2023年の私的「ベストミュージック」 古着店「即興/SOKKYOU」オーナー兼バイヤーの点と線が選ぶアルバム5選

長引くコロナ禍の収束を感じながら幕開けした2023年。揺り戻しから、街は以前の活気を取り戻したようだった。一方で、続く紛争や事件、流行り廃り、AIとNI……多くのトピックを巻き込みながら、日常の感覚にあらゆる変化をもたらした。

そんな2023年に生まれたたくさんの素晴らしい作品群から、ベスト・アルバムを「DOME 2023」の主宰で、高円寺の古着店「即興/SOKKYOU」オーナー兼バイヤーの点と線が紹介する。

KOMA SAXO
『Post Koma』

それまではヒップホップやブレイクビーツのサンプリング素材、という距離感でしか耳馴染みのなかったジャズを、本格的に向き合って聴くようになったのは30代にさしかかってからだ。のめり込むほど答え合わせのように、あぁ、Nujabesのあの曲はYusef Lattef由来だったのか、とか、Bill Evansはやたらローファイヒップホップのネタで重宝されているのだな、という気付きがあって享楽を覚えた。

また数小節のループに留まっていた試聴体験から、生々しいグルーヴを面として感じられるように意識が拡張されていくと、次第にオーディオ好きの大人達がジャズへ傾倒していく正体をつぶさにとらえられるようになった。

ベルリンを拠点とするスウェーデン人ベーシスト兼プロデューサー、Petter Eldh率いるKoma Saxoはかつてのウブな僕のように、いまだジャズに抵抗感があったり、馴染みのないリスナーのデビューにはうってつけのバンドの1つである。今作は1曲目のイントロからウッドベースが重たく唸り、もはやSquarepuherを彷彿とさせるドラム&ベースの様相をしているし、11曲目なんかはPrefuse 73あたりが好きな人にはたまらないビート感がある。このアイデアに満ちたアルバムはとっつきにくいジャズの入り口から、新しい音楽体験の可能性までをアテンドしてくれる素晴らしい招待状と言えよう。さらに、そうして遡上した先の古典ジャズがまた至高なのだけれど、それはまたいつか機会があれば。

最後に、このアルバムにドラムで参加しているChristian Lillingerは化け物だよ、以後お見知りおきを。

Laurel Halo
『Atlas』

アンビエントやドローンなどの実験音楽を嗜む人達の中で、この1年で一躍重要人物として名を広めたであろうLaurel。国内的なきっかけは惜しくも今年亡くなった坂本龍一氏が、自らの葬儀のために作成したプレイリスト「funeral」の最後の曲としてLaurelの楽曲をセレクトしたことにある。

音楽的な技法については調べればいくらでもでてくるので、ここでは抽象的な感想にとどめるが、本作は夜霧程度の水分を含む幽玄的なアンビエントコラージュ群である。時間経過とともに消えゆく記憶、覚めゆく夢をなんとか手放さないように、複数の音像がとけあい、まどろみ、ゆったりとシーンは流れていく。日本語で「地図」と冠した本作は、身体的な移動に必然的に伴う心情の変化を表現しているようだし、地続きで映画的な構成は彷徨う魂の軌跡に思えてしかたがない。

でも、なんだかずっと寂しいのはなぜだろう。どことなく含まれている水分か涙の揮発によるためだろうか、なんて感傷的な想像を巡らす。

同じく今年リリースのLISA LERKENFELDT 『HALOS OF PERCEPTION』もアプローチこそ違うものの、記憶を辿るミュージックコンクレートとして是非推薦したいが、両作ともに記憶の番人であるThe Caretakerが公園のベンチに座っているようなイメージが朧げに浮かんで、ひんやりとおもしろい。
僕が挙げるまでもない名作だけど、嘘はつきたくないから。

Oliver Coates
『Aftersun(OST)』

Spotifyによると僕が今年音楽を聴いた8万時間の中で、最も再生したアーティストは坂本龍一で、次点がバッハのようだった。バッハの中でも格別に「無伴奏チェロ組曲」を聴いているのだが、つまるところチェロの倍音がたまらなく好きなのだ。Nirvanaのツアーに帯同したチェリストLori Goldstonなんかは時折ディストーションがきいてノイズミュージックのようであるし、エレクトロニカレーベル〈flau〉からもリリースするDanny Norburyのポストクラシカル的なアプローチもリッチでたまらなく好きだし、シカゴの奏者Lia Kohl『The Ceiling Reposes』(2023)も無論素晴らしい。チェロ万歳!

しかし今年リリースの作品に限っていえばOliver Coatesの本作が頭一つ抜けて記憶に残り、美しかった。シャーロット・ウェルズ監督が父娘の絆を描いた映画「Aftersun/アフターサン」のサウンドトラックである。本編内容への言及は控えるが、今年観た映画の中で圧倒的余韻1位! 異論は認めよう。

ロンドン・コンテンポラリー・オーケストラ出身の彼が鳴らすチェロは、実に多彩で雄弁である。例えば、これまでもAutechreに触発されたアルバムを制作するわ、Mira Calixと『Warp20(Recreated)』のコンピでBoards of Canadaのカヴァーを披露するわ、と何かと目が離せない稀有な存在であった。

複雑かつ実験的な電子音楽を経由したチェロの音は実につまびやかで、ゆえに、同じく複雑な感情の起伏に寄り添うことが可能となる。まだ映画を観ていなければ、ぜひ合わせて鑑賞していただきたい。愛しい記憶を回想したら、できることなら隣人を大切に。

ASA
『Radial』

硬めのダンスミュージック部門で何を挙げるか悩んだ。振り返るとおおむね2019〜2022年リリースを中心に聴いていたのは、おそらくコロナ下で鬱屈としたものが圧縮され、思い切り感情が爆発した良作が生まれたからだろうと勘繰っている。

個人的に2023年はHoly Similaunなどイタリアの実験テクノ若手勢が元気はつらつな年だったなあ、という印象だったけれどどうだろう(Aphexも今年のDJでかけていたし)。総じて高速、金属ねじれ系、プレート歪曲系とでもいおうか、過度にメタリックなエフェクトがグラフィックデザインの世界でもトレンドで、やや食傷気味の僕は時々オーセンティックでミニマルなグリッチに立ち返りたくなったり。

そんな中、ASAはドイツの名門Raster NotenのAtom TMとスペインの伝説的インダストリアル・デュオ、Esplendor Geométricoのコラボプロジェクトなのだけれど、“インダストリアル”の遊びのバランスが非常に良かった。いぶし銀のエクスペリメンタルテクノは中年の内臓に平穏をもたらす。

Raster Notenといえば、10月に自分達が開催した「DOME」でお呼びしたGrischa Lichtenbergerが所属しているが、Alva Noteから連綿と受け継がれている重厚で硬質なミニマルテクノから、少しずつ音色の幅が広がってきていて、名門レーベルの底力みたいなものを感じる。なんて書いている矢先にロシアの鬼才Andrey ZotsがルーマニアのレーベルからEPをリリースしたがこちらも良いね。世のおじさん達よ、頑張ろう(戒め)。

Speakers Corner Quartet
『Further Out Than The Edge』

いわゆるグッドミュージックをここに列挙するのは幾分抵抗がある。なんだ、結局いい感じのアルバムを紹介するんだあなんてリアクションをキャッチしたものなら、手のマメがつぶれるまで穴を堀そうだ。しかし、それにしたってロンドンを中心としたイギリスインディー勢の破竹の勢いは無視できまい。UKレイヴの勢いもさることながら、Tirzah、Lorain James、Louis Culture、Coby Sey、Space Afrikaなど「曇り空」のムードが個人的に、いや、社会的にはまっている。

ブリクストンの伝説的なスポークンワード&ヒップホップナイト「Speakers Corner」のハウスバンドとしてキャリアをスタートしたサウス・ロンドン拠点のコレクティヴ、Speakers Corner Quartetもまたひたすらにイケている。〈WARP〉から今年リリースしたKassa Overall やSlauson Malone 1も当然最高なのだけど、ここはもう少し土着的な提案でいこうじゃないか。なんというかフィーチャリング勢1つをとってもローカルコミュニティの微熱を感じるのだ。ある土地にカルチャーを根付かせるという信念とかけてきた時間は、大手レーベルのブランディングやサブスクリプション、SNSだけでは成立しえない尊さがある。リスナーである僕達は単に音楽それだけではなく、そういったバイブスごと受けとって、渦を形成していく必要があるだろう。今回挙げさせていただいた5作品の中で最も「音楽の現在地点」を感じる作品かと思う。

あとがき

本音をいえば5選なんて選べるわけがないのだ。もう序盤から思った。

André 3000もLil YachtyもSamphaもFred Again……もOPNも、大人気者達の2023年リリースも流行りすぎたので「私的」からは除外したが。

Third Coast Percussion & Tyondai Braxton 名義のコラボシングル「Sunny X」、Tsujiko Noriko「Crépuscule I & II」、aus「Everis」、Lukid「Tilt」、Eli Keszler「Live」、HULUBALANG「BUNYI BUNYI TUMBAL」、Hoavi「Phases」、ZULI「Komy」、Lorem「Adversarial Feelings」、Phill Struck「Der Ferne」、Saint Abdullah/Eomac「Chasing Stateless」、flanafi「sixth night. sleepless. you made the world. wallowing.」、Blake Mills「Jelly Road」、Natalia Beylis「Mermaids」、Grant Chapman 「Indentations」、Kink Gong「Tanzania 2」、Jon Collin & Demdike Stare「Fragments Of Nothing」 Perila「On The Corner Of The Day 」Rupert Clervaux & Dania「Acción y Destino」Claire Rousay「i no longer have that glowing thing inside of me」TARA CLERKIN TRIO「ON THE TURNING GROUND」Sabiwa「Island no.16 – Memories of Future Landscapes」、Lana Del Rey 「Paris, Texas (Katu Remix)」さまざま、みな素晴らしい。もっともっとある。

キー入力も息も追いつかないほど音楽が溢れる。
いっそ100選にしていただけないだろうか。

日々、無数の素晴らしい音楽が生まれ、しかしこぼれ落ちていく。
散り散りに光るそれらをわずかでもすくいとりたくて、「DOME」というイベントを仲間と立ち上げた2023年。

情報は武器かもしれないが、僕のリストなんぞ全く気にしなくて結構。
勝手にいろいろな音楽を聴いてほしい。

いつもの安全地点から、トレンドから、アルゴリズムの提案から、ほんの少し離れて、もっと適当に。

ただ、それだけを伝えたくてこの記事を寄稿した。

良いお年を。

author:

点と線

高円寺の古着店「即興/SOKKYOU」オーナー兼バイヤー。「即興/SOKKYOU」別ライン「Daughter」もオンラインで展開する。「DENPA!!!/電刃」発起人。 Instagram:@10to1000

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