映像ディレクター・上出遼平が大切にする2つのこと——「何をやるかよりも何をやらないか」「常に部外者であること」 インタビュー前編

上出遼平(かみで・りょうへい)
1989年東京都生まれ。ディレクター、作家。ドキュメンタリー番組『ハイパーハードボイルドグルメリポート』シリーズの企画から撮影、編集まで全工程を担う。同シリーズはPodcast、書籍、漫画と多展開。文芸誌「群像」(講談社)にて小説『歩山録(ぶざんろく)』を連載。
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『ハイパーハードボイルドグルメリポート』や『蓋』などを手掛け、その挑戦的な番組作りが話題となった映像ディレクターの上出遼平がテレビ東京を退社して1年が経った。テレビの地上波という枠で何ができるか、を追求してきた上出はなぜテレビ東京を退社したのか。そしてなぜニューヨークに拠点を移すのか。退社からの1年を振り返りつつ、今のテレビ業界への思い、そして将来について語ってもらった。

さらなる成長を求めて退社

——上出さんがテレビ東京を辞めて1年が経ちました。これまで何度か取材させてもらって、上出さんは「テレビの地上波という枠でどう新しいことをやっていくか」ということに挑戦していたので、テレビ東京を辞めたのは意外でした。改めて辞めた理由を教えていただけますか。

上出遼平(以下、上出):いろんな理由はあったんですけどね。テレビの地上波っていうプラットフォームでできることはまだたくさんあったと思いますし、この時代だからこそ、地上波でやりたいと思えることもそれはそれであったりもしたんです。そこは他の動画プラットフォームよりはよっぽどブルーオーシャンだっていうのは未だに思っているところがありますから、それを手放すっていう名残惜しさはすごくありました。

でも、逆に言うと僕を引き留めようとしていたのはそれだけだったんです。やっぱり自分の成長速度を考えた時に、入社して1年、2年、3年ってずっと自分の中で新しいものを手に入れていくじゃないですか。でも10年経つとやっぱり成長のスピードも落ちてくるし。会社員だったので、環境的な面でもいろいろ制限があって。本当はもっといろいろ挑戦できるんじゃないかと思ったのが自分の中では大きかったですね。

——『ハイパーハードボイルドグルメリポート』(以下、『ハイパー』)の音声版や『蓋』など、テレビ東京にいても、いろいろ挑戦しているなというイメージでした。もっとやりたいことがあったんですね。

上出:映像だけでなく、文章を書きたいというのもあったんですけど、文章を書くためにどこかに行くとかは時間的にやっぱりできなくて。『ハイパー』の書籍のように何か番組の副産物としての文章は許されるんですけど。

あとは本当に会社員って無駄なことが多くて。それがもう正直耐えられなくなったっていうのはあります。例えば1つ取材を受けるためには、僕に直接連絡がきたものでも、広報部に話を通してもらって、スケジュールを調整して、原稿もいろんな人がチェックする。これはあくまで一例ですけど、組織なので、そういうことがいっぱいあるんです。それによって、自分の作業効率も落ちているなと感じてましたし、自分がこれをやりたいって言った時にダメだって言われる理由がもう理由になってないっていうことがたくさんあって。「サラリーマンだから、そこは察してよ」みたいな。その壁に何度もぶつかってしまったんで、ちょっとものを作る環境としていかがなものかっていうのが、どんどん僕の中でたまっていって。

もちろんみんな余裕がないし、目の前でぱっと金になる番組の作り方っていうのはたくさん存在するので、そっちにいってしまうというか、お金をどう稼ぐかでもがいてる部分があるので、何か本当に新しい試みをするっていう土壌には最近なり得なくなっている。「新しいことをやれ」とはいうものの、やろうとすると、「前例がないからダメだ」って言われたり。どうしてもそういうふうにコンサバティブになっていくと、失敗が怖くなって新しいことができないっていう、悪い循環に入ってしまう。それはテレ東だけでなく、多くのテレビ局がそうなってるんじゃないかなと思いますけど。

——それでもテレビ東京だと大森(時生)さんとか、おもしろいことをやっているなと感じますけど。

上出:もちろんテレビ局が完全にダメですっていうわけでは全くないですよ。テレビ東京にも、もちろんチャレンジングなことができる余地はたくさん残っていると思います。若手達が企画出して局内で何か選ぶみたいな、若手グランプリみたいなものも、ようやく始まりましたし。そういうのは僕が『ハイパー』をやり出した頃の雰囲気に近いかもしれないです。だから今はどんどん面白いことをやっていこうという雰囲気なのかもしれないです。それこそ、テレビ東京は伊藤(隆行)さんが制作局長になったので、僕はかなり期待しています。

お金を稼ぐことが目的ではない

——佐久間(宣行)さんは辞めてもテレビ東京の仕事を続けたり、高橋(弘樹)さんは辞めてすぐにサイバーエージェントに入りました。2人はある程度、収入源を確保して辞めましたが、上出さんは考えてなかったですか。

上出:全く考えてなかったですね。一応、辞めてから「一緒にやりませんか」って声をかけてくれる会社もあったんですけど、自分がやりたいと思うこと、やらないといけないなと思うこととフィットさせることができず、結局やりませんでした。安定的にお金をもらえることはとてもありがたいですが、それで納得いかないものを作るのは自分的にはちょっと違う。経済的な安定があるからこそチャレンジングなもの作りができるっていうことも間違いなくあるんですけど、ただその安定を得るために犠牲にするものがすごく大きいということがなんとなくわかってきて。僕はタワマンに住みたいとは1ミリも思ってないですし、最低限のお金をちゃんと稼ぎながら、自分が納得いくもの作りを粛々として生きていくっていうことが今の最優先事項なんです。

10年ぐらいテレビの仕事をしてきて、いろんな人のいろんな振る舞いを見てきて、とにかく「何をやらないか」っていうことが大事なんだなっていうことがモットーというか指針としてあるんですよね。

——「何をやりたいか」ではなく「何をやらないか」だと?

上出:「やろう」と思ったら選択肢はいくらでもあるんですよ。でも、結構誘惑が多い世界なんで、長い目で見て、自分を保てるようにするには「何をやらずにいるか」っていうことがすごく大事だなと思っています。

——今、上出さんが作りたいものって、どういったものですか?

上出:内容的にはいろいろあるんですけど、作っていて自分がワクワクすることをやりたいなと思っています。あと、当然ですけど、やってよかったってちゃんと思えるものを作りたい。内容ももちろんですが、制作するチームの中に不幸な人を出したくないっていうのは、僕にとってはすごく大きな部分で。それは金銭的な部分でもなんですけど。テレビの今までの構造だと全くそうなってないので。

——ものを作る時に、社会的な意義も考えますか?

上出:それはもちろんあります。でも、それは後付けでどうにでもなるといえば、なるんですよね。なんにも考えずにとにかく笑えるっていう番組だって十分社会的な意義があるし。ただチャレンジングじゃないものをやるつもりは一切ないです。今までの焼き直しとか復活みたいな感じとか。個人的には「またそれか」って思われるのが一番つらい。やるなら構造から新しいものを作るとか、作り手として「その手があったか」って思わせたいんです。

ただそれをやろうとすると、本当にプラットフォーマー側から理解されないんですよ。「どういうことですか」とか、「ちょっとうちの視聴者にとってはそれは難しいかもしれません」とかすぐ言われる。その時点でもうやる気がなくなっちゃって。いや全然視聴者のこと信じてないなって、めちゃくちゃ思うことも多いです。

「ぱっと作ってぱっと出せるものはやらない」

——テレビ東京で最後に担当したのは『空気階段の料理天国』ですか? 

上出:そうですね。企画までしか関われてないんですけど。

——あれも一見すると空気階段の料理番組なんですが、実はそこで作られているのが、死刑囚の最後の飯だったっていう。

上出:死刑が執行された後に冤罪だってことが明らかになってしまった人とか、あと幼い頃からずっと虐待され続けて、最終的に親を殺してしまった人とか。死刑になるっていう中にもいろんなバックグラウンドがあるわけですよ。だから『ハイパー』をやってた時からずっと考えは一緒なんですけど、罪を犯す人もただ真っ黒ってわけじゃないですよねっていうこと。親殺しの死刑囚って言われたら、普通に考えたら絶対悪じゃないですか。でも必ずしもそうじゃないかもしれないっていう。親を殺したという事実はあっても、そこに至るまでの経緯に想像もつかないようなことがたくさんあるということは知ってほしいという気持ちが込められています。

——一旦テレビ業界から離れて、テレビ業界の印象って変わりましたか?

上出:全然変わらないですよ。「テレビやりたい!」って感じでも別にないですし。テレ東を辞める段階でテレビをやるという考えは一旦捨てたというか、テレビを続けたいなら辞めないっていう選択だったんで。

なので基本はテレビはやらないんです。とは言いつつ、今いろいろとやり始めちゃってますけどね。この前も中京テレビの『オモウマい店』の若手達がやる『こどもディレクター』っていう番組を手伝ったりしていて。一緒にやってみると、やっぱり地方局はチャレンジャーっていう感じで、昔のテレ東に近い雰囲気です。どっかでやってやるぞっていう気概があって。そこに乗っかるのはすごくワクワクしますよね。

——テレ東を辞めてから、もっとどんどん映像を作っていくのかと思ったら、そうでもないですよね。

上出:YouTubeやりますとかじゃないんでね。クオリティよりも、いっぱい数を作らないといけないみたいなのはやりたくないですし。テレビでも毎週放送とかが嫌だったのに、YouTubeなんてやったらもう逆じゃないですかね。もう毎日配信とかなので。絶対やだな(笑)。

一応、他にも進めている話はあったりするんですけど、まだ言えなくて。僕、辞めたら何やってんのって言われがちなんですけど、ぱっと作ってぱっと出せるものはやらないって決めていて。ちゃんと時間かけてものを作りたいから会社辞めたんで。だから「これやってます」って言えることはあんまりないんですよ。

常に部外者でありたい

——それでも辞めてからはセレクトショップ「グレイト(GR8)」の久保さんとお仕事されてましたよね。上出さんとファッションが意外な組み合わせだったんですけど、あれはどういうきっかけだったですか?

上出:アーティストの河村康輔さんの紹介ですね。ちょうど河村さんがLAで個展をやるタイミングがあって、そこで紹介していただいて。河村さんはChim↑Pomからの紹介で……っていうように、どんどんつながって。

——ファッションブランド「サカイ(sacai)」の仕事もやられてますよね。

上出:「サカイ」もいろんな人とのつながりで、やることになって。なんかそういう意味でもちょっと僕がいるコミュニティってテレビマン的じゃないんです。もともとアートやファッションの友人が多かったので、辞めてすぐテレビやりましょうっていうよりも、そういう世界のものが多いというか。選択肢的に今までやってないものをせっかくだからやろうっていうのもあったんで、「グレイト」や「サカイ」の映像をやらせてもらっています。

やっぱりファッションの持つ力ってすごく大きいじゃないですか。衣食住の衣ですからね。ファッションの力を借りながら、僕が伝えたいことを表現したり、あるいは僕が異物としてその業界に入り込んだりすることによって、今までになかった部分が活性化するといいなとは考えています。

そう考えると、常に僕は部外者なんですよね。『ハイパー』もそうでしたけど、ずっと自分がどう部外者として存在できるかみたいなことが、僕の存在意義としては大事で、だから、常に部外者でありたいと思っています。自分がホームにいると安心感はあるけど、それを求めてはいなくて。僕にとっても自分が部外者としてどこかにアクセスしていくことのほうがおもしろいし、刺激があって自分の成長にもなる。おそらく、そのコミュニティにとってもストレスはあると思うんですけど。でもそのストレスが次の何かきっかけになる可能性があって、それが今はすごく楽しい。

業界って常になあなあになっていく宿命にあるんで、それをちょいちょいかき回していくみたいな役割を担ってると勝手に思ってます。超つらいですけどね。自分の得意分野じゃないっていうことが多いし、その世界では自分が一番腕がないとかっていうこともあるのでめちゃくちゃストレスフル。泣きそうになる時もあります。

ニューヨークに行く理由

——今度ニューヨークに行く理由もそれと関係しているんですか?

上出:そうですね。最も部外者になれるところに行きたいっていう感覚です。旅と同じというか、安心感がほしい人は旅しないわけじゃないですか。安心できない環境に自分を置いて、自分に何が起こるのかっていうのを楽しみたいんです。それに、そこに拠点を構えるっていうのは、より一層自分の変化が期待できる。今は東京を拠点にいろんな旅をしてるんですけど、ニューヨークにも拠点を持つという感じで。どうせいろんな場所に行くと思うので、帰る場所がちょっと変わるだけみたいな感覚です。ただ向こうのコストが高すぎるんで貯金がなくなって、すっからかんで日本に帰ってくるっていう将来も見えてますけどね。

あと、日本だと映像でお金が稼げなさすぎる問題があるんです。マーケットを外に広げないといけないなとは思っていて。海外のものは入ってくるけど、日本の映像のマーケットは国内にしかないみたいな状況に甘んじていて、そこを本気で打破しようとしてる人って実はあまりいないんですよね。本気でやろうとしたら、やっぱり身を切らないといけないし、自分の持ってる常識も壊さないといけないとか、いろんな犠牲を払わないといけない。映像作りをベースにする僕みたいな人間が向こうに行っていろいろ学ぶっていうのは何かのきっかけになるかなと思いますけど。

——それこそアニメだと世界に通用する可能性はあると思います。

上出:2次元ならそうですね。3DCGだとかなり難しいと思います。日本のアニメの何が強かったかっていうとまずはアイデアなんですよね。日本がまだ勝てるってそのアイデアの部分が大きくて、でもそれをアウトプットするパワーも今の日本にはなくて。世界に通用し得るソフトのアイデアはたくさんあるはずなんですけど、それをどうちゃんと世界基準にアウトプットするかっていう時に、すごく地味ですけど英語力の問題っていうのが大きな課題になってる気がします。

——Netflixなどで日本オリジナルの番組が世界でも観られるっていうことがありますが、そこは可能性を感じますか?

上出:どうなんでしょう。もちろん可能性という意味では大きいと思います。けれど結局はクオリティです。番組の着想、ギミック、映像表現の良否、最低限の倫理水準などの要件をクリアした上で、人間の根幹の何かが描かれる作品が作られれば、言語の壁も越えて世界で受け入れられると思います。こういう話をした時に、「なんでわざわざ世界で受け入れられなきゃいけないんだ。日本国内で認められれば十分じゃないのか。そんなに世界が好きなのか?」と言われたりするのですが、それはちょっと違って。もちろん、日本国内の需要だけで回っていけばいいのですが、もはやそうじゃないということが問題なんです。外国からはどんどんおもしろいものが流入してくる。日本は人口がみるみる減っている上に、外国産の映像を消費しますから日本の映像制作産業は加速度的に客を失っている。

そうなると、日本の映像製作者達は、外国の製作者の下請けになっていかざるを得ない。世界を見た時に、すでに日本はそうなってきています。賃金の安い工場として見られているんです。我々は「設計図通りに作ってください」と言われて、安く、間違いなく、迅速に制作物を納品する。

僕はその状況を良いとは思っていないので、1回日本を出ようと思っているんです。その意味では、「日本は素晴らしい」と言う以上に愛国的な振る舞いだと思っています。

——ちなみに上出さんは結構英語は話せるんですか?

上出:それがあんまりなんですよね。最近、アメリカにちょいちょい行くんですけど、言葉がわからなくて、基本的にはもう現地の人達の中に僕がポツンといる状況ばっかり。LAだとまだわかるけどニューヨークだともう本当にわかんないんですよ。スピードが速すぎるし、訛りも強すぎて。相当つらい1年ぐらいを過ごすことになると思うんですけど、とにかくなるはやでネイティブレベルまで持っていきたい。もうそれだけで、できることは格段に広がると思います。

——ニューヨークではどんな仕事をするつもりですか?

上出:まずは向こうを拠点に日本向けの仕事をします。そういうことをしばらくはやらざるを得ないと思うんですけど。でもそれだと物価が違いすぎて生きていけないんで、向こうの仕事もちょっとずつやっていけたらいいなと考えています。それがどの段階からできるのかはちょっとわかんないですね。具体的にこうしていこうというプランは何もないです。とりあえず行く。行ったら何かあるだろう、みたいな感じです。

それこそ音声版『ハイパー』で、レコーダーを持ってロケをして、ストーリーテリングをしていくっていうスキーム自体はもうほぼ確立できたので、それをもってアメリカで、英語ベースで番組を作るとかはあり得ると思います。英語だとユーザーの数がもう全く違うから、できたら大きいですよね。

——ちなみに映画を撮りたいって気持ちはありますか?

上出:なくはないですけど実力的に映画はまだまだ勉強が必要だし、「映画をやろう」ってやるようなことじゃないとは思ってますので。

——ドキュメンタリー映画のようなものだとできるんじゃないですか。

上出:そうですね。やってもいいんですけど。やるにしても何か工夫が必要かなと思います。そういうのも含めて勉強しに行くっていうことかもしれません。ニューヨークはやっぱドキュメンタリーの街なので。

でも、結局ニューヨークに行くのは、自分にどれだけ負担をかけられるかっていうのが大きなテーマです。負荷をかけにかけて、その先で得られる何かっていうものに自分でも大きく期待しています。

Photography Hironori Sakunaga

後編へ続く

author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社。2020年8月から「TOKION」編集部に所属。

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