ソビエトモダニズムは負の遺産なのか? 建築デザイナーNao Tokudaがジョージアで築きたい建築の未来

ソビエト連邦崩壊から30年以上が経った今でもソ連時代の面影が色濃く残るジョージア。東ヨーロッパと西アジアの文化が入り混じり、独特の異国情緒あふれる街並みには、むき出しの赤レンガ、存在感を放つモダン建築、ソビエト時代を象徴するブルータリズム建築、崩れかけの集合住宅とが共存している。一見、相反するそれらは不思議なシンパシーを感じさせ、街をエキゾチックに彩っている。

そんなジョージアに魅了され、トビリシで起業した1人の日本人建築デザイナーがいる。彼は老朽化とともに壊されつつある歴史的建築物をそのまま残し、リノベーションすることによって新たな命を吹き込むプロジェクトを実施中だ。有名建築家がデザインしたフューチャリスティックなランドマークや7つ星と評されるラグジュアリーホテルが点在する街の人の平均月収は¥30,000〜40,000だという。ジェントリフィケーションが横行しているトビリシはどこへ向かおうとしているのだろうか。

関西から東京、コペンハーゲン、そして、ジョージアへと移り住み、活動を幅を広げ続けるNao Tokudaにインタビューを行った。ヨーロッパ最後の秘境と呼ばれる国で彼が目指しているものとは?

狭い世界を飛び出して、未知なる地での新たな挑戦

−−デンマークはデザインでも有名な国ですが、コペンハーゲンからジョージアのトビリシへ移住というのはかなり珍しいと思います。どういった理由からですか?

Nao Tokuda(以下、Tokuda):まず、すべては日本を離れた理由に繋がります。僕は関西の下町育ちで、近所に外国人も住んでいなければ、海外に触れることもない生活でした。東京に転居してから、ハーフや帰国子女の友人と出会い、僕の人生は変わり始めました。東京が初めての海外と言えるほどのカルチャーショックを受けたんですよね。今となってはあたりまえの習慣ですが、ハグで挨拶することも僕にとっては初めての経験でしたから(笑)。でも、そこで、“自分はなんて狭い世界にいたんだろう!?”と、気付くことができたんですよね。そこから海外で生活することを意識し始めました

最初は、留学を考えていましたが、親友からすでに建築デザイナーとしてのキャリアがあるから、それを生かして、仕事をした方がいいとアドバイスを受けて、世界各地の建築デザイン事務所のリサーチを始めました。

−−コペンハーゲンに移住した理由は、建築デザイン事務所への入所が決まったからということですか?

Tokuda:そうですね。北欧のデザインはもともと好きでしたが、正直、興味のあるデザイン事務所ならどこの国でもいいと思っていました。自分の仕事のスキルには自信があったので。ただ、僕はもともと外国や外国人に対してオープンな人間ではなかったし、海外もろくに行ったことがなくて。当然ながら語学力も乏しい状態のまま、一度も訪れたことのないコペンハーゲンのデザイン事務所からのオファーだけをキッカケにいきなりデンマークへ移住しました。

−−逆に何も知らない方が、怖いもの知らずのまま、未知の世界へ飛び込んでいけるのかもしれませんね。

Tokuda:コペンハーゲンには5年間住み、現地のデザイン事務所で現地人にもまれて働きましたが、東京と同じようにスポンジのようにいろんなことを吸収できました。デンマークはすべてにおいて水準が高いです。良い環境で良い教育を受けているから優秀でセンスも良い。冗談ではなく、右も左も建築家というような環境なんです。

−−そんな良い環境から、まだ発展途上ともいえるジョージアを選んだ理由はなんですか?

Tokuda:コペンハーゲンは、どこに行くにしてもアクセスが良いので、週末や休日を使ってヨーロッパ中を旅して回っていた時に、ふっと東ヨーロッパに興味を持ち始めました。ソビエト時代の排他的な建築、街の独特な雰囲気、物価の安さ、人々の暮らしなど、西にはないものすべてに興味を持ちました。東の人達は、“EU”に入りたいと思うような西側に対する憧れと同時に、コンプレックスも持っています。英語がろくに話せず、外国人と接することにも抵抗があり、自己主張が苦手だった昔の自分とシンクロした部分もありますね。

ラトビアやウクライナなど、東欧をいろいろ回りましたが、日本やデンマークで学んできたことをアウトプットできる一番良い環境が作れるのがジョージアだと思いました。それに、日本やデンマークでは到底できない、実験的でクリエイティブな試みが可能です。僕にはトビリシ全体がラボのように感じたんですよね。

−−実際来てみてどうですか?

Tokuda:まず、ギャップがすごいですよね(笑)。ヨーロッパの中でも物価が高く、平均スペックの高いデンマークから、ヨーロッパの最東端に位置し、平均月収が日本円で¥30,000〜40,000ほどの貧しい国に来たわけですから。でも、気負わなくていいし、居心地はとても良いです。建築やデザインだけでなく、クラブカルチャーやアート、ファッションといったローカルカルチャーもおもしろいと思っています。

ただ、起業して1、2年ではローカルの仕事を取るのはなかなか難しいのが現状です。今もデンマークの仕事を遠隔でやりながら、ローカルのコネクションを作りつつ、実験的に動いている状況です。

−−西ヨーロッパは競争は激しいですが、インフラが整っていてインターナショナルな環境は私達日本人も働きやすいですよね。その点では、ジョージアは観光業が盛んとは言え、まだ発展途上ですし、他国からの移住者に対してどの程度オープンマインドなのか見えない部分があります。

Tokuda:僕の場合は、逆にその環境に惹かれた部分もあります。知る限りでは、ジョージアには日本人を含めた外国人建築家やデザイナーはほぼいないので競合がいないと言えます。それに、すべてが整っている西ヨーロッパという舞台からガラリと変えたリングで勝負したいという思いもありました。

−−これまでに多数のモダンデザインを手掛けてきた中で、廃墟を改築して茶室にするとプロジェクトは真逆のアプローチとも言えますが、どういった経緯がありましたか?

Tokuda:茶室のある場所は、“オールド・トビリシ”と呼ばれる観光地としても人気エリアの奥になりますが、18世紀の街並みがそのまま残されたような貴重な場所になります。遺跡のようなロケーションが気に入ったという理由もありますが、そこに、日本の伝統文化の象徴を取り入れたいと思ったのがきっかけです。築100年以上の廃墟ビルの二階をリノベーションして茶室にしましたが、そのビルの1階には日本人が運営するコミュニティーハウス「UZU」があり、もともと日本文化をジョージア人へ広める活動をしている場所でもあります。

−−日本文化が好きな親日家のオーナーから賛同を得て、実現したのでしょうか?

Tokuda:全く違いますね。まず、ジョージア人は茶室の存在すら知りません。なので、“茶室とはなんぞや”というところから徹底的に説明しました。ジョージア人のイベントオーガナイザーの力添えを頂いて、現地の大学の建築学科の学生と若手建築家と一緒にワークショップを開催して、プロジェクトを進めていきました。ジョージア人の生まれ育った街に日本の茶室を作りたいなんて、恐らく僕ぐらいしか考えつかないと思いますが(笑)何を尊重し、何を新たに取り入れるのか、その点を念入りに考えてデザインコンセプトを練り上げました。最終的に、可能な限り、既存の外観を残すことで着地しました。

−−タイムスリップしたような、ここだけ時が止まったような圧巻のロケーションに驚きましたが、外観と茶室とのギャップもユニークですよね。

長年の経年劣化によって、建物自体が5.8度傾斜していますが、ありのままの姿を尊重してそのままの外観を極力残しています。

しっくいのような風情を持つテクスチャーは、実はジョージアで数千年の歴史を持つセメントで、地元の職人に依頼しました。茶室には絶対欠かせない畳は日本から取り寄せ、ジョージア産の陶器の鉢をセンターに配置し、その上に盆栽を飾ることでさらに和の雰囲気を演出しています。

−−盆栽があるのとないのとでは見え方が全く違ってきますね。どこから取り寄せたのですか?

そうですね。盆栽の存在もかなり重要だと思っています。トビリシに日本の盆栽からインスパイアされた盆栽を取り扱うプラントセンターの「Bonsai.ge」があり、そこで購入しました。

茶室が完成するまでの過程を収めた動画。茶室は、オランダの世界的な建築・インテリアデザインアワード「FRAME AWARDS 2022」にて、“Honorable Mention”を受賞している

ブルータリズム建築を残しながら、暗い歴史の記憶を未来の可能性へと変えていきたい

−−ジョージアと日本の伝統文化を組み合わせたプロジェクトを今後も行っていく予定ですか?

Tokuda:茶室のプロジェクトはいったん終了していますが、メンテナンスやアップデートはしていきます。これをモデルケースにさまざまなことに取り組んでいきたいと思っていますが、その1つで現在進めているのが、ソビエト時代に建てられた集合住宅の改修プロジェクトです。

−−ソ連時代の建築はトビリシの街中で見かけますが、フォトジェニックですよね?

Tokuda:僕達のような外国人から見たら、かっこよく見えますが、それはフィルターをかけて見ているからなんですよね。現地の人達にとっては、共産主義国時代を思い出させる言わば“負の遺産”であり、良い印象がありません。ソビエト建築のアパートメントは、安価で短期間で建てることができるため、大量に作られ、それがテンプレートとなっています。そのため、イヤな時代の象徴を払拭させたくて都市開発に躍起になっているのが現状です。そのせいで、風情も何もないテーマパークのような不自然な色の変な建物がいっぱいできてしまい、とても残念です。

−−フォトジェニックというだけでなく、残すべき遺産だったり、文化だったり、デザインですよね。

Tokuda:その通りです。全くサステナブルでないことをやっていて時代に逆行しているし、“負の遺産”として見るのではなく、カッコよくリノベーションして、再利用するべきだと思っています。そのためのプロジェクトを地元の若手建築家達と進めています。

プロジェクトのアップデート、その他の情報はオフィシャルサイト、もしくは、Instagramにて随時更新中。

Nao Tokuda
1983年、兵庫県生まれ。大阪芸術大学卒業後に上京。東京都内の設計施工会社、デザイン事務所にて商業空間の内装設計業務に約10年間従事後、単身デンマークへ渡欧。コペンハーゲンの設計事務所にてブティックやカフェ、ホテル等々、大小問わずさまざまな空間の内装デザインを5年間にわたり担当する。2020年に活動の拠点をジョージアの首都トビリシへ移し、「Design Studio NAO. LLC」を設立。さまざまなプロジェクトを手掛けてきた経験を生かし、国際的な賞を複数受賞。現在も日本とヨーロッパを中心に活動している。
「Design Studio NAO. LLC」
Instagram:@designstudionao

Photography Kazuma Takigawa

author:

宮沢香奈

2012年からライターとして執筆活動を開始し、ヨーロッパの音楽フェスティバルやローカルカルチャーを取材するなど活動の幅を海外へと広げる。2014年に東京からベルリンへと活動拠点を移し、現在、Qetic,VOGUE,繊研新聞,WWD Beauty,ELEMINIST, mixmagといった多くのファッション誌やカルチャー誌にて執筆中。また、2019年よりPR業を完全復帰させ、国内外のファッションブランドや音楽レーベルなどを手掛けている。その他、J-WAVEの番組『SONAR MUSIC』にも不定期にて出演している。 Blog   Instagram:@kanamiyazawa

この記事を共有