2023年の私的「ベストブックス」 テレビ東京・大森時生が選ぶ4冊

長引くコロナ禍の収束を感じながら幕開けした2023年。揺り戻しから、街は以前の活気を取り戻したようだった。一方で、続く紛争や事件、流行り廃り、AIとNI……多くのトピックを巻き込みながら、日常の感覚にあらゆる変化をもたらした。

そんな2023年に生まれたたくさんの素晴らしい作品群から、『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』『このテープもってないですか?』『SIX HACK』「祓除」を手掛けたテレビ東京の大森時生が選んだお気に入りの4冊を紹介する。

大森時生(おおもり・ときお)
1995年生まれ、東京都出身。一橋大学卒業。2019年にテレビ東京へ入社。2021年放送の『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』でプロデューサーを担当。『Raiken Nippon Hair』で「テレビ東京若手映像グランプリ」優勝。その後『島崎和歌子の悩みにカンパイ』『このテープもってないですか?』『SIX HACK』「祓除」を担当。Aマッソの単独公演『滑稽』でも企画・演出を務めた。
X(旧Twitter):@tokio____omori

『アクティング・クラス』ニック・ドルナソ(早川書房)

『サブリナ』でブッカー賞を受賞したニック・ドルナソの最新作。
『サブリナ』では、インターネットで爆発的に拡大し「誰が誰のためにつくった妄想なのか」すらも定かではない陰謀論の不気味さを、私達の脳内に浸透する筆致で描いていた。『アクティング・クラス』は、その『サブリナ』の先をいく。ヒタヒタと時間をかけてつんざかれるような薄気味悪さだった。(年始に読んだのに、この依頼を受けた時、真っ先にこの本が頭に浮かんだことがその証左と言えるはず!)
タイトル通り、舞台は、夜に開催される演技教室。お世辞にも社会をうまくサバイブできているとは言えない10人の男女が演技教室に通い始めると、現実と虚構の境目が徐々にゆらめき始める。今作の不穏な魅力の1つはやはり、登場人物が「虚構に飲み込まれたい」と思い始める瞬間があることだ。
窮屈な世の中を生きる人々(私を含め)は、現実の外に魅せられていくことは少なからずあるはず。その接続点をもって、“アクティングクラス”は他人事ではなく、私自身の物語だと感じる。

とにもかくにも、私の2023年(映画やテレビすべて含めた中で)ベストコンテンツですので、ぜひ読んでみてほしいです。アリ・アスター(ミッドサマー監督)が映画化するという噂が出るのも納得の1作。

※本書の出版は2022年12月だが、読んだのが2023年とのことで特別に選出

『闇の精神史』木澤佐登志(早川書房)

「SFマガジン」に連載されていたエッセイの書籍化。ロシア宇宙主義、アフロフューチャリズム、サイバースペース……個人的に興味はあったが、モヤモヤとしていて全容が理解できていなかった概念が網羅的にまとめられている本書を、私が涎を垂らしながらに手に取った。本書は、私が敬愛するVaporwaveアーティストの猫 シ CORP.の「Palm Mall Mars」の話から始まる。「異常なまでに長いショッピングモールのエスカレーターの先を見つめる、浴衣姿の少女」。そのモチーフには、私達がかつて想像していたかぎ括弧付きの “未来”が投影されている……そこからソ連時代の宇宙開発 そして宇宙帝国主義に繋がっていく構成に、心を掴まれた。未来の見えないどん詰まりの現実、そんな中でなぜ「失われた未来」を闇=宇宙に見出すのか。タイトルに偽りなく、外部の闇としての宇宙を巡る思想の歴史書は、希望を持つことは難しい(と私が勝手に思っているだけかもしれないですが)この世界で、希望をゼロにせずに生きていくために、必携と言えるのではないでしょうか。

『IMONを創る』いがらしみきお(石原書房)

私が大好きな作品の1つに『誰でもないところからの眺め』がある。「ぼのぼの」でよく知られるいがらしみきおさんによる、震災から4年後の宮城県を舞台にした物語。しりあがり寿氏の「不安と不安と不安と、そしてその先の針のような希望と。」という秀逸すぎるコメントも強く記憶している。人間の記憶や認知が歪む瞬間の恐ろしさ、そしてその結果として新たな世界に踏み込むことの不気味な爽快さを、ここまで美しく描いた作品は他にない!!

話がずれました。『IMONを創る』はいがらしみきおさんが著したエッセイ。1992年の書籍がこの度復刊された。本書のコンセプトは「人間のためのOS=行動と思考の原則である『IMON』(=Itsudemo Motto Omoshiroku Naitona いつでも・もっと・おもしろく・ないとなァ)の構築と、それを読者へインストールする試み」。人間、そして社会にまつわるすべてのことの解説を試みている奇書(もちろん褒め言葉)だ。いがらしみきおさんがここまで鮮明に未来を予測していたということも驚きではあるが、本書が傑出している点は、そんな現代社会(=2023年)に「私たちがどう生きるか」について道標となる思想まで掲載していることだ。君たちはどう生きるか? と宮崎駿に問いかけられた2023年こそ、『IMONを創る』を読み、私はこう生きる、と答えたい。

『エレファントヘッド』白井智之(KADOKAWA)

「2023年のベストブックス」という依頼をいただいた時、頭にこの本が浮かんだが、すぐにかき消そうとした……が、結局消えない!ので、書いてしまうことにした。なんといってもこの本、インモラルすぎるのだ。おすすめできない。語ることができる範囲で言うと「精神科医の象山が愛してやまない家族を守るため、孤軍奮闘するミステリ小説 」くらい。次々と起こる不条理な死、倫理観の欠如した行動(欠如しすぎているため、一例もここには書けない)、胸を突く強烈な生理的嫌悪感。ただ激しいエログロではなく、歪み切った多重の精神構造の中に飲み込まれていくことに、私達読者もどこか快感を覚えてしまう。タチが悪い。この読書体験は、インモラルな精神性を自分自身にインストールすることに他ならない。

ラストのトリック、読み終わってからもしばらく、全く脳裏から離れなかったです。
最悪すぎたので。

Text Tokio Omori

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TOKION EDITORIAL TEAM

2020年7月東京都生まれ。“日本のカッティングエッジなカルチャーを世界へ発信する”をテーマに音楽やアート、写真、ファッション、ビューティ、フードなどあらゆるジャンルのカルチャーに加え、社会性を持ったスタンスで読者とのコミュニケーションを拡張する。そして、デジタルメディア「TOKION」、雑誌、E-STOREで、カルチャーの中心地である東京から世界へ向けてメッセージを発信する。

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