「老いていくのも素敵なことかもしれない」 『水曜どうでしょう』の鈴井貴之が田舎での生活で感じた「幸せの本質」

鈴井貴之(すずい・たかゆき)
1962年北海道赤平市生まれ。1990年に札幌で劇団「OOPARTS」を立ち上げる。その後、構成作家・タレントとして『水曜どうでしょう』(HTB)などの番組に企画・出演。映画監督として『銀色の雨』などこれまで4作を発表。2010年から「OOPARTS」を再始動。これまでに6作の舞台公演を行っている。
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大人気番組『水曜どうでしょう』のミスターこと鈴井貴之。12年前から生まれ故郷の北海道赤平(あかびら)市にも拠点を持ち、現在は札幌と赤平の2拠点生活を行っている。

赤平は北海道のほぼ中央に位置し、札幌から約100kmで、人口は約9,000人と過疎化、高齢化が進んでいる町だ。鈴井の家の周りも森に囲まれており、当初は原野を自らの手で開墾することから始めたという。現在は4匹の犬(大型犬3匹、小型犬1匹)と共に田舎での生活を満喫している。

そんな赤平での生活を記した書籍『RE-START 〜犬と森の中で生活して得た幸せ〜』(幻冬舎)が10月4日に刊行された。もともとは「自然が嫌いだった」と語る鈴井が森や犬と暮らす中で見つけた新たな幸せとは何なのか。

——まず、今回この本を書こうと思ったきっかけから教えていただけますか?

鈴井貴之(以下、鈴井):北海道の赤平市で暮らすようになって13年目になりますが、去年雑誌の「GOETHE」の特集で僕の家を紹介したい、と依頼がありまして。その時の担当編集者が僕の赤平での生活を見て、その場で「本を書きませんか」と依頼してくれたんです。

赤平で生活するようになって自分でも想像してなかった驚くべき変化が起きたりもして、その体験をまとめて書いて出すのもいいかなと、本を書くことにしました。

——いつ頃、その話があったんですか?

鈴井:去年の10月頃です。そこからどんな内容にしようか、リモートで編集者と打ち合わせをしながら書いていきました。

——本書は、ゴールデンレトリバーのネイマールという鈴井さんが飼っている犬の視点で書かれています。

鈴井:エッセイって自分のことを書くんですが、「なんてバカバカしいことをやっているんだ」っていうのは、自分の独り語りよりは客観的に書いたほうが読者に共感してもらいやすいかなと思い、ネイマールに語り部となってもらい、僕の生活を伝えることにしました。

——タイトルも鈴井さんが考えたんですか?

鈴井:そうです。この表紙に使われている文字も僕が直筆で書きました。赤平での生活や会社や家族のこと、いろんな意味で「RE-START」という思いを込めてこのタイトルにしました。

——49歳で赤平市での生活を始めましたが、「それは現実逃避だった」と書かれています。

鈴井:あまり詳細には書いていないのですが、その頃に社長を辞めたり、離婚もしたりしていますから。そんなタイミングで、赤平に居を構える機会をいただいて、最初は「町のため」みたいなきれいごとを言ってたんですけど、客観的に見たら、逃げ場所を探していたのかなと思います。

最近、ようやくそれを自分で認められるようになってきました。逃げるというのは、マイナスにとらえられがちなんですけど、時には勇気ある撤退も必要だなと思います。そういうのも赤平に12年住んだ今だから、包み隠さず書けるようになりましたね。

——今は、札幌と赤平との2拠点生活ですが、どれくらいの間隔で行き来されているんですか?

鈴井:半々か、少し赤平で過ごすほうが多いかなというくらいです。それはやっぱり犬のためなんですけどね。赤平だと犬達はリードもなく、自由に走り回れる。なので、時間があれば、赤平にいるようになりました。

——本当に犬中心の生活なんですね。

鈴井:今は4匹ですが、多い時は6匹飼ってましたからね。犬を飼うからにはそれくらいの責任を持って飼わないといけないと思います。

自分でやることに意味がある

——赤平に住むと決めて、土地の整備はご自身でされたそうですね。

鈴井:最初は原野だったので、札幌から週末に通いながら自分でチェンソーで木を切ったり、重機の免許も取得して、素人ながら、ほぼ1年かけて、できるところまでは整備しました。

——土地の広さってどれくらいなんですか?

鈴井:約6600坪です。

——なかなか想像できない広さです。それくらい広いとまだまだ未開拓な場所も多いんですか?

鈴井:全然使っていない場所の方が多いですよ。敷地には川もあって、釣りもできるんです。僕は釣りはやらないんですけど、この前、友人が遊びに来てくれて、釣りをやりたいっていうので、その川まで草をかきわけて5年ぶりに行きました。その友人はニジマスとか釣って、「すごくいい川ですね」って言ってました。

——整備するのは業者にお願いすることもできたと思うのですが、なぜご自身でやろうと思ったんですか?

鈴井:最初に赤平で暮らそうと思ったのが、夕張市の次に赤平市が財政破綻するかも、という話があった時で、僕も赤平出身なので、その財政会議にアドバイザーとして月1回通っていました。でも、その会議で偉そうなことを言いながら、札幌に帰る。自分は所詮よそものだなと感じて。それならこの町に住んでみたら仲間として受け入れられるかなと思って住むことにしたんです。それで仲間と認めてもらうには、業者が入って別荘を建てたということではなく、週末通いながら、自分で作業していることが大事だなと思って。

そうやって自分でやっていると、近所の人にも知ってもらえるようになってアドバイスをもらえたり、小さい町なので、他の人にも知ってもらえたりして。そうなると「あの人は本気だ」と、受け入れられていきました。

——でも、49歳になって急に田舎で生活をするのは、なかなかできることじゃないと思いますけど。

鈴井:最初は大変でした。冬の除雪も重機を使っても1時間くらいかかるので、何をやっているんだっていう気持ちにはなりましたし、赤平から札幌まで普段だと1時間30分あれば着くんですが、大雪だと8時間くらいかかったこともあって。「こんなに時間を無駄にして、今の生活に意味があるのかな」と思ったこともありました。

でも、時間を無駄にするといっても、毎晩すすきので飲んだくれているのも時間の無駄なのでは、と考えると、慣れたらすべてのものに意味があって、そんな時間も大事で無駄なものはない、という考えに変わっていきました。

——水が止まってしまう話も書かれていて、本当に生活が大変そうだなと思いました。

鈴井:年に何回か札幌から戻ってきたら水が出ないっていう状況があって、2km先の水源のメンテナンスをしないといけないんですよね。最初はそれも苦痛でしかなかったですけど、やっぱり慣れなんでしょうね。ここで生活するっていうことは、それが当たり前なんだ、と受け入れられるようになりました。

あと、東京からお客さんが来ると、「本当に自然の中に身をおくと癒やされる」とおっしゃいますね。本当に何もないんですけど、心が浄化される感覚になります。札幌でも仕事に疲れたら、早く赤平に帰りたいなって思いますからね。

——だんだんと適応していったんですね。

鈴井:そもそも僕は北海道民ですけど、自然は嫌いでしたから。『水曜どうでしょう』で、ユーコン川を渡った時は地獄でしかなかったです。『北の国から』を見ても、こんな生活できるわけないよなって思ってました。でも今は、泥だらけになりながら草むしりしたり、犬と戯れてたりしていますから。人ってこんなにも変われるんだって、自分でも驚いています。

自然の中で大型犬を飼ってみたいなという思いもあって、赤平での生活を始めたタイミングで、大型犬を飼い始めたらすごく大変で。こっちが我慢しないといけないことが多くて。自分のような業種の人間ってどっかわがままな部分があるんですけど、こっちが我慢を強いられる生活になって、かなり我慢強くなりましたし、イライラすることも減りましたね。「しょうがないよね」って受け入れられるようになったんです。

——YouTubeも最近始められましたが?

鈴井:3、4年前からやろうかなとは思っていたんですが、当時はみんながYouTubeをはじめていたので、なんとなくタイミングを考えて、今年の8月からスタートしました。たまたま同じ内容の本も出版されるのでいいかなと。

——YouTubeは1人でやられているんですか?

鈴井:そうですね。

——原野の開墾にしても、YouTubeにしても1人でやるのが昔から好きだったんですか?

鈴井:1人でこもって創作活動をするのは好きでしたね。だからこういう生活も自分にはあっているんでしょうね。

以前、映画の監督にも挑戦しましたが、やっぱり関わる人が増えると、いろいろと意見が出てくるわけで。その中でどこまで良しとするのか、その葛藤はありました。それを1度清算したくて、なるべく1人でやれることをやろうというのも、この町に住んだ理由の1つです。だから本を書くっていうのは基本的には1人でできるので、すごく向いているんだと思います。自分が表現したいものが、文字としてダイレクトで伝えられるので。

「老いること」について

——現在、61歳ですが、「老い」については自然と受け入れられるようになりましたか?

鈴井:今は仕方ないなって受け入れられるようになりましたが、数年前は本当に嫌でした。老眼になったり、体力的な衰えや食も細くなったりして、昔できていたことができなくなってくるんです。それで、このまま老いていくのか、と一時期はどんどんネガティブな思考になりました。

でも、いつ頃からか老いを拒否するのではなく、受け入れられるようになって。できることの限界は知ったので、無理をせず、新しいことに挑戦していく。そういう風にモードが変わりましたね。老いていくのも、素敵なことかもしれないな、ととらえてやっていく。

この本にも書いていますが、80歳まで生きるとしてもまだ20年ほどある。それだけあれば、成長できる余地はあると考えるようになったら、まだまだ頑張っていこう、と思えるようになりました。

——『水曜どうでしょう』は今も続けています。全盛期は過ぎているとも書かれていましたが、それでも続ける理由は?

鈴井:まだ支持してくれるファンの人達が大勢いらっしゃるので。いい時の姿を見せるだけでなく、先ほども言ったように衰えていくのは当たり前のことなので、それもさらけ出していくのも1つかなと。

——『水曜どうでしょう』は今でもすごい人気ですよね。改めて、あの番組の魅力はどこだと思いますか?

鈴井:バラエティ番組ってカテゴライズされるんですけど、僕等はドキュメンタリー番組だと思っていました。テレビ番組なので、面白おかしくやっている部分もありますけど、怒ったり、ぼやいたり、みんな本音でやってますから。最初の頃はテレビ番組を作らないといけないと思って、僕が一番しゃべってたんですけど、いつ頃からかがんばらなくていいんだなと思って、後半全然しゃべんない時とかありました。どこからか作りものじゃなくて、この4人の素を見せていくのがいいんじゃないかと思って、みんなが好き勝手にやりはじめた。そうしたテレビの枠組みをはみ出たリアルさが人気だったんじゃないかなと思います。だからこそ、今も自分達のリアルを見せるために続けているんだと思います。

——いろいろ経験した鈴井さんにとって「幸せ」とは?

鈴井:「幸せ」はまだまだこれからじゃないですか。もっと森を開拓したいですし、インディーズで映画とかも撮りたいと思っています。そうした先のことが考えられることが、幸せなのかな。幸せのど真ん中にいたら満足してそこでもういいやってなってしまうと思うんですが、まだチャレンジできるっていう希望を持てているのは、いいことなのかな。

——最後に本書はどういう読者に読んでもらいたいですか?

鈴井:やっぱり僕と同年代の50代、60代で、もうすぐ定年でセカンドライフをどうしようかと考えている人。でも、若い人が読んでも何かしら気付きはあると思います。この本自体がエッセイのコーナー以外に、ペット関連にあったり、読んでくれた人からは「ビジネス書だよね」って言っていただいたりもして。人によっていろんなとらえ方ができる内容だと思います。

——僕もこの本を読んだら、老いていくことに対して、少し気が楽になりました。

鈴井:それが一番です。「人生は長くて、50歳近くからでもやり直しができる。だから大丈夫。なんとかなるよ」っていうのが伝われば。人って、落ちている時は考えすぎちゃうので。少し引き算してきたら、楽になる。この本を読んで、そうなってもらえればいいですね。

Photography Mayumi Hosokura

『RE-START 犬と森の中で生活して得た幸せ』著者:鈴井貴之

■『RE-START 犬と森の中で生活して得た幸せ』
著者:鈴井貴之
定価:¥1,760
発売日:2023年10月4日
ページ数:308ページ
出版社:幻冬舎
https://www.gentosha.co.jp/book/detail/9784344041103/

author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社。2020年8月から「TOKION」編集部に所属。

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