アーティストのジュリア・チャンが個展で表現する、「自分」の内と外の関係性

ニューヨークをベースに活動するアーティスト、ジュリア・チャンの作品には、私達の心の片隅を柔らかくするような引力がある。この夏、日本では3度目という個展を東京で開催。会場となったフラッグシップ・ギャラリー「NANZUKA UNDERGROUND」には、アクリルカラーで描いた新作の水彩画が展示された。濃淡さまざまな色彩が包み込む、無数の点描。その向こうにあるものとは?  彼女の世界観に迫ってみた。

「ここ数年、私達の体の内と外が、どう繋がっていて、どんな関わり方をしているのかということをよく考えているんです」。

「Remember That Time When What」と銘打たれた今回の個展について尋ねると、特定のテーマを設けているわけではないと前置きをして、彼女はこんな思いをシェアしてくれた。

「ここのところよく考えるのは、体が外にある状況や出来事とどんなふうに交わり、どんな化学反応を起こすのかということ。意図的であれ無意識であれ、体の内と外が境界を越える時があると思うんですね。それがどんなものなのかと、私は想像しているんです。どんな形をしているのか、どんなフィーリングがあるのか……と。そして、それを作ってみようとするんです。それはきっと、私の中に確固たるイメージが存在していないからなんですが。それでも、この作業は私にとって、頭の中にある考えとフィーリングが一体になる瞬間だといえます」。

前回日本で個展を行ったのが4年前。その後、世界はコロナ禍に突入した。誰もが閉ざされた環境に留まり、身近な人達とも会えないという日々を送った。移動ができない。病の恐怖がすぐそばにある。チャンの家族や友人の中にも、初期の頃にウィルスに罹患した人達がいたという。

「あの日々を経て、また再びこうして人と会うことができるようになったわけですが、この日常の再開が私達の意識を変えたように思うんです。単純にお互いが会って交流することにさえ、新たな解釈をもたらしたというか。そして、この状況について、みんながそれぞれに考え、心に湧き上がる感情をじっと見つめていた。その感情というのは安全かどうかという話ではなくて、人と会うことへのフィジカルな実感に対する、自分の中のリアクションです。このような新しい感覚を得たとき、私たちの内側にはどういう変化があるんだろうか。それはどんなふうに見えるんだろう?』と、そんなことを考えたりもました。大きなものに飲み込まれながら目の前の現実に対処しなくてはならない状況と、体の自由が奪われているということへの恐れ、不安。そういうことが起こっている時に、私達の体の中はどんなふうに見えるのだろう。私達の内側で湧いた不安や恐怖は、その体にどう作用しているのだろう。そんな考えが浮かんできました。そして、物理的な面だけではなく、感情のレベルにあるものに目を凝らしたいと思ったんです」。

体や身体性にまつわる関心は、常に頭の中の大きな割合を占めていると彼女は語る。幼い頃から彼女は身体の機能、特に回復や治癒の力に興味をひかれてきた。その興味は、自身が妊娠と出産を経て母になった今、より強くなっているようだ。

アーティストになった経緯やこれまでのキャリアについて尋ねてみたら、「“そっか、私はアーティストなんだ!”と思ったことはないんです」とチャンは笑った。

「はっきり自覚した時があったわけではないけれど、もの作りが好きだったのは確かです。物心ついた時から、何かを作っていた。手を忙しく動かして何かを作るという行為は、本質的に私自身の一部を成すものなんです。すべてが問題なく運んでいるような気持ちにすらなります。でも、そんなふうに私にとって不可欠なものが職業になるとは思っていなかった。それはあくまで遠い夢。そう考えていました」。

学生時代も、社会に出てからも、いろんな仕事をしていたチャンが、アートに取り組むのは夜や週末だったという。少しずつ発表するチャンスに恵まれるように。それとともに昼の仕事は少しずつ減っていき、スタジオで過ごす時間が長くなっていった。アーティストとしての自身の歩みについて、「本当にゆっくりとできあがっていきました」と話す。また、ものづくりに対する情熱は、育ってきた家庭環境によるものかもしれないとも語る。

「両親は中国からの移民で、とても厳格でした。子どもの頃は、父の笑った顔をほとんど見たことがなかったくらい。でも、父はいつも何かを作っていましたし、何かがほしいならまずは自分の手で作ってみるように教えてくれたと思います。加えて、あまり余計なことを話さないようにともしつけられました。だから私はアートで自分の道を見つけたのでしょうね。アートを通して自分だけの物語をオープンに語ることができると感じたから。言葉を介さず、自分を伝えることができるから。もし、まったく違う文化や環境で育ったら、別の手段で自己表現していたかもしれない。もしかしたら文章を書いたりしていたかも」。

絵を描き始めた当初から、独自の描き方やスタイルを探り、見出してきた。素材や画材との付き合い方も然り。チャンには本格的に絵の描き方を教わった経験がないため、毎日の制作の中で、素材がどんな作用をするのかを学んでいるような感覚だったという。

「何がどう作用して何がうまくいくのか、いかないのか。そう注意しながら素材の使い方を試すんです。ここ数年は、自分がコントロールできることとできないことを確かめようとしている気がします。丁寧に印をつけるように描くときもあれば、絵の具が自然と広がるままにすることもある。この2つのコントラストに目を向けるんですね。思い描いた通りに線ができることもあれば、そうではなく偶然に生まれる形もある。その結末を、自分は手放しで観察するしかない。それがいいと思うんです」。

今回の個展では水彩画を披露したが、彼女の作品には陶器もある。絵画と陶芸という異なるスタイルに、異なる思い入れはあるのか?

「どんな素材であっても、自分を何か特定のものに留めておくようなことはしないんです。私の作るものが、さまざまな素材を通してつながっていたらいいなと思っています」。

彼女の作品は、彼女自身のパーソナルな世界そのもの。1点1点の作品が、語りかけてくるような人間らしさを持っている。近年は作品のスタイルを見つめ直し、新たな表現方法を模索しているというから、今後また違った一面を見せてくれるかもしれない。ジュリア・チャンのクリエイションに、東京でまた会えることを楽しみにしたい。

Photography Tameki Oshiro
Edit Nana Takeuchi

author:

増川千春

ライター。ファッション、カルチャーを中心に取材を行う。

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