シーズンレス、ジェンダーレス、エフォートレス。「ルメール」はさまざまな枠組みを取り払い、コレクションを通して1つの物語を描こうとしている。派手な装飾によるドラマチックな起承転結ではなく、まるで静寂の中に響く鹿威しのような、風流で趣のある物語。常に移ろい変わる人々の心の機微を洋服へと投影させている。
「グラデーションのように、人生とともに洋服のシェイプや色が穏やかに変化します」。「着眼点を変えて、1つの物語を描いているのです」。「ルメール」共同デザイナー、クリストフ・ルメールとサラ=リン・トランは取材でこのように答えた。パリで、2022-23年秋冬シーズンのメンズ・ウィメンズのコレクションをランウェイショーで発表した。空と大地の雄大な自然風景を背に、道無き道を本能的に進むモデルの姿は遊牧民を思わせ、コロナ禍を経て制約から解放された私達の姿を映し出すようでもあった。
コレクションの制作背景では、ジブリ映画『もののけ姫』に感化されたことを明かした2人。その繊細な感性で人々の人生に寄り添う洋服を提供する「ルメール」に、2022-23年秋冬コレクションと、「ルメール」と日本の美学の共鳴について聞いた。
着眼点を変えて1つの物語を描いているコレクション
−−2022-23年秋冬コレクションについて教えてもらえますか?
サラ=リン・トラン(以下、サラ=リン):動き、歩み、前に向かうことがすべてです。時間と空間の中での身体の動きは、生地や洋服に沿い、その勢いを持続させます。遊牧民に着想を得た今季は、包み込むようなシェイプ、フェルトウール、ドレープされた非対称のドレスとコート、豊富なユニセックスのピースで、よりノンシャランに見えるかもしれませんね。
クリストフ・ルメール(以下、クリストフ):洋服をまとい、誰かに会うため、どこかへ行く。頭の中に浮かぶ目的地へ向かって……。洋服の状態が異なると、身体の動きも異なってきます。
−−とりわけ“躍動的な動き”に焦点を当てたのはなぜですか?
サラ=リン:このコレクションは、森の中での生き生きとした散歩に触発されています。勇敢で洞察力に富み、穏やかなエネルギーのようなもの。私達は、映画『もののけ姫』について考えを巡らせました。風になびく髪、耳にかかる髪、漆の鏡の形をしたお守り、身体は前を向き、理想主義者で時に攻撃的で、未来や地平線にある喜びに目を向けています。
クリストフ:私達はそこからヒントを得て独自のひねりを加え、ディテールに注視しました。未来に向かう仲間となるような、日常にふさわしく、安心して長く着用できる、古くなることのない気楽なエレガンスを持った洋服を生み出すためです。
−−ショーの演出では、遊牧民の精神を表現していました。着用者には、洋服をまとった時にどんな感情を抱いてほしいと思っていますか?
サラ=リン:フランス人の舞台演出家フィリップ・ケーヌと協力して、素朴で洗練された現代の狩猟採集民の都市の大群をショーで上演しました。全員がそれぞれのペースで進みながらも、心は1つである部族の不規則な足跡をその集団に残します。一体感が重要なのです。
−−以前から“シーズンレス”を掲げ、レイヤードで魅せながら、シーズンごとにワードローブを拡張していくアイデアを提唱していますよね。新しいコレクションの制作に着手する際の出発点はどこですか?
サラ=リン:コレクションは、前のシーズンの連続体だと考えています。「ルメール」には特定のシェイプがあり、季節ごとに異なる生地や色を使用することで少しの変化が生まれます。一貫性を持つことは、私達にとって意味のあることなのです。そのシェイプと色は、グラデーションのように、着る人の人生とともに穏やかに変化しています。何ヵ月も何年もかけて、互いに補い合って完成するもの。土産品を積み重ねて、思い出を豊かにしていくように。
クリストフ:私達は着眼点を変えて、1つの物語を描いているのです。
−−昨年にプレコレクションを廃止し、メインにのみ注力したことは、クリエイションと生産の面でどのような結果をもたらしましたか?
サラ=リン:ブランドは季節によって課せられたリズムから解放されました。簡潔で機能的なコレクションはユニセックスピースと流動的なアイテムの増加によって補完され、男性と女性は手と手を取り合い、ワードローブを共有するアイデアがますます促されています。それは私達にとって大きな変化であり、デザインから製造までの一連の流れ全体を有機的にできました。
日本の文化や美学との共通点
−−今季は『もののけ姫』に感化されたように、「ルメール」のコレクションでは日本の文化や美学との共通点を見つけることができます。昨年発売していたカプセルコレクションでは、“墨流し”のパターンを取り入れていたのも記憶に新しいです。この日本独自のマーブルの技法については、どのように知ったのですか?
サラ=リン:過去7年間、マーブルペーパーの制作を行うパリの「アトリエ・ラ・フォーリー」と一緒に、マーブルにインスパイアされたプリントを作成してきました。古典的な装飾であるマーブルを再考し、伝統的なパターンをより洗練された現代的なモチーフとして表現しています。フランス国立図書館の古書や文書の復元も手掛けている「アトリエ・ラ・フォーリー」のフレデリックが“墨流し”を見せてくれて、パターンとしてあしらうことにしたのです。
−−特定の技法だけでなく、日本の美意識や精神性が触発することもあるのでしょうか?
サラ=リン&クリストフ:私達は日本文化にとても関心があります。色、線、沈黙、空間などの非常に細かな記号全体を通して、人と物との間で意思の疎通がはかられていることが常に驚きを与えてくれます。日本と深い繋がりのあったフランス人建築家シャルロット・ペリアンが、生活の芸術だけでなく、居住の芸術も日本で発見したと言ったことをよく思い出します。彼女はこのような言葉も残しています。「100%伝統に倣っていた当時の日本で、私は空白、空白の力、空白の宗教を発見しました。根本的に、それは無ではありません。彼等にとって、それは変わることの可能性を表しているのです。空白にはすべてが含まれています」。
−−最後に、「ルメール」の今後の展望を教えてください。
クリストフ:ある時点で洋服を作る作業は完了し、着用方法はスタイルとエレガンスを生み出す仕上げです。私達の仕事は、それを可能にする洋服を提供すること。傲慢なパフォーマンスで見せびらかすのではなく、着る人を引き立てて、その人に似合う、調和するような洋服を作ることでもあります。“ありのままの自分になる”という言葉は少し時代遅れに聞こえますが、私達が創造しようとしていることを明確に表現しています。