フライング・ロータスが語る“日本のアニメ愛” Netflixオリジナルアニメ『YASUKE-ヤスケ-』に込めた情熱―前編―

ロサンゼルスのビートシーン&ジャズコレクティブの中心的存在で、サンダーキャットルイス・コールハイエイタス・カイヨーテらが所属する最重要レーベルの1つ、「Brainfeeder」を主宰するフライング・ロータス。

これまで発表された6枚のスタジオアルバムが世界的に高評価を得ているのはもちろん、最近では共同プロデュースしたサンダーキャットの『It Is What It Is』が、第63回グラミー賞最優秀プログレッシブR&Bアルバム部門を受賞するなど、音楽シーンを牽引し続けている。

その一方で、自他ともに認める熱狂的なアニメ&カルトカルチャーフリークとして知られている。これまでも、日本屈指のアニメ監督である渡辺信一郎が手掛けた『ブレードランナー ブラックアウト2022』や『キャロル&チューズデイ』のサウンドメイクに携わるなど、アニメーションの世界と密接にリンクしてきた。

その自身が、Netflixのオリジナルアニメシリーズ『YASUKE-ヤスケ-』に、制作総指揮&音楽監督とし参加。織田信長に仕えた実在のアフリカ人侍を主人公に物語を再構築したファンタジー時代劇である本作は、『うしおととら』『進撃の巨人』『呪術廻戦』などの人気シリーズを手掛けてきたMAPPAが制作を担当するという、アメリカと日本が真正面からコラボレーションした意欲作として話題を集めている。

このプロジェクトを通じて本格的にアニメ業界・作品に携わり、今までのアニメサウンドの常識をも覆すアプローチでオリジナルサウンドトラック『YASUKE』を完成させたフライング・ロータス。

今回の前編では、『YASUKE-ヤスケ-』で表現したかった作品の意図や狙い、主人公・ヤスケに込めたメッセージ、そして日本のアニメに対する深い愛について語り尽くす。

世界に向けて「ブラック・サムライ」という新しいヒーローをもたらしたかった

——そもそも『YASUKE-ヤスケ-』には、どのような経緯で参加することになったのですか?

フライング・ロータス(以下、フライロー):プロデューサーの友人から連絡をもらって、彼に「黒人の侍についてのプロジェクトに取り組む気はあるかい?」と尋ねられたんだ。こっちとしては「イエス! もちろん!」と。それで、Netflixのメンバーとも会って俺もゲーム(=この企画)に参加することになった。本当に、思いがけなかったね。

——ということは、ストーリーに興味を持たれて参加を決めたのでしょうか?

フライロー:部分的にはそうだよ。ただ、俺はずっとアニメが大好きで、アニメ業界で仕事をしたい、そしてNetflixのために何かやりたいという思いがあった。だから、このプロジェクトは完璧に思えたよ。

——夢が実現したようなものだったわけですね。

フライロー:そう、その通り。

——本作では制作総指揮という立場でも参加されましたが、作品をどのように描きたいと考えていたのでしょうか?

フライロー:この作品は、日本で初のアフリカ人侍の人生をたどっていくファンタジーストーリーで、侍としての人生を終えたあと、彼が経験したさまざまな冒険を描いている。その「ブラック・サムライ」像を通じて、世界に新しいヒーローをもたらしたかった。子ども達が鼓舞されるような誰かをね。

——ヤスケについて史実があまり多く残っていないとはいえ、あなた方が16世紀の日本にいたとされる人物に引き寄せられていったのは、非常に興味深いことですね。

フライロー:ああ。俺達にとっても、史実が多く残っていなかったことはとても興味深いことだった。だからこそ、作品にする価値もあると思ったし、彼について知られていることがあまりないからこそいろいろと創作することができたわけだからね。

——創作面で自由度が高かったから、形而上学的な未来と過去を行き来する物語になったわけですね。

フライロー:そう。事実に沿って物語を描くことができないから、じゃあそれをファンタジーでやろうと、この伝説上の人物を俺達なりに再構築したというわけ。

『YASUKE -ヤスケ-』日本版ティザー予告編 – Netflix

世の中のアニメには完璧なヒーローが多過ぎる

——主人公・ヤスケの人物像はどんな風に描きたかったのでしょうか?

フライロー:欠点をもつ人物として描きたかった。世の中には、完璧なヒーローが多過ぎるからね。言い方を変えれば、人間っぽさがないというか。絶対に間違いは犯さず、常に正しいことだけをやる。でも、この作品では「そんな奴でもしくじることがある」と言っている。人間には欠点があるし、時に問題やトラウマを抱えることだってある。俺達はヤスケを、そうしたことの多くに立ち向かわせたかったんだと思う。つまり“ハートのある侍物語”にしたかったわけだ。

——日本では、誇り高く、何者にも屈しない強い意志、自己犠牲的精神などを持った人を「サムライ」と表現することもあります。真の侍であるための条件として、何が必要だと考えますか?

フライロー:まさに君が今言った通りだと思う。ずばり、それらの資質だよ。無私無欲であることは、もっとも大きな要素の1つだね。自分よりも他のひとびとの役に立つことを考える、という“高貴さ”と“誉れ”だね。

——日本史の資料によれば、織田信長がヤスケを気に入った理由として、英語が少し話せた、話していると飽きなかった、力が強かった、芸が少しできた、とあります。改めて、織田信長はヤスケのどういう部分に引かれたと考えますか?

フライロー:好き嫌いは分かれるだろうけど、信長は先進的な考えの持ち主だった。しかも俺が理解している限り、かなりエキセントリックな人だったようだ。だから、信長はきっと、とても大きくてダークスキンなこの男をそばに置けば、みんなを震え上がらせることができる(そうは言いつつ実は良いやつで、ただ他の連中と少し違うだけなんだけどな)と考えていたと思う。おそらく俺が信長の立場でも、そんな人物を自分のそばに置きたくなっただろうな、ハハハハハッ!(笑)。

——確かに、織田信長はひとびとを驚かせたり喜ばせたりすることが大好きだったみたいですから。

フライロー:だろ。それに、信長にとってヤスケはステータスのシンボルでもあり、変わった意味での「貴重な宝」だったのかもしれない。みんなを驚かせることもできるし、時にはひとびとを怖がらせることもできる、自分で支配できる玩具みたいな存在でもあったかもね。でも、俺達の作品では、信長が単にヤスケの強さだけではなく、ヤスケの精神もリスペクトしていた、という部分も取り入れたかったんだ。

『YASUKE -ヤスケ-』信長の最期 – 弥助へ命を渡す – Netflix

アニメ業界ではブラックアメリカンはまだ少数派だ

——フライング・ロータスさんとヤスケに共通点はありますか?

フライロー:もちろん! ヤスケはアウトサイダーなわけだろ? だから、ブラックアメリカンである俺達が、アニメ業界でこの作品を制作しながら感じたことも、ある意味ではヤスケの立場や感情に近いと思っているよ。

——ということは、ブラックアメリカンはアニメ業界ではまだごく少数派である、と。

ロータス:ああ、非常に少ないよ。とても排他的な世界だからね。ヤスケが生きた世界も、まさにそれと同じだった。黒人男性である彼もまた、非常に排他的な世界で多くを学び、受け入れてもらうための試練をくぐる必要があったわけだ。俺達も同様で、日本のMAPPAスタジオに自ら作品を売り込み、彼らに参加してもらうようにしたんだから。

——本作『YASUKE-ヤスケ-』を通じて、視聴者に伝えたかったメッセージとは?

フライロー:その質問への答えは、監督のラショーン・トーマスが語るべきだと思う。でも、俺個人としては、今まで話してきたことも含めて、インスピレーションを掻き立てられて、もっと彼の冒険を観たいと思ってもらえるような、新しいヒーローとして世界にもたらしたかった。

アニメ界には、まだまだ黒人のヒーローがいないようなもの。だから、黒人のキッズ達がヤスケの真似やコスプレをするくらいのヒーローになってくれたら嬉しいね。

俺は子どもの頃から日本のアニメを山ほど観てきたんだぜ

——今回、念願のオリジナルアニメ作品に本格的に携わることができたわけですが、そもそも日本のアニメを好きになったきっかけは?

フライロー:子どもの頃、従兄弟が『AKIRA』や『Fist of the North Sta(=北斗の拳)』といった映画を観せてくれたんだ。そういった昨品の影響はデカかったね。

——あなたは『ドラゴンボール』の大ファンだったそうですね。

フライロー:そうだ! だから、俺はアニメをずっと観てきたんだ。古い作品から新しい作品まで山ほど観てきたし、アニメに対する愛情はとても深いよ。

——答えるのが難しいかもしれませんが、日本のアニメで、好きな作品、好きなクリエイターを教えてください。その理由は?

フライロー:(まいったな調の感嘆)ヒュ〜〜ッ! 渡辺信一郎は最高だね。俺のお気に入りには『カウボーイビバップ』は間違いなく入ってくるし……。確かに、答えるのがとても難しい質問だ。ハハハッ!

——すみません……。

フライロー:君だってそうなるのはわかっていただろ(笑)。

——外国人の視点から、日本のアニメにはどのような特徴・魅力がありますか?

フライロー:自分が子どもだった頃に観ることができたのは『バットマン』のアニメシリーズだった。アメリカのテレビアニメでベストな作品と言えば、ほぼあれだったからね。

でも、日本のアニメは、非常にドープな内容でプロダクションやヴィジュアルの質が高い。キャラクターの描き方も興味深いし、筋書きも大人向けで、アメリカの作品より映画的な感じがした。俺はそこに引きつけられたんだと思う。アメリカで日曜の朝に放映される子ども向けのアニメ番組は、とにかく複雑さが足りなかった。ただ単に、関連のフィギアや玩具を売るのが目的で作られていたから。

——日本のアニメはストーリーが複雑かつ、哲学的になることすらありますからね。

フライロー:そう、その通り。

日本のアニメ音楽はノーマル過ぎるし、作品の一部として機能していない

——日本のアニメ音楽についてはどう思いますか?

フライロー:んんん……、ほとんどのものが好きじゃないな。アッハッハッハッ!

——それは、なぜでしょうか?

フライロー:ダサくて安っぽいし、ポップ調なものが多い。まぁ、俺のスタイルじゃないよな。中には良いものもあるよ。音楽が頭にこびりついて、3回聴いてエピソードを観ると、その曲が頭から離れなくなる、とかね。

だけど、大抵のアニメ音楽は作品とマッチしていない。行き当たりばったりにポップソングを採用して、それを作品のイントロ的に使っているだけだ。つまり、その曲が作品の一部だという気がしないわけ。

——あなたの趣味からすると、ちょっと奇妙で不可思議過ぎるんでしょうね。

フライロー:ノー! いや、そうじゃない。そうじゃなくて、良い意味でヘンさが足りない。ノーマル過ぎるんだよ(笑)。

——あなたにとっては、あれでも普通過ぎる、と(笑)。

フライロー:そうなんだよね(苦笑)。

一緒に仕事してみたい日本のアニメクリエイターは……

——ちなみに、最近、特に気になっている日本のアニメ作品やクリエイターを教えください。

フライロー:良い質問だな。どうだろう……『Kids on the Slope(=坂道のアポロン)』かな。渡辺信一郎監督が何年か前に作った作品だけど、かなり地味で誰も話題にしないんだよ。

ところが、非常にインスピレーションを掻き立てられる作品だし、実際あれを観て俺もピアノを弾こうと強く鼓舞された。俺にピアノという楽器に目を向けさせたという意味で、自分にとって非常に大切な作品だ。もっと多くの人に観てもらえたらな、と思う。本当に美しい作品だから。

「More feat. Anderson .Paak」 フライング・ロータス

——渡辺監督とは、アンダーソン・パークをフィーチャーした「More」のMVや、短編アニメ『ブレードランナー ブラックアウト2022』『キャロル&チューズデイ』などで一緒に仕事をしています。他に日本のアニメイターやクリエイターで、一緒に仕事をしてみたい人は?

ロータス:『My Hero Academia(=僕のヒーローアカデミア)』や、『呪術廻戦』を作っている人達とは、ぜひ仕事したいね。

——そうなんですね!

ロータス:もちろん! 何度も言った通り、俺は熱烈なアニメファンなんだぜ。『One-Punch Man(=ワンパンマン)』のクリエイターともぜひ仕事してみたい。願わくは、今後もアニメの仕事を続けたいなと思っているよ。

フライング・ロータス
LA出身のプロデューサー、フライング・ロータスことスティーヴン・エリソン。モダンジャズの最重要サックスプレイヤー、ジョン・コルトレーンを大叔父に持つ。サンダーキャット、カマシ・ワシントン、テイラー・マクファーリン、ルイス・コールらを輩出し、最近ではハイエイタス・カイヨーテらが在籍する人気レーベル、「Brainfeeder」を主宰。これまでに『1983』『Los Angeles』『Cosmogramma』『Until The Quiet Comes』『You’re Dead!』『Flamagra』を発表。その他、自ら手掛けた映画『KUSO』や、渡辺信一郎監督の短編アニメーション『ブレードランナー ブラックアウト 2022』の音楽など、映像関連の仕事も多数。
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『YASUKE(ヤスケ) 』(Warp Records / Beat Records)
オールド・シンセサイザーを駆使し、フライング・ロータスが理想とする新しいアニメ音楽を構築した本作。サンダーキャットが歌う「Black Gold」や主人公ヤスケをイントロデュースしデンゼル・カリーがラップで参加した「African Samurai」を筆頭に、コモンのバックも務めるジャズ・ピアニスト、ロバート・グラスパー、アニメクリエイターのブレンドン・スモール、ミゲル・アトウッド=ファーガソン、ニキ・ランダ、クリス・フィッシュマンらが参加

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Analog Assassin

エディトリアルディレクター/インタビュアー/ライター&一次情報。雑誌『Boon』でキャリアを開始・発足。これまでにさまざまなメディアで参加・立案を手掛ける。デザインコンサルティングファームや事業主と共創し、コーポレートコミュニケーション戦略などにも携わっている。活動領域は、ストリートからビジネスまで。 Instagram:@the_analog_assassin

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