宮沢香奈, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/kana-miyazawa/ Fri, 15 Dec 2023 06:38:45 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.4 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png 宮沢香奈, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/kana-miyazawa/ 32 32 現代アートの重鎮イケムラレイコが表現する動物の中にある人間性とエロス https://tokion.jp/2023/12/15/when-animals-become-art/ Fri, 15 Dec 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=219386 ベルリンのギャラリー「ザ・フォイエルレ・コレクション」で個展「When Animals Become Art」を開催中のイケムラレイコに、同展の込めた思いなどを訊く。

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Photography Wai Kung. Courtesy the artist. ©Leiko Ikemura and The Feuerle Collection 

イケムラレイコ
画家、彫刻家。1991年〜2015年までベルリン芸術大学教授を務める。 2009年にアウグスト・マッケ賞を受賞。2014年から女子美術大学大学院客員教授。 2020年に芸術選奨文部科学大臣賞受賞。 近年の主な個展には「Toward New Seas イケムラレイコ 新しい海へ」(バーゼル美術館、スイス、2019)、「土と星 Our Planet」(国立新美術館、東京、2019)等がある。

ベルリンとケルンを拠点に世界中を舞台に活躍する日本人アーティスト、イケムラレイコが、ベルリンのギャラリー「ザ・フォイエルレ・コレクション(The Feuerle Collection)」にて個展「When Animals Become Art.」を開催中。ウサギのガラス彫刻やヴィンテージの「シュタイフ」のぬいぐるみ等、動物でアートを表現した同展に込められたメッセージとは?

ベルリンで開催中の「When Animals Become Art.Leiko IKEMURA」をレポート

入った瞬間、神聖な空気が流れ、心が洗われていくような不思議な感覚になる。ベルリンのクロイツベルク区に位置するギャラリー「ザ・フォイエルレ・コレクション」は、自分にとってきっとパワースポットのような特別な場所なのだと思う。

ミュージアムと呼べるほど広大な敷地面積を誇る同ギャラリーは、第二次世界大戦時に使用されていたと言われる情報通信防空壕の跡地をイギリス人建築家ジョン・ポーソンによって改装されたものだ。剥き出しのコンクリートを暗闇が覆い、必要最低限ながら的確に捉えたライトで照らされる作品。

ミニマルで厳かな空気漂う空間には、7世紀から13世紀のクメール彫刻、紀元前200年から17世紀の中国皇帝が使用した家具、荒木経惟の写真、クリスティーナ・イグレシアスの作品等が展示されており、古典美術と現代美術が対比している。

「ザ・フォイエルレ・コレクション」では、常設展示とは別にイレギュラーに企画展「SILK ROOM」が開催されている。現在は、日本人現代アーティストの重鎮として世界で活躍するイケムラをゲストアーティストに迎え、創設者のデジレ・フォイエルレ自身がキュレートする「When Animals Become Art」が会期中だ。イケムラは、当時まだ海外進出する女性アーティストが少ない1970年代にスペインに渡り、その後スイスに移住、1983年にはドイツのボンとニュルンベルクで初のグループ展を開催。1990年から2016年までは、ベルリンのUDK(ベルリン芸術大学)で教授として教鞭をとり、2014年からは東京の女子美術大学で教鞭をとっている。現在までに世界29ヵ国以上、700回以上もの個展やグループ展を開催しており、作品はベルリンの州立博物館や東京国立近代美術館等にコレクションされている。

「SILK ROOM」第2弾となる同展「When Animals Become Art.」は、400㎡の展示スペースに、イケムラが1990年から2022年までに制作したアーカイヴから厳選された作品と自身がこれまでに収集した希少価値の高いヴィンテージの「シュタイフ(ドイツの老舗ぬいぐるみメーカー)」のぬいぐるみが独自の展示スタイルで並ぶ。

タイトルの「When Animals Become Art」とは日本語で「動物がアートになるとき」を意味するが、そこには一体どんな思いが込められているのだろうか。イケムラは以下のように述べる。

「人間の中に動物的な側面が存在することは容易に理解できますが、動物の中にも人間の行動が存在すると考え、それを表現しています。人間と動物は共存して生きています。私は、動物は単なる生き物ではなく、人間との違いはあれど根本的にもっと繋がっていると考えています。その一例が“キツネ”です。私達が考える一般的なキツネという概念は非常に単純なものですが、キツネは物語の中で動物という存在から別の形に変身することができ、女性の姿になることもあります。キツネの出現とその謎めいた物語は神話から由来しています。ウサギも同様に不思議な意味を持つ動物の例えです。私は“ウサギ”という日本語の発音が大好きで、その美しさは彫刻の造形にも反映されています。ウサギの大きな耳はアンテナのような働きをしています。ジグザグする動き方は、精緻な自己防衛手段として予測不可能なスキルを表しています」。 

自身が制作したオリジナル作品と並列して展示されたのが、「シュタイフ」の希少なヴィンテージの動物達だ。イケムラはそれらをギフトとして受け取ったり、アンティークマーケットや店頭のショーウィンドウで見つけたりして、長年にわたり、収集してきたという。トレードマークである左耳につけられたボタン「ボタン・イン・イヤー」にも魅了されたというが、もとは誰かの大切な持ち物として触られ、愛されながら、最終的には見捨てられてしまった悲しい物語も存在する。年月が経ち、ヴィンテージとなったぬいぐるみは、高級感が漂いながらどこか悲しげに見えるのはそういった背景があるからかもしれない。

以前からイケムラと親交があり、今回の展示に至った経緯をデジレ・フォイエルレは「レイコの家で一緒に夕食をとっている時に、彼女がこれまで集めてきたシュタイフの動物達が、彼女の作品と同様に子どものような遊び心があり、魂を持っていることに気付きました。作品との違いは、視覚的にねじれており、ややエロティックで官能的であることです。そう感じたことから私は、フォイエルレ・コレクションで同展を企画することを思いつきました。一方では動物、もう一方では女性の官能性への明確な言及によって、喜びと濾過されていない動物の喜びの重要性が見えてきました。動物を見て彼等の魂を感じると同時に、エロスを重視し、私達人間の動物的側面との繋がりを見つけることができます」と語る。

7月より長期にわたり開催されてきた「When Animals Become Art」は、2024年1月7日でいよいよ会期終了を迎える。「ザ・フォイエルレ・コレクション」は、訪れた回数だけ新しい発見やこれまでなかった感情が湧き上がる場所だ。企画展、常設ともに特別な体験ができることを保証したい。 なお、企画展「SILK ROOM」では、ゲストアーティストによる展覧会だけでなく、パフォーマンスやアーティストトーク、上映会、コンサートなど、さまざまなプログラムが開催されており、日本人アーティストやクリエイターの活躍の場となっている。            

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ベルリン、東京、そして、世界へ アーティストのアネタ・カイザーが描くアンビバレントな感情 https://tokion.jp/2023/11/07/interview-aneta-kajzer/ Tue, 07 Nov 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=215412 アーティストのアネタ・カイザーが日本初個展の制作秘話やインスピレーション源や日本について語る。

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アネタ・カイザー

笑顔がとてもキュートで印象に残るアネタ・カイザー(Aneta Kajzer)は、ベルリンを活動拠点にドイツ国内からパリ、コペンハーゲン、ニューヨークをはじめとする世界各地で精力的に個展を開催している若手アーティストのひとりだ。7月7日から8月10日までの期間においては、東京・中目黒の「104 GALERIE」で日本での初個展となる「Melt Away」が開催された。彼女のベルリンのアトリエを訪ねた際にも9月に開催されたベルリン・アート・ウィーク中に出展する作品の準備を終えたばかりという過密スケジュールをこなしていた。その原動力と集中力はどこから来るのだろうか?

彼女の絵は油絵の具を使用しながら、アクリル絵の具のように流動的で、よく目を凝らすとアブストラクトなキャラクターといろんな表情が見えてくる。ブルーの色使いが印象的な彼女の作品には黒がない。ダークな世界観はインディゴブルーや暗い紫で表現しているという。

ウェディング地区に位置し、70名のアーティストが入居する古いビルディングの一角にある広々としたアネタのアトリエで、アーカイブから最新作に至るまで数え切れないほど多くの作品を拝見しながら、制作秘話やインスピレーション源、そして、日本について語ってもらった。

キャンバスの上で生まれる“溶ける”ドローイング

――あなたの作品は油絵ですが、とても流動的で水彩画のようにも見えます。最近の作品では、キャンバスの上を絵の具が流れて描いたものを “溶ける”と表現していますね。どのようなテクニックを使っているのですか? 

アネタ・カイザー(以下、アネタ):油絵の具を溶いて、わざとキャンバスの上で絵の具が流れるという新しい技法を使っています。床に置いて絵を描きますが、キャンバスを手に取って持ち上げた時に流れてくる絵の具をコントロールしながら、下まで振り下ろしています。その様子をキャンバス上で絵の具が「溶けてなくなる」という表現をしています。実際にそれをやった結果がどうなるかはわからないし、思い通りにいくとは限りません。でも、それがまたおもしろいところでもあります。コントロールされたジェスチャーと素材から生じる偶然との間でバランスが保たれているのです。

――あなたの作品には抽象的なキャラクターが多く登場しますが、シュールでダークな中にも愛らしさや女性らしさを感じます。キャラクターはどのように浮かんでくるのでしょうか?

アネタ:キャラクターはキャンバスに描かれた絵の具から直接浮かび上がってきます。私はスケッチもしないし、描き始める時に特定のキャラクターのアイデアがあるわけでもありません。何か顔を連想させるものを見て、それに従って筆を走らせています。例えば、ブラシでさっと描くだけで口元になったり、微笑んでいたり、悲しそうだったり、怒っていたり、そうやって見えてくるのです。人物の表情を通して、ある種の感情をイメージとして伝えることができます。ただ、私が求めている感情はたいていアンビバレントなものが多いです。楽しいだけでも悲しいだけでもない。暗い絵の中には滑稽なものがあり、明るい絵の中には陰鬱なものがあるのです。

――色使いが印象的ですが、特にこだわっていることはありますか?

アネタ:色の使い方は基本的にはとても自由で、何でもあり、どんな色も許されると思っています。ただ、完成した絵の中に一定のバランスがあるようにしなければならない。それは非常に強いコントラストを意味することもあれば、その逆を意味することもあります。私が守っている色のルールは特にありませんが、黒の油絵の具を使わないことぐらいでしょうか。暗い部分はジオキサジン・モーヴのような暗い紫やインディゴのような暗い青色をいつも使用しています。

日本での初個展「Melt Away」を終えて

――日本では20224月に「104 GALERIE」で開催されたグループ展「104 INTRODUCES」に出展していますが、個展は今回が初めてですよね?いかがでしたか?

アネタ:はい、今回は日本での初個展になります。とてもエキサイティングな経験でした!日本だけに限らず、どこかの国へ行き、そこで自分の作品を発表するのは常に素晴らしいことですが、新しい人たちと作品について話し、絵についての新しい視点やアイデアを得ることが何よりも興味深いです。特に、日本はずっと行ってみたかった国なので、日本で個展を開催できたことは私にとって本当に夢のようでした。

――「Melt Away」と題した理由を教えて下さい。また、一番表現したかったことは何ですか?

アネタ:そうですね……いろいろな理由や意味があります。この個展のために制作したいくつかの作品は、人物が本当に溶けているように見えたんです。そこからタイトルのアイデアが生まれました。それと、作品の中で具象と抽象の境界線がどんどん溶けていっているのではと考えました。7月の東京はとても暑いので、このタイトルに共感してもらえると思ったのですが、最終的には私自身が暑さで溶けてしまいました(笑)。

――日本がお好きとのことですが、アートシーンについてどのような印象をお持ちですか?

アネタ:日本に滞在できた時間は限られていたので、日本のアートシーンについて深く語ることはできません。しかし、東京滞在中にいくつかの現代アートギャラリーを訪れ、興味深い作品をいくつか見ることができました。タカ・イシイギャラリーで開催されていた山田康平のエキシビジョンはとても良かったですね。

――好きなアーティストや影響を受けたアーティストはいますか?

アネタ:好きなアーティストはたくさんいますが、そのリストはその時によって変わるかもしれません。そういった中で、マリア・ラスニッヒやヘレン・フランケンサーラー、ミリアム・カーンは常に私にとって重要であり、変わらず好きなアーティストですね。

――ヨーロッパを中心に各地で個展を開くなど、かなり精力的に活動されていますが、5年後、10年後の自分はどうなっていると思いますか?

アネタ:難しい質問ですね。5年後、10年後、20年後、私はまちがいなくアトリエで絵を描き、これまで以上により良い作品を作っていると思います。

Photography Emi Iguchi (Aneta Kajzer)
Special thanks 104 GALERIE

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「ストフ」20年でデザイナーの谷田浩が映像を通して伝えたい世界 https://tokion.jp/2023/09/30/interview-hiroshi-tanida/ Sat, 30 Sep 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=209861 ブランド設立20年を迎えた「ストフ」。デザイナーの谷田は「ストフ」に限らず、並行していくつものブランドを手掛けている。そのマルチな活動と20年間の軌跡を振り返る。

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谷田浩

谷田浩
和裁学校の教師の祖母と母を持つ。中学2年で漫画家ではなく、ファッションデザイナーになることを決意する。名古屋モード学園卒業後、大阪でショップMDを経験。2001年上京し、「DIET BUTCHER SLIM SKIN」の立ち上げに参加。2004年に「ストフ」を設立。
Instagram:@byestof
X:@BYESTOF

ブランド設立から20年の歴史を振り返る

−−まず、ブランド設立20周年、おめでとうございます。ここまで続けてこれた理由はなんだと思いますか? 

谷田浩(以下、谷田):ありがとうございます。STOFの提案しているファッションは、TOKIONの読者層にも潜在的に親和性があると願望込みで思っていますが、正直なところ、今初めてSTOFを知ったという人も多いのでは?と想像しています。そんな日陰でもひっそりと20年咲き続けてこれたのは、取引先、関係者、店舗、顧客など、良き理解者達に支えられてるのと、あと、単純に私に才能があるからだと思います(笑)。

−−20年という節目にどんなことを思いましたか?

谷田:「ストフ」はあまり変わっていないけれど、世界は大きく様変わりしたなと感じています。

−−具体的にはどのようなことでしょうか?

谷田:なんというか、みんな真面目になっちゃったなと感じています。例えばですが、パロディとオマージュとパクりのガイドラインが有識者の良識ではなく、疑わしければ叩こう! といった方向性になってしまったりとか。

流れが変わった顕著な出来事としては、ソーシャルメディアの台頭ですよね。ソーシャルメディアには功罪があり、上手く使えばいいといった指摘に反論するのは困難ですが、ファッションと高い親和性があるようで、実は相性が最悪だと思っています。具体的にいうと、ファッションスナップはソーシャルメディアによって隆盛を迎えるかと思われましたが、いいね数が可視化されることへの違和感が拭えず、実際には低迷しました。極めて“private”なファッションは、“social”なソーシャルメディアという場所に向かないのか、多くの個性的なブランドが消えてしまったり、オーセンティックな方向へとシフトチェンジしました。

グローバルな価値観とダイバーシティは一括りに語られたりしますが、実は真逆なものなんじゃないかと思います。個人的にも自己顕示欲がほとんどないので、ソーシャルメディアとの親和性のなさは痛感していますが……。すみません、話が逸れましたね。

−−ブランド名の「ストフ(=STOF)」はオランダ語で“布”、20周年を迎える2024年春夏コレクションのテーマも“Voorplet!(=楽しいことが行われる前のワクワク感)”とオランダ語ですが、何かオランダという国に強い思い入れがあるのでしょうか?

谷田:欧州にはけっこう行っていますが、実はオランダには行ったことがありません。ブランドを始めた当初、オランダのデザイン集団droogのクリエイションにシンパシーを感じたのと、できるだけ意味の薄いブランド名にしたくて、音や見た目もシンプルな”STOF”を選びました。

多言語に翻訳しにくいけど説明したら理解できるみたいな、非言語領域の地球人あるあるに興味があって、“Voorplet”は「楽しいことが行われる前のワクワク感」を意味するので、世界中至るところで行われ、土地、宗教、文化、伝統に多くの人が心を通わせ歓喜する「祭」としてとらえてテーマにしました。オランダにはいつか行きたいと思っていますが、どちらもオランダ語になったのは偶然ですね。

映像作品として発表した2024年春夏コレクション「Voorplet!」について

−−2024年春夏コレクションは、民謡クルセイダーズとのコラボレーションによるMVのような映像で発表されましたが、なぜランウェイではなく、映像作品として発表しようと思ったのですか?

谷田:ランウェイという形で祭りを表現するのであれば、お客さんも全員踊ってしまうような演出にしたかったのですが、頼んで踊ってもらうのではなく、思わず踊ってしまうという現象は日本人の気質的に難しいと考えました。それと、普段とは違う何かをすると決めていたので、2017年に開催したような音楽フェスを開催するか、映像作品にするかの2択で迷いました。記録しておきたい、感謝を伝えたいという気持ちがあり、映像というフォーマットで作品にすることを決めました。

「ストフ」2024年春夏コレクション「Voorplet! feat.民謡クルセイダーズ」

−−ファッションブランドでありつつも、アートや音楽といったカルチャーとの深い結び付きを感じさせます。どんなことからインスピレーションを得ているのでしょうか?

谷田:旅や音楽、漫画、映画、アートなどさまざまなカルチャーからインスピレーションを得ています。 自分はいわゆるファッションの人ではないと自認していて、これまでの人生の中でインプットしてきたものを、主にファッションという形でアウトプットしているようなイメージです。

−−グラフィカルなデザインやアブストラクトなシルエット、特徴的なディテールデザインに定評があると思いますが、2024年春夏コレクションにおけるグラフィックやデザインの特徴を教えてください。特にこだわった点はどこですか?

谷田:グラフィック的には、祭りと高揚感が2つの大きなキーワードとしてあったので、リオのサンバ、ブルガリアのクケリ、インドのホーリー、ネバダのバーニングマンなど、世界中の祭りをリサーチして、それらをフュージョンし、世界のどこでもない祭りのグラフィックをコラージュすることにこだわりました。また、日本的な魑魅魍魎の宴の絵をアーティストの水野健一郎に依頼して刺繍に落とし込んだものは、今シーズンのメインアイテムになっていると思います。シルエットに関しては、極力シンプルにすることにこだわり、音楽フェスに着ていけるようなアウトドアテイスト、日本の伝統的な祭り衣装のリデザインが主軸となっています。 

−−これまで、多くの国と取引を行っていますが、特に勢いを感じた国はどこですか?

谷田:ファッション的に勢いがあるなと思ったのは中国ですね。 上海ももちろんですが、成都の街並みは圧倒的でした。日本にいるとあまり耳にしないような温州市、杭州市でも何百万人もの人口を抱えていて、ちゃんとした良い店もあります。全体のクリエイティヴィティのアベレージはまだまだですが、抑圧がある分、自由に対する希求があるからなのか、現地デザイナーの作品も原初的なつくる喜びに溢れていて、世界の工場と言われる生産背景もあり、今の日本のファッションから失われたものが、ここにはまだ生きていると感じました。

−−欧米諸国にも多く行かれていると思いますが、どんな印象を受けましたか?

谷田:パリとニューヨーク、それぞれのファッションウィークに何度か出展していたときの感想ですが、パリは、やや権威主義的で見慣れぬブランドに対しては関心が薄いように感じました。ただ、ヨーロッパ、中東、アジア等世界中からブランド、バイヤーが集まるのは大きな魅力ですし、私も地味に経験があるのですが、バイヤーとして訪れるなら、やはりパリがオススメだと思います。逆にニューヨークは、物自体を見てヴィヴィッドな反応が返ってくることが多かったです。あとはセクシュアリティを求める声が多かったのが印象的でした。そこを目指してないから仕方がないのですが、セクシーじゃないとよく言われました。

個人的な旅行で訪れた経験としては、ヨーロッパではアイスランド、アメリカではゴールデンサークルを車で周ったのですが、どちらも最高でした。でも、おそらく今世界で一番おもしろいのは日本の地方だと思います。

−−海外へ目を向ける人も多い中、日本の地方に可能性を見出して興味深い活動をしている人も多いですよね。

谷田:日本に限った話ではないかもしれませんが、大都市圏は地価の問題もあり、まず広く、気持ちよく、美しい空間を確保することが困難です。加えて、情報も物も飽和していて、バッティングの問題もあり、抜群の感性を持った経営者がいたとしても、空間、品揃え、すべてを満足いくレベルで揃えるのは難しい。その点、地方であれば、空間のコストとバッティング問題をクリアしやすいので、リスクを恐れずに思い切ったお店作りができる。同じ状況が、宿泊業や、飲食業界でも起きていて、魅力的な店、街が地方に増えていると思います。最近はソーシャルメディアの普及で情報の地方格差もなくなってきているので、この流れは今後さらに加速していくでしょうね。

−−谷田さんは、「ストフ」以外にも、レディスブランドの「ベッドサイドドラマ(bedsidedrama)」、アウトドアブランドの「ネイバー(NEYVOR)」、キッズブランドの「カー (K/A/A)」、「トゥマッチライフウェア(Too Much Life Wear)」、ユニゾン・スクエア・ガーデン(UNISON SQUARE GARDEN)の鈴木貴雄さんとやられている「パンタレイ(PANTARHEY)」等、ファッションブランドだけでもかなり多くのブランドを手掛けられています。これは、デザイナーとしてもかなり希少だと思うのですが、どういった経緯があったのでしょうか?

谷田:もともと趣味が多面的で、1つのブランドでアウトプットしようとするとブレてしまうのと新しいことをするのが好きなんです。あとは流れですかね。アーティスト気質ではなく、単純にデザインするスピードが速いというのもあると思います。

−−なるほど、ブランドを手掛けるにはスピードも必要ということですね。他にもこれからファッションデザイナーになりたいという若者にアドバイスがあったらお願いします。

谷田:率直に言うのなら、今から独立系のデザイナーを目指すのはきついからやめとけば、と(笑)。それでもやりたいというのなら、ブランドを立ち上げる前に自分自身のステータスを上げる努力をするといいんじゃないですかね。それこそ、地方でめちゃくちゃ良い店を作るとかでもいいし、芸人とか、YouTuberとかで人気者になるとかでもいいと思います。モノ作りをする前に、最悪ダメでもこっちでも食えますっていう柱があった方が余裕があっていいものが作れると思います。

余裕と愛とユーモアを大切にして、やられた! と思わせるようなものを見せつけてください。

−−今後やりたいことや叶えたい夢はありますか?

谷田:昔から一貫してそうなのですが、ありとあらゆることをやりたいです。旅行、文筆、グラフィック、飲食など興味のあることはたくさんあります。20年を1つの節目として、ファッションにも東京にもこだわらずに新しいことをどんどんやっていきたいので、心ある方からの無茶ぶりお待ちしています。 決まっていることで言うと、来年春に、「ATARAYO/可惜夜」という怪談イベントを開催する予定なのでぜひ観にきてください。

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テクノの過去と未来を現在に繋げる若き才能 マッティア・トラーニが崇拝するレジェンド https://tokion.jp/2023/09/16/mattia-trani/ Sat, 16 Sep 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=208422 世界のテクノレジェンドから特権を与えられた唯一無二の存在であるイタリア拠点のDJ/プロデューサーのマッティア・トラーニ。その人物像に加えて彼が崇拝してやまない日本のテクノ界を代表するケン・イシイも登場。

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2012年に自身のレーベル「Pushmaster Disc」を設立し、それから10年以上にわたり、確固たるキャリアを築き続けているイタリア拠点のDJ/プロデューサーのマッティア・トラーニ。彼が創り出すサウンドは、1990年代のデトロイトを彷彿させるオールドスクールにフューチャリスティックなテクスチャーが折り重なったモダン・テクノだ。

マッティアはデトロイトにテクノが誕生した1990年代初期の黎明期にはまだ幼い子どもだっただろう。しかし、ジェフ・ミルズ、ホアン・アトキンス、デリック・メイといった生粋のレジェンドと共演し、支持され、URことアンダーグラウンド・レジスタンスの公式ラジオではポッドキャストを公開した実績を誇る。

そんなマッティアは、今年6月30日、ロバート・フッド、ルーク・スレーター、マルセル・デットマン、テオ・ナサをはじめとする14組のアーティストがリミックス参加したアルバム『Scenery The Remixes』を3枚のヴァイナルとデジタルでリリース。同作は、2021年にリリースされた自身のアルバム『Scenery』に収録されている楽曲をマッティアが厳選したハードテク界のレジェンド達がそれぞれ1曲ずつリミックスし、コンパイルした永久保存盤だ。2年の月日をかけて完成させた渾身作でもある。

マッティアは、間違いなく世界のテクノレジェンドから特権を与えられた唯一無二の存在であり、イタリアのテクノシーンの未来を担っていると言えるだろう。一体、マッティア・トラーニとはどんな人物なのだろうか? 本インタビューでは、さまざまな質問を投げかけてみた。そして、リミックスを提供し、マッティアが崇拝してやまない日本のテクノ界を代表するケン・イシイもスペシャルゲストとして登場する。

世界のテクノレジェンドが集結したリミックスアルバムの最高峰

−−2021年にリリースしたアルバム『Scenery』を14組のテクノアーティストをゲストに迎え、3枚組のリミックスアルバムとしてリリースすることになった経緯を教えてください。

マッティア・トラーニ(以下、マッティア):このリミックスアルバムは、自分にとって重要な作品となりました。エレクトロニック・ミュージックシーンにおける世界のスペシャリスト達に自分のトラックをリワークしてもらいたいと思ったのがきっかけですが、自分が尊敬していて、かつ、これまでリミックスを依頼したことのないハードテクノのレジェンドに依頼しました。

−−まさに誰もが知っているレジェンドが名を連ねていますが、どのように抜擢したのでしょうか?

マッティア:私のサウンドは常にデトロイト・テクノ・ミュージックに結びついています。これまで、ホアン・アトキンス、DJスティングレイ、ロス・エルマノス、クロード・ヤングをはじめとする多くの偉大なるアーティストと仕事をしてきました。でも、今回のリミックスアルバムでは、まず、ロバート・フッドに依頼したいと思いました……キングですからね! 彼のリミックスを自分のアルバムに収録できたら完璧だと思ったんです。ロバート以外にも世界各地からレジェンドを選びました。例えば、ルーク・スレーターは、自分のテクノヒーローの1人、一緒に仕事ができたら光栄だと思いましたしね。マルセル・デットマンも尊敬する偉大なアーティストの1人であり、リワークはとても素晴らしかった。

−−さまざまなDJが自身の楽曲をリミックスすることについて、どんな考えを持っていますか?

マッティア:尊敬するアーティストとコラボレーションすることは非常に重要なことであり、素晴らしいことだと思っています。アーティストはそれぞれ自分のスタイルとサウンドを持っています。そのサウンドをリミックスとして1つのトラックと組み合わせることによって楽曲が生まれます。自分自身もプロデューサーとしてキャリアをスタートした時、アーティストのリミックスから始めました。そういった背景もあり、自分以外のアーティストの楽曲のリミックスは気に入っています。

−−これまで特に印象に残っているリミックスはありますか?

マッティア:私は常に新しいスタイルの音楽に影響を受けています。例えば、Dax Jが主宰するベルリンのレーベル「Monnom Black」です。レーベルのファンだし、未来的なサウンドが大好きですね。「LDS」の作品も素晴らしいですし、ニーナ・クラヴィッツが手掛ける「Trip Recordings」のファンでもあります。さまざまなスタイルのテクノが好きなんですが、それは自分にとって重要なことだと思っています。

−−サウンドは、ベースミュージックなどを織り交ぜた前衛的で未来的なハードテクノでありつつ、1990年代のデトロイトテクノを彷彿させるオールドスクールも感じさせます。新旧ミックスさせたような楽曲を制作する中で、常にこだわっている点はなんですか?

マッティア:そう言ってもらえるのは本当に嬉しいですし、自分のテクノに対するヴィジョンを明確に表していますね。

楽曲を制作する上で心掛けていることは、スタジオセッションによると思いますが、キーボードで曲を作り始めることもあれば、ハーモニーからアレンジを始めることもあるので、常に適切なパッド・コードを探して、ハーモニーを作成するようにしていることです。1から作ることもありますが、その場合はベースラインやリズムを加えてサウンドをパワフルにするようにしています。

今年の夏はツアーで忙しかったのですが、自由な時間ができたらスタジオにこもって新しいドラムンベースやテクノの方向性に関するパワーダブに焦点を当てた新しいサウンドを作りたいと思っています。

−−以前から敬愛し、リミックスにも参加しているケン・イシイはあなたにとってどんな存在ですか?

マッティア:ケン・イシイは一番好きな1990年代のプロデューサーであり、テクノ界の真のヒーローです。名曲「EXTRA」は一番好きなテクノトラックです。彼のトラックとレコードをすべて持っていますが、R&Sで彼の伝説的なアルバムを初めて聴いた時「これは現実ではない。この男は間違いなく他のすべてのテクノミュージックのプロデューサーよりも何光年も先を行っていて、とても未来的だ」と感じました。ビデオゲームやSF映画の中にいるような感覚になったんです。今もまだ別次元にある感覚ですね。

2000年初頭に彼とジェフ・ミルズが共演したビデオを観ていましたが、ケン・イシイのDJプレイは、未来的で時代を超越したスタイルなので、アルバムタイトルと同名の「Scenery」をリミックスしてくれたことは本当に嬉しいですし、長年の夢がついに実現しました。

−−ケン・イシイだけでなく、DJ Shufflemaster等、他の日本のDJとも親交がありますね。注目している若手DJやプロデューサーはいますか? また、日本のテクノアーティストやシーンについての印象は何ですか?

マッティア:私は日本のプロデューサーやDJをとても尊敬していますが、残念ながらまだ日本に行ったことがないのでリアルなシーンについてはあまり知りません。ただ、自分の目で実際に見ることが好きなので、日本に行くとしたら間違いなく東京が初めての都市になるでしょうし、自分の目で実際に確かめたいと思っています。音楽だけでなく、日本のカルチャーも大好きなんです。音楽を始める前は漫画を描いていましたし、ビデオゲームも大好きで、アニメも毎日のように見ています。かなりの日本アディクトです(笑)。

来年こそ日本に行こうと思っています。もちろん、チャンスがあればDJプレイもしたいです。それが私の夢です!

ケン・イシイが見たマッティア・トラーニとは

−−アルバムと同名タイトルの楽曲「Scenery」のリミックスを手掛けていますが、特にこだわった点はどこですか?

ケン・イシイ(以下、KI) : 彼のオリジナル曲の印象的な部分をしっかり使いつつ、自分ならではの要素を加え、それらがいいバランスで調和しているようなリミックスを心掛けました。

−−マッティアと出会ったきっかけはなんですか?彼のDJプレイや楽曲についてどんな印象を持っていますか?

KI:彼とは実際に会ったことはなく、メールやSNSでのコミュニケーションがメインですが、最初のコンタクトは彼が私の2020年リリースの曲「Landslide」をリミックスしたことです。世代的にはテクノの新しいジェネレーションに属していますが、作品を聴くと随所にテクノなり他のダンスミュージックなりの歴史を感じさせる部分があり、その点が作品に深みを与えていると思います。

−−長年にわたり、シーンの最前線に立ち、世界で活躍し続けていますが、トップアーティスト達と肩を並べてプレイする中で一番心掛けていることはなんですか?

KI: 常に変わり続けるシーンの状況を見つめつつ、自分の音楽スタイルやアーティストとしてのアティチュードを失わずに音楽を作り、プレイし続けることです。

「Scenery The Remixes」
Tracklist

1.One More Step (Robert Hood Re-Plant)
2.Scenery (Ken Ishii Remix)
3.One More Step (Planetary Assault Systems Remix) 04. Videogame (Marcel Dettmann Remix)
4.No Future (Indira Paganotto Remix)
5.Biologic Horror (Paul Ritch Remix)
6.Inner Hardships (Luigi Madonna Acid Mix)
7.End Of Days? (Alignment Remix)
8.Biologic Horror (Lee Ann Roberts Remix)
9.Endless Optimism (K91 Remix)
10.Scenery (Fedele Re-Shape)
11.Endless Optimism (MatGroove Remix)
12.Inner Hardships (Luigi Madonna Remix)
13.Endless Optimism (Gianma Bln Remix)

Special Thanks Studio De Meyer

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日本の古き良きものを次世代へ リビセン代表・東野唯史が考える理想の未来とは https://tokion.jp/2023/06/01/interview-tadafumi-azuno/ Thu, 01 Jun 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=185982 世界を知って日本に目を向け、未来のために活動する「ReBuilding Center JAPAN」代表・東野唯史へのインタヴュー。

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程よく朽ちた木の温もり、時代を物語るようなアンティークの家具、一見不揃いの風合いが混じり合ってできあがった空間は不思議な居心地の良さを感じさせる。これらは、長野県諏訪市に多数点在する店舗の特徴だ。仕掛け人は、同じく諏訪市に拠点を置く「ReBuilding Center JAPAN」ことリビセン。古民家リノベーションの先駆け的存在として知っている人も多いことだろう。

誰も住まなくなった空き家や長年放置されて手つかずとなってしまった蔵から古材や古道具を引き取り、販売するリユースショップとして、2016年9月に設立。古材を廃棄せずに再利用することは環境負荷を減らすことへも繋がることから、これらの活動を“レスキュー”と呼んでいる。そこには、“ReBuild New Culture”という理念のもと、時代の変化とともに忘れられてしまった古き良きものに新たな価値を与え、次世代に繋いでいきたいという思いが込められている。

世界中を旅する中で、ポートランドに根付くDIY精神とサステナブルな環境にも共感を得たという。そこで、いったいどんなインスピレーションを得たのだろうか?

世界を知った上で日本に目を向け、未来のために活動し続ける「ReBuilding Center JAPAN」代表・東野唯史にさまざまな視点からインタヴューを行った。

東野唯史
1984年生まれ。「ReBuilding Center JAPAN」代表。2014年より妻の華南子さんと空間デザイナーユニットmedicalaとして活動開始。「Nui.」「萩ゲストハウスruco」「マスヤゲストハウス」「Osteria e Bar RecaD」など、全国に居心地のいい空間づくりを行う。2016年、ReBuilding Center JAPANを設立。「ReBuild New Culture」という理念のもと、古材を再活用する文化を広めている。

長野県諏訪市で新たなカルチャーを構築し、拡大し、発信し続ける。

−−長野県諏訪市に移住を決めた理由を教えてください。

東野唯史(以下、東野):移住先を決める条件として大前提にあったのが、年々人口が減ってきてしまい、空き家が増えている地域という点です。空き家が多いということは、レスキューできる場所も多いということになり、古材や古道具がその地域の大事な資源となるからです。古材や古道具を求めている人は諏訪市界隈だけでなく、東京や名古屋などの都会も多いのですが、諏訪市はそういった大都市圏からも比較的アクセスが良いことも決めての1つになっています。

−−2014年に移住されたとのことですが、実際に住んでみてどうですか? 諏訪市の魅力を教えてください。

東野:諏訪市は日本屈指の日照率を誇ります。だから、本当に良く晴れますし、近隣には温泉も多数あります。街中に自然が豊富にあるわけではないですが、山も多く、自然に囲まれた場所へのアクセスがとても良いです。最寄りのスキー場まで車で20分くらいで行けますし、30分ぐらい行ったところには牧場があって乗馬もできます。その牧場に保育園が併設されているんですが、現在息子をそこに通わせています。自然に囲まれた環境で保育ができるって魅力的ですよね。

−−レスキューする場所はどのように選んでいますか? また、レスキューが必要な空き家の情報はどのように得ていますか?

東野:基本的には、リビセンの拠点である諏訪市から車で1時間以内で行ける場所というエリアだけ決めています。車で1時間といっても諏訪市からであれば松本市や伊那市、山梨県北杜市の辺りまで範囲内なので、かなり遠い地域までレスキューに行くことが可能です。1時間以上かかる場所でも行くことは可能ですが、その際には出張料金を頂いています。料金は距離に応じて変わりますが、目安として¥3,000から¥50,000程度になります。

レスキューに行く空き家に関しては、先方から依頼を頂いてこちらが出向くといったスタイルが9割以上を占めています。自分達でレスキューする場所を探して行くといったことはほとんどありません。依頼される方の理由はさまざまですが、ずっと捨てられなくて蔵の中に溜め込んでしまっていた物を引き取ってほしいといった依頼も多いです。もし、そこで僕達のような引き取り手がいなかったらゴミとして廃棄処分されてしまうわけです。

−−廃棄処分によって発生するゴミを減らすだけでなく、価値のある資源として再利用できるように販売したり、リノベーションに活用したり、まさに“レスキュー”ですね。リサイクルショップは多数ありますが、リビセンの活動はどんなことが違うのでしょうか?

東野:リビセンもリサイクルショップなどと同じ古物商という民具を扱う古道具屋として事業登録をしていますが、従来の古物商の人達は古物専門の市場で仕入れを行い、そこで仕入れたものを店舗やオンラインで販売するといった事業をされている方が多いです。その市場には古物商の認可証がないと入れないので、市場で出店している人達も古物商で、買い付けに行くのも古物商の人達になります。

僕達の場合は、市場には行かず、空き家や蔵などから不要となった古材や古道具を買い取って販売をしているので、従来の古物商の事業とは異なります。レスキューすることによって、市場で買い付けを行うより安く仕入れることができ、その分店頭でも安い値段で売ることができるといったメリットがあります。ただ、その分時間や手間が掛かります。欲しいと思っていたものがレスキューできなかったり、同じものが欲しいと思っていても同じもの自体がなかったりするのが古材や古道具ですよね。レスキューの現場では買取金額を決めなければいけませんし、持ち帰ってきてから1つひとつに値段を付けるといった作業もあります。レスキューしてきたものはだいたい埃がかぶっていたり、汚れていたりするので、店頭で販売できる状態になるまでキレイに洗ったり、掃除したりするプロセスも発生します。

−−古材や古道具に関する知識はどこで得たのでしょうか?

東野:もともとアンティークが好きだったので、リビセンを始める前から個人的にオンラインサイトでリサーチしたり、古道具屋や蚤の市にもよく見に行ってました。そうしているうちに相場がわかってくるようになりましたが、趣味の延長で得た知識ではありますよね。今は自分で商品の値付けは行わずに、売り場のスタッフに一任していますが、スタッフ自身が値付けすることによって、この値段ではすぐに売れてしまうとか、逆に、高くて売れないとか、そういったトライ&エラーを繰り返すことによって相場を覚えていくことが大事だと思っています。

−−具体的にはどのように値段を付けてるのでしょうか?

東野:廃棄処分するにも少なからず費用が発生してしまうことやレスキューするための片付けや運搬作業も必要になることも踏まえて、販売金額の5%で買い取らせていただいています。例えば、店頭で¥10,000で販売しているものなら¥500で買い取って、差額の¥9,500が粗利となります。そこから人件費やオンラインショッピングの手数料などの経費を差し引いた分が利益となる仕組みです。粗利が高く見えるかもしれませんが、値付けや清掃、在庫管理やレスキューに時間と手間が掛かります。手間が掛かるということは、その分地域の雇用を生みやすくなると思っています。

DIY精神とサステナビリティが根付く街ポートランドの魅力

−−アメリカでもトップのDIY精神が根付いているポートランドに感銘を受けたとのことですが、具体的にはどういったことでしょうか?

東野:当時はアメリカのインダストリアルなアンティーク家具が好きだったのでポートランドには行きたいと思っていました。現地に住んでいる友人の家に10日間ぐらい滞在させてもらいながら、いろんな場所を巡りましたが、雑誌「ソトコト」に出てくるようなSDGsやサステナブルな文化が自然と根付いている街という印象を受けました。日本でも最近はさまざまな取り組みが行われていますが、当時はまだ自分の持つサステナブルな思想や活動はマイノリティーなのだと感じることが多かったです。でも、ポートランドの人達にとっては、DIYの精神やサステナブルな思想はごくあたりまえに持っているマインドで、自分がマイノリティーであることを全く感じませんでした。

友人も大工とか専門職とかではないのに自宅には当然のように工具が揃っているんです。古いボルボに乗っていましたが、もし、壊れたとしても自分で直せるレベルに工具を持っていましたね。他にもNPO団体が行っている「ツールライブラリー」という地域サービスがあるんですが、街の教会などでDIY用の工具を無料で借りられる仕組みになっています。サービスを提供する側も素晴らしいと思いましたが、草刈機を借りていった人がそれを返す時に次に使う人のために刃を新しく替えて返したというエピソードもあります。DIY精神だけでなく、お互いを思いやる精神も自然と根付いているのがポートランドなんです。

−−ファッション誌ではオシャレな街として取り上げられている印象ですが、実際の街はどうですか?

東野:代官山に近い雰囲気があると思いました。でも、横断歩道で待っていたら1台目の車がほぼ止まってくれるといった人の温かさや街の温度感も感じました。ポートランドができた当初の市長が高速道路を誘致せず、その代わりにトラム(路面電車)を普及させて公共交通機関を発達させたおかげで住みやすくなったと言われています。消費税がないことでも有名ですよね。

−−ポートランド以外で行かれた国で影響を受けた場所や人はいますか?

東野:きちんと訪れる機会がなかった先進国もありますが、実は僕は世界一周してるんです。その中で特に印象に残ったのは、イエメンとエチオピアとキューバですね。イエメンには全く整備されていない世界遺産の島があって、そこを目的に行きました。旅先を選ぶ基準として、資本主義でないことやキリスト教や仏教といった宗教色が強くない国というのがありました。

ウガンダの孤児院でボランティア活動をしたことがありますが、そこでの経験はDIYスキルを身に付けようと決意するきっかけの1つになっています。

リビセンが理想とする未来の形

−−国内ではどこかありますか?

東野:栃木県那須塩原市の黒磯ですね。30年以上前に「1988 CAFE SHOZO」をオープンさせた菊地省三さんという古民家カフェの先駆け的存在の方がいる場所ですが、シャッター通りになってしまっていた商店街の空き家をリノベーションしてカフェを作り、人が集まる場所に変えたんです。人気カフェとしてお客さんが増えただけでなく、省三さんに憧れて弟子入りする人が増えて、独立した人が近隣に店舗を作っていくという連鎖が生まれたんです。黒磯は今となってはカフェ好きが訪れる人気観光地として、とても楽しいスポットになっています。

省三さんは行政の力を借りずにご自身で何店舗も手掛けています。それだけでなく、近隣に大きめの建築物件があったらそこを購入して、次世代を担う若者達に貸し出しているんです。まさに、省三さんというカリスマで成り立っている場所ですが、省三さんのことが大好きな人達が自然と集まってきて、自然と街ができあがっていくってすごく良いですよね。

−−ステキなエピソードですね! すでにリビセンも同じようにカリスマ的存在になっていると思いますが、東野さんの理想とする形とは違うのでしょうか?

東野:店舗や施設は増えていますが、僕達自身が手掛けていますからね。そうではなく、同じことをやりたいという志を持つ人達が自然と集まってきて、その人達自ら店舗や施設を作っていくという形が理想的ですし、目指していきたいところです。でも、最近は求人を出すと、リビセンの理念に賛同して活動に関わりたいと言ってきてくれる人も多くなりました。これまでは県外からが多かったですが、地元の人達も増えてきたのは嬉しいです。

リビセンが手掛けた各店舗には“上諏訪リビセンご近所まっぷ”が置かれており、諏訪市周辺に点在するカフェ、レストラン、雑貨店、パン屋、レコードショップ、フラワーショップ、ヴィンテージショップなど、どこに何があるか一目でわかるようにイラストで丁寧に描かれている。マップに載っているのはリビセンが手掛けた店舗だけに限らず、長い歴史を持つ地元の老舗やおすすめの飲食店に至るまでさまざま。古民家のリノベーションやレスキューだけでなく、こういった近隣地域への貢献も未来の姿を作っていくきっかけになっていくのではないだろうか。

■ReBuilding Center JAPAN
住所:長野県諏訪市小和田3-8
営業時間:11:00~18:00
休日:水曜、木曜
公式サイト:https://rebuildingcenter.jp/
Instagram:@rebuildingcenterjp

Photography Shiho Furumaya

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ミラノの才人シモーネ・デ・クノビッチ が紡ぐ音像は現代へのアンチテーゼなのか? 「ミュール・ミュージック」Toshiya Kawasakiの言葉とともに紐解く https://tokion.jp/2023/04/29/interview-simone-de-kunovich/ Sat, 29 Apr 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=182804 シモーネ・デ・クノヴィッチとその才能について早くから感知していた「ミュール・ミュージック」のToshiya Kawasakiによる「Mondo Nuovo」シリーズの新作について。

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ドリーミーなトロピカルハウスや型破りなレフトフィールド等、シモーネ・デ・クノヴィッチのサウンドを一言で表現するのは難しい。湿度の高い熱帯雨林の奥地、鳥がさえずる声をサンプリングし、アナログシンセやドラムマシンによって摩訶不思議な美しいサウンドを創造する。

年代物の映画、電子音楽における先駆者へのリスペクト、政治、哲学、歴史からの引用。シモーネが作り出す世界観は、次々と新しいものが生まれては消えていく現代カルチャーへのアンチテーゼなのか?

そんなシモーネの才能を早くから感知し、話題作「Mondo Nuovo」シリーズの第2弾、第3弾をリリースしたのが日本を代表するレーベル「ミュール・ミュージック(mule musiq)」だ。5月13日に渋谷「Mitsuki」で開催されるパーティーで昨年に続いて再来日を果たすシモーネと来年20周年を迎える「ミュール・ミュージック」の主宰Toshiya Kawasakiにインタヴューを行った。

シモーネ・デ・クノヴィッチ
2019年にオーストラリアの 「Superconscious」からリリースしたデビュー作でも話題となった、イタリア・ミラノのシモーネ・デ・クノヴィッチ。昨年「Mondo Nuovo」シリーズの第2弾、第3弾をリリースした。

「テイストマスターでありたい」シモーネ・デ・クノヴィッチが独自の言葉で表現する音の世界

−−昨年11月にリリースされた『Addio Mondo Nuovo』ですが「Mondo Nuovo」シリーズの第3弾にして最終章となりますが、鳥のさえずりが印象的なトロピカルなサウンドと前作以上に実験的でエキゾチックな世界観を感じました。特に意識した点はありますか?

シモーネ・デ・クノビッチ(以下、シモーネ):シリーズとして「Mondo Nuovo」3部作にまとまりが出るように同じ楽器やテクニックを使いました。最終章となる『Addio Mondo Nuovo』は、サウンドトラックやサウンドスケープ等、多様な楽曲が半数を占めています。例えば「Path To Eternity(On The River of Nameless God)」は、アマゾン川で遭難した探検家の最後の旅をイメージした楽曲で、ボロボロのイカダで漂流し、脱水症状と毒果物に酔いながら過去を回想し、人生の最後の瞬間に死後の世界のビジョンを体験するといったストーリーです。

−−ピエロ・ウミリアーニをはじめとするイタリア初期のエレクトロニックミュージックシーンにおけるパイオニアや1980年代のホラー映画「カンニバル・ホロコースト」等、年代物の音楽や映画に惹かれるのはなぜですか?

シモーネ:1970年代から1980年代に登場したシンセサイザーがもたらした創造性は唯一無二です。その技術を誰よりも先に取り入れたピエロ・ウミリアーニのようなパイオニアは、ジャンルの概念を超えた実験的なクオリティーを放っています。当時の音楽は単なる芸術の一部ではなく、政治や哲学との対話の一部でした。レコードや映画は社会的議論を巻き起こす引き金となり、アートは不和を生じさせ、イデオロギーに染まるなどといった爆発物のような危険性を持っていたのです。

「Piero Umiliani」Risaie (1971)

実験音楽はニッチなサブジャンルとなり、『カンニバル・ホロコースト』や『ラストタンゴ・イン・パリ』のような映画は、世間から見過ごされてしまうか無視されたまま終わってしまうという危険性を感じました。ニール・ポストマンがハクスリーの『ブレイブ・ニュー・ワールド』についてこう語っています。「オーウェルが恐れていたのは、本を禁止する人たちだった。ハクスリーが恐れていたのは、本を禁止する理由がなくなることで、本を読みたがる人がいなくなることだ」と。

「CANNIBAL HOLOCAUST」(Official Movie Film Cinema Theatrical Teaser Trailer) 

−−そういった映画からインスピレーションを受け、自身の楽曲に取り入れていますが、エレクトロニックミュージックと映画を結びつけるといったスタイルは、どのように確立していったのですか?

シモーネ:子どもの頃、近所にあったレンタルショップ「ブロックバスター」に初めて行った時、そこに貼られていた映画のポスターに魅了されました。ポスターから呼び起こされるファンタジーな世界に夢中になり、頻繁に訪れてはアーカイヴ作品をむさぼるようになりました。私の原動力は、飽くなき知識欲であり、点と点を結びつけ、これまで未開拓だった地点の間に新たな繋がりを確立させようとしているのです。

−−前作「Mondo Nuovo」に続き、今作もmule musiqからのリリースとなりますね。

シモーネ:Toshiyaは初めて会った時から私の音楽をサポートしてくれていて、彼と一緒に仕事ができることは本当に光栄なことだと思っています。「ミュール・ミュージック」は新しい才能に投資する一方で、時代を超えたアーカイブ作品がたくさんあります。1980年代の日本のシンセポップやアンビエントのリイシューを手掛けていることは素晴らしいし、私はファンの1人です。

−−昨年11月にはアジアツアー、そして、今年の5月に再来日を予定されていますが、日本の音楽シーンについてどう思いますか?

シモーネ:欧米では、機能的で激しいアプローチのもとハードコアな生音がかなり流行っていますが、日本は、瞑想的で内省的なアプローチを好む傾向があると思っています。ヨーロッパは自分の身体で踊り、アジアは自分の中で踊っているような感覚があります。クラブに行くことが習慣化されているヨーロッパでは当たり前のようにエレクトロニックミュージックが浸透していますが、アジアはクラブシーン自体がニッチで、多くの若者はカラオケや他のエンターテインメントの方が主流になっています。そのため、今も変わらずクラブ黄金時代のキーパーソンたちが日本のクラブシーンを支えているのだと気付きましたし、それが悪いことだとは思いません。

−−ファッションにおいても独創的なセンスを感じます。好きなスタイルやこだわりはありますか?

シモーネ:ファッションは、私達が自分に抱くイメージと、他人に対して見せたいイメージの両方の役割を担っています。昨今のデザイナーはこの点をかなり意識しており、見た目のクオリティーと品質が一致しないことも多く、美しい箱の中には何も入っていないというような状態になっているのではないでしょうか。

個人的には、ラフ・シモンズや「バレンシアガ」のデムナ・ヴァザリアのように、カウンターカルチャーと強い絆で結ばれているデザイナーが好きで、その中でも私の世界観を伝えてくれるアイテムを選んで着ています。私はいずれDJを引退すると思いますが、ファッションブランドのサウンド・アイデンティティにおけるコンサルタントになることが理想です。多くのメジャーなファッションブランドはそのことについて軽視しているように見えますが、私は近いうちにファッション業界において必要となる日がくると思っています。結局、自分は、どんな分野においてもテイストメーカーになりたいのだと思います。

−−現在手掛けているプロジェクトや今後の予定を教えてください。

シモーネ:夏までに2つのEPをリリースする予定です。盟友パスカル・モシェーニとのコラボ曲「Fantastic Man」のリミックスを収録したEPをイタリアの「Polifonic Festival」のレーベルからリリースして、ミュンヘンの「Public Possession」からもリリースします。これらは「Mondo Nuovo」シリーズとは全く違うテイストになるので、これまでのリスナーを失望させ、別のリスナーをハッピーにする作品になると思っています。

私は長時間立ち止まっていることができません。パンデミックのあとに経験したダンスミュージックの陶酔的な、そして、分裂症的な復活以来、異なる音やテクスチャーに携わる必要性を感じていました。新作は「Mondo Nuovo」シリーズを達成するために自分に課した制約から解放され、より恍惚としていて、エネルギーを駆り立てられるダンスフロア向きなサウンドになっています。今の自分の方向性をよく表している作品と言えます。

東京を拠点に世界のシーンを見てきた「ミュール・ミュージック」主宰Toshiya Kawasakiが語る今の日本

−−ヨーロッパを中心に世界で活躍するアーティストのリリースを多数手掛けていますが、そういった中でシモーネは少し異色というか、サウンドや世界観がかなり独創的なアーティストだと思います。どういった点に魅力を感じたのでしょうか?

Toshiya Kawasaki(以下、Kawasaki):レフトフィールド感が強いながらも、クラブトラックとしてのパーティ感もあるところが絶妙だと思いました。このバランス感のアーティストはなかなかいないと思います。本人のキャラクターもとても良いですよね。とても将来性があるアーティストだと思います。

−−最新作『Addio Mondo Nuovo』の中で特におすすめのトラックはありますか? その理由も教えてください。

Kawasaki:個人的には「path to eternity」が好きです。なんともいえない不気味さが聴く度にはまっていきます。

−−長年にわたり、シーンの最前線に立ち、レーベルを運営しながら世界各地でプレイしてきた河崎さんですが、コロナ禍によりどのように方向性や考えが変わっていきましたか?

Kawasaki:音楽の方向性がコロナ禍で変わったということはほとんどないですが、この数年でレコードのプレスコストが異常に高騰しています。ハウスやテクノの12インチをリリースすることがとても困難になってきていますね……。その反面、ホームリスニング向けの作品やリイシューのLPは需要が高くなっているので、ダンストラックはよりデジタルリリースにシフトして、フィジカルでリリースするものは普遍性が高いものをリリースしたいと思っています。

−−ヨーロッパにおいても多数のクラブが閉店し、厳しい運営状況に追い込まれたりしましたが、現在は以前の盛り上がりを取り戻し、新しいヴェニューも増えています。日本では有数のクラブの閉店が相継ぎましたが、その反面、フェスやライヴハウス等の小箱、20代前半の若いアーティストに勢いを感じます。その辺についてはどのように思いますか?

Kawasaki:東京は小箱がとても良いですよね。お客さんが若く活気があります。その反面、キャパシティーが大きなクラブはきっと大変だと思います。現在、国際フライトがとても高く、DJのギャランティーもどんどん高くなっているので、興行が成り立ちにくくなっているという実情もあります。それゆえにフェスとしての形の方がお金を払うことに対しての特別感があるのだと思います。

−−「ミュール・ミュージック」の今後の予定、プロジェクトなどありましたら教えてください。

Kawasaki:これまで通り自分が良いと思った音楽をリリースし続けていければと思っていますが、より若く、新しいアーティストをフックアップしていきたいです。来年はレーベル設立から20周年を迎えます。5月13日に渋谷の「Mitsuki」でシモーネをゲストに「Mond Nuovo」と題したパーティを開催します。

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ルーツはアメリカのヒップホップ 「ONE RECORD STORE」オーナー岡勇樹が目指す音楽から派生する未来の形とは https://tokion.jp/2023/03/17/one-record-store-yuki-oka/ Fri, 17 Mar 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=175164 海外経験を持つ長野県・諏訪市の「ONE RECORD STORE」を運営する岡勇樹がレコードショップをプラットフォーム化する秘策。

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都心から地方へ移住する人が後を絶たない。一種のムーブメントのような動きがある中で、移住する理由もその人のバッググラウンドもさまざまだ。そんな移住者の中でも長野県諏訪市で「ONE RECORD STORE」を運営する岡勇樹は異色の存在といえるかもしれない。

幼少期にアメリカで育ち、ヒップホップカルチャーに目覚め、NYの伝説のパーティ「The Loft」でパーティの真髄を知る。3月21日には、渋谷のENTERにて音楽イベント「UNIVERSAL CHAOS」を開催予定。“レコードショップは音楽から派生するすべてのことに繋がるプラットフォーム”と語る彼が目指す未来とは?

岡勇樹
株式会社デジリハ代表取締役 / 特定非営利活動法人Ubdobe代表理事 / 合同会社ONE ON ONE代表社員。1981年東京生まれ。幼少期の8年間をサンフランシスコで過ごし、音楽漬けで帰国。母と祖父の病気や死がきっかけで高齢者介護・障がい児支援の仕事に従事。現在は人間科学と芸術がテーマのクラブイベントや謎解きイベント事業・居宅介護や重度訪問介護や移動支援などの福祉事業・デジタルアート型リハビリコンテンツ開発事業・福祉留学事業・レコード屋などを展開中。
https://linktr.ee/UQLINK
「ONE RECORD STORE」
Instagram: @one_record_store

諏訪移住組の「リビセン」オーナー等との出会いから地域活性化に関する活動を模索

−−長野県・諏訪市へ移住を決めたきっかけを教えて下さい。

岡勇樹(以下、岡):子どもが生まれるタイミングで、東京以外の地域を探す中で諏訪市にたどり着きました。

−−実際に住み始めてどうですか?どんなところに魅力を感じていますか?

岡:仕事の関係上、週の半分ぐらいしか諏訪にはいないんですが、以前の拠点だった東京にはもう家はないので生活拠点はここになります。とにかく、落ち着くし、今まで住んだ中で一番気に入ってます。世界で一番良いと思ってるぐらい。近くに諏訪湖があって周辺をドライブしている時にめちゃくちゃキレイな瞬間とかが目に入ってくるんですよ。そういった自然の美しさに感動できるし、でもちゃんと街もあって、若くておもしろい人達もいっぱいいる。そういうバランスが良いですよね。他にあんまりないと思います。

−−以前からレコードショップをやりたいと考えていたそうですが、それはなぜですか?

岡:自分の人生は音楽が中心だからですね。それは今までもこれからも変わらないです。僕は福祉のNPOとかデジタルアートを使ったリハビリを提供する会社等を運営していて、それらは法人としてやっているから自分の世界に没頭できる空間が欲しかったんですよね。趣味と言ってしまえばそうなりますが。

−−東京ではなく、諏訪にオープンさせた理由は?

岡:レコードショップをやりたいという希望はずっとありましたが、東京でやろうとは思ってなかったですね。僕はこう見えて実は警戒心強めなんですよ(笑)。だから、誰かと一緒に運営するのは難しいとも思っていました。諏訪に移住してきたばかりの頃も誰も知らないし、友達もいませんでした。でも、諏訪に同じく移住してきて、古材や古道具を扱うリビセンの東野夫妻とか真澄の蔵元の宮坂くんとかに知り合って、30、40代が中心になって地域を活性化させるおもしろい活動をやっていることを知りました。そこで、自分もレコードショップをやりたいと物件を探し出して、リビセンから何軒も物件を紹介してもらっていたんですが、どこもピンと来なかったんです。でも、この場所は最初に花屋の「Olde」の入居が決まっていたんですが、花屋の奥でレコードショップをやるのはどう? と提案してもらい、「Olde」のオーナーのみさとさんとも会って、ここだ! と直感で思いました。4年越しで運命と思える場所に出会えました。

レコードを売るだけではなく、人との出会いの場としての役割

−−近隣にクラブがあるわけでもない、都会とは違う環境でレコードショップを運営するのは正直難しいのでは? と思いましたが、実際始めてみてどうですか?

岡:諏訪だけでなく、隣町の岡谷や富士見にもレコードショップができたし、クラブはなくても各地域にいるDJが噂を聞き付けて買いに来てくれます。あと、オンラインショップもやっています。「りんご音楽祭」を開催している松本にはすでに独自の音楽カルチャーが根付いていますが、松本も遠くないし、伊那とか近隣地域も一緒に長野の音楽カルチャーを盛り上げていけたらいいなと思ってますね。

ショップカードに記載してますが、僕はミュージシャンでも評論家でもコレクターでもないんですよ。音楽を聴いた時に、“あ、これいいな”“これカッコいいな”というシンプルな感覚を大事にしています。

−−人間から自然発生する感覚であり、本来持っている本能であり、音楽を純粋に楽しむことができますよね。

岡:そうですね。ただ、まだ自分の理想の形にはなっていないので、これからというのは実感していますね。レコードのセレクトはすべて自分でやっていますが、自分が好きなど真ん中のジャンルとかはこれから本格的に仕入れていきます。オープンして1年間は幅広く展開して、様子を見ながら流れを作ろうと思っていろんなところから仕入れてきました。最近は、自分の好きなレーベルである「WARP」や「Ninja Tune」「KOMPAKT」等とやり取りをしていて、もう少しで取引が開始できそうです。

レコードショップをやる意味は、まず店舗で人と出会えるじゃないですか? それが大事だと思っています。でもそれには、デジタルやリモートではなく、実在するフィジカルなものでないといけない。店で知り合ったDJに東京のイベントに出演してもらったりとか、その逆の可能性を作れますよね。だから、僕はレコードを売るためだけの店舗ではなく、人との出会いの場であり、そこから派生する場所でありたいと思っています。

−−コロナ禍でより一層デジタル化が進みましたが、アナログレコードが売れているようにフィジカルな物への価値観とかリアルな人との繋がりが大事だということを改めて実感しますよね。

岡:レコードを売るだけでなく、アーティストを呼んでイベントを開催したいと思っています。実は、レコードショップの次はクラブをやりたいんです。諏訪には圧倒的に音楽カルチャーが足りません。ライヴハウスはありますが、ロックやポップスだから僕はそこを通ってきてない。だから、「ONE RECORD STORE」を作ったという理由もありますね。

−−海外へよく行かれていますが、これまで行った場所でどこが一番おもしろかったですか? また、その理由も教えて下さい。

岡:いっぱいあります! メジャーなところからいうと、LA、サンフランシスコ、バークレーにある「Amoeba music(https://www.amoeba.com/)」ですね。とにかく規模が大きくて、見渡す限りレコードなんですよ。18歳くらいで初めてLA店に行った時に衝撃を受けて、かなりの枚数を購入したら帰りに税関で止められました(笑)。ハリウッドにあるブラックミュージック専門のレコ屋にも行きましたが、そこでは日本人の女性スタッフが働いていて、ヒップホップが好きだという話をしてたら、「今日彼氏が回すパーティあるけど来る?」と誘ってくれたんです。その彼氏ともヒップホップ好きということで意気投合したら、パーティにローディーとして入れてくれることになって、その人の後を付いて行きました。でも、実は、開催場所が毎週殺人事件が起きてるような治安の悪いところで、日本人の自分はかなり目立つんですよ。DJと一緒だったから怖い目に遭うことはなかったし、そこで真のアンダーグラウンドカルチャーを知って衝撃を受けました。そこからレコードを買い漁るようになりました。

−−18歳でその経験はなかなかできないですよね。その当時、夢中になっていたのはヒップホップですか?

岡:そうですね。3歳から11歳までアメリカに住んでいたので、ヒップホップカルチャーが自然と身近にあるという環境でしたね。でも、帰国後はハードコアにもハマっていたからクラブとライヴハウスの両方に出入りしてて、B-BOYの格好なのに頭はモヒカンとか、そんな感じでした(笑)。

−−他にはどこか印象に残っているところはありますか?

岡:やっぱりベルリンは印象深いですよね。ベルリンには一度しか行けてないですが、ちょうどレコ屋をやろうかなと思っていた時だったので参考にさせてもらおうと思って行きました。まず、「Spacehall」は、あの森みたいな内装も好きだし、ディグに集中できるじゃないですか。あとは、僕が敬愛するエイフィックス・ツインのロゴがそこら中にある「Hardwax」に行きました。

今はもう閉店しちゃってますが、NYの「other music」にも影響を受けてます。王道テクノではないニッチなラインアップを扱っているのが良かったですね。大学時代に一番好きだったのは、こちらももう閉店していますが、渋谷の宇多川町にあったNujabesの「Tribe」ですね。スタッフに好みを言うとこれですって出してくれて、それがアルバム・リーフでした。メンバーがもともとハードコアをやってて、エレクトロニカに移行したバンドだから、マインドセットが僕の人生の変異とマッチすると思うと言われて、見事にハマってそこから通い出しました。雰囲気は世界のどこのレコ屋より一番好きでしたね。1人掛けソファーに座って試聴できるのが最高でした。1回だけNujabes本人を店内で見たことがあったんですが、それも思い出ですね。「Tribe」の近くにあった「WARSZAWA」にも通って、好きなレーベルのレコードを買い漁ってました。

−−渋谷のレコードショップ黄金期は独特な雰囲気があってカルチャーが根付いていて良かったですよね。フェスやパーティーに関してはどうですか?

岡:もちろんありますよ! 20代の頃、兄がNYに住んでいたのでちょくちょく遊びに行ってたんですが、現地で仲良くなった友達から来月「The Loft*」があるよ、と教えてもらったんです。「The Loft」は完全招待制で、その友人が招待されていたから一緒に入れてもらったんですが、パーティとしてはもうそれが一番の体験ですね。公民館みたいな場所にサウンドシステムやデコを持ち込んで開催するんですが、とにかく音響が素晴らしい。あと、曲を繋げずに1曲全部流すDJスタイルが決まりなんですが、これは創始者のデヴィッド・マンキューソのスタイルを受け継いでいるんですよね。言葉で説明するのが難しいですが、脳内でも身体的にもこれまでにない経験をさせてもらいました。全然知らない人たちの中にいるから完全アウェーなのに安心感とハッピーに包まれてるような感覚でしたね。

違った路線だとやはりベルリンの「Berghain」ですよね。ゲストとかないから普通に並んで正面から挑みました。あのベース音とお立ち台に上がって踊ってる人の感じやトイレのカオス感、バッキバキのテクノから上の「Panoramabar」に行った時の天国な感じとか全部ヤバイと思いました。

音楽療法の実践を目的にNPOを立ち上げる

−−パーティ好きからしたらかなり貴重でうらやましい経験ばかりしていますね。そんな人生そのものが音楽のような生活から、福祉の事業を始めたきっかけはなんですか?

岡:大学時代、僕は学校にも行かずイベントばかりやってるパーティ野郎だったんです。でも、そんなことをしている時期に母親が病気になってしまい、そのまま亡くなってしまいました。相当落ち込みましたし、そこから自分の人生を考え直して、きちんと就職をして真面目に働き始めました。そしたら、今度は祖父が認知症になってしまったんです。そこで、音楽療法というものがあることを知ったんです。自分が人生を費やしてきた大好きな音楽を祖父に聴かせることで、記憶を蘇らせることができるかもしれない! そう思いました。当時の会社を辞めて音楽療法を学ぶために専門学校に通い始めました。音楽療法を学ぶ過程で障害者施設や介護施設に演奏をしに行く機会があったんですが、パンクを聴かせたりしてましたね(笑)。そこから今運営している会社の1つである福祉のNPOを立ち上げるまでに至った感じです。

−−3月21日に渋谷のENTERで開催されるイベント「UNIVERSAL CHAOS」は福祉事業の一環ですか?

岡:始まりは2010年まで遡るんですが、最初は「SOCiAL FUNK!」という名前で1年か2年に1度、渋谷の「Asia」で開催していました、そこから「VISION」に場所を移して、2019年11月に開催したイベントではゲストにBUDDHA BRANDとかを呼んで一番大きな規模のイベントになりましたね。その後は残念ながらコロナで開催できなくなってしまいましたが、復活させるために今年「UNIVERSAL CHAOS」という小規模のパーティから開催します。もともと同名のイベントを開催していたんですが、日本語で“普遍的な混沌”というテーマを掲げています。福祉の世界って差別的な目線とごちゃ混ぜでみんな仲良し! みたいな発信があるんです。僕はそれが不自然だと思っていて。なぜなら、音楽にはジャンルがあって、そこに歴史があるから安易にごちゃ混ぜにすべきではないですよね。融合はしないけどそこに存在している、それで良いと思うんです。それは人間にも言えることであって、例えば、目が見えない、耳が聞こえないというのは、人間におけるジャンルだと思っています。それをグチャっと障害者として一括りにしてしまうのではなく、それぞれの特性を生かして、最高のリスペクトを交換できるような状況を作りたいんです。だから、健常者も障害者もただ1つの同じ空間に存在するという音楽イベントを開催しようと思いました。

−−ベルリンのクラブやフェスでも車椅子の人が遊びに来ているのをよく見かけますが、きちんとオシャレしてとても楽しそうに踊っています。日本のクラブではそういった光景を見かけたことがないし、ハードルが高いと感じて遠ざけてしまっているのかな? と思いました。

岡:アメリカも同じですね。というか、そもそも障害者として扱わずに普通に接します。障害があるからといって特別扱いしないことが大事だと思っているし、良い意味で雑なんですよ。日本にはそれがない。特別扱いしないといけないというステレオタイプな考えがありますよね。

「UNIVERSAL CHAOS」の企画メンバーには耳が聴こえないスタッフや目が見えないスタッフがいますが、一緒に企画を作っています。見えないスタッフには出演者の音源を聴いてもらって、その人なりに言語化する、そこからAIで画像化した作品を展示する予定です。耳の聴こえない人には、スピーカーの振動で音を感じてもらって、メロディーは光で表現したり、映像で感じてもらうコンテンツを用意します。コンテンツがすべて実験的ではありますが、そういった活動から障害者に対する概念を覆したいと思っています。

(※1970年2月、デヴィッド・マンキューソがNYの自宅のロフトでバレンタインパーティを開催したのが始まり。そこから毎週開催されるようになり、いつしか「Loft」と呼ばれるようになった。後に映画化されるまでとなった伝説のパーティ)

■UNIVERSAL CHAOS -Reunite- 
日程:3月21日
会場:ENTER
住所:東京都渋谷区神宮前6-19-17 GEMS神宮前6F
時間:18:00〜23:00

Photography Shiho Furumaya

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歴史的文化と建築が交差する未知なるジョージアの魅力に迫る旅 Vol.2 https://tokion.jp/2022/11/21/interview-architectural-designer-nao-tokuda-vol2/ Mon, 21 Nov 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=156697 トビリシで起業した1人の日本人建築デザイナーのNao Tokudaがヨーロッパ最後の秘境と呼ばれる国で目指しているもの。

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荒々しい、粗野、そんな意味を持つ“Brutal”から名付けられた「ブルータリズム」は、華美を一切削ぎ落としたコンクリートそのものを前面に打ち出したミニマルな建築様式だ。かつて、ロシアがマルクス・レーニン主義を掲げたソビエト社会主義共和国連邦の時代にこの建築様式が盛んに用いられるようになった。一方面から見上げてもその全貌を見渡すことができない巨大なコンクリートビルディングは、2020年代に突入した現代においてもヨーロッパの至るところに残されており、全く別の用途で再利用されているビル、放置されたまま廃虚になりつつあるビル等さまざまだ。

そんなブルータリズムを代表する建築が東ヨーロッパと西アジアをまたぐジョージアにはいくつも存在する。それだけに限らず、同じくソビエト時代を象徴する安価な集合住宅「ホシチョフカ」が街の至るところに残されている。コンクリート剥き出しの無骨な建物は、ノスタルジックな遺産として、かのモダニズム建築の巨匠ル・コルビュジエをはじめとする世界的建築家や写真家を魅了している。その一方で、そこで暮らす当事者達にとっては忘れ去りたい負の遺産と言われ、街の都市開発とともに取り壊しを希望する人々もいる。

ブルータリズム、ホシチョフカに着目し、トビリシで起業した建築デザイナーのNao Tokudaを案内人に迎え、ジョージアに残るブルータリズムや今見るべきスポットを紹介する。ヨーロッパ最後の秘境ジョージアを巡る旅、第2章をお届けする。

Nao Tokuda
1983年、兵庫県生まれ。大阪芸術大学デザイン学科、スペースデザインコース卒業後に上京。東京都内の設計施工会社、デザイン事務所にて商業空間の内装設計業務に約10年間従事後、単身デンマーク王国へ渡欧。現地首都コペンハーゲンの設計事務所にてブティック、カフェ、ホテル等々、大小問わずさまざまな空間の内装デザインを5年間にわたり担当する。2020年、活動の拠点をジョージア国 (旧グルジア) の首都ティビリシへ移し、Design Studio NAO. LLCを現地にて設立。築100年以上の廃虚ビルをリノベーションした茶室プロジェクトは、イギリスの「Dezeen Awards2022」、ジョージアの国際建築アワードにノミネートされる。旧ソ連の住宅を代表する「ホシチョフカ」を改装してユニバーサルな機能を持たせるプロジェクトや宮城復興支援プロジェクトなど、現在も日本と欧州を股に掛け、ボーダレスに活動中。
「Design Studio NAO. LLC」
Instagram:@designstudionao

世にも不思議なジェンガビルディング「Bank of Georgia headquarters」

首都トビリシの中心地から郊外に向かって、クラ川沿いを車で走っていくと見えてくるのが、巨大ジェンガのような外形の「Bank Of Georgia Headquaters (ジョージア銀行・本店)」だ。

下から見上げても圧巻の存在感を放つ同ビルは、1975年にジョージア人建築家ジョージ・チャカバとズラブ・ジャラガニアによって建てられた。元は高級ホテルとして設計が進められた後、高速道路建設省が所持していたが、ソ連崩壊後しばらく放置されたあと、2007年にジョージア銀行によって買い取られ、大規模な改修工事を経て、現在は本社ビルとして利用されている。

トビリシのユニークなブルータリズムとして「Bank Of Georgia Headquater」の名を真っ先に挙げたNaoにその魅力と特徴を聞いた。

「ソビエト連邦だった70年代のジョージアは芸術と文化の首都とも言えるほど、建築もアートも盛んでした。当時のジョージア建築家が競うように、これでもか! という“トンデモ建築”を数多く創出していたのもその時代の特徴の1つです。一見すると非常にクリエイティブで自由奔放にデザインされた建築物が多々混在しているように見えますが、これは当時のソビエトという時代背景やさまざまな制約、また限られた表現の自由の中で、建築家達がギリギリのラインで創造上の自由を攻めあぐねた賜物です。また、今のジョージアよりも相当額の予算をつぎ込んだ重厚感ある建築が多数建設されていたのも特徴です。『Bank Of Georgia Headquater』はその象徴とも言える建物で、ジェンガを交互に重ねたようなブルータリズムの中でも非常に珍しいデザインです。でも、実は平面にすると意外とシンプルな構図となっているというカラクリもおもしろいですね。最近だと、ハリウッドブロックバスター映画『ワイルドスピード9』のクライマックスでトビリシとこの建築がフィーチャーされたのも記憶に新しいです。僕の周りのジョージア人達も多数この映画のスタッフとして関わっていました。ハリウッドが東欧や旧社会主義国家にロケ地を選定するムーブメントの好例ではないでしょうか」。

「Bank Of Georgia Headquater」のすぐ隣にも同じくトビリシのブルータリズムを象徴する建築「Transcaucasia Power Control Centre」がある。ここは、ソビエト連邦時代に電力会社として利用されており、ソ連崩壊後には一時期、結婚式場として利用されていたが現在はほぼ空きビル状態の雑居オフィスビルとなっている。

日本の伝統文化にジョージア文化を融合させた唯一無二の盆栽ショップ

ビニールハウスと呼ぶのは失礼になるほど芸術的な美しさを誇るここは、トビリシで唯一の盆栽ショップ「Bonsai.ge」だ。1歩中に入った瞬間から目を見張るビビッドなグリーンと程よく朽ちた褐色の世界が目の前に飛び込んでくる。盆栽ショップではなく、盆栽ミュージアムと呼ぶにふさわしく、どこを切り取ってもフォトジェニックな空間が見事。

創設者のアレクサンダー・メシュキと息子のニコラス・メシュキの二人三脚によって運営されている同店は、ソビエト時代に父アレクサンダーが手にした1冊の盆栽の本を頼りに、何度もトライアンドエラーを繰り返し、30年以上という長い年数と丹精を込めて作り上げたまさに努力の結晶と言える。アレクサンダーは13歳ぐらいの時に、テレビで初めて盆栽を見たことから興味を持ったという。

広大な敷地に自然があふれるガーデンなど、近隣を含めた美しくて贅沢なロケーションにも見惚れてしまうが、一番の魅力はここでしか見られない店主独自のセンスとアイデアが詰まった唯一無二の盆栽である。寡黙な父親に代わり、息子ニコラスが盆栽について熱い思いを語ってくれた。

「盆栽は日本の伝統的文化であり、ジョージアの文化とは全然違います。しかし、ジョージアで盆栽の魅力を多くの人に伝えて、広めていくにはジョージアならではのアイデアを取り入れるべきだと思いました。そこで、思い付いたのがぶどうの木です。ご存知の通り、ジョージアはナチュールワインの名産地です。ワインの原材料となるぶどうの木を盆栽として育てたいと考えました。

ぶどうの木に限ったことではありませんが、さまざまな木を盆栽として美しい状態に育てるのはとても大変です。数年でできあがるものではなく、何よりコストが掛かります。例えば、日本の盆栽には通常陶器でできた鉢が使用されていますが、ジョージアではとても高級品で仕入れることも困難です。盆栽そのものだけでも高級品なのに、そこに鉢まで含まれたらとてもジョージア人には手が出せない逸品になってしまうのです。そこで、私達は身近にある木を盆栽として育てながら、鉢の代わりに石で代用する等、独自のアイデアとエッセンスを加えています」。

盆栽と聞いて真っ先に思い付くのは、日本の伝統文化である焼き物の鉢に入った松の木だろうか? 確かにそこには和の風情と美を感じるが、同店に陳列された約40鉢の盆栽達は、そのどれも同じものはなく、1点もののアート作品そのものなのだ。ぶどうの木以外に、紅葉、リンゴの木、桜など季節に合わせた樹木が盆栽として育てられている。「Bonsai.ge」では、定期的にワークショップも行っており、盆栽の基礎や芸術的な育て方を伝授しているとのこと。

実はここも他ならぬブルータリズムと関連しているとNaoが説明してくれた。

「“Expo Georgia”というソビエト時代の1960年代から1970年代初頭に建てられた11棟で構成されるブルータリズムパビリオン建築群が、エキシビション会場内に設置されています。当時は国営の施設でしたが1990年に民営化され、今では『TAF(Tbilisi Art Fair)』や『WINE EXPO』等が開催されるイベント会場として利用されています。日本の伝統文化である盆栽とブルータリズムとの絶妙なコントラストも素晴らしいですね」。

築100年以上の歴史的建築をリノベーションしたアパートメントでの暮らし

トビリシの街を歩いていると本当にさまざまな建築様式の住居を発見することができ、建築好きを飽きさせないのもこの街の魅力の1つだ。先に述べたソビエト連邦時代を象徴するコピー&ペースト建築「ホシチョフカ」やブルータリズム建築がひしめく中に、ジョージア王国時代やロシア帝国時代の華やかな建築が混在する街並みは不思議と風情を感じさせる。

Naoの住むアパートメントは、ブラックを基調としたシックなインテリアにレッドの窓扉が目を引くモダンなデザインでありながら、壁にはジョージア建築を代表する剥き出しのレンガが施されている。元は、19世期に建てられた築150年の歴史的建造物というから驚きだが、建設当時は、図書館とカジノを併設した「LONDON HOTEL」という高級ホテルとして、チャイコフスキーやクヌート ハムスンといった偉人達のお気に入りの宿だったとのこと。

トビリシの中心地に位置するアパートメントの並びには、現ジョージア大統領のサロメ・ズラビシュヴィリの官邸があり、近隣には世界的ホテルチェーンのマリオット・インターナショナルが手掛けるヒップなホテル「Moxy」やモダンなレストランやカフェが立ち並ぶ人気観光エリアでもある。

トビリシを訪れて驚いたことの1つにホテルのクオリティーの高さがある。最も有名なのは、デザイン雑誌を総なめしている「Stamba Hotel」やホットスポット「Fabrika」だが、それ以外にもモダンでデザイン感度の高いホテルが次々と誕生している。ちなみに「Stamba Hotel」はソビエト時代の新聞などの印刷工場跡地をリノベーションしているが、そんなデカダンスな印象は微塵も感じさせないほど完璧なまでに洗練されている。

2回だけではとてもジョージアの魅力を語り切れないが、例外なく、物価高騰による異常なインフレーションが起きているとのこと。ウクライナ侵攻により、避難してきたウクライナ人と戦争に反対するロシア人とがひしめきあい、ロシア語が飛び交うトビリシの街の様子は、予測不可能な未来の姿なのだろうか。

Photography Kazuma Takigawa

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光のインスタレーション「DARK MATTER」 KyokaやYone-koがベルリンのパーティーを彩る https://tokion.jp/2022/10/29/dark-matter/ Sat, 29 Oct 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=153299 2021年にベルリンのリヒテンベルク地区にオープンした「DARK MATTER」の最新リポート。

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2021年、ベルリンのリヒテンベルク地区に「DARK MATTER」がオープンした。“パラレルコスモス”とも呼ばれるここは、現実世界とデジタル世界との境界が歪む大規模な光のインスタレーションで、1,000㎡もの展示スペースを誇る。仕掛け人は、インタラクションデザイナー兼メディアアーティストのクリストファー・ボーダーと彼のデザインスタジオ「WHITE void」。これまで、クラフトワークでの「DEEP WEB」「SKALAR」、2014年には、ベルリンの壁崩壊25周年を記念したプロジェクトとして、8,000個の発光する風船がボンホルマー通りを灯す「LICHTGRENZE」など、数多くのインスタレーションを手掛けてきた。

Kyoka
ドイツの実験音楽レーベル《Raster-Noton》に所属した最初のソロ女性アーティスト。主宰のアルヴァ・ノト(カールステン・ニコライをはじめ、Byetone、Frank Bretschneider、坂本龍一、William Basinski、池田亮二などといったトップアーティストが名を連ねる。エレクトロニックプロデューサー、DJ、インスタレーションアーティスト、フィールドレコーダーと幅広いフィールドで活動する。他にも、iPhoneのグローバル広告に採用された「ホバリング」はシンコペーションされた電子機器とリズムを壊すドラムマシンを駆使して制作された代表曲となっている。これまでに、マンチェスターにおけるAphex Twin Curates, The Warehouse Projct、Mutek(モントリオール、日本、韓国、スペイン)、ポンピドゥーセンター(パリ)、CTM(ベルリン)、ソナー(東京)、ボルトフェスティバル(スウェーデン)、プリスケンフェスティバル(ギリシャ)等、世界各地のフェスティバルに出演している。
https://www.instagram.com/kyoka.sound/

Yone-ko
日本のテクノ・ハウスシーンのエッセンスを貪欲に吸収し、高度な技術と新旧を織り交ぜた選曲で独自の音楽性を表現するDJ。1999年頃から静岡でDJ活動を開始。2002年に東京へ移住して以降、日本各地のアンダーグラウンドパーティーでプレイを重ね、主流から外れてもなお普遍的であり得るハウスやテクノのグルーヴを追求してきた。2011年より拠点をベルリンへと移し、ヨーロッパを中心に世界各地でプレイしている。並行して、キエフのクラブCloserの創設者兼レジデントDJであるTimur Bashaと共に、自身のパーティー “Wordless “を運営。日本在住時のいくつかのリリースを経て、ベルリン移住後は制作プロセスを刷新した。Workshop、Dial records、Delsin、Aex、そして彼の拠点の一つであるCloserが運営するレーベルClommunityなどのレーベルから自身の作品をリリースしている。https://www.instagram.com/y.o.n.e.k.o/
https://on.soundcloud.com/8aCMG

ブラックで統一されたミニマルな建物の中に入ると、真っ暗な空間から突如光と音が動き出す。部屋を移るごとに3Dサウンドがついてくる不思議な感覚が心地良く、7つの異なる光のインスタレーションは美しさと奇妙さが混じり合い、バランス感覚が狂ったり、じっと見ていたくなる没入感に浸れたり、現実逃避を楽しんだりできる完成度の高いインタラクティブアートだ。

オープンエアー「SUMMERLIGHTS」のクロージングパーティに潜入

インスタレーションのハイライトには、高さ16mの光の彫刻「STALACTITE」がオープンエリアに鎮座し、圧巻の存在感を放つ。幻想的な光の下で開催されているのが「SUMMERLIGHTS」と題した夏季限定のガーデンパーティだ。マッシミリアーノ・パリアーラ、ニック・ホップナー、ロバッグ・ルーメなどをはじめとするトップアーティストたちが多数出演し、ベルリンの新たなスポットとして注目を集めている。

9月4日にはクロージングパーティが開催され、KyokaとYone-koがゲストアーティストに招聘され、ラストパーティを飾った。ベルリンと東京を拠点に活動するKyokaはドイツを代表する実験音楽レーベル《Raster-Noton》に初めて所属した女性アーティストであり、ライヴアクトとしての活動だけでなく、インスタレーション、楽曲提供など幅広いフィールドで活躍している世界的アーティストだ。ベルリンを拠点にDJとして世界中でプレイしているYone-koは、キエフの有数クラブ「Closer」の創設者兼DJ、Timur Bashaとともにオーガナイズする “Wordless”はカルト的人気を誇り、近年はWorkshopや《Dial records》などヨーロッパのレーベルを中心にプロデューサーとしても活動の幅を広げている。

8時よりやや押して開場したものの、あっという間に人で埋まっていった。幻想的に色が変わる「STALACTITE」の下で寝そべってチルアウトする人、団らんする人、踊る人、それぞれの楽しみ方ができ、通常のクラブとはまた違ったユニークなスタイルは珍しい。

再びYone-koへとバトンが渡され、アブストラクトで予測不可能な完全にダンスフロアと化し、あっという間に終わりを迎えた。今回のパーティについて出演者のKyokaは 「今回は、通常のクラブのロケーションとは違い、夏だけオープンしているガーデンのクロージングパーティだったため、一緒に仕事をしたけれど普段クラブに来ないような大学教授、研究者、科学者の方々、シアターやコンテンポラリーダンスやアート関連の方々、音楽業界、ヒップホップ好きな方、歌もの好きな方、テクノロジー技術系、エンジニア、プロフェッショナルなクラブオーディエンス、昼型、夜型、純粋な飲んべーなど、非常にさまざまなタイプの人が一堂に会してくれて大同窓会みたいになっていたのが印象的でした。皆さんの交流を見ているのもとてもおもしろかったです。「DARK MATTER」は、パーティだけでなく、光のインスタレーションも一緒に楽しめる文化的な場でもあるので、BGM的にもなり得るサウンドを考えていましたが、いざ音を出し始めたらみんな踊る気満々でステージに集まってくれたので、そのままみんなの笑顔が高まる方向に突き進みました。結果的に、まったりどころか熱気溢れるパーティーとなったのが最高に楽しかったです! 私の前後をキレイにグルービーにまとめてくれたYone-koさんにリスペクト! クロージングという大事なタイミングに信頼してブッキングしてくれたオーガナイザーにもとても感謝しています」とコメント。

Yone-koは「クロージング、そしてオールナイトではないパーティということもあり、短時間でいかに特別な空気を作れるかを念頭に置いて準備しました。その甲斐もあってか楽しんでくれたオーディエンスが多く、とても嬉しかったです。今回はKyokaさんと共演させてもらいましたが、ライブが始まった瞬間、その場にいる多くのオーディエンスを惹きつけて、さらにそのままピークタイムに持っていくテクニックに大きな刺激を受けました」と語る。

知っている人も多いと思うが、ベルリンのローカルクラブはガーデンと呼ばれる野外エリアであってもパーティ中に写真を撮影することは絶対に禁止されている。そのため、ベルリンのローカルパーティの模様を日本人アーティストの活躍とともに伝えられることを非常に嬉しく思う。

ベルリンのハプニングスポットはこれまで以上にOSTで広がりを見せている。OSTとはドイツ語で東を意味するが、既存のローカルクラブが点在するエリアではなく、もっとディープでおもしろいカルチャーが生まれている。長年放置されていた退廃的な”元〇〇跡地”はヒップなイベントスペースとして再利用され、著名アーティストやクリエイターのスタジオが点在している。パンデミックにより、一時はゴーストタウンと化したことが嘘のようにエネルギッシュなパワーがみなぎっている。その姿は2000年初頭のブルックリンのようで、当時治安が悪いとされていたウィリアムズバーグに1人で訪れた際、マンハッタンのダウンタウンより心躍ったことを思い出させた。

Photography  Musashi Shimamura

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建築デザイナーのマレーネ・ビットが語る偉大なる祖父ピーター・ビットから受け継いだ和のスピリットと北欧モダン https://tokion.jp/2022/10/18/interview-architectural-designer-malene-hvidt/ Tue, 18 Oct 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=145663 建築一家のサラブレッド、マレーネ・ビットに、偉大なる祖父の存在、パートナーと住む日本の美学と北欧デザインを融合させた一軒家について等を聞く。

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無垢材の美しい家具には思わず触れてみたくなる。木材はチークなのか、マホガニーなのか、ビーチなのか、筆者のような素人にはわからない。それでも、触った瞬間に手に残る感触、木の安らぐ香り、高級感だけでなく、温もりを感じさせる不思議なオーラを放つ。長年使い込まれたアンティークには、持ち主の人生の一部が垣間見れ、深みの増した風合いがたまらない。ヨーロッパの暮らしにアンティーク家具は欠かせない存在。天井装飾が残されたままの築100年以上のアルトバウで、ミッドセンチュリーの美しい家具に囲まれて暮らしてみたいものだ。

マレーネ・ビットと出会ったのは、ベルリンのとあるパーティーだった。エレガントな佇まいの彼女は、デンマーク・コペンハーゲン拠点のデザインスタジオ「Spacon & X」の建築デザイナーとして活躍している。そう、彼女の名前を聞いてお気付きの人もいるかもしれない。北欧ミッドセンチュリーの草分け的存在である建築家のピーター・ビットを祖父に持ち、父親も建築家、姉のバーバラ・ビットとはデザインデュオ「Les Mains Des Soeurs」を始動。

そんな建築一家のサラブレッド、マレーネ・ビットにスポットを当て、偉大なる祖父の存在、「Studio 0405」を運営する建築デザイナーでパートナーのニコライ・ロレンツ・メンツェルと住む日本の美学と北欧デザインを融合させた一軒家についてなど、さまざまな視点から建築について語ってもらった。

祖父から受ける多大な影響によって、ファッションから建築の世界へ

−−建築デザイナーになろうと思ったきっかけを教えてください。祖父であり、偉大なる建築家でもある故ピーター・ビット氏からの影響はありましたか?

マレーネ・ビット(以下、マレーネ):私のキャリアは建築ではなく、ファッション業界からスタートしました。コペンハーゲン拠点の「スティーヌ・ゴヤ」で、ファッションデザイナーとして6年間働いてきましたが、時が経つにつれ、家族が築いてきた建築とデザインの功績がどれほど自分に影響を与えているかわかってきたんです。祖父のピーター・ビットはオルラ・ムルガードと一緒に1940年代に建築スタジオ「ビット&ムルガード」を立ち上げ、時代を超えた家具デザインとして知られるようになりました。父親も同じく建築家です。祖父は私が生まれた年に他界してしまいましたが、彼が残した功績は常に私の人生に遍在していました。

「スティーヌ・ゴヤ」を去ったあと、インドの「スタジオ・ムンバイ・アーキテクツ」に参加し、オーフス建築学校とデンマーク王立芸術アカデミー(KADK)の両方で建築を教えました。そして、2015年に現在のデザインスタジオ「Spacon & X」にパートナーとして加わりました。 

私が建築の分野に進むきっかけとなったのが祖父であるという点で、すでに大きな影響を受けていることは確かです。幼少期に祖父母の家で過ごすことが多く、祖父がデザインした家具に憧れていたことをよく覚えています。祖父は長い年月をかけて、自らの手で家具や庭を作り上げていきました。中庭に入ると、祖父が季節ごとに丹念に育ててきた盆栽が目に入ります。祖父の手入れ姿を見ることはできませんでしたが、丁寧に育てられた結果を知ることができます。

−−マレーネさん自身も盆栽を育てていますよね? 盆栽の魅力はなんですか?

マレーネ:今の家に引っ越してすぐに、パートナーのニコライと苗床に行き、スカンジナビア産の盆栽の木を買ってきました。盆栽は祖父の思い出であり、盆栽に対する愛情を感じさせてくれる思慮深いインテリアにです。それに、建築や家具デザインにおいてもインスピレーションを与えてくれる重要な存在でもあります。盆栽は人を通して感情が伝わるといわれていますが、私が育てている盆栽は、私達自身と家族との思い出や絆を表しているとともに、未来へのシンボルであると信じています。

−−パートナーのニコライさんと住む自宅はデンマークのモダニズムと日本の美学を参考に設計されたとのことですが、具体的に教えてください。

マレーネ:まず、私達2人のポテンシャルを最大限に発揮することができる家作りがしたいと考え、物件探しをしました。そこで発見したのが、1980年代に建てられた茶色のレンガ造りの家です。お世辞にも美しいとは言えないし、小さな家ですが、都会の真ん中の静かな脇道にあるオアシスのようなこの家を見た瞬間大きな可能性を感じたのです。そこから、さまざまな知識やアイデアを駆使し、控えめだけど落ち着ける空間であり、私たちのアイデンティティを強く感じさせる家作りを目指しました。子供ができて3人家族になった時にも快適に暮らせる空間になっています。

祖父のデザインも含めたデンマークのモダニズムをベースに、素材やプロポーションを入念に研究し、古典的な家具職人の原理を取り入れました。そこには、日本の伝統的な美学も入っています。木、石、金属といった自然界にある原料で作られた素材をメインに使っていますが、生々しくて手触りの良い点が特徴です。他にも、ファサードをすべて開け、床材、ドア、暖炉、バスルームなどを作り直しました。そうすることで、デンマークのモダニズムと日本の伝統的な美学を融合させ、調和の取れた設計を生み出すことができたのです。1980年代のデンマークでは、盆栽や日本の美意識を取り入れたデザインが非常に人気でしたが、その時代のアイデアを取り入れています。

−−自宅の中でお気に入りの場所はどこですか?

マレーネ:私が一番気に入っているのはバスルームです。バスルームは、もともと家の中で一番好きな場所でしたが、自宅のバスルームは自分自身でデザインしました。石畳とオーク材の壁と床を組み合わせて日本製の木製バスタブとスチール製シンクの家具を備えました。窓からは、鯉のぼりと中庭のシダが見えるようになっていて、それもお気に入りのポイントです。

−−日本を訪れた時、日本に対してどのような印象を持ちましたか?

マレーネ:日本には2度訪れたことがありますが、大好きな国のひとつです。日本人の生き方、謙虚さ、そして、デザインに対する妥協のないアプローチ、ディテールのレベル、職人技にとても影響を受けており、大きなインスピレーションの源となっています。日本の美意識は、時代を経ても価値を失うことなく、常に何か得ることができるデザインを生み出していると感じていますし、建築家として成長するための大きなポイントを得ています。

−−ベルリンのコミュニケーションエージェンシー「BAM」のオープンスペースで開催されたポップアップでは、ワインボトルや家具など、ポップでユニークなデザインが多く見られました。その中でも、日本語の“SUGOI SUGOI”と名付けられたデザインはとてもユニークでしたが、どのような発想から生まれたのでしょうか?

マレーネ:ベルリンのBAMで開催されたポップアップは、ライフスタイルブランド「Vinsupernaturel(以下、VSN)」とのコラボレーションによるもので、バスケットボール、自然派ワイン、ファッション、デザインを融合させたユニークなプロジェクトとして私たち「Spacon & X」が空間を手掛けました。展示された“SUPER SUPER”と“SUGOI SUGOI”は、北欧のクラフトマンシップと日本の伝統的なデザインからインスピレーションを得て誕生した家具コレクションになります。「VSN」とコペンハーゲンの日本食レストラン「Bento」のために「Spacon & X」とクリエイティブスタジオ「Ironflag」が共同でデザインしました。

“SUPER SUPER”の家具は、シェルフ、チェア、ベンチ(サイドテーブル)で構成されており、漫画からインスピレーションを得たヴィヴィッドなイエローが特徴です。シンプルで親しみがありつつも硬質な産業機械のようなデザインがバランスよく調和しています。曲げ加工と粉体塗装を施したアルミを黒アルマイトのがっしりとしたボルトとナットでしっかりと組み上げ、工業的な見た目を強調しながらも親しみやすさを表現しています。

同じデザインで木材を使用したのが“SUGOI SUGOI”になりますが、北欧デザインの伝統に則って作り上げました。ニレ無垢材に“SUPER SUPER”コレクションのアイコンであるボルトをイメージしたスモークオークを差し込み、天然の亜麻仁油でニレ材のドラマチックな木目を引き立たせています。日本の”すごい “という言葉の通り、静寂の要素、手触りの良さを素直に伝えてくれるデザインに仕上がったと思います。

 この2つのコレクションは、ベルリンのポップアップ以外にもコペンハーゲンのデザインフェスティバル「3 days of design」でも展示されました。

−−現在進行中のプロジェクトを教えて下さい。

マレーネ:「Spacon & X」では、イケアの大規模なプロジェクトや4月に開催されたミラノサローネで発表したドイツのデザインスタジオ「E15」とのコラボレーションによる家具ライン“Gamar”、コペンハーゲンにオープンしたコンブチャブルワリー「Folk Nordic Kombucha」、「ジョージ・ジェンセン」のインスタレーションデザイン、「スティーヌ・ゴヤ」のファッションショー、「ノーマ」のバーガーショップ「POPL」等多数あります。プライベートでは、姉のバーバラと始めたデザインデュオ「Les Mains Des Soeurs」を手掛けています。

−−姉バーバラさんとのデザインデュオ「Les Mains Des Soeurs」について具体的に教えてください。

マレーネ:姉妹である私達が手掛けるクリエイティヴなコレクションとして、7つの新作ジュエリーを発表しました。「LMDS」の第1章となりますが、琥珀の柔らかさとシルバーの硬さの中で触覚の可能性を追求したコレクションです。スターリングシルバーとデンマークのアンティークアンバーをメイン素材とし、すべて銀細工師アンドレアス・ヨルゲンセンの手作業によって作られています。また、それぞれの作品に、陶芸家フランカ・クリストファーセンによる粘土とセラミック素材で作られた手作りのジュエリーボックスが付属しています。ジュエリーやジュエリーボックス以外にもニレ材の大理石テーブルの展示や映画監督ヤン・グライエによるデジタル映像を流しました。このように「LMDS」では、対照的な素材とクラフトマンシップの親密さを組み合わせたものをコレクションとして発表し、手と物の間に存在する親密な関係と2人の創設者の姉妹関係を探求していきます。

マレーネ・ビット
デンマーク・コペンハーゲン拠点のデザインスタジオ「Spacon & X」の建築デザイナー兼パートナー。「Hvidt & Mølgaard」の共同経営者。祖父はデンマークの建築家であり、1950年代の家具デザイナーのパイオニアであるピーター・ビット。「Spacon & X」のクライアントには、レストラン「ノーマ」、「アディダス」等が名を連ねる。
Spacon & X
https://spaconandx.com/
Hvidt & Mølgaard
https://hvidtmolgaard.com/
STUDIO 0405
http://www.studio0405.com/

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