アーティストのアナ・ロクサーヌが語る、自身との対話でみえてきたもの

ニューヨークを拠点に活動するアーティスト、アナ・ロクサーヌが昨年10月にWWWで初来日公演を開催。アンビエントやドリーム・ポップのはざまでゆったりと展開する浮遊感のあるサウンドに、幽玄なボーカル。まるで澄んだ星空の下で瞑想をしているかのような気分にさせてくれる夢見心地のパフォーマンスを披露した。アナのロマンティックな音楽性は、一体どのようにして育まれていったのだろうか。

幼少期は合唱団で歌い、母親の影響で1990年代のR&Bディーバに魅了されたという。そのバックグラウンドを感じることができるのが、2019年に発表した『〜〜〜』収録の「I`m Every Sparkly Woman」だ。ホイットニー・ヒューストーンがカバーしたチャカ・カーンの名曲「I’m Every Woman」を神秘的に再解釈した1曲で、グルーヴを解放し、伸びやかなボーカルで優しく歌い上げる。つづいて、正式なデビューアルバムとなった、2020年の『Because of a Flower』では、インターセックス(男性、女性に特定されない性器官を持つ人のこと)であることをカミングアウトし、その経験を探求。自身の内面とひたすら向き合うことでたどり着いた桃源郷に案内されるような1枚は、Pitchforkで8.0と高評価を獲得している。

アナの特異な才能に魅了されているのは音楽界のみならず、ファッション界にも及ぶ。実際にパリのファッションブランド「ルメール」からラブコールを受け、2023年春夏のランウェイでは、コレクションに身を包み、パフォーマンスを行ったことも記憶に新しい。

2023年7月には、“ディープ・レゲトン”のオリジナルスタイルで活動するDJパイソンと、Natural Wonder Beauty Conceptを結成し、セルフタイトルのLPをリリース。こうして着々と活動の幅を広げながらアナが感じたこととは? これまでの軌跡を振り返りながら、インタビューで掘り下げる。

日常的に経験している、シンプルだけどユニークなものを音楽で表現する

アナ・ロクサーヌ(Ana Roxanne)

ーーまずは、東京のショーの感想から教えてください。

アナ・ロクサーヌ (以下、アナ):今もショーの余韻の中にいるような感じです。会場もすごく良かったし、公演後にお客さんとしゃべった時に、音楽に対する熱意を感じて嬉しかったし、総じてかなり手応えのあるライヴができたと思います。

ーー雄大な自然や日常の一コマなどを映し出したVJも印象的でした。これはあなたのディレクションによるものなのでしょうか?

アナ:私のディレクションというより、アーティストとのコラボレーションで生まれたものですね。リトゥ・ギヤというアーティストにアイデアやイメージを伝えて作ってもらいました。キーワードをいくつか投げかけると、まるで私の心を読むかのように、背景にあるものを入れ込みつつ表現してくれるんです。今回伝えたものだと、自然を感じる景色、星空、ティーポットの中でお湯が沸騰している様子とか、日常的に私達が経験していることを通して、シンプルだけどユニークなものを作ってほしいと依頼しました。それから、何かを探し求めているイメージを表現したくて、途中に監視カメラの映像を入れています。

ーー「シンプルだけどユニークなもの」や「何かを探し求める」というキーワードは、音楽制作において大切にしていることとも言えますか?

アナ:歌詞を書いている時は、できるだけシンプルなものを伝えようと思っているし、物事の本質を捉えようと努力しています。小さな感情やアイデアに焦点を当てて、自分の中にある小さなイメージを写真に捉える感覚とも言えますね。もちろん、いつでも頭の中でビジュアル化されているわけではないですが。『〜〜〜』に収録された「Nocturne」は、夜に誰かを思いながら眠れない様子を描いているのですが、その相手が誰なのか、理由などは明かさずに曲にしました。状況を小さく表現しているけど、そうすることでかえって大きな絵を描けると思って。恋わずらいだけでなく、違った状況にいる人にも共感してもらえるような幅をつくるようにしています。シンプルにすることで、汎用性をもたせることが狙いです。「何かを探し求める」ことについては、音楽制作という枠を超えて、人生の大きなテーマとも言えるかもしれませんね。数年に1度引っ越しをしているのもそのためかもしれません。いろんな街に住むことで、人生を別の視点から眺めるようにしているのですが、そうすることで、いろんな経験ができるし、自分を成長させてくれると感じています。

アナ・ロクサーヌ(Ana Roxanne)

ーーでは、あなたの音楽的なバックグラウンドについて詳しく教えてください。

アナ:両親ともに音楽好きな家庭で、小さい頃はラジオで流れるポップソングを聴いて育ちました。父はクラシックとかオールディズに傾倒していて、母はR&Bに夢中でしたね。中学時代はミュージカルクラブに入部して、高校ではもう少し本格的な合唱クラブで、ジャズやクラシックに合わせて歌っていました。それで、ジャズをもっと学びたいと思って、音楽学校に進みました。当時は、ラウンジで歌ったりもしていたのですが、同時にエモとかメタルにもハマって、ゴスロックのバンドでベースを弾いていたこともありましたね(笑)。

ーーとあるインタビューで、北インドの古典音楽であるヒンドゥスターニーを学んだと知ったのですが、どんなところに魅了されたのでしょうか? また、自身の作品にどのように影響を与えていると感じますか?

アナ:ラヴィ・シャンカールという北インドのクラシック音楽のアーティストにハマっていたことがあって。インドに友人が住んでいたこともあり、ある時現地を訪ねたんです。そこで、私と同い年のクラシック音楽を教えている先生に出会って、デモンストレーションを見せてもらいました。タブラマシーンと、ハルモニウムという置きアコーディオンのような楽器でドローンを鳴らすシンプルなセットで歌ってくれたのですが、今まで聞いた音楽の中で一番美しいと思えるほどの感動的な体験でした。声とドローンだけで、こんなにも深いものがつくれるというのに感動したんです。ジャズの学校では、音楽理論が不得意でドロップアウトしてしまったのですが、その時とはまた違う感覚で、インドの古典音楽をもっと学びたいと思っているところです。この時の経験が、何かビジュアライズして曲をつくる視点や方法を掘り下げるきっかけになったと感じています。

ーーあなたの声は、トラックを構成する1つの音の素材のような役割もあると感じるのですが、これはインドでの経験に由来するものなのでしょうか? 自身の声についてどのような考え方をもっているか教えてください。

アナ:音楽学校に通っていた時に実験音楽を学ぶクラスがあって、友人がループのエフェクターを貸してくれました。自分の声を反復させてドローンを作って、その上にヴォーカルをのせてみたらしっくりきたんです。偶然にもインドで学んだものとも近しい感覚があって、ごく自然に自分のスタイルになった感じですね。

活動を通して自身のアイデンティティを掘り下げることについて

ーー最新作の『Because Of A Flower』では、インターセックスであることをカミングアウトしましたね。とても勇気のいる行動だったと思います。フランスのエルキュリーヌ・バルバンの作品にインスパイアされたとのことですが、どのように解釈して曲にしたのでしょうか?

アナ:1800年代のフランスに生きたエルキュリーヌ・バルバンは、歴史上のインターセックスにまつわる最古の書籍を手掛けた人物です。エルキュリーヌは自殺してしまうのですが、死後に手記が出版されて、インターセックスのコミュニティで注目されるようになりました。『Because Of A Flower』に収録した「Camille」はエルキュリーヌにささげてつくったもの。宗教学校で教師として働いていたエルキュリーヌは、男性的な身体的特徴はあったものの自身がインターセックスであるという自覚がなかったそう。ある時、同僚の女性教師と関係をもった時に、自身のアイデンティティに気付くのですが、それまで女性として生きてきたのに、医師に性別を男性にするようにと告げられ、そこからダークサイドに落ちて行ってしまうんです。手記を元にした映画『哀しみのアレクシーナ』という作品があるのですが、宗教学校の生徒達に同僚の教師との関係がバレてしまうシーンがすごく印象的で、そのセリフを曲ではサンプリングしています。パニックになって、怒りや恥の感情が同時に湧き上がる様子を自分なりに解釈して曲に落とし込みました。

ーーこの作品との出合いが、カミングアウトの直接的なきっかけになったのでしょうか?

アナ:そういうわけではなく、インターネットで見つけたアクティビスト達に感化されたんです。自分にとってすごく大きな構成要素だし、ずっと自由に話したいと思っていました。人と違う部分への社会におけるスティグマを減らしたいと考えていたし、自身のアイデンティティについて、恥ずかしさなしに語っているアクティビスト達の勇気のある行動から決意が固まったんです。

ーー人生やアイデンティティと向き合うことは、音楽制作のプロセスの中にあると思いますか?

アナ:人生における問いの答えを見つける手助けを音楽が担ってくれることはありますね。不確かで不安定な感情にある時に、音楽を作ることで自分の気持ちを整理できたという経験はよくあります。

ーー年々活動の幅が広がっていますが、「ルメール」のランウェイショーで演奏していましたね。ファッションブランドとのコラボレーションは、どんな意味があると思いますか?

アナ:もともとファッションにあまりこだわりがあるタイプではないというのもあり、かなり特別な経験でした。友達がブランドについて教えてくれたのですが、ある時ブランドの人から「あなたの音楽のファンだから、何か一緒にコラボレーションしませんか?」というランダムなメッセージをもらったんです。そのアプローチの仕方も心地よかったし、地に足のついた上質なクリエイションもすてきだから、パフォーマンスできたことはすごく光栄でした。

ーー昨年の7月には、DJパイソンと、Natural Wonder Beauty ConceptとしてLPをリリースしましたね。サプライジングな組み合わせに感じたのですが、どのような経緯でタッグを組むに至ったのでしょうか?

アナ:ニューヨークに引っ越していろんな人に会ったのですが、その中の1人がDJパイソンでした。インターネット上では、すでに知り合いだったけど、直接会って話してみたら意気投合したんです。ある時、彼がやっているプロジェクトで、私のボーカルを起用したいと依頼があって、そこから継続的に音楽を作る仲になったんです。しばらくしてレーベルの「Mexican Summer」から声がかかって、スタジオに招待されてレコーディングすることになったという感じです。彼とは、音楽に対する広い興味をシェアしたいというスタンスが合致したのと、ジャンルが違うように思えるけど、アンビエントの質感を効果的に取り入れている音楽性に共感するんです。今後はしばらくNatural Wonder Beauty Conceptとしてツアーをする予定です。

アナ・ロクサーヌ(Ana Roxanne)

Photography Yuichiro Noda

author:

竹内彩奈

1989年生まれ、エディター。

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