
1989年、ポーランド、カトヴァイス生まれ。2008年から2010年まで、ユリウス・マクシミリアン大学(ヴュルツブルク・ドイツ)にて美術史を学んだ後、2017年 マインツ芸術大学 (マインツ・ドイツ)で修士号を取得。現在はドイツ・ベルリンを拠点に活動中。近年ベルリンやパリ、コペンハーゲンなどのヨーロッパ各地やアメリカで個展をするほか、ベンスハイム市立美術館やアルプ美術館でのグループ展や、アジアを含む世界各国のギャラリーによるグループ展に参加。数々の賞や奨学金支援に加え、ボン美術館、ケムニッツ市立美術館、ヴィースバーデン博物館、ハンブルク市庁舎など、ドイツの主要な公立美術館機関が合同で主催した国内若手作家の展示「NOW! Painting in Germany Today」(2018年)に選ばれるなど、若手現代アーティストのなかでも特に注目される存在となっている。カイザーの作品はドイツ連邦政府による現代美術コレクション(ドイツ)、ニュー・カールスバーグ財団(デンマーク)、X Museum (北京・中国)などにコレクションされている。
https://www.anetakajzer.de/
Instagram:@anetakajzer
笑顔がとてもキュートで印象に残るアネタ・カイザー(Aneta Kajzer)は、ベルリンを活動拠点にドイツ国内からパリ、コペンハーゲン、ニューヨークをはじめとする世界各地で精力的に個展を開催している若手アーティストのひとりだ。7月7日から8月10日までの期間においては、東京・中目黒の「104 GALERIE」で日本での初個展となる「Melt Away」が開催された。彼女のベルリンのアトリエを訪ねた際にも9月に開催されたベルリン・アート・ウィーク中に出展する作品の準備を終えたばかりという過密スケジュールをこなしていた。その原動力と集中力はどこから来るのだろうか?
彼女の絵は油絵の具を使用しながら、アクリル絵の具のように流動的で、よく目を凝らすとアブストラクトなキャラクターといろんな表情が見えてくる。ブルーの色使いが印象的な彼女の作品には黒がない。ダークな世界観はインディゴブルーや暗い紫で表現しているという。
ウェディング地区に位置し、70名のアーティストが入居する古いビルディングの一角にある広々としたアネタのアトリエで、アーカイブから最新作に至るまで数え切れないほど多くの作品を拝見しながら、制作秘話やインスピレーション源、そして、日本について語ってもらった。

キャンバスの上で生まれる“溶ける”ドローイング
――あなたの作品は油絵ですが、とても流動的で水彩画のようにも見えます。最近の作品では、キャンバスの上を絵の具が流れて描いたものを “溶ける”と表現していますね。どのようなテクニックを使っているのですか?
アネタ・カイザー(以下、アネタ):油絵の具を溶いて、わざとキャンバスの上で絵の具が流れるという新しい技法を使っています。床に置いて絵を描きますが、キャンバスを手に取って持ち上げた時に流れてくる絵の具をコントロールしながら、下まで振り下ろしています。その様子をキャンバス上で絵の具が「溶けてなくなる」という表現をしています。実際にそれをやった結果がどうなるかはわからないし、思い通りにいくとは限りません。でも、それがまたおもしろいところでもあります。コントロールされたジェスチャーと素材から生じる偶然との間でバランスが保たれているのです。

――あなたの作品には抽象的なキャラクターが多く登場しますが、シュールでダークな中にも愛らしさや女性らしさを感じます。キャラクターはどのように浮かんでくるのでしょうか?
アネタ:キャラクターはキャンバスに描かれた絵の具から直接浮かび上がってきます。私はスケッチもしないし、描き始める時に特定のキャラクターのアイデアがあるわけでもありません。何か顔を連想させるものを見て、それに従って筆を走らせています。例えば、ブラシでさっと描くだけで口元になったり、微笑んでいたり、悲しそうだったり、怒っていたり、そうやって見えてくるのです。人物の表情を通して、ある種の感情をイメージとして伝えることができます。ただ、私が求めている感情はたいていアンビバレントなものが多いです。楽しいだけでも悲しいだけでもない。暗い絵の中には滑稽なものがあり、明るい絵の中には陰鬱なものがあるのです。

――色使いが印象的ですが、特にこだわっていることはありますか?
アネタ:色の使い方は基本的にはとても自由で、何でもあり、どんな色も許されると思っています。ただ、完成した絵の中に一定のバランスがあるようにしなければならない。それは非常に強いコントラストを意味することもあれば、その逆を意味することもあります。私が守っている色のルールは特にありませんが、黒の油絵の具を使わないことぐらいでしょうか。暗い部分はジオキサジン・モーヴのような暗い紫やインディゴのような暗い青色をいつも使用しています。
日本での初個展「Melt Away」を終えて
――日本では2022年4月に「104 GALERIE」で開催されたグループ展「104 INTRODUCES」に出展していますが、個展は今回が初めてですよね?いかがでしたか?
アネタ:はい、今回は日本での初個展になります。とてもエキサイティングな経験でした!日本だけに限らず、どこかの国へ行き、そこで自分の作品を発表するのは常に素晴らしいことですが、新しい人たちと作品について話し、絵についての新しい視点やアイデアを得ることが何よりも興味深いです。特に、日本はずっと行ってみたかった国なので、日本で個展を開催できたことは私にとって本当に夢のようでした。

2023年7月7日〜8月10日 104 GALERIE
――「Melt Away」と題した理由を教えて下さい。また、一番表現したかったことは何ですか?
アネタ:そうですね……いろいろな理由や意味があります。この個展のために制作したいくつかの作品は、人物が本当に溶けているように見えたんです。そこからタイトルのアイデアが生まれました。それと、作品の中で具象と抽象の境界線がどんどん溶けていっているのではと考えました。7月の東京はとても暑いので、このタイトルに共感してもらえると思ったのですが、最終的には私自身が暑さで溶けてしまいました(笑)。


2023年7月7日〜8月10日 at 104 GALERIE
ヨーロッパ拠点のアーティストのエキシビジョンをキュレートする「104 GALERIE」は、コロナ禍に現在の場所へ移転し、階段を下りた地下にコンクリートむき出しのミニマルな空間が広がる
https://104galerie.com/
Instagram:@104galerie
――日本がお好きとのことですが、アートシーンについてどのような印象をお持ちですか?
アネタ:日本に滞在できた時間は限られていたので、日本のアートシーンについて深く語ることはできません。しかし、東京滞在中にいくつかの現代アートギャラリーを訪れ、興味深い作品をいくつか見ることができました。タカ・イシイギャラリーで開催されていた山田康平のエキシビジョンはとても良かったですね。
――好きなアーティストや影響を受けたアーティストはいますか?
アネタ:好きなアーティストはたくさんいますが、そのリストはその時によって変わるかもしれません。そういった中で、マリア・ラスニッヒやヘレン・フランケンサーラー、ミリアム・カーンは常に私にとって重要であり、変わらず好きなアーティストですね。
――ヨーロッパを中心に各地で個展を開くなど、かなり精力的に活動されていますが、5年後、10年後の自分はどうなっていると思いますか?
アネタ:難しい質問ですね。5年後、10年後、20年後、私はまちがいなくアトリエで絵を描き、これまで以上により良い作品を作っていると思います。
Photography Emi Iguchi (Aneta Kajzer)
Special thanks 104 GALERIE