アレックス・Gが語る「シンガー・ソングライターの原点と理想」

アレックス・G(Alex G)
デビュー前から多くの楽曲をBandcamp上で公開し、口コミを きっかけに高い評価を受けるとフランク・オーシャンのアルバム『Endless』と『Blonde』に参加したことで一気に注目を集め、今や現代最高峰のシンガー・ソングライターとして高い評価と人気を集めるアレックス・G。最新アルバム『God Save the Animals』はCD、LP、カセットテープ、デジタルで好評発売中。
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2015年に英国の名門〈Domino〉からリリースされた6作目『Beach Music』で頭角を現し、フランク・オーシャンやダニエル・ロパティン(ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー)もラヴコールを寄せるなど世界中のリスナーから厚い支持を集めるシンガー・ソングライター、アレックス・G(Alex G)。そんな彼が2022年発表した9作目の最新アルバム『God Save the Animals』は、神や信仰、愛、成長をめぐる内省的なストーリーが美しいメロディとストレンジな電子音によって彩られた作品だった。その中の「Miracles」という曲ではこう歌われている。「いつかは子どもが欲しいねって君は言う/でもベイビー、今の僕は自分のことで精一杯なんだ」「一体あと何曲書けばいいのだろう/すべての電源を落として眠りにつく前に」。

必ずしも自分のことを歌っているわけではない。一時的に頭によぎっただけ――歌詞についてそう嘯(うそぶ)くことも多いアレックス・Gだが、『God Save the Animals』は聖書への言及も散りばめられた描写も含め、不安定に揺れ動く心の機微を捉えたような語り口が深く印象に残った。そしてそのリリースから1年が過ぎた今、本人はどんなことを考えているのだろうか。シンガー・ソングライターとしての原点と理想、詞作のこだわり、あるいはある種の“死生観”まで、待望の初来日を果たした彼に話を聞いた。

——『God Save the Animals』がリリースされてこの間、いろいろなところでライヴをされてきたと思いますが、印象に残っていることなどありますか。

アレックス・G(以下、アレックス):そうだな……このアルバムのアメリカ・ツアーでは初めてバスに乗ってツアーをすることができたことかな。今までは自分達でバンを運転してツアーをしていたから、それは僕等にとってとてもエキサイティングなことだった。あと、これまでアジアに行ったことがなかったから、こうして日本に来ることができて嬉しいよ。このアルバムの最大の収穫はその2つだね。

——時間がたったことで、アルバムについて理解が深まったり、作った当時は気づかなかったことに気づいたりしたようなことはありますか。

アレックス:なんだろう……ちょっと考えさせて。そうだな……時間がたつにつれて、音楽に対してより“感謝”できるようになったと思う。アルバムの制作中は作業に没頭していて、何度も(音源を)繰り返し聴いていたので、だからアルバムがリリースされる頃には疲れてしまい、すっかり飽きてしまっていたんだ。でも1年ぐらいたってあらためて聴いてみて、その素晴らしさに気づいたというか、より深く愛することができた気がする。ただ、“アルバムを理解する”ことに関しては、自分では正直どうでもいいと思っていて。曲って、その作った時々の自分が感じたことや印象のスナップショットみたいなもので、あとは聴いた人がそこに意味を見出したり、その人なりの主観で解釈してもらえればいいと思っているので。そこで僕自身が客観的な視点を持つ必要はないというか、自分にとって(音楽とは)そういうものではないんだ。

——音楽に対する「感謝」とは?

アレックス:誰でも音楽を作っている時って、何度も聴いているうちに当初のフィーリングが失われていくような感覚になると思うんだ。だから曲やコンポジションに肉付けするためには、その書いた時のフィーリングを記憶しておく必要がある。それで今回のアルバムは、時間を置いてからもう一度聴いた時に、メロディやコードの構成とかそうしたベーシックな部分について気づきがたくさんあったというか。書いた時のフィーリングを思い出すことができたし、曲やメロディの良さを再認識できたようなところがあったんだ。

——リリース直後のインタビューで「これまでで最悪の出来かもしれない」と話していたのを読んだので、それを聞いて安心しました。

アレックス:なんでそんなこと言ったんだろう? たぶんね、作っている時に“怖くなった”んだと思う。その(インタビューを受けた)時にどういう感情でそう言ったのかはっきりとは覚えていないけど、でも、このアルバムを作っている時に感じていたことは覚えている。というのも、アルバムを作っている時っていつも最高の気分なんだけど、今回はそれを感じることができなかったことは覚えていて、どこか自分の中で半信半疑な思いがあったんだ。いつもは音楽を作っている時のフィーリングみたいなものを大切にしているんだけど、歳を重ねるにつれてそのフィーリングを追いかけるのが難しくなってきたというか、自分の感情のままに音楽を作るのが難しくなってきたというのもあるのかもしれない。あと、技術的に満足いかなかったところもあった。だから、このアルバムに関しては懐疑的な気持ちになったんだと思う。自分のコンパスが歪んでいるような気がして、最悪の作品になるんじゃないかという不安があった。

でも、そこから時間を置いて、あらためて完成した作品として聴いてみることで、この作品の素晴らしさを自分でもわかることができた。ただ作ってすぐの時は、「没頭しすぎて方向性を見失った、最悪の結果になったかもしれない」って考えてしまったんだ。

——じゃあ、今では最高の作品だと確信している?

アレックス:そうだね。自分としては、最新のものが最高の出来だって信じている。歳を重ねるにつれて自分の好みが変化していく中で、今の自分がどんなものが好きなのか、本当の自分というものが新しい作品には反映されていると思うので。それは常に自分の好みに忠実なものを作り続けているからであって、それが一番だと思うし、昔の自分はもうここにはいないんだから。

影響を受けたミュージシャン

——唐突ですが、アレックスさんにとって「最高の音楽」とはどんな音楽ですか。

アレックス:今の自分が作る音楽として? 答えるのは難しいね。僕は自分1人で音楽を作ることにとても自由を感じていて、どんな時でも自分にとって理想的なものを作ることを常に追求している。これからもそれを続けていきたいし、僕がやっていることはすべて、その答えを探すためにやっているようなものだから。それにもし答えを知ってしまったら、何をすればいいのかわからなくなってしまうしね。もうこれ以上音楽を作る意味がなくなってしまう。

——例えば、少年時代のアレックスさんにとって、「自分もこんなふうに音楽が作れたらなあ」って思わせてくれたアーティストって誰になりますか。

アレックス:若い頃の僕は、ポップ・ミュージックの文脈の中で異質であったり破壊的であったりするようなことをやっているミュージシャンを尊敬していた。彼等がいったいどんなものからインスピレーションを得ているのかさえ想像することができなかったし、でもだからこそ、彼等の音楽は僕にとってとても魅力的だったんだ。

例えば僕は、モデスト・マウスやエイフェックス・ツイン、レディオヘッドなんかに夢中だった。彼等はとても自由奔放でクリエイティブに見えたし、それで彼等の音楽を聴いて、自分も音楽をやってみたいと思ったんだ。プロのミュージシャンのようなスキルがなくても、行き当たりばったりでいろいろなものを組み合わせたら、自分も何か表現することができるんじゃないかって気がしてね。

——ソングライターで好きだったのは誰でしたか。

アレックス:ティーンエイジャーの頃、ずっと好きだったのはエリオット・スミスだった。彼の曲には中毒性のあるメロディと構成があって、数年の間ほとんどノンストップで聴いていたよ。他には、モデスト・マウスのアイザック・ブロックとか、ニール・ヤング、ニック・ドレイクも大好きだった。

——エリオット・スミスの曲のどんなところが少年時代の自分の心に一番響きましたか。

アレックス:言葉で説明するのは難しいね。でも、彼の曲のメロディとコード進行のコンビネーションはいつもユニークで、とてもキャッチーで、驚くほど多くの感情を呼び起こしてくれる。僕にとってはそれに尽きるね。まずメロディとコードがあって、それによってインストゥルメンテーションが魅力的に引き立てられているという、そこに魅了されてしまったんだと思う。それまではエレクトロニック・ミュージックに夢中だったんだ。でもエリオット・スミスに出会って、ギター・ミュージックやトラディショナルな音楽に興味を持つようになったんだ。

——リリシストとして、エリオット・スミスからの影響を感じるようなところはありますか。

アレックス:僕も歌詞を書く時は多くの時間を費やすけど、でも内容は(エリオット・スミスのように)告白的な歌詞になることはあまりない。それよりも、言葉の響きが音楽的に機能するように歌詞をまとめることを大事にしていて。音楽に乗せた時にイメージやストーリーを喚起させることを第一に考えていて、だから自分の場合、いろんなフレーズをサウンドに合わせて組み立てるようにして歌詞を作っている感じだね。

——以前はエレクトロニック・ミュージックを作っていたこともあるそうですが、そこから今みたいな歌詞のある音楽を作るようになったタイミングは何だったんですか。

アレックス・:たぶんエリオット・スミスを知った頃だと思う……いや、違うな。フィラデルフィアの地元のバンドのライヴを観に行くようになったのがきっかけだと思う。14歳か15歳の頃かな。

——それってどんなバンドですか。

アレックス:ラスプーチンズ・シークレット・ポリス(Rasputin’s Secret Police)ってバンドがいて、最高にクールだった。あと、今僕のバンドでドラムを叩いているトム(・ケリー)が彼の弟とスヌーザーというバンドをやっていて、ティーンエイジャーの頃によく観に行っていたよ。それでフィラデルフィアのDIYな音楽シーンに触れたことで、ギターを弾きたい、歌いたいって思うようになったんだ。自分もあんなふうにライヴがやれたらなって。

——ちなみに、自分が初めて書いた歌詞って覚えている?

アレックス:なんだろう……いくつか思いつくけど、でもあまりにくだらないから話したくない(笑)。

日本のカルチャーについて

——今回が初めての来日公演になりますが、日本のカルチャーやアートについて関心のあるものって何かありますか。

アレックス:宮﨑駿のアニメが好きだね。たくさん観たし、どれもお気に入りだよ。

——ゲームの『ELDEN RING(エルデンリング』が大好きだって記事で読みましたが。

アレックス:そう! そうだったね(笑)。

——どんなところが好き?

アレックス:小さい頃、兄がニンテンドー64を持っていてね。兄はたくさんゲーム・ソフトを持っていたんだけど、その中の1つが『ゼルダの伝説 時のオカリナ』だった。それで、兄がゲームをするのを見て育ったから、とても懐かしい気持ちになるんだ。『ELDEN RING』をプレーしていると、子どもの頃に戻ったような気分になる。ソファで寝そべって兄がゲームをしているのを見て時間を過ごしていた頃の自分にね。だから大好きなんだ。パンデミックの時、僕はプレイステーション4を買って『DARK SOULS(ダークソウル)』というゲームをやっていてね。宮崎英高というクリエイターが作ったゲームなんだけど、彼の作品はどれも素晴らしいアートだと思うし、ゲーム自体とても美しくて、面白くて、でも難しくて……そう、だから僕はすっかりハマってしまったんだよ。

——『ELDEN RING』はダーク・ファンタジーですが、アレックス・Gの音楽にもファンタジー的な要素は魅力の1つとしてあると思います。実際、そうしたゲームからの影響も自分が作る音楽には反映されていると思いますか。

アレックス:もちろんあるだろうね。でも、それをピンポイントで指摘するのは難しい。僕が音楽を作る時は、できるかぎりオープンでありたいと思っているから。だから、ゲームとか、映画とか、本とか、本当にあらゆるものに影響を受けていると思うよ。

——先ほども年齢の話がありましたが、『God Save the Animals』に収録された「Miracles」では、大人としての責任と向き合おうとする若者の姿が歌われています。振り返ってみて、あの曲を書いた時の心境とはどのようなものだったと思いますか。

アレックス:いい質問だね。でも、それに答えるのは難しいと思う。というのも、僕が曲を書いていて喜びを感じるのは、いくつか単語が頭に浮かんできて、それを並べ替えて、歌詞同士が繋がって、それがまた次の歌詞へと繋がって……曲自身が意味を帯び始めた瞬間なんだ。その感覚というのが、曲を書いた時の手応えとしては一番大きくて。もちろん、潜在意識に何か主題のようなものがあって、そこから自分の繰り出す言葉が生まれているというのは理解している。ただ僕自身、それについて深く掘り下げて考えるというのはなくて。逆に、そういう潜在意識の奥深くにある感情にアクセスするために言葉を紡ぎ出して、それを並べて、曲として機能した時の実感というのが大事で、僕の関心は常にそこに集中している。曲の中で“何かが起きている”ことにただ興奮している、というか。だから、曲を書いている時にはアクセスできない、僕が歌っていることを理解している自分とは別の、もう1人の自分というのが僕の中にはいるんだと思う。

——その曲の主題や潜在意識の奥にある感情を「深く掘り下げる気がない」というのはどうして?

アレックス:自分の運命や過去とか、すべてを受け入れようとするってことなんじゃないかな。それによって心の平穏を手に入れたいというか。

——アレックスさんがデビューしたのは17歳か18歳の時だったと思いますが、そこからキャリアとともに年齢を重ねて、自分の中で音楽の捉え方が変化したと感じるような部分はありますか。

アレックス:そうだね。音楽を作り始めた頃は、80%が探求、20%が選択、という感じだった。でも今は、それが五分五分になっていると思う。

——『God Save the Animals』をリリースしたのが29歳で、今は30歳。ある種の節目といえる年齢を迎えて、この先自分が作っていく音楽はこうなるかもしれない、みたいな予感や手応えのようなものはありますか。

アレックス:正直なところ、そういうのはないかな。僕は何事も成り行きに任せている感じで、将来のことはあまり考えていないんだ。

——それはなぜ?

アレックス:人生のある時点で、失望することを避けるために考えるのをやめたんだと思う。自分自身を落胆させたくないんだ。

Translation Yumi Hasegawa

author:

天井潤之介

ライター。雑誌やウェブで音楽にまつわる文章を書いています。 Twitter:@junnosukeamai

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