映画『隣人X -疑惑の彼女-』対談 上野樹里と熊澤尚人監督が語る、情報化社会を生きる人々の“課題”

12月1日に公開された映画『隣人X -疑惑の彼女-』。「X」と呼ばれる他の惑星からの難民を受け入れた世界を描いたこの作品は、上野樹里が7年ぶりに映画主演を務めることでも話題になっている。ストーリーに込めたメッセージから制作のエピソードまで、上野樹里と監督の熊澤尚人に話を聞いた。

――他の惑星からやってきた難民が日常に紛れ込んでいるという世界を描いたこの作品は、パリュスあや子さんによる同名の小説が元になっているそうですね。フランスに渡り自身が移民という立場になったパリュスさんの経験から、「他の惑星からの難民を受け入れる」というストーリーが生まれたという。熊澤さんは、プロデューサーの方からこの原作を手渡されたそうですが。

熊澤尚人(以下、熊澤):そうなんです。この小説には、誰にも迷惑をかけず、懸命に日常を生きる女性達がいました。彼女達を通じて、隣にいる他人の不可解さ、異物感、排除と拒絶がリアリィテイをもって描かれている。今の社会を生きる我々の心に強く響いてくる内容でした。

――「X」という存在も、作品のテーマも、この日本の社会に重なる部分があると。

熊澤:そうです。というのも、無意識の偏見や、ものの見方にある種のフィルターをかけてしまうということは、人間の社会に普遍的に存在すること。それに、私達がコロナ禍を通して経験したことに似ていると感じたんです。他人に対しての距離感や見方、接し方が、何かのきっかけで変わってしまう。そこを描きたいと思いました。

――上野さんは、この作品が7年ぶりの映画主演ということでも話題になっています。熊澤監督とは、2006年の『虹の女神 Rainbow Song』以来17年ぶりのタッグ。オファーを受けて、どんな思いがありましたか?

上野樹里(以下、上野):そうですね、まず何より『隣人X』というタイトルが印象的。そして、私もこの物語のテーマに心を掴まれました。世の中を見渡してみると、コロナ禍もそうですが、今のこの情報化、スピード化が進む中で生きていることを考えてしまいます。私達は他の人達の本当の姿をわかっているのだろうか? 身近に感じるけれど、本当の姿は見えていないかもしれない。本心はわかっていないかもしれない。そしてそれは他人だけでなく、自分自身に対しても投げかけられる問いだと思うんです。誰もがスマホを手にして常にSNSなどの情報をチェックしているという環境がそこにあるからこそ、今感じていることが自分の本心なのかと思わずにはいられない。本当の心は何を感じているんだろうと。普段から抱いていたそんな思いと、この作品のストーリーがリンクする部分がありました。

――特殊な設定と社会的なテーマが同居する作品ですが、熊澤監督は脚本・編集も手掛けていますね。

熊澤:はい。原作を読んだ時点で、とても惹かれる一方、映画化するにはハードルが高いとも思いました。どうやったら映画として成立するのか。そう考えながら登場人物や展開を模索していきました。

――原作者のパリュスさんとも綿密にコミュニケーションしながら、構想していったそうですね。また、この作品には、林遣都さん演じる週刊誌記者、笹憲太郎とのラブストーリーという側面もありますが。

上野:甘い恋の話とはまた違い、あくまで社会派なラブストーリー。この作品は、女性である良子と男性の笹憲太郎、2人それぞれの目線から見ると、また違う風景が見えてくる。私自身も公開前に2回見て、「見方によってこんなに違うんだな」と実感しました。そういったところにも注目していただきたいですね。

――良子は36歳で、宝くじ売り場でアルバイトをしているという設定。ひっそりと日々を生きているという印象があります。

熊澤:これは私自身が身近で感じたことなんですが、女性にとっての30代中盤という年齢は、本当にいろいろな色眼鏡で見られる時期なのではないでしょうか。仕事、結婚、家庭、出産……というように。その真っ只中にある良子のことを、自分軸で生きるキャラクターにしたいと思いました。他人の価値観に左右されないような。そういう人物を魅力的に演じるなら誰だろうと考えた時に、上野さんが真っ先に浮かんだんです。私にとっては上野樹里をキャスティングするということが最初の決定項であり、そしてこの作品の決め手になると思っていました。

――上野さんは役者としてだけではなく、制作にも初期の段階からコミットしていたそうですね。

上野:はい。監督から初期バージョンの脚本をいただいて、最初は電話で話したんですよね。

熊澤:そうそう。上野さんから電話をもらって、感想を教えてもらったんですよね。それで私がもっと聞きたくて、「どうだった?」と30分間も話してしまいました。そのやりとりを皮切りに、彼女の意見をずっと聞いていったんです。脚本が完成するまでには、2年の歳月を要したのですが、いろんなことについて話し合いましたね。上野さん自身、今の世の中にあるテーマについてもとても敏感な人。台本が出来てからも、感じたことやアイデアをたくさん書き込んでくれていて。

上野:いろんな話をしましたよね。それこそ、日本における難民の定義は何であるかとか、そういうことから始まり……。

熊澤:直接会って延々、6時間とか8時間とか。そして、もらったアイデアを脚本作りにどんどん盛り込んでいきました。ちなみに、これはネタバレになるので詳しくは言えないのですが、ストーリーの核心となる設定のアイデアを出してくれたのも上野さんでした。こういう作業をしていたのは、2022年。上野さんはちょうどテレビドラマ『持続可能な恋ですか? 〜父と娘の結婚行進曲〜』が始まる直前で。

上野:他の仕事の合間合間に、この映画のことを話し合っていった感じですよね。

熊澤:本当に。だから、クランクインの時にはお互いの共通理解というか、「こういう方向性」だよねという認識は仕上がっていました。それで、リハーサルを始めてから感触を確かめて、他の役者さんも加わってきて。私は、良子と笹の関係性や距離感の変化を、克明に描いていきたいと考えていました。そして、見えない偏見や自身の夢、会社からの圧力、自分の家族などといったさまざまな事情に翻弄され、揺れてしまう“人間の弱さ”を描くという大きな狙いもありました。そして、登場人物達の心の動きを、台詞ではなく芝居で見せたかった。上野さんは、台詞がない場面でも、表情や佇まいで見事に表現してくるんです。これが上野樹里の力だなと、私自身とてもワクワクしたのを覚えています。

上野:当初から、このストーリーの中の良子という人物を、どう形作っていくかと考えていました。台本から徐々にキャラクターが見えてきて、リハーサルで身体表現が加わることで、より明確に出来上がっていって。映画では演じる人物のパーソナルな部分にちゃんと入っていかなければと思っています。感情を記号的に表現するだけでは成立しないというか。この作品は、テレビドラマではなく映画だからこそ映像化できたと思います。ここに込められたメッセージを、見に来てくださる方々にも感じ取っていただけたら嬉しいです。

Photography Miyu Terasawa
Styling Chiaki Furuta
Hair & Makeup Izumi Kiyoka

■『隣人X -疑惑の彼女-』
新宿ピカデリー 他全国公開中
出演:上野樹里、林遣都、黃姵嘉、野村周平、川瀬陽太/嶋田久作/原日出子、バカリズム、酒向芳
監督・脚本・編集:熊澤尚人
原作:パリュスあや子「隣人X」(講談社文庫) 音楽:成田旬
主題歌:chilldspot「キラーワード」(PONY CANYON / RECA Records)
配給:ハピネットファントム・スタジオ
制作プロダクション:AMGエンタテインメント 
制作協力:アミューズメントメディア総合学院
https://happinet-phantom.com/rinjinX/

author:

河内すばる

インタビュアー/ライター。雑誌やウェブメディアで、タレント、アスリート、文化人のインタビュー記事を手掛ける。

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