中毒性のある読書体験を提供する出版レーベル「焚書舎」の危ない魅力

ラテンの世界を知らない読者も魅了した『YOSHIRO ~世界を驚かせた伝説の日本人ラテン歌手~』。本書はYOSHIRO広石のライヴを焚書舎のメンバーである松下源が訪れたところからふたりの交流がスタートし、レコードのリリースを経て、YOSHIRO広石の壮絶で魅惑的な半生に引かれた松下がインディーズ出版社、焚書舎の仲間とともに作り上げた体験記である。焚書舎がリリースしてきたラインナップを見ると、ナンセンスでアクの強い高木壮太の『荒唐無稽音楽事典』や今や世界から注目を集めているオートモアイの『Endless Beginning』など、一筋縄ではいかない癖の強さがありながら、個性が輝くものばかりだ。その焚書舎という名前にはレイ・ブラッドベリの『華氏451』をほうふつとさせるものがあり、より一層好奇心が刺激される。思い出野郎Aチームのメンバーであり、DJサモハンキンポーとしての活動やMAD LOVE Recordsの運営、さらには焚書舎の主宰等、さまざまな顔を持つ松下源に、謎多き出版レーベルについて語ってもらった。

——レコードレーベルだけでなく、出版レーベルを立ち上げようと思ったきっかけを教えてください。

松下源(以下、松下):実は大手出版社での勤務経験があって。でも、担当していたのは電子書籍の制作や編集だったので、紙の本のノウハウはゼロの状態からのスタートでした。焚書舎を一緒に運営している高木壮太さんはプロデューサー、ミュージシャンで元々家がご近所同士で。壮太さんから本を作りたいと思っているんだけどって相談をもらったのが始まりです。出版社での経験を生かしたいなと思いつつも、一から紙の本を作ったことがなかったので思い悩んでいたところ、手を差し伸べてくれたのが僕が所属しているバンド、思い出野郎Aチームのギターの斎藤録音くんでした。彼は別の出版社の編集として働いていたので、紙の本の知識があって。以前の出版社のつながりで装丁を國枝達也さんにお願いし、2014年に焚書舎の記念すべき1冊目として高木壮太さんの『荒唐無稽音楽事典』を出版しました。

——焚書舎って出版社名は強烈ですよね。

松下:この本を制作している過程で、出版社名を決めなきゃってなった時に壮太さんが「焚書舎ってどう?」ってアイデアを出してくれて。みんなでゲラゲラ笑いながらそれだ!ってなってそのままの名前でいつの間にか続いてる状態ですね。

ちょっと危なくてクールな本を作りたい

——出している本のジャンルもバラバラですよね。オートモアイさんの画集が高木壮太さんの本と並んでるのが個人的にはいいなって。

松下:周りにいるヤバい人の作品を本にしよう、という感じですね。最初に目指したのは究極のトイレ本で、ちょっと危なくてクールな本を作りたいって思いはありました。今後も本を出していこうっていうビジョンは全然なかったんですが、『荒唐無稽音楽事典』が想像以上に話題を集めて売れたので出版社としてのモチベーションも上がって、そんなタイミングでオートモアイさんに会って、この人の描く絵、かなり危険だなと思って。じゃあ、画集も出そう、個展もやろうって。

——オートモアイさんのスピード出世はすごかったですね。

松下:本当ですよね。いろんな大手ブランドとも仕事をしているけれど、作家としての芯は昔から全く変わらないし、エネルギッシュな活動姿勢は本当に尊敬しています。最初は大判で出して、文庫版は最新の作品も追加収録して重版しました。

——そこに『YOSHIRO』が加わったんですね

松下:3、4年前にレコード制作の仕事でYOSHIRO広石さんとは知り合っていて、それをきっかけに家に遊びに行ったり仲良くさせてもらってたんですけど、知れば知るほどこの人やばい人だなって。雑誌『ラティーナ』でのYOSHIROさんの連載を読んで、これは絶対世に残しておくべき内容だと思って、出版の話をオファーしました。元原稿を一から焚書舎のメンバーで読み上げて手直ししつつ、YOSHIROさんが増やしたい箇所を膨らましたりして。制作中にはYOSHIROさんとぶつかることも度々あって、最後のほうはお互い追い詰めあって、ギスギスしてました(笑)。

この本が焚書舎に加わって、設立当初の理念「究極のトイレ本」から少し方向転換し始めましたね。インディー出版のクオリティーの域をはるかに超えたものになったと思います。以前雑誌『BRUTUS』の「危険な読書」って特集に『荒唐無稽音楽事典』が選書されていて、本屋で見つけた時思わずニタニタしましたね。危なくてクールな本を作るっていう根底は変わらないです。オートモアイさんの作品もドラッギーなところがあったり、焚書舎はそういう出版社でありたいって道筋が見えた感じでした。

——松下さんがラテンミュージックに興味を持ったきっかけをおしえてください。

松下:深くのめり込むきっかけを与えてくれたのは、YOSHIROさんでした。それ以前にも、VIDEOTAPEMUSICのバックバンドとしてライヴやレコーディングに参加したりして、そこでサンプリングされてるものや曲調もラテンのものが多くて、日常的にラテンに触れてはいたんですが、『YOSHIRO』を編集している時にずっと本に出てくるラテンのアーティストの音源を片っ端から一日中聞いてて、うわあ、これ沼だなと思って。あと、2018年にYOSHIROさんのキューバツアーに同行してボレロのヤバさに気付きました。さらに深く潜り込んだのはこの本のおかげだと思います。

——元々音楽にハマったきっかけは?

松下:母方のおじさんが、刑務所に入ったり出たりしてるドロップアウトしたアウトローな人で、京都の不良なんですけど、高校の時に、よく改造したアメ車でドライブに連れて行ってくれてて。滋賀の田んぼのあぜ道とかを走っている時にウーファーから爆音で流れてたのがVP RECORDSのコンピの超トロトロのラバーズロックで、重低音の気持ちよさに目覚めて、そこからレゲエやソウルなどに興味は移っていきました。

——聴く側から演奏する側になったのは?

松下:大学のジャズ研究会でジャズのできない人たちが集まって組んでいたバンドが思い出野郎Aチームで、いいバンドだなあと思って最初はお客さんとしてライヴに遊びに行ってたんですが、メンバーが一時失踪していなくなっちゃったんで、ボーカルのマコイチくんに「パーカッションできそうな顔してるからやってみない?」って言われたのが始まりですね。パーカッションはやったことがなかったんですが。

最近は、浜口茂外也さん(日本を代表するパーカッショニスト。元ティン・パン・アレーのメンバー)に顔似てきてない!?って言われることが度々ありますね。

——改めて、いろいろなことをお仕事にされていて、一体何してる人かわからないですよね。

松下:自分でも何してんのかよくわかってないですね(笑)。なかなかバンドだけで生活するのは難しいので、やりたいことを片っ端からやっていくつか収入の柱を作っていたら今の仕事のスタイルになりました。今回のコロナでDJとライブの収入がほぼゼロになったけど、本やレコードのレーベルの仕事があったからなんとかなった。1本に絞ってなくて良かったなって。

——求められていますよね、時代的に。マルチにやってくれみたいな。

松下:自分の中ではいい学校出て、いいところに就職してっていうのはもう幻というか、自分でやっていくしかない状況になってきてますね。やりたくないことはできない性分なので、自分の頭を使ってサヴァイブしていくしか選択肢がないというか。

レーベルも出版社も5、6年続けてようやく認知もされてきたって感じで、技術やノウハウも増えていくし、すぐやめなくてよかったなって最近よく思います。

電子書籍では得られない、紙の本特有の魅力

——今の時代、音楽はサブスクに移行しているイメージがありますが、紙の本を買う層はまだまだ多いですよね。

松下:ほとんど電子書籍は読まないですね。情報の質量も紙の本のほうが圧倒的に多くて、単純に手に取った時に心が踊るじゃないですか。紙に印刷された文字っていうのは、スマホやパソコン、タブレットなどの電子書籍の文字と頭にインプットされる場所が違うと思うんですよ。だからこそ、データ化が進んでも紙の本はなくならないだろうし、作り続けようと思いますね。

本の業界って、取次を通してやらないとなかなか流通が難しくて。今までトライしてもインディーズ出版は門前払いだったんですけど、この4月から流通代行のトランスビューのおかげで間口が広がるのが嬉しいです。トランスビューを利用しているインディー出版社のカタログみたいなものがあるんですけど、有象無象の自費出版社が存在している実態を改めて知って、ようやく同じような人たちを見つけた!って。

——最後にこれからのリリースや刊行予定を教えてください。

松下:焚書舎からはHiraparr Wilsonというすてきな友人のアーティストの画集の刊行を予定しています。MAD LOVE RecordsからはLatin Quarterという横浜のプロデューサーのEPをカセットテープでリリース予定です。お二方とも素晴らしいアーティストなのでチェックしてみてください。

松下源(DJサモハンキンポー)
DJ、ミュージシャン、編集者。MAD LOVE Records主催、焚書舎構成員、思い出野郎Aチームのパーカッショニストという顔を持ちながら、大小問わず数々のパーティーにDJとして出演し、夜の夢を詮索中。

https://funshosha.stores.jp
Twitter @hajimematsushit
Instagram @djsammohungkambo

Photography Mayumi Hosokura
Cooperation du cafe & bookunion Shinjuku

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author:

多屋澄礼

1985年生まれ。レコード&アパレルショップ「Violet And Claire」経営の経験を生かし、女性ミュージシャンやアーティスト、女優などにフォーカスし、翻訳、編集&ライティング、diskunionでの『Girlside』プロジェクトを手掛けている。翻訳監修にアレクサ・チャンの『It』『ルーキー・イヤーブック』シリーズ。著書に『フィメール・コンプレックス』『インディ・ポップ・レッスン』『New Kyoto』など。

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