俳優・磯村勇斗が語る映画への熱い想い——「やらなきゃいけない」という使命感みたいなものはある

磯村勇斗(いそむら・はやと)
1992年9月11日生まれ、静岡県出身。テレビドラマ『仮面ライダーゴースト』(2015-16 / EX)で注目を集め、その後、NHK連続テレビ小説『ひよっこ』(2017)でヒロインの夫役を演じて脚光を浴びる。2022年に『ヤクザと家族 The Family』(2021 / 藤井道人監督)、劇場版『きのう何食べた?』(2021 / 中江和仁監督)で第45回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。近年の主な出演映画は『東京リベンジャーズ』シリーズ(英勉監督)、岸善幸監督作『前科者』、『PLAN 75』(2022 / 早川千絵監督)、映画初主演を務めた『ビリーバーズ』(2022 / 城定秀夫監督)、『最後まで行く』(2023 / 藤井道人監督)、『波紋』(2023 / 萩上直子監督)、『渇水』(2023 / 高橋正弥監督)、『月』(2023 / 石井裕也監督)など。
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2022年1月から2023年10月までに劇場で公開された磯村勇斗の出演作(そのほとんどが主要キャスト)は、14本を数える。数字だけでも驚きだが、『PLAN 75』『ビリーバーズ』『波紋』『渇水』『月』など、“社会派”と形容される作品が実に多く、その演技を見れば、彼が相当の熱量を注いでいることは明らかだ。その流れをくむ15本目の出演作となる映画『正欲』は、横浜に暮らす検事の寺井(稲垣吾郎)を軸に、異なる性的指向を持つ5人の孤独な男女の人生が、ある事件をきっかけに交錯する物語。精力的に映画に出演し続ける磯村の、映画への熱い想いを聞いた。

役者の面白さ

——磯村さんのフィルモグラフィーはここ1〜2年、特に社会派の作品や、社会の中で揉まれる難役が多く、人間修行をしているようにも見えるのですが。

磯村勇斗(以下、磯村):そうですか?(笑)。 どうなんでしょうねえ。ただ、平凡な役や背負うものが少ない役よりも、重たいものを担ぎながら生きている人の方が魅力的に見えますし、挑戦しがいがあるかもしれないです。

——磯村さんにとって、役を演じることの醍醐味や面白さをお聞きしたいです。

磯村:いろんな人生を経験できることだと思います。それが結果的に自分の心を豊かにしたり、人生経験に繋がってきたりする。そこが役者の面白いところじゃないかなと思います。

——自分が演じる意味や、その作品に出る意義を考えますか?

磯村:そこは、深くは考えないですね。自分と何かを結びつけていないので。でも、自分の目の前にその役が来ているということは、自分にとっても世の中にとってもその映画が必要なものなのだろうな、とは思います。

——「重たいものを担ぎながら生きている人」は、日常生活においても魅力的に見えますか?

磯村:目にはつきますよね。「重たい」という表現が適切かはわからないですが、「この人の人生には何があるんだろう? もっと見たいな」と思わされます。

佐々木佳道を演じて

——今回の『正欲』で演じた佐々木佳道も、誰にも打ち明けることのできない性的指向を抱えて苦しんでいました。

磯村:非常に孤独な人物ですよね。社会から孤立しているけれども、なんとか頑張って仮面を被ってなじもうとしている。でも、一度は死という方向を向いてしまう。行動には移さないけれど、そう思っている人は今の世の中に多いと思うんです。自分もそうですが、人に言えないことや隠している秘密って、誰もが絶対に1つは持っていると思うので、佳道の気持ちには寄り添えるんじゃないかなと思いました。なにより、夏月(新垣結衣)の存在による佳道の変化がこの映画にとって大事な部分になってくるので、そこは大切に演じたいなと思いました。

——佳道と夏月が出会う前、それぞれ孤独に生きていた時の、どんよりした瞳が暗い沼のようでした。どのようにアプローチしたのでしょうか。

磯村:特に目をどんよりさせようとは思ってはいませんでしたが(笑)、そう見えたということは、どこかで日常を諦める覚悟を持って演じたことが、結果的に正解だったのかなと思います。もともと僕自身が、佳道の持っているものに、すごく共感できたんです。人に理解されない部分について、「何でわかんないんだろうな」と思った気持ちは、自分の中にもずっと残っています。そういうものを佳道を演じる時に大事にしたことで出た、(目の)曇りなのかもしれないですね。

——先ほど「寄り添う」という表現がありましたが、佳道を含めて、役を演じる時に磯村さんが大事にしていることをお聞きしたいです。

磯村:人を「演じる」ことは「生きる」ことだと思っています。どの役に対しても、役の気持ちに寄り添うことで、その役の人生を体感して経験するというところは、役を作っていく上で大事にしています。あとはもう、現場第一主義なので、現場で生まれる感情や相手との間に生まれるものを大切にするということを心がけています。

——役を「生きる」のは、本番前のリハーサルや、カメラが回っている本番の瞬間ですか? それとも撮影をしている期間を通してですか?

磯村:その作品と関わっている間中、ずっとですね。クランクインする前の準備期間から、僕はそういう感覚でいます。

——ご自身に何らかの影響はありませんか?

磯村:あるみたいです。自分ではあまりわからないんですけど、「なんかちょっと今日、変」みたいなことを言われることがあります。「怖い」とか。今回(『正欲』)はわりと穏やかに進められていたとは思います。少なくとも日常生活に影響を及ぼすことはなかったです(笑)。

——『正欲』で佳道という役を演じて、「良かったな」と思うことを教えてください。

磯村:この作品に参加して、そしてできあがったものを見て、改めて自分自身を認めてあげることの重要性を感じました。自分の持っている感覚、感受性、言葉、考え方みたいなものを、人に理解されなかったとしても、まずは自分が大切にしてあげたい。佳道は夏月との出会いに救われて人生が回転していくので、人との出会いも大事ですけど、まずは自分が自分の味方になってあげることができて、ようやく他人に会えるのかなと思いました。

——そうすることで、何か変わったことはありますか?

磯村:すごく人に会いたくなりましたね。今まで能動的に人に会いたいと思うことは少なかったんですけど、最近は「今日は人に会ってみるか」「誰かに連絡してみたいな」と思うようになってきています。

——それがこの映画のテーマでもある「多様性」の根幹かもしれないですね。人からどう思われるかはさておき、まずは自分だけでも自分を肯定する。佳道と夏月はそれができなかったので、出会うことができて本当によかったなと思いました。2人の会話にもありましたが、もしも相手がいなくなってしまうと、幸せな日々を知ってからの孤独はかなりつらいと想像できます。となると、最初から1人のほうが楽だったのでは? という考え方もあると思うのですが。

磯村:確かにその考え方もありますよね。でも、出会う前と出会った後とでは、1人でいたとしても何かが全く違う気がします。確実に言えるのは、見てきた景色や経験してきたものが違うので、感覚であったり考えにおいて、1つ成長した自分ではいるはずで。だから、出会う前に進もうと思った道と、出会った後に1人で進もうとする道は、確実に後者のほうが生きる術や希望、強さがある気がします。だから1人になったとしても、それは決して悲しいことでも暗いことでもないと、僕は思います。あと、もしも大切な人や存在がいなくなったとしても、一緒に過ごした思い出が記憶としてちゃんと残っていると思うんです。心の中に思い出や記憶があるのと、それがないのとでは確実に違う。そう考えると、物理的には1人だとしても、精神的には1人じゃない感覚なのかなと思います。

「日本の映画で世界と勝負していかなきゃいけない」

——磯村さんの仕事選びはチャレンジングです。磯村さんの出演する映画の多くは、「楽しそう!」と気軽に観られるものではないけれど、「観なければ」「観たい」と思わされます。そして、観れば必ず何かを持ち帰ることができる。でも、もっとライトな作品を選択していくキャリアもありえますよね。

磯村:そうですよね。でも、貪欲にやっていかなきゃなっていうハングリー精神でやっているので、メッセージ性の強い作品や自分の中でチャレンジとなるような役に関わっていきたいと思っています。

——気骨を感じます。そういう作品に出演することがやりがいになっているのでしょうか?

磯村:やりがいというか、「やらなきゃいけない」という使命感みたいなものはあるのかもしれないです。今回の『正欲』がまさにそうでした。マイノリティに関しても性的指向に関しても、本当にさまざまなんだなと改めて思いましたし、佳道の指向に関して「こういう形もあるんだな、ということはそれだけ隠している人も多いんだろうな」と勉強になりました。僕がこの作品に惹かれたのも、このテーマ性があったからです。

——『正欲』は、観た人の視野が広がり、社会の見え方が変わる映画だと思います。磯村さんが観客として、そういう体験をした映画はありますか?

磯村:しょっちゅうあります! 知らない世界にいざなってくれるのが映画でもあるし、時には自分と同じ感覚を持っている映画に出会って、「そうだよね、そう思うよね」と共感できます。映画を観て学ぶこともそうですし、毎回得るものは多いと思います。どんなにマイナーな映画でも何かしらは自分の中に残る気がするんですよね。B級、C級の映画でも、「あのキャラクターが魅力的だったなー」とか、「こんな物語、どうやって思いついたんだろう?」とか、1つはある気がしていて。その出会いを楽しみに映画を観続けているところはあります。

——ドラマ作品へのモチベーションは、映画とは違うのでしょうか? 宮藤官九郎さん脚本のドラマ『不適切にもほどがある!』(2024年1月〜/TBS)も楽しみです。

磯村:ドラマの視聴者の方は、その時間を楽しみたくて観ていると思うんです。もちろん泣きたくて、もあるかもしれないですが。そういった楽しい時間を「提供する」……という言い方はおかしいかもしれないですが、僕ら役者はパフォーマーとして、演者として、作品の力になりたい。ドラマにもバランスよく出られたらなと思っています。

——本作のタイトルの「欲」という言葉にかけまして。磯村さんが今欲しているものを教えてください。

磯村:今はお腹が空くことが嫌なので、「お腹が空かないようにする欲」「食べ続けたいという欲」になるのかな。

——ということは、たくさん食べている? 役のためですか?

磯村:そういう目的もあります。なんならお腹が空く状態が怖いので、空く前に食べるようにしています。食事はちゃんととっているので、間食におにぎりやパンをどんどん入れています。空いちゃいけないからずっと食べていたいし、食べることができて幸せです(笑)。

——仕事においての欲はありますか?

磯村:映画に出続けたいという欲はあります。特に『正欲』のように、テーマ性がしっかり定められているものには、どんな時代でも出ていきたいなと思います。

——カンヌ国際映画祭への参加などで、出演したい映画や、自分がこうありたいと思い描く俳優像に変化はありますか?

磯村:もちろん俳優として、海外の現場も見なければいけないと思っています。けれどもその反面、日本の映画で世界と勝負していかなきゃいけないなとすごく感じます。アジアでは韓国映画が世界で評価されつつあり、どんどん差が広がってしまっている。でも、日本にも“黒澤(明)時代”という黄金時代があったわけですから、ということはまたそういう時代を作れると思いますし、その理想は持っていたいです。

Photography Kosuke Matsuki
Styling Tom Kasai
Hair & Makeup Tomokatsu Sato

(衣装クレジット)
ジャケット¥583,000、シャツ¥214,500、パンツ¥187,000、シューズ¥148,500(すべて予定価格)/以上すべてプラダ(プラダ クライアントサービス 0120-45-1913)

映画『正欲』

■映画『正欲』
出演:稲垣吾郎 新垣結衣 磯村勇斗 佐藤寛太 東野絢香
監督・編集:岸善幸 
原作:朝井リョウ『正欲』(新潮文庫刊) 
脚本:港岳彦 
音楽:岩代太郎
主題歌:Vaundy『呼吸のように』(SDR)
撮影:夏海光造 
照明:高坂俊秀  
製作:murmur 
制作プロダクション:テレビマンユニオン 
配給:ビターズ・エンド
© 2021朝井リョウ/新潮社  ©2023「正欲」製作委員会2023/日本/カラー/DCP/5.1ch/ヴィスタ/134分/映倫G
https://bitters.co.jp/seiyoku/#modal

author:

須永貴子

ライター。映画、ドラマ、お笑いなどエンタメジャンルをメインに、インタビューや作品レビューを執筆。『キネマ旬報』の星取表レビューで修行中。仕事以外で好きなものは食、酒、旅、犬。Twitter: @sunagatakako

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