ルーツはアメリカのヒップホップ 「ONE RECORD STORE」オーナー岡勇樹が目指す音楽から派生する未来の形とは

都心から地方へ移住する人が後を絶たない。一種のムーブメントのような動きがある中で、移住する理由もその人のバッググラウンドもさまざまだ。そんな移住者の中でも長野県諏訪市で「ONE RECORD STORE」を運営する岡勇樹は異色の存在といえるかもしれない。

幼少期にアメリカで育ち、ヒップホップカルチャーに目覚め、NYの伝説のパーティ「The Loft」でパーティの真髄を知る。3月21日には、渋谷のENTERにて音楽イベント「UNIVERSAL CHAOS」を開催予定。“レコードショップは音楽から派生するすべてのことに繋がるプラットフォーム”と語る彼が目指す未来とは?

岡勇樹
株式会社デジリハ代表取締役 / 特定非営利活動法人Ubdobe代表理事 / 合同会社ONE ON ONE代表社員。1981年東京生まれ。幼少期の8年間をサンフランシスコで過ごし、音楽漬けで帰国。母と祖父の病気や死がきっかけで高齢者介護・障がい児支援の仕事に従事。現在は人間科学と芸術がテーマのクラブイベントや謎解きイベント事業・居宅介護や重度訪問介護や移動支援などの福祉事業・デジタルアート型リハビリコンテンツ開発事業・福祉留学事業・レコード屋などを展開中。
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「ONE RECORD STORE」
Instagram: @one_record_store

諏訪移住組の「リビセン」オーナー等との出会いから地域活性化に関する活動を模索

−−長野県・諏訪市へ移住を決めたきっかけを教えて下さい。

岡勇樹(以下、岡):子どもが生まれるタイミングで、東京以外の地域を探す中で諏訪市にたどり着きました。

−−実際に住み始めてどうですか?どんなところに魅力を感じていますか?

岡:仕事の関係上、週の半分ぐらいしか諏訪にはいないんですが、以前の拠点だった東京にはもう家はないので生活拠点はここになります。とにかく、落ち着くし、今まで住んだ中で一番気に入ってます。世界で一番良いと思ってるぐらい。近くに諏訪湖があって周辺をドライブしている時にめちゃくちゃキレイな瞬間とかが目に入ってくるんですよ。そういった自然の美しさに感動できるし、でもちゃんと街もあって、若くておもしろい人達もいっぱいいる。そういうバランスが良いですよね。他にあんまりないと思います。

−−以前からレコードショップをやりたいと考えていたそうですが、それはなぜですか?

岡:自分の人生は音楽が中心だからですね。それは今までもこれからも変わらないです。僕は福祉のNPOとかデジタルアートを使ったリハビリを提供する会社等を運営していて、それらは法人としてやっているから自分の世界に没頭できる空間が欲しかったんですよね。趣味と言ってしまえばそうなりますが。

−−東京ではなく、諏訪にオープンさせた理由は?

岡:レコードショップをやりたいという希望はずっとありましたが、東京でやろうとは思ってなかったですね。僕はこう見えて実は警戒心強めなんですよ(笑)。だから、誰かと一緒に運営するのは難しいとも思っていました。諏訪に移住してきたばかりの頃も誰も知らないし、友達もいませんでした。でも、諏訪に同じく移住してきて、古材や古道具を扱うリビセンの東野夫妻とか真澄の蔵元の宮坂くんとかに知り合って、30、40代が中心になって地域を活性化させるおもしろい活動をやっていることを知りました。そこで、自分もレコードショップをやりたいと物件を探し出して、リビセンから何軒も物件を紹介してもらっていたんですが、どこもピンと来なかったんです。でも、この場所は最初に花屋の「Olde」の入居が決まっていたんですが、花屋の奥でレコードショップをやるのはどう? と提案してもらい、「Olde」のオーナーのみさとさんとも会って、ここだ! と直感で思いました。4年越しで運命と思える場所に出会えました。

レコードを売るだけではなく、人との出会いの場としての役割

−−近隣にクラブがあるわけでもない、都会とは違う環境でレコードショップを運営するのは正直難しいのでは? と思いましたが、実際始めてみてどうですか?

岡:諏訪だけでなく、隣町の岡谷や富士見にもレコードショップができたし、クラブはなくても各地域にいるDJが噂を聞き付けて買いに来てくれます。あと、オンラインショップもやっています。「りんご音楽祭」を開催している松本にはすでに独自の音楽カルチャーが根付いていますが、松本も遠くないし、伊那とか近隣地域も一緒に長野の音楽カルチャーを盛り上げていけたらいいなと思ってますね。

ショップカードに記載してますが、僕はミュージシャンでも評論家でもコレクターでもないんですよ。音楽を聴いた時に、“あ、これいいな”“これカッコいいな”というシンプルな感覚を大事にしています。

−−人間から自然発生する感覚であり、本来持っている本能であり、音楽を純粋に楽しむことができますよね。

岡:そうですね。ただ、まだ自分の理想の形にはなっていないので、これからというのは実感していますね。レコードのセレクトはすべて自分でやっていますが、自分が好きなど真ん中のジャンルとかはこれから本格的に仕入れていきます。オープンして1年間は幅広く展開して、様子を見ながら流れを作ろうと思っていろんなところから仕入れてきました。最近は、自分の好きなレーベルである「WARP」や「Ninja Tune」「KOMPAKT」等とやり取りをしていて、もう少しで取引が開始できそうです。

レコードショップをやる意味は、まず店舗で人と出会えるじゃないですか? それが大事だと思っています。でもそれには、デジタルやリモートではなく、実在するフィジカルなものでないといけない。店で知り合ったDJに東京のイベントに出演してもらったりとか、その逆の可能性を作れますよね。だから、僕はレコードを売るためだけの店舗ではなく、人との出会いの場であり、そこから派生する場所でありたいと思っています。

−−コロナ禍でより一層デジタル化が進みましたが、アナログレコードが売れているようにフィジカルな物への価値観とかリアルな人との繋がりが大事だということを改めて実感しますよね。

岡:レコードを売るだけでなく、アーティストを呼んでイベントを開催したいと思っています。実は、レコードショップの次はクラブをやりたいんです。諏訪には圧倒的に音楽カルチャーが足りません。ライヴハウスはありますが、ロックやポップスだから僕はそこを通ってきてない。だから、「ONE RECORD STORE」を作ったという理由もありますね。

−−海外へよく行かれていますが、これまで行った場所でどこが一番おもしろかったですか? また、その理由も教えて下さい。

岡:いっぱいあります! メジャーなところからいうと、LA、サンフランシスコ、バークレーにある「Amoeba music(https://www.amoeba.com/)」ですね。とにかく規模が大きくて、見渡す限りレコードなんですよ。18歳くらいで初めてLA店に行った時に衝撃を受けて、かなりの枚数を購入したら帰りに税関で止められました(笑)。ハリウッドにあるブラックミュージック専門のレコ屋にも行きましたが、そこでは日本人の女性スタッフが働いていて、ヒップホップが好きだという話をしてたら、「今日彼氏が回すパーティあるけど来る?」と誘ってくれたんです。その彼氏ともヒップホップ好きということで意気投合したら、パーティにローディーとして入れてくれることになって、その人の後を付いて行きました。でも、実は、開催場所が毎週殺人事件が起きてるような治安の悪いところで、日本人の自分はかなり目立つんですよ。DJと一緒だったから怖い目に遭うことはなかったし、そこで真のアンダーグラウンドカルチャーを知って衝撃を受けました。そこからレコードを買い漁るようになりました。

−−18歳でその経験はなかなかできないですよね。その当時、夢中になっていたのはヒップホップですか?

岡:そうですね。3歳から11歳までアメリカに住んでいたので、ヒップホップカルチャーが自然と身近にあるという環境でしたね。でも、帰国後はハードコアにもハマっていたからクラブとライヴハウスの両方に出入りしてて、B-BOYの格好なのに頭はモヒカンとか、そんな感じでした(笑)。

−−他にはどこか印象に残っているところはありますか?

岡:やっぱりベルリンは印象深いですよね。ベルリンには一度しか行けてないですが、ちょうどレコ屋をやろうかなと思っていた時だったので参考にさせてもらおうと思って行きました。まず、「Spacehall」は、あの森みたいな内装も好きだし、ディグに集中できるじゃないですか。あとは、僕が敬愛するエイフィックス・ツインのロゴがそこら中にある「Hardwax」に行きました。

今はもう閉店しちゃってますが、NYの「other music」にも影響を受けてます。王道テクノではないニッチなラインアップを扱っているのが良かったですね。大学時代に一番好きだったのは、こちらももう閉店していますが、渋谷の宇多川町にあったNujabesの「Tribe」ですね。スタッフに好みを言うとこれですって出してくれて、それがアルバム・リーフでした。メンバーがもともとハードコアをやってて、エレクトロニカに移行したバンドだから、マインドセットが僕の人生の変異とマッチすると思うと言われて、見事にハマってそこから通い出しました。雰囲気は世界のどこのレコ屋より一番好きでしたね。1人掛けソファーに座って試聴できるのが最高でした。1回だけNujabes本人を店内で見たことがあったんですが、それも思い出ですね。「Tribe」の近くにあった「WARSZAWA」にも通って、好きなレーベルのレコードを買い漁ってました。

−−渋谷のレコードショップ黄金期は独特な雰囲気があってカルチャーが根付いていて良かったですよね。フェスやパーティーに関してはどうですか?

岡:もちろんありますよ! 20代の頃、兄がNYに住んでいたのでちょくちょく遊びに行ってたんですが、現地で仲良くなった友達から来月「The Loft*」があるよ、と教えてもらったんです。「The Loft」は完全招待制で、その友人が招待されていたから一緒に入れてもらったんですが、パーティとしてはもうそれが一番の体験ですね。公民館みたいな場所にサウンドシステムやデコを持ち込んで開催するんですが、とにかく音響が素晴らしい。あと、曲を繋げずに1曲全部流すDJスタイルが決まりなんですが、これは創始者のデヴィッド・マンキューソのスタイルを受け継いでいるんですよね。言葉で説明するのが難しいですが、脳内でも身体的にもこれまでにない経験をさせてもらいました。全然知らない人たちの中にいるから完全アウェーなのに安心感とハッピーに包まれてるような感覚でしたね。

違った路線だとやはりベルリンの「Berghain」ですよね。ゲストとかないから普通に並んで正面から挑みました。あのベース音とお立ち台に上がって踊ってる人の感じやトイレのカオス感、バッキバキのテクノから上の「Panoramabar」に行った時の天国な感じとか全部ヤバイと思いました。

音楽療法の実践を目的にNPOを立ち上げる

−−パーティ好きからしたらかなり貴重でうらやましい経験ばかりしていますね。そんな人生そのものが音楽のような生活から、福祉の事業を始めたきっかけはなんですか?

岡:大学時代、僕は学校にも行かずイベントばかりやってるパーティ野郎だったんです。でも、そんなことをしている時期に母親が病気になってしまい、そのまま亡くなってしまいました。相当落ち込みましたし、そこから自分の人生を考え直して、きちんと就職をして真面目に働き始めました。そしたら、今度は祖父が認知症になってしまったんです。そこで、音楽療法というものがあることを知ったんです。自分が人生を費やしてきた大好きな音楽を祖父に聴かせることで、記憶を蘇らせることができるかもしれない! そう思いました。当時の会社を辞めて音楽療法を学ぶために専門学校に通い始めました。音楽療法を学ぶ過程で障害者施設や介護施設に演奏をしに行く機会があったんですが、パンクを聴かせたりしてましたね(笑)。そこから今運営している会社の1つである福祉のNPOを立ち上げるまでに至った感じです。

−−3月21日に渋谷のENTERで開催されるイベント「UNIVERSAL CHAOS」は福祉事業の一環ですか?

岡:始まりは2010年まで遡るんですが、最初は「SOCiAL FUNK!」という名前で1年か2年に1度、渋谷の「Asia」で開催していました、そこから「VISION」に場所を移して、2019年11月に開催したイベントではゲストにBUDDHA BRANDとかを呼んで一番大きな規模のイベントになりましたね。その後は残念ながらコロナで開催できなくなってしまいましたが、復活させるために今年「UNIVERSAL CHAOS」という小規模のパーティから開催します。もともと同名のイベントを開催していたんですが、日本語で“普遍的な混沌”というテーマを掲げています。福祉の世界って差別的な目線とごちゃ混ぜでみんな仲良し! みたいな発信があるんです。僕はそれが不自然だと思っていて。なぜなら、音楽にはジャンルがあって、そこに歴史があるから安易にごちゃ混ぜにすべきではないですよね。融合はしないけどそこに存在している、それで良いと思うんです。それは人間にも言えることであって、例えば、目が見えない、耳が聞こえないというのは、人間におけるジャンルだと思っています。それをグチャっと障害者として一括りにしてしまうのではなく、それぞれの特性を生かして、最高のリスペクトを交換できるような状況を作りたいんです。だから、健常者も障害者もただ1つの同じ空間に存在するという音楽イベントを開催しようと思いました。

−−ベルリンのクラブやフェスでも車椅子の人が遊びに来ているのをよく見かけますが、きちんとオシャレしてとても楽しそうに踊っています。日本のクラブではそういった光景を見かけたことがないし、ハードルが高いと感じて遠ざけてしまっているのかな? と思いました。

岡:アメリカも同じですね。というか、そもそも障害者として扱わずに普通に接します。障害があるからといって特別扱いしないことが大事だと思っているし、良い意味で雑なんですよ。日本にはそれがない。特別扱いしないといけないというステレオタイプな考えがありますよね。

「UNIVERSAL CHAOS」の企画メンバーには耳が聴こえないスタッフや目が見えないスタッフがいますが、一緒に企画を作っています。見えないスタッフには出演者の音源を聴いてもらって、その人なりに言語化する、そこからAIで画像化した作品を展示する予定です。耳の聴こえない人には、スピーカーの振動で音を感じてもらって、メロディーは光で表現したり、映像で感じてもらうコンテンツを用意します。コンテンツがすべて実験的ではありますが、そういった活動から障害者に対する概念を覆したいと思っています。

(※1970年2月、デヴィッド・マンキューソがNYの自宅のロフトでバレンタインパーティを開催したのが始まり。そこから毎週開催されるようになり、いつしか「Loft」と呼ばれるようになった。後に映画化されるまでとなった伝説のパーティ)

■UNIVERSAL CHAOS -Reunite- 
日程:3月21日
会場:ENTER
住所:東京都渋谷区神宮前6-19-17 GEMS神宮前6F
時間:18:00〜23:00

Photography Shiho Furumaya

author:

宮沢香奈

2012年からライターとして執筆活動を開始し、ヨーロッパの音楽フェスティバルやローカルカルチャーを取材するなど活動の幅を海外へと広げる。2014年に東京からベルリンへと活動拠点を移し、現在、Qetic,VOGUE,繊研新聞,WWD Beauty,ELEMINIST, mixmagといった多くのファッション誌やカルチャー誌にて執筆中。また、2019年よりPR業を完全復帰させ、国内外のファッションブランドや音楽レーベルなどを手掛けている。その他、J-WAVEの番組『SONAR MUSIC』にも不定期にて出演している。 Blog   Instagram:@kanamiyazawa

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