モデルからアートの世界へ 「ペロタン」ディレクターのアンジェラ・レイノルズが異業種の道を歩んだ理由

モデル業と並行し、現代美術ギャラリー「ペロタン東京」のディレクターも務めているアンジェラ・レイノルズ。14歳からファッションモデルのキャリアをスタートし、20歳の時に自身のルーツであるイギリス・ロンドンに拠点を移す。これまでには「VOGUE Italia」や「British VOGUE」「Jalouse」「Dazed & Confused」「Numero Tokyo」「Harpers Bazaar Japan」「流行通信」等数々の雑誌に出演する他、ランウェイショーや資生堂、ナイキ、ユニクロ等の広告にも携わる。

モデルのキャリアを確立した後、フリーランスのジャーナリストとして活動し始める。アート業界での経験がなかったアンジェラだが、当時出合ったコンテンポラリーアートに感銘を受けて、新たな世界にチャレンジすることを決意。他業界から転身して活躍する彼女に、美術の道を歩むことになった理由について話を聞いた。

――異業種のモデルからアートの世界に踏み込んだ理由は?

アンジェラ・レイノルズ(以下、アンジェラ):30歳の頃、毎回の撮影現場でモデルとして褒めてもらえることに違和感を覚えたのがきっかけ。14歳からキャリアを築いてきましたが、「このままではダメだ。心が太っちゃう」という危機感があったんです。自分がこの仕事を続けるなら新たな表現方法にもチャレンジしてみたいと思い、当時興味を持っていたNPOの仕事に携わったり、記事を書いたり、ジュエリーやファッションブランドとコラボレーションしてデザインしたりもしました。なかでも文章を書くことが好きだったので、フリーランスのジャーナリストとして活動することに。自分が書いた英語の文章でお仕事をいただきたかったので、あえて日本の雑誌ではなく、モデルの“アンジェラ”を知らない海外誌に寄稿していました。

しばらくして建築家やデザイナー等、いろんなジャンルのクリエイターを取材していくなかで、ファインアートの話をすることが多かったんです。相手のことをリサーチしていても、彼等が影響を受けてきたアーティストや作品について知らないことばかりで……自分が興味ある人達を理解するために、とにかく必死に勉強しましたね。ギャラリーや美術館に通い詰めていたら、どんどんハマっちゃって。初見で特に惹かれないタイプの作品と思っても、足を運んで観に行くと、意義を見出せることがよくありました。アートが持つ多大な可能性やエネルギーを体感し、この業界に携わりたいと思いましたね。

――アートはどうやって学びましたか?

アンジェラ:実は美術のバックグラウンドはなかったんです。英語力はあったので、よく通っていた「スカイザバスハウス」というギャラリーでアーティストの方とお話ししたり、オープニングに参加させていただいたりしていました。そこである日、アピチャッポン・ウィーラセタクンの展示作品に衝撃を受け、「もっとレギュラーで携わらせてほしい。何でもやらせてください!」としつこいぐらいお願いしたら、試用期間を設けてもらえることに。アートスクールで学んでいないし、会社で働いたこともなかったので、まずは雑務からスタートしました。徐々に現場でも業務を覚えていきましたが、はじめは失敗を繰り返すばかり。がむしゃらに勉強して、また失敗しても立ち上がるみたいな。私の下積みといえる時期でしたね。

30代で新たな世界に挑戦

――年齢を重ねると、新しいことにチャレンジするのが不安になりませんか?

アンジェラ:せめて70代まではアクティブに活動していたいので、そのような気持ちは全くありません。むしろ、新しいことにチャレンジしないと自分がダメなタイプ。アート業界を目指す前は、UNHCR の難民キャンプの現場に行ったり、発展途上国の子ども達に給食を届けるプロジェクト「テーブル・フォー・ツー」のアンバサダーとしてルワンダに行ったり、フェアトレードブランド「ピープルツリー」とのプロジェクトでバングラデシュに飛んだりもしました。チャレンジしないと失敗しないし、失敗しないと喜びは生まれない、新しい学びもない。学びがあるから感謝ができて、謙虚でいられる、そして人の苦しみがわかると思います。私の場合は安定しているよりも、常に自分と向き合いながらチャレンジする方が取り組んでいるものに対して意義を感じるし、答えが見えてくるんです。だからアートという異業種に飛び込んだのもその理由ですね。

――現在は「ペロタン」のディレクターに加えて、アーティストリエゾンのお仕事もされていますね。

アンジェラ:アーティストリエゾンは、一言で表すならマネージャーみたいな仕事です。アーティストのキャリアを長期的にプランニングし、美術館やクライアント、企業等にプレゼンする作家の資料を作ったり、作品の値段をつけたり、アーティストを色々な人と繋げたり、制作のためのリサーチを手伝ったり、展覧会のオープニングに行ったり……全面的にアーティストをサポートします。今はエディ・マルティネズ、バリー・マッギー、マーク・ライデンの3人の作家を抱えていますが、「ペロタン」として彼等に関する全ての事柄を担当しています。

――展示するアーティストはどのような基準で選んでいますか?

アンジェラ:「ペロタン」のグローバルディレクター達が話し合いながら時間をかけて選定していきます。アーティストとの関係性は一生モノですし、私達にとっても作家にとってもアイデンティティに関わってくる、とてもインティメートな関係です。なので色々な要素を検討しながらじっくり決めていきます。

――アーティストとの関係性を築く上で大切にしていることは?

アンジェラ:アーティストのテリトリーに、自分が入っていい領域と入ってはいけない領域を早い段階で見極めるようしています。モデルの仕事は常にマネージャーにサポートしてもらっているので、「ここは触れてほしくない」や「これは言ってほしくない」とか、人の気持ちにいかに寄り添えるかということを彼等から学びました。どのジャンルでも、アーティストやアーティスティックな人は感受性が豊かだったり、独自の濃厚な世界観を持っていたりする人が多いですが、その人にとってはそれが自然なことなので、彼等のパーソナルスペースを尊重することが大切です。

――真摯にアーティストと向き合っていることが伝わってきます。

アンジェラ:さまざまなアーティストと関わってきましたが、みんな命をかけて作品を生み出しているので、私も愛と敬意を持って接する責任を感じています。日常でも、自分が理解しきれない人や状況においても敬意を持って向き合うようにしていますね。これは、過去に末期癌になった時に強く感じたことです。当時はロンドンで療養していて、抗がん剤の影響で髪や爪も抜け落ちました。でもウィッグをすれば、自分が大病を抱えていることなんて誰もわからない。それと同じように、スーパーで対応してくれる人だって、自分の隣人だって、もしかしたら同じように病気を患っているかもしれない。自分が知らないだけであって、街を見渡せばひどく辛いものを抱えている人もいる。それに気付いてからは、どんなに嫌な対応をされても「この人にも恐ろしい痛みや経験、そして命をかけて大事にしているものがある」と思い出すよう心掛けています。みんな戦っていて、必死に生きているんですから。

――プライベートでは妻であり、母でもありますが、ワークライフバランスはどうやって保っていますか?

アンジェラ:人生のチャプターや出来事が起こるタイミングは、人によってバラバラだと思うんです。例えば、家庭があると仕事との関係性も変わってくる。もちろん仕事でチャレンジすることや没頭することを大切にしていますが、業務を終えたら家庭の時間。はじめは仕事と家庭の両立の仕方を模索しましたが、思い切って線引きをしたら意外とできるものだなと思いました。制限された中でも人は変わらず結果を出せるということを、その時初めて気付かされましたね。それまでは起きている時間は、仕事と勉強に費やさないと自分の責任を果たせないという焦燥感にかられていたことも。経験が少ないながらもすばらしいギャラリーで働かせてもらい、エリートの方々と一緒に仕事をさせてもらっているので、そこにいる権利をもらうためには寝る暇もないと思っていました。

――お話を聞いていると、とてもストイックな印象を受けました。

アンジェラ:そうですか(笑)。意外とソフトな性格ですが、逆境には強いかもしれません。生きていくなかで、「自分は足りていない」や「みんなより劣っている」といった劣等感を持つことがあると思います。でもそれは自分に対する勝手なイメージであり、ただの妄想なんですよね。結果を見て評価しているのではなく、そのプロセスや変えられない過去から判断してできあがっているイメージなので、結局いつまでも、何をしても変わらないんです。その気持ちを思い切って捨てて、次に繋がる作業をしてみることが大事。環境を整えれば自分が出した答えの価値も変わってくるはずだから。

――コロナや戦争、地震等、揺れ動く時代の中でアートが持つ力はなんだと思いますか?

アンジェラ:不透明な時代こそアートは重要な役割を持っていると思います。平穏な時でさえも人は痛みや空虚感を感じたり、意義を模索したり、葛藤しながら生きている。そんな苦しみから1分たりとも救ってくれるのがさまざまな形のアート。例えば、大好きな絵画を前にして座っている時、ツーっと涙が流れるのは人を救うんですよね。音楽も映画も演劇等も同じ。目の前の作品を通して心のオアシスと繋がったことによってエネルギーが充電され、自分の現実に戻り、向き合う勇気も与えてくれるんです。

Photography Anna Miyoshi(TRON)
Hair & Make-up Mikako Kikuchi(TRON)


ジャケット ¥29,000、パンツ ¥19,000/ともにstyling/(styling/ ルミネ新宿1店 03-6302-0213)、その他本人私物


author:

竹内菜奈

1993年、東京都生まれ。日本女子大学卒業。学生時代に出版社の編集部アルバイトを経験したことをきっかけに、本格的に編集者としての道に進む。2018年にハースト・デジタル・ジャパンに入社。「ハーパーズ バザー」でウェブエディターとして経験を積んだ後、2022年にINFASパブリケーションズに就職。「WWDJAPAN」では編集・記者を務め、主に一般消費者向けのウェブコンテンツを手掛けている。取材分野はファッションからアンダーグラウンドなカルチャーまでを担当。

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