ミラノの才人シモーネ・デ・クノビッチ が紡ぐ音像は現代へのアンチテーゼなのか? 「ミュール・ミュージック」Toshiya Kawasakiの言葉とともに紐解く

ドリーミーなトロピカルハウスや型破りなレフトフィールド等、シモーネ・デ・クノヴィッチのサウンドを一言で表現するのは難しい。湿度の高い熱帯雨林の奥地、鳥がさえずる声をサンプリングし、アナログシンセやドラムマシンによって摩訶不思議な美しいサウンドを創造する。

年代物の映画、電子音楽における先駆者へのリスペクト、政治、哲学、歴史からの引用。シモーネが作り出す世界観は、次々と新しいものが生まれては消えていく現代カルチャーへのアンチテーゼなのか?

そんなシモーネの才能を早くから感知し、話題作「Mondo Nuovo」シリーズの第2弾、第3弾をリリースしたのが日本を代表するレーベル「ミュール・ミュージック(mule musiq)」だ。5月13日に渋谷「Mitsuki」で開催されるパーティーで昨年に続いて再来日を果たすシモーネと来年20周年を迎える「ミュール・ミュージック」の主宰Toshiya Kawasakiにインタヴューを行った。

シモーネ・デ・クノヴィッチ
2019年にオーストラリアの 「Superconscious」からリリースしたデビュー作でも話題となった、イタリア・ミラノのシモーネ・デ・クノヴィッチ。昨年「Mondo Nuovo」シリーズの第2弾、第3弾をリリースした。

「テイストマスターでありたい」シモーネ・デ・クノヴィッチが独自の言葉で表現する音の世界

−−昨年11月にリリースされた『Addio Mondo Nuovo』ですが「Mondo Nuovo」シリーズの第3弾にして最終章となりますが、鳥のさえずりが印象的なトロピカルなサウンドと前作以上に実験的でエキゾチックな世界観を感じました。特に意識した点はありますか?

シモーネ・デ・クノビッチ(以下、シモーネ):シリーズとして「Mondo Nuovo」3部作にまとまりが出るように同じ楽器やテクニックを使いました。最終章となる『Addio Mondo Nuovo』は、サウンドトラックやサウンドスケープ等、多様な楽曲が半数を占めています。例えば「Path To Eternity(On The River of Nameless God)」は、アマゾン川で遭難した探検家の最後の旅をイメージした楽曲で、ボロボロのイカダで漂流し、脱水症状と毒果物に酔いながら過去を回想し、人生の最後の瞬間に死後の世界のビジョンを体験するといったストーリーです。

−−ピエロ・ウミリアーニをはじめとするイタリア初期のエレクトロニックミュージックシーンにおけるパイオニアや1980年代のホラー映画「カンニバル・ホロコースト」等、年代物の音楽や映画に惹かれるのはなぜですか?

シモーネ:1970年代から1980年代に登場したシンセサイザーがもたらした創造性は唯一無二です。その技術を誰よりも先に取り入れたピエロ・ウミリアーニのようなパイオニアは、ジャンルの概念を超えた実験的なクオリティーを放っています。当時の音楽は単なる芸術の一部ではなく、政治や哲学との対話の一部でした。レコードや映画は社会的議論を巻き起こす引き金となり、アートは不和を生じさせ、イデオロギーに染まるなどといった爆発物のような危険性を持っていたのです。

「Piero Umiliani」Risaie (1971)

実験音楽はニッチなサブジャンルとなり、『カンニバル・ホロコースト』や『ラストタンゴ・イン・パリ』のような映画は、世間から見過ごされてしまうか無視されたまま終わってしまうという危険性を感じました。ニール・ポストマンがハクスリーの『ブレイブ・ニュー・ワールド』についてこう語っています。「オーウェルが恐れていたのは、本を禁止する人たちだった。ハクスリーが恐れていたのは、本を禁止する理由がなくなることで、本を読みたがる人がいなくなることだ」と。

「CANNIBAL HOLOCAUST」(Official Movie Film Cinema Theatrical Teaser Trailer) 

−−そういった映画からインスピレーションを受け、自身の楽曲に取り入れていますが、エレクトロニックミュージックと映画を結びつけるといったスタイルは、どのように確立していったのですか?

シモーネ:子どもの頃、近所にあったレンタルショップ「ブロックバスター」に初めて行った時、そこに貼られていた映画のポスターに魅了されました。ポスターから呼び起こされるファンタジーな世界に夢中になり、頻繁に訪れてはアーカイヴ作品をむさぼるようになりました。私の原動力は、飽くなき知識欲であり、点と点を結びつけ、これまで未開拓だった地点の間に新たな繋がりを確立させようとしているのです。

−−前作「Mondo Nuovo」に続き、今作もmule musiqからのリリースとなりますね。

シモーネ:Toshiyaは初めて会った時から私の音楽をサポートしてくれていて、彼と一緒に仕事ができることは本当に光栄なことだと思っています。「ミュール・ミュージック」は新しい才能に投資する一方で、時代を超えたアーカイブ作品がたくさんあります。1980年代の日本のシンセポップやアンビエントのリイシューを手掛けていることは素晴らしいし、私はファンの1人です。

−−昨年11月にはアジアツアー、そして、今年の5月に再来日を予定されていますが、日本の音楽シーンについてどう思いますか?

シモーネ:欧米では、機能的で激しいアプローチのもとハードコアな生音がかなり流行っていますが、日本は、瞑想的で内省的なアプローチを好む傾向があると思っています。ヨーロッパは自分の身体で踊り、アジアは自分の中で踊っているような感覚があります。クラブに行くことが習慣化されているヨーロッパでは当たり前のようにエレクトロニックミュージックが浸透していますが、アジアはクラブシーン自体がニッチで、多くの若者はカラオケや他のエンターテインメントの方が主流になっています。そのため、今も変わらずクラブ黄金時代のキーパーソンたちが日本のクラブシーンを支えているのだと気付きましたし、それが悪いことだとは思いません。

−−ファッションにおいても独創的なセンスを感じます。好きなスタイルやこだわりはありますか?

シモーネ:ファッションは、私達が自分に抱くイメージと、他人に対して見せたいイメージの両方の役割を担っています。昨今のデザイナーはこの点をかなり意識しており、見た目のクオリティーと品質が一致しないことも多く、美しい箱の中には何も入っていないというような状態になっているのではないでしょうか。

個人的には、ラフ・シモンズや「バレンシアガ」のデムナ・ヴァザリアのように、カウンターカルチャーと強い絆で結ばれているデザイナーが好きで、その中でも私の世界観を伝えてくれるアイテムを選んで着ています。私はいずれDJを引退すると思いますが、ファッションブランドのサウンド・アイデンティティにおけるコンサルタントになることが理想です。多くのメジャーなファッションブランドはそのことについて軽視しているように見えますが、私は近いうちにファッション業界において必要となる日がくると思っています。結局、自分は、どんな分野においてもテイストメーカーになりたいのだと思います。

−−現在手掛けているプロジェクトや今後の予定を教えてください。

シモーネ:夏までに2つのEPをリリースする予定です。盟友パスカル・モシェーニとのコラボ曲「Fantastic Man」のリミックスを収録したEPをイタリアの「Polifonic Festival」のレーベルからリリースして、ミュンヘンの「Public Possession」からもリリースします。これらは「Mondo Nuovo」シリーズとは全く違うテイストになるので、これまでのリスナーを失望させ、別のリスナーをハッピーにする作品になると思っています。

私は長時間立ち止まっていることができません。パンデミックのあとに経験したダンスミュージックの陶酔的な、そして、分裂症的な復活以来、異なる音やテクスチャーに携わる必要性を感じていました。新作は「Mondo Nuovo」シリーズを達成するために自分に課した制約から解放され、より恍惚としていて、エネルギーを駆り立てられるダンスフロア向きなサウンドになっています。今の自分の方向性をよく表している作品と言えます。

東京を拠点に世界のシーンを見てきた「ミュール・ミュージック」主宰Toshiya Kawasakiが語る今の日本

−−ヨーロッパを中心に世界で活躍するアーティストのリリースを多数手掛けていますが、そういった中でシモーネは少し異色というか、サウンドや世界観がかなり独創的なアーティストだと思います。どういった点に魅力を感じたのでしょうか?

Toshiya Kawasaki(以下、Kawasaki):レフトフィールド感が強いながらも、クラブトラックとしてのパーティ感もあるところが絶妙だと思いました。このバランス感のアーティストはなかなかいないと思います。本人のキャラクターもとても良いですよね。とても将来性があるアーティストだと思います。

−−最新作『Addio Mondo Nuovo』の中で特におすすめのトラックはありますか? その理由も教えてください。

Kawasaki:個人的には「path to eternity」が好きです。なんともいえない不気味さが聴く度にはまっていきます。

−−長年にわたり、シーンの最前線に立ち、レーベルを運営しながら世界各地でプレイしてきた河崎さんですが、コロナ禍によりどのように方向性や考えが変わっていきましたか?

Kawasaki:音楽の方向性がコロナ禍で変わったということはほとんどないですが、この数年でレコードのプレスコストが異常に高騰しています。ハウスやテクノの12インチをリリースすることがとても困難になってきていますね……。その反面、ホームリスニング向けの作品やリイシューのLPは需要が高くなっているので、ダンストラックはよりデジタルリリースにシフトして、フィジカルでリリースするものは普遍性が高いものをリリースしたいと思っています。

−−ヨーロッパにおいても多数のクラブが閉店し、厳しい運営状況に追い込まれたりしましたが、現在は以前の盛り上がりを取り戻し、新しいヴェニューも増えています。日本では有数のクラブの閉店が相継ぎましたが、その反面、フェスやライヴハウス等の小箱、20代前半の若いアーティストに勢いを感じます。その辺についてはどのように思いますか?

Kawasaki:東京は小箱がとても良いですよね。お客さんが若く活気があります。その反面、キャパシティーが大きなクラブはきっと大変だと思います。現在、国際フライトがとても高く、DJのギャランティーもどんどん高くなっているので、興行が成り立ちにくくなっているという実情もあります。それゆえにフェスとしての形の方がお金を払うことに対しての特別感があるのだと思います。

−−「ミュール・ミュージック」の今後の予定、プロジェクトなどありましたら教えてください。

Kawasaki:これまで通り自分が良いと思った音楽をリリースし続けていければと思っていますが、より若く、新しいアーティストをフックアップしていきたいです。来年はレーベル設立から20周年を迎えます。5月13日に渋谷の「Mitsuki」でシモーネをゲストに「Mond Nuovo」と題したパーティを開催します。

author:

宮沢香奈

2012年からライターとして執筆活動を開始し、ヨーロッパの音楽フェスティバルやローカルカルチャーを取材するなど活動の幅を海外へと広げる。2014年に東京からベルリンへと活動拠点を移し、現在、Qetic,VOGUE,繊研新聞,WWD Beauty,ELEMINIST, mixmagといった多くのファッション誌やカルチャー誌にて執筆中。また、2019年よりPR業を完全復帰させ、国内外のファッションブランドや音楽レーベルなどを手掛けている。その他、J-WAVEの番組『SONAR MUSIC』にも不定期にて出演している。 Blog   Instagram:@kanamiyazawa

この記事を共有