主演俳優アルマ・ポウスティが語る、アキ・カウリスマキ監督『枯れ葉』の演出術と制作現場

フィンランドの巨匠、アキ・カウリスマキ監督が、引退宣言を撤回して作りあげた新作『枯れ葉』が12月15日(金)より公開中だ。カラオケバーで出会った女と男は、名も知らぬまま惹かれ合い、約束を交わすが、不運な偶然と現実の過酷さに幾度もすれ違う。労働者にとって厳しい社会と戦禍の絶えない世界に対し、ささやかな連帯と音楽や映画への愛とユーモアをちりばめ、おとぎ話のようなラブストーリーを通して、人間にとって本当に大切なものを問いかける。つましい生活を送りながら生きる喜びを求める芯の強い現代の女性像を見事に演じたアルマ・ポウスティに、監督が込めた作品への思いを聞いた。

※本インタビューには『枯れ葉』のストーリーに関する記述があります。

言葉によらない描写に宿るアキ・カウリスマキの演出

——今回、初めて来日された日本の印象はいかがですか?

アルマ・ポウスティ(以下、アルマ):本当に長い間、日本に来たかったので、夢が実現して嬉しいです。でも今回はあまり時間がなかったんですが、短い中にもたくさん予定を詰め込んで、京都で見たかったお庭にも行きましたし、今までYouTubeでしか見たことなかった新幹線にも乗りました(笑)。新しいものと古いものとのコントラストがとてもおもしろいですし、人がみんなフレンドリーで、滞在を楽しんでいます。

——日本の観客には、アルマさんがトーベ・ヤンソンを演じた映画『TOVE / トーベ』(2020年)で広く知られることになりましたが、簡単にこれまでのキャリアや俳優としてのバックボーンをご紹介いただけますか?

アルマ:私の家族には演劇人が多くて、祖父母はともに舞台監督であり俳優でしたし、叔父も、弟も俳優です。ですから、幼い頃から演劇の世界には魅力を感じていましたが、何となく私もできればいいなとは思っていた程度でした。つまり、演劇一家に生まれたからといって自動的に演劇の世界に入るとか、そんなことはないんです。でも、19歳の時に勇気を出して「私もやってみたい」と家族に話して、ヘルシンキの国立の演劇アカデミーに入って、2007年に修士号を取得して卒業しました。それからはずっと俳優の仕事をしています。

——ベースは演劇なんですね。

アルマ:はい。本当に大好きな仕事で、もちろん家族のサポートもありますけど、この仕事ができてとても幸せです。俳優の仕事の魅力は、いろんなストーリーを語れること。そして人間性について語れる、それを表現できるということです。しかも、それが舞台ということもあればカメラの前ということもありますし、いろんなかたちでできるんですね。それって、やってることは同じかもしれないけど違うし、違うけどやっぱり同じでもあって、興味とおもしろさが尽きない本当に素敵な仕事だと思っています。

——今回、アキ・カウリスマキ監督の作品に初めて出演されたわけですが、監督の演出についても少しお聞かせください。アルマさん演じるアンサは、とても無口というか、すごく台詞が少ないですよね。そのあたりは、監督から明確な演出やキャラクターについての説明などは何かありましたか?

アルマ:フィンランドは、「沈黙の国」とか「静寂の国」と言われることがよくあるんですけど、私達フィンランド人は、どちらかというとシャイな国民性で、 普段からそんなにたくさんしゃべるタイプではありません。この映画に出てくる人も皆とてもシャイな感じがあると思います。そしてアキ・カウリスマキ監督こそ、その達人だと思います。ただ、言葉がないながらも、実は内面ではたくさんのことが起きているんですね。脚本の中にも、ここではどんな心の動きがあってというように、細かく指示が書かれていました。

——いわゆるト書きがたくさん書かれているということですか?

アルマ:脚本の中に、その状況についての描写が書かれてるんです。例えば、ホラッパとアンサがカラオケバーで会って、初めて視線が合うシーンで、ホラッパのほうはなんかじっとしていられなくなって、席を外してタバコを吸いに行きます。そこに台詞は一切ないですが、その描写がたくさんのことを語っていると思います。他にも脚本の中には、この人達はどういう人達かっていうことを示す、いろんなヒントが書かれていました。といっても、たくさん説明が書かれているわけではなくて、すごく短い言葉で、とても詩的に書いてあるんです。

アキ・カウリスマキ監督『枯れ葉』予告編

——台詞が少ない一方で、劇中で使用される音楽や歌が、主人公達の心情や状況を語っていますね。カウリスマキ監督の映画ではいつも音楽は重要ですが、特に今回は印象的でした。

アルマ:今回のこの作品では、登場人物の中に起きることを、音楽が常にどんどん先へ連れてってくれる感じですね。国籍も時代も全然違う音楽がわざと混ぜてあるので、それによって、すごく不思議なおとぎ話のような世界が作り上げられているという効果があると思います。

——なるほど。作品の構造としては、ベースには、まず主人公達が生きる現実という世界があります。新自由主義的な価値観の中で翻弄される労働者のつらい状況が描かれていると同時に、アンサが自分の部屋を整えて日常を送るつましい生活というのがある。もう一方で、ラジオを通して、その外のもう1つの世界との回路があります。そのあたりのレイヤーを行き来することで、世界が重層的に膨らんで見えてきて、素晴らしいなと思いました。

アルマ:レイヤー構造というのは、まさにそうですね。

——ラジオからは、ロシアのウクライナ侵攻のニュースが絶えず流れてきます。私がこの作品を拝見した時は、ちょうど今回のパレスチナとイスラエルの衝突が起きたときで、ウクライナのことを忘れてはないんだけど、 1年ちょっと前のことを、ある意味ちょっと心理的に遠く感じてる自分もいたりして、考えさせられました。

アルマ:お気付きになったかもしれませんが、映画の中に一瞬カレンダーが映るシーンがあって、そこは2024年になっています。だから、そういった意味では、これはSFなのかしら?って気もするんですけど、監督が作りだす「おとぎ話」の中には、現実の社会とのつながりがしっかりと刻印されていると私も思います。ラジオのニュースのことで言えば、私達のフィンランドという国は、過去に実際にロシアと戦ったことがある国なので、自分達の歴史も当然思い起こしますし、現在も1,300キロというとても長い国境をロシアと共有しているという現実にも、また引き戻されたりします。そして、そのことが、ホラッパとアンサの2人の関係におけるはかなさや脆さみたいなものにパラレルにつながっている感じもします。

他者を思いやること、ケアの精神、人を愛すること

——監督は小津安二郎を敬愛されていて、今回も観客へのメッセージの中にその1人として捧げられています。例えば、ホラッパがトラムの停車場で酔っぱらって寝ているところに、アンサがやってきて、気にかけながらもそのままトラムに乗って窓越しに遠ざかっていくホラッパを見ているシーンがあります。ここも台詞のない表情だけの演技ですが、そこでチャイコフスキーの「悲愴」が流れるところは、とてもドラマチックでもあり、小津的な感じがしました。

アルマ:おそらく作品の中で、アキ監督自身は、そういった映画の大先輩たちへの敬愛の念をいろんな形で送っていると思います。それは、はっきりとした形ではないかもしれませんけど、そこここに隠されていて、なんかこう手を振っているような感じですね。それから、あそこでチャイコスキーを使ってますけど、彼はもちろんロシアの作曲家ですよね。これは実際に監督がおっしゃてたんですけれども、今こういう状況だからといってロシアの音楽をボイコットするとか、そういうことはしちゃいけないんだ、芸術は芸術だと。

——そのことにもつながるかもしれませんが、この作品では小さな連帯みたいなことがいくつも描かれています。アルマがスーパーを解雇される時に、同僚も一緒に辞めるとか、ホラッパと年上の同僚との関係性とか。こういった人間的な部分が描かれるところが、カウリスマキ作品の真髄というか、監督が一貫して描いてこられたものだと改めて感じました。

アルマ:本当にその通りです。相手や他の人達を気にかけてあげることはとても大きなテーマだと思います。ある意味で冷淡なこの社会の毎日にあって、やっぱり人間には、他者を思いやる温かい気持ちやケアの精神、愛する心をもつ能力があるし、忘れてはいけないことだと思います。そして、この映画にはそういうことを思い起こさせてくれる力があると私は思います。

——監督の前作『希望のかなた』(2017年)で主演されたシリア出身の俳優さん(シェルワン・ハジ)が、今回ホラッパの同僚として出演していたのも嬉しかったです。ホラッパが仕事を終えて着替えるロッカーのとこで、「また明日」、「お疲れ」と彼と挨拶を交わしますよね。それは一瞬のすごく単純な挨拶だけど、だからこそ重要というか。

アルマ:まさにその通りですね。彼が「サラーム」(アラビア語)、ホラッパは「モーイ」(フィンランド語)って。最初の監督の演出の話にもつながりますが、2人がすごくしっかりとつながってるという関係性を、簡潔かつ的確に見せているシーンです。

——終盤、ホラッパが病院を出る時に、別れた夫の服を彼にあげる看護師さんがいますよね。そこも短いやり取りですが、彼女にも人生があることを垣間見られて、いろいろと想像が膨らみました。

アルマ:実は洋服とか上着というのは、この作品ですごくストーリーを語っているアイテムなんです。ホラッパが、アンサに会いに行こうとする時に上着を借りに行くシーンでも、ホラッパに貸してくれと言われた男性が、「女か?」って聞いて、「俺はもういらないから持っていけ」と言いますが、その背後にもきっと彼のストーリーがある。ほんとに小さなことなんですけど、この映画ではそういったものがたくさんちりばめられています。

——81分というシンプルな作品ですが、何度見ても発見がありそうです。最後に、これから映画を見る日本の観客の方に一言いただけますか?

アルマ:よく言われることですけど、日本とフィンランドは、どちらも物静かで落ち着いた国民性で、ちょっとシャイなところがあって、あとユーモアのセンスが共通しているかなと思っています。作品について私から大きなことは言えないんですけれども、アキ・カウリスマキ監督のロマンティック・コメディを楽しんでいただいて、少しでも幸せな気持ちになってもらえると嬉しいです。

Photography Kentaro Oshio

■『枯れ葉』

『枯れ葉』2023年/フィンランド・ドイツ/81分/1.85:1/DCP/ドルビー・デジタル5.1ch/フィンランド語/原題『KUOLLEET LEHDET』/英題『FALLEN LEAVES』

2023年/フィンランド・ドイツ/81分/1.85:1/DCP/ドルビー・デジタル5.1ch/フィンランド語/原題『KUOLLEET LEHDET』/英題『FALLEN LEAVES』

ユーロスペース他、全国で公開中
『枯れ葉』オフィシャルサイト:https://kareha-movie.com/

【キャスト】
アルマ・ポウスティ、ユッシ・ヴァタネン、ヤンネ・フーティアイネン 、ヌップ・コイヴ

【スタッフ】
監督・脚本 アキ・カウリスマキ
助監督 エーヴィ・カレイネン
撮影 ティモ・サルミネン
照明 オッリ・ヴァルヤ
美術 ヴィッレ・グロンルース
衣装 ティーナ・カウカネン
音響 ピェトゥ・コルホネン
編集 サム・ヘイッキラ
プロデューサー アキ・カウリスマキ、ミーシャ・ヤーリ、マーク・ルヴォフ、ラインハルト・ブルンディヒ
製作会社 Sputnik Oy, Bufo
共同制作 Pandora Film
協賛 Finnish Film Foundation, Yle, the Finnish Broadcasting Company, ZDF / ARTE, ARTE G.E.I.E, Filmförderungsanstalt, Film-und Medienstiftung NRW
© SPUTNIK OY 2023

author:

小林英治

1974年生まれ。編集者・ライター。雑誌や各種Web媒体で様々なインタビュー取材を行なう他、下北沢の書店B&Bのトークイベント企画も手がける。リトルプレス『なnD』編集人のひとり。Twitter:@e_covi

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