を送って「読んでほしい」と連絡したら、すぐに返事があり、あっという間に各書の出版が決まりました。良い本は、読んだ人を行動させますね。私は楽しいと思ったら、すぐに行動して、楽しくなければ即座にやめるので、すぐに他のことを始められんです(笑)。

近いうちに「チェッコリ」は広い店舗へ引っ越しする予定なので、毎月国を変えて、書籍の紹介コーナーを作ったり、イベントをしたりしたいですね。2019年に書評家や翻訳者と「アジア文学の誘い@チェッコリ」というイベントを開催して、タイ・チベット・中国文学を紹介しました。それがきっかけになって、アジア9都市の人気作家による『絶縁』(小学館)の出版に携わりました。『絶縁』がきっかけで、チベット文学が注目され、本屋大賞の翻訳部門にノミネートされたり、出版社から単行本が出版されたりと良い流れを間近で感じています。「“日本国内でのアジア文学の注目のきっかけとして”韓国文学が1つのモデルケースになっている」とも聞いたので、日本でアジア文学に携わっている方達と連携して楽しく盛り上げていきたいです。一番得をするのはアジアの文学を母国語で読める日本語圏の読者達ですね。

それから、今年の初めに、北朝鮮の小説『友』(ペク・ナムリョン、和田とも美訳、小学館)の仲介をしました。韓国だけでなく、北朝鮮や中国の延辺朝鮮族自治州にも韓国語を話す人がいますから、今後は、韓国文学だけでなく、ハングルで書かれている多様な作品を日本で紹介したいと思っています。

※キム・ウォニョンは、骨形成不全症のため、入院と手術を繰り返し、14歳まで病院と家だけで過ごした。15歳で特別支援学校の中等部に入学し、一般の高校、大学、大学院を経て、弁護士の道に進んだ。現在は作家、パフォーマーとしても活動している。

Photography Seiji Kondo

author:

NAO

スタイリスト、ライター、コーディネーター。スタイリスト・アシスタントを経て、独立。雑誌、広告、ミュージックビデオなどのスタイリング、コスチュームデザインを手掛ける。2006年にニューヨークに拠点を移し、翌年より米カルチャー誌FutureClawのコントリビューティング・エディター。2015年より企業のコーディネーター、リサーチャーとして東京とニューヨークを行き来しながら活動中。東京のクリエイティブ・エージェンシーS14所属。ライフワークは、縄文、江戸時代の研究。公式サイト

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