ブラジルとLAシーンをつなぐギタリスト、ファビアーノ・ド・ナシメントが語る「新作・ルーツ・日本」

「ルーツがなかったら音楽は浅いものになる」。ブラジルを出自に持つギタリストのファビアーノ・ド・ナシメントはそう語った。その彼がルーツミュージックを掘り下げることで得た独創的なギター、そしてエレクトロニクスを融合させたのが最新アルバム『Das Nuvens』である。

また彼は既に次作アルバムを完成させているという。そこには雅楽の楽器・笙のサウンドを取り入れるらしい。それを聞くにわれわれ日本人は自国の文化について、あまりに無自覚であるように感じる。これは気のせいだろうか。

今回は10月13日、南青山BAROOMで5年ぶりに企画されたソロライヴのために来日中のファビアーノにインタビュー。作品やギターの音やサウンドに関するあれこれ、そして日本からの影響などについても訊いてみた。

ブラジルの盟友ギタリストとの共同作業から生まれた、ギターとエレクトロニクスが交錯する『Das Nuvens』

――最新作『Das Nuvens』はマシューデイヴィッド主宰の〈Leaving Records〉からのリリースですね。このレーベルの音楽性はニューエイジやアンビエント、ジャズなどが混ざっていて、現行LAシーンの象徴とも考えられます。ここからのリリースについて何か想いはありますか。

ファビアーノ・ド・ナシメント:〈Leaving Records〉は多様なコラボレーションやサポートがあるという点でLAを象徴する特別なレーベルであり、とても大きなコミュニティーでもあります。マシューさんとはこの数年で親交を深めてきましたが、その間、私自身も少しずつエレクトロニクスを使ったり音を加工するようになり、実際のパフォーマンスも変化しました。この流れで制作したアルバムを〈Leaving Records〉から発表したのは自分にとって自然なことでしたね。

――エレクトロニクスとギターの混ざった音が美しいと感じましたが、どのようにサウンドを作っていったのでしょう?

ファビアーノ・ド・ナシメント:ここ数年のライヴではペダルを通して音を出していますが、ナイロン弦のクラシックギターをライン入力していい音を作るのは難しい。全然エレキと違うので、色々な種類のピックアップを付けて録っています。長年かけてナイロン弦をきれいな音で入力できるようになりました。

Fabiano do Nascimento – 「Das Nuvens」

――ミックスする時に気を遣ったことなどは?

ファビアーノ・ド・ナシメント:(エレクトロニクスを)調子に乗って使いすぎないことです(笑)。電子音のなかで迷子になってしまうから。それも嫌いではありませんが、だからこそ客観的になることを心掛けましたね。自分が出したギターの音から遠ざかり過ぎないようにと。

本作ではELECTRO-HARMONIX「Freeze」と「Pitch Fork」、strymon 「TIMELINE」のペダルを使っていて、打ち込みはLogicに小さいMIDIキーボードを使いながら入れています。ほぼ僕がギターでアイデアを考えて、エフェクトでドローンを鳴らしたりして構成しましたね。そこに共同プロデュースのダニエル・サンティアゴが違うテクスチャーを重ねてくれました。

――ダニエル・サンティアゴさんとの関係は?

ファビアーノ・ド・ナシメント:20年以上の友人です。ブラジルでミュージシャンをしている叔父のルシオ・ナシメントを通じて出会いました。叔父は亡くなってしまったのですが、ベース奏者でもありアレンジャーでもありました。

僕は叔父と一緒に住みながら音楽を勉強していました。14歳か15歳の頃です。その時期に叔父がダニエルを紹介してくれたんですよ。彼は18歳くらいで既に有名なマンドリン奏者のアミルトン・ジ・オランダとプレイしていました。出会ってからは僕のインスピレーション源のひとりです。

『Das Nuvens』はわれわれにとって初の公式なコラボレーションでした。彼とは「いつか何か作ろう」と話していて。それから彼が彼女とLAにプライベートで来たがっていると聞き、これがチャンスだなと。とはいえ、緩くスタートしたプロジェクトですから、2週間ほど毎日ハングアウトしたり、音楽を作ったりしていました。彼と僕はギターの弾き方や音楽観が似ているので作業は心地よかったです。実は彼と作った新たなアルバムも既に完成しているんですよ。

リズムやハーモニーに対するアプローチ、ブラジル滞在から得たもの

――そちらのリリースも楽しみにしています。収録曲の「Train to Imagination」と「Stranger Night」は5/8拍子、「Das Nuvens」は7/8拍子です。リズムについてはどのように考えていますか。

ファビアーノ・ド・ナシメント:長い間、変拍子を演奏してきましたが、僕にとっては自然なものです。4拍子、5拍子、7拍子、「Babel」は9拍子ですし。「Train to Imagination」は小さいギターで作曲していて、リズムについては気にしていませんでした。変拍子の曲を書こうと思って作曲することはありません。最初に音楽があって、それにリズムが付いてくる感覚。

和声に関しても同じですね。まずはギターを持って弾いてみて、後で自分のやったことを分析して調整していくことが多いです。これがいいのか悪いのかはわかりませんが(笑)、考え過ぎないこと。理論や技術が最初に来ることはありません。自然に起こったことで進めていくだけです。

――別のインタビューで「ギターのハーモニクスを探す」ということについて話されていました。これは固定チューニングでは必要のない工程で、時間のかかる作業だと思います。これについても教えてください。

ファビアーノ・ド・ナシメント:ハーモニクスは大好きで、ある意味で取り憑かれているような感じです。ハーモニクスだけ鳴ればいいのになと思うくらい(笑)。ペダルを使うと、特に良い音がするんですよ。7弦、8弦、10弦などの各種類で毎回チューニングを変えるので、20種類以上の調弦があるんじゃないかな。

その中でだと可能性や組み合わせは無限にありますね。あとは「Pitch Fork」を使えばもっと考えが広がるし……。「ハーモニクス祭」みたいな感じで、楽しいです(笑)。難しそうに見えますが、「ピンチ・ハーモニクス」、人工的なハーモニクスとも呼ばれていますが、そちらの方が難しいですよ。ただ普通の奏法の方がきれいに聴こえるし、立体的に広がるポリフォニックな感じが好み。

――ハーモニクスといえばエグベルト・ジスモンチの演奏を連想させました

ファビアーノ・ド・ナシメント:エグベルト・ジスモンチからも大きな影響を受けています。彼の音楽はとても深いと思います。彼は基本的にはピアノ奏者なので、彼のギターへのアプローチはユニークで特別です。ギターを、まるでピアノを演奏しているかのように演奏します。

――今年4月から5週間ほどブラジルに滞在されていたそうですが、そこで何かインスピレーションを得ましたか?

ファビアーノ・ド・ナシメント:そのうちの半分ほどの間はブラジリアというところに滞在していました。その時に先ほど話した、ブラジリアに住んでいるダニエル・サンティアゴとの次作を制作していたんですよ。そちらは『Das Nuvens』とは考え方が逆で、ギターは全部生音、ジェニフェル・ソウザの歌、僕のパートナーであり音楽家である岡村さくらさんが演奏する雅楽の笙も入る予定です。

やはり僕にとってブラジルは特別な場所ですね。素晴らしいミュージシャンがたくさんがいます。特にブラジリアには、若くて才能に溢れるミュージシャンが多いです。みんなコラボレーションが好きですね。ブラジリアは砂漠ばかりでビーチもないし、他にやることがないというのもありますが(笑)。ただ郊外の滝や自然は素晴らしいですし、滞在していたブラジリアの静かで広い空間もインスピレーションに満ちていました。

宮崎駿作品や雅楽など、日本からのインスピレーションについて

――宮崎駿監督の『風の谷のナウシカ』からもインスピレーションを得たと聞きました。これについても教えてください。

ファビアーノ・ド・ナシメント:『風の谷のナウシカ』は宮崎駿監督の作品の中で一番好きなんですよ。実は「Das Nuvens」の制作中、たまたまそれを壁に投影しながら演奏していたら冒頭10分が音にぴたっとハマったんです。まったくの偶然ですが、空をグライダーで飛ぶ映像がフィットしたのは驚きでした。

――「Yugen」(幽玄)という曲もありました。なぜこの言葉を知ったのでしょう?

ファビアーノ・ド・ナシメント:岡村さくらさんとディスカッションしながら、「幽玄」という言葉の持つ神秘的なオーラに興味を持ちました。それに楽曲のシュルレアリスティックな感じ、ダンスっぽい要素やリズム、優雅さが自分の中で結びついたんですよ。明確にリンクしているというよりも何となく、ではありますが。

Fabiano do Nascimento – 「Yûgen」

4歳くらいの時、祖母が「私たちの前世は日本人だったのよ」とよく言ってたものです。でも小さい頃だったので意味がわからなかった(笑)。それから2007年に初めて来日して以来、6回か7回ほど来ています。いつも楽しみですよ。友達もたくさんいますし、アメリカに移住して大学で最初に仲良くなった友達も日本人のギタリストでした。だから日本は近い存在。

音楽や文化、自然も好きですね。スピリチュアルな要素もあるし、強いカルチャーを持っていると思います。どこに行ってもアメリカにいるよりも人の思いやりを感じることも、愛着を覚える理由なのかもしれません。そんな理由で日本語を勉強して深めたいと何年も思っています。

――日本のミュージシャンで影響を受けた人はいますか?

ファビアーノ・ド・ナシメント:久石譲さんや坂本龍一さん、竹村延和さん、青葉市子さんなどですね。でも正直そこまで日本の音楽に詳しい訳でもなくて。ただ邦画を観たりして、他にもたくさんの日本の音楽家の音楽を間接的に耳にして、無意識的に影響を受けているとは思います。また岡村さんの笙を聴いた時は瞬間的にアイデアが浮かんで、すぐに作曲し始めるほどに強いインパクトがありました。雅楽は四季に基づいてスケールを変えるのですが、その考え方自体も興味深い。

青葉さんや笹久保伸さんは最近知り、リリースされた曲を聴いているのですが、彼等の音楽のどこに惹かれているかは自分でも分析できていません。ブラジル音楽もそうで、邦楽に比べたら大きい知識を持ってはいるのですが、どこから誰から影響を受けたか特定することは難しい。それくらい色々なものからインスピレーションを受けています。

ルーツを掘り下げることが音楽に深みを与える

――雅楽の話はとても興味深いですが、われわれ日本人はあまりにそれについて知りません。一方でファビアーノさんは自身のルーツであるブラジル音楽を掘り下げている印象ですが、日本人も伝統を掘り下げた方がいいと思います?

ファビアーノ・ド・ナシメント:それはブラジルもアメリカも同様で、今日に至ってはたくさんの伝統文化がありつつ、それについて大多数の人が知りません。聴かれているのは大体メインストリームな音楽ばかり。

確かに僕個人は伝統的なブラジル音楽が好きで、さらに日本やアフロブラジリアン、アフリカ先住民などの民族音楽にも興味を持っています。そして実際に聴いてみると、それらの音楽に共通する部分や関係性を発見したりもできるんですよ。それは恐らく、そういう音楽の多くは自然から着想されるからなのかなと。変拍子や複雑なように聴こえても、アフリカ音楽は非常に自然に聴こえますし。

だから僕はできるだけ大地に近いところまでたどっていこう、という態度で音楽を聴いてきました。たとえジャズや現代的で複雑な音楽だったり、エクスペリメンタルなものでもルーツがなかったら浅いものになってしまう恐れがありますね。だから音楽家が伝統を守っていく姿勢は大事。

――ちなみにあなたが「サンダーキャットやサム・ゲンデルの影響でプレイスタイルを変えた」というアルバムレビューを否定している記事を見かけましたが、音楽ジャーナリズムや批評について感じることなどあれば教えてください。

ファビアーノ・ド・ナシメント:何が彼等にそれを連想させたのか……批判というよりも混乱しました(笑)。自分の音楽と別の要素を関連させるのが理解できなかったです。もしかしたら人目を引きたいからかもしれませんが、それは音楽の可能性に制限をかけてしまうと思いますね。

もちろんサム・ゲンデルは15年以上の付き合いで近い友人ではあるのですが、われわれのやっていることはまったく別ですから。ただ人は関係のないものを結びつけて考えてしまいたくなるものですし、その点は僕自身も自戒したいです。

――そしてBAROOMでの来日ライヴも迫っています。準備の方はいかがですか。

ファビアーノ・ド・ナシメント:そう思います。最後に日本でライヴをした時とソロパフォーマンスの内容が変わったんですよ。5年前はもっとピュアにブラジル音楽を自分の解釈で演奏していたのですが、今は自分の持っている要素をもっと取りこむつもりです。

フェスで演奏するのとも違うものになりますし、実験を重ねてプレイを成熟させていきたいと思ってます。ということは、いつまでも「準備万端です」とは言えないですね(笑)。永遠に万全を目指してトライし続けるのだと思います。

■JAZZ at BAROOM — ファビアーノ・ド・ナシメント —
日程:10月13日
時間: 18:00OPEN、19;30START
会場:BAROOM
住所:東京都港区南青山6-10-12 フェイス南青山1F
会場webサイト: https://baroom.tokyo/
※チケット完売・当日券の予定はなし

Photography Kentaro Oshio
Cooperation BAROOM

author:

小池直也

音楽家/サキソフォン奏者/記者 etc。1987年生まれ、山梨県笛吹市出身。明治大学文学部卒。卒業論文のテーマは『日本文学とモード』。祖父はジャズクラリネット奏者の中川武。トロンボーン奏者の中川英二郎、作曲家の中川幸太朗を輩出する中川家の末裔。ジャズを中心とした現代都市音楽シーンに対して多面的な活動を展開する。 https://twitter.com/naoyakoike https://naoyakoike.tumblr.com

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