建築デザイナーのマレーネ・ビットが語る偉大なる祖父ピーター・ビットから受け継いだ和のスピリットと北欧モダン

無垢材の美しい家具には思わず触れてみたくなる。木材はチークなのか、マホガニーなのか、ビーチなのか、筆者のような素人にはわからない。それでも、触った瞬間に手に残る感触、木の安らぐ香り、高級感だけでなく、温もりを感じさせる不思議なオーラを放つ。長年使い込まれたアンティークには、持ち主の人生の一部が垣間見れ、深みの増した風合いがたまらない。ヨーロッパの暮らしにアンティーク家具は欠かせない存在。天井装飾が残されたままの築100年以上のアルトバウで、ミッドセンチュリーの美しい家具に囲まれて暮らしてみたいものだ。

マレーネ・ビットと出会ったのは、ベルリンのとあるパーティーだった。エレガントな佇まいの彼女は、デンマーク・コペンハーゲン拠点のデザインスタジオ「Spacon & X」の建築デザイナーとして活躍している。そう、彼女の名前を聞いてお気付きの人もいるかもしれない。北欧ミッドセンチュリーの草分け的存在である建築家のピーター・ビットを祖父に持ち、父親も建築家、姉のバーバラ・ビットとはデザインデュオ「Les Mains Des Soeurs」を始動。

そんな建築一家のサラブレッド、マレーネ・ビットにスポットを当て、偉大なる祖父の存在、「Studio 0405」を運営する建築デザイナーでパートナーのニコライ・ロレンツ・メンツェルと住む日本の美学と北欧デザインを融合させた一軒家についてなど、さまざまな視点から建築について語ってもらった。

祖父から受ける多大な影響によって、ファッションから建築の世界へ

−−建築デザイナーになろうと思ったきっかけを教えてください。祖父であり、偉大なる建築家でもある故ピーター・ビット氏からの影響はありましたか?

マレーネ・ビット(以下、マレーネ):私のキャリアは建築ではなく、ファッション業界からスタートしました。コペンハーゲン拠点の「スティーヌ・ゴヤ」で、ファッションデザイナーとして6年間働いてきましたが、時が経つにつれ、家族が築いてきた建築とデザインの功績がどれほど自分に影響を与えているかわかってきたんです。祖父のピーター・ビットはオルラ・ムルガードと一緒に1940年代に建築スタジオ「ビット&ムルガード」を立ち上げ、時代を超えた家具デザインとして知られるようになりました。父親も同じく建築家です。祖父は私が生まれた年に他界してしまいましたが、彼が残した功績は常に私の人生に遍在していました。

「スティーヌ・ゴヤ」を去ったあと、インドの「スタジオ・ムンバイ・アーキテクツ」に参加し、オーフス建築学校とデンマーク王立芸術アカデミー(KADK)の両方で建築を教えました。そして、2015年に現在のデザインスタジオ「Spacon & X」にパートナーとして加わりました。 

私が建築の分野に進むきっかけとなったのが祖父であるという点で、すでに大きな影響を受けていることは確かです。幼少期に祖父母の家で過ごすことが多く、祖父がデザインした家具に憧れていたことをよく覚えています。祖父は長い年月をかけて、自らの手で家具や庭を作り上げていきました。中庭に入ると、祖父が季節ごとに丹念に育ててきた盆栽が目に入ります。祖父の手入れ姿を見ることはできませんでしたが、丁寧に育てられた結果を知ることができます。

−−マレーネさん自身も盆栽を育てていますよね? 盆栽の魅力はなんですか?

マレーネ:今の家に引っ越してすぐに、パートナーのニコライと苗床に行き、スカンジナビア産の盆栽の木を買ってきました。盆栽は祖父の思い出であり、盆栽に対する愛情を感じさせてくれる思慮深いインテリアにです。それに、建築や家具デザインにおいてもインスピレーションを与えてくれる重要な存在でもあります。盆栽は人を通して感情が伝わるといわれていますが、私が育てている盆栽は、私達自身と家族との思い出や絆を表しているとともに、未来へのシンボルであると信じています。

−−パートナーのニコライさんと住む自宅はデンマークのモダニズムと日本の美学を参考に設計されたとのことですが、具体的に教えてください。

マレーネ:まず、私達2人のポテンシャルを最大限に発揮することができる家作りがしたいと考え、物件探しをしました。そこで発見したのが、1980年代に建てられた茶色のレンガ造りの家です。お世辞にも美しいとは言えないし、小さな家ですが、都会の真ん中の静かな脇道にあるオアシスのようなこの家を見た瞬間大きな可能性を感じたのです。そこから、さまざまな知識やアイデアを駆使し、控えめだけど落ち着ける空間であり、私たちのアイデンティティを強く感じさせる家作りを目指しました。子供ができて3人家族になった時にも快適に暮らせる空間になっています。

祖父のデザインも含めたデンマークのモダニズムをベースに、素材やプロポーションを入念に研究し、古典的な家具職人の原理を取り入れました。そこには、日本の伝統的な美学も入っています。木、石、金属といった自然界にある原料で作られた素材をメインに使っていますが、生々しくて手触りの良い点が特徴です。他にも、ファサードをすべて開け、床材、ドア、暖炉、バスルームなどを作り直しました。そうすることで、デンマークのモダニズムと日本の伝統的な美学を融合させ、調和の取れた設計を生み出すことができたのです。1980年代のデンマークでは、盆栽や日本の美意識を取り入れたデザインが非常に人気でしたが、その時代のアイデアを取り入れています。

−−自宅の中でお気に入りの場所はどこですか?

マレーネ:私が一番気に入っているのはバスルームです。バスルームは、もともと家の中で一番好きな場所でしたが、自宅のバスルームは自分自身でデザインしました。石畳とオーク材の壁と床を組み合わせて日本製の木製バスタブとスチール製シンクの家具を備えました。窓からは、鯉のぼりと中庭のシダが見えるようになっていて、それもお気に入りのポイントです。

−−日本を訪れた時、日本に対してどのような印象を持ちましたか?

マレーネ:日本には2度訪れたことがありますが、大好きな国のひとつです。日本人の生き方、謙虚さ、そして、デザインに対する妥協のないアプローチ、ディテールのレベル、職人技にとても影響を受けており、大きなインスピレーションの源となっています。日本の美意識は、時代を経ても価値を失うことなく、常に何か得ることができるデザインを生み出していると感じていますし、建築家として成長するための大きなポイントを得ています。

−−ベルリンのコミュニケーションエージェンシー「BAM」のオープンスペースで開催されたポップアップでは、ワインボトルや家具など、ポップでユニークなデザインが多く見られました。その中でも、日本語の“SUGOI SUGOI”と名付けられたデザインはとてもユニークでしたが、どのような発想から生まれたのでしょうか?

マレーネ:ベルリンのBAMで開催されたポップアップは、ライフスタイルブランド「Vinsupernaturel(以下、VSN)」とのコラボレーションによるもので、バスケットボール、自然派ワイン、ファッション、デザインを融合させたユニークなプロジェクトとして私たち「Spacon & X」が空間を手掛けました。展示された“SUPER SUPER”と“SUGOI SUGOI”は、北欧のクラフトマンシップと日本の伝統的なデザインからインスピレーションを得て誕生した家具コレクションになります。「VSN」とコペンハーゲンの日本食レストラン「Bento」のために「Spacon & X」とクリエイティブスタジオ「Ironflag」が共同でデザインしました。

“SUPER SUPER”の家具は、シェルフ、チェア、ベンチ(サイドテーブル)で構成されており、漫画からインスピレーションを得たヴィヴィッドなイエローが特徴です。シンプルで親しみがありつつも硬質な産業機械のようなデザインがバランスよく調和しています。曲げ加工と粉体塗装を施したアルミを黒アルマイトのがっしりとしたボルトとナットでしっかりと組み上げ、工業的な見た目を強調しながらも親しみやすさを表現しています。

同じデザインで木材を使用したのが“SUGOI SUGOI”になりますが、北欧デザインの伝統に則って作り上げました。ニレ無垢材に“SUPER SUPER”コレクションのアイコンであるボルトをイメージしたスモークオークを差し込み、天然の亜麻仁油でニレ材のドラマチックな木目を引き立たせています。日本の”すごい “という言葉の通り、静寂の要素、手触りの良さを素直に伝えてくれるデザインに仕上がったと思います。

 この2つのコレクションは、ベルリンのポップアップ以外にもコペンハーゲンのデザインフェスティバル「3 days of design」でも展示されました。

−−現在進行中のプロジェクトを教えて下さい。

マレーネ:「Spacon & X」では、イケアの大規模なプロジェクトや4月に開催されたミラノサローネで発表したドイツのデザインスタジオ「E15」とのコラボレーションによる家具ライン“Gamar”、コペンハーゲンにオープンしたコンブチャブルワリー「Folk Nordic Kombucha」、「ジョージ・ジェンセン」のインスタレーションデザイン、「スティーヌ・ゴヤ」のファッションショー、「ノーマ」のバーガーショップ「POPL」等多数あります。プライベートでは、姉のバーバラと始めたデザインデュオ「Les Mains Des Soeurs」を手掛けています。

−−姉バーバラさんとのデザインデュオ「Les Mains Des Soeurs」について具体的に教えてください。

マレーネ:姉妹である私達が手掛けるクリエイティヴなコレクションとして、7つの新作ジュエリーを発表しました。「LMDS」の第1章となりますが、琥珀の柔らかさとシルバーの硬さの中で触覚の可能性を追求したコレクションです。スターリングシルバーとデンマークのアンティークアンバーをメイン素材とし、すべて銀細工師アンドレアス・ヨルゲンセンの手作業によって作られています。また、それぞれの作品に、陶芸家フランカ・クリストファーセンによる粘土とセラミック素材で作られた手作りのジュエリーボックスが付属しています。ジュエリーやジュエリーボックス以外にもニレ材の大理石テーブルの展示や映画監督ヤン・グライエによるデジタル映像を流しました。このように「LMDS」では、対照的な素材とクラフトマンシップの親密さを組み合わせたものをコレクションとして発表し、手と物の間に存在する親密な関係と2人の創設者の姉妹関係を探求していきます。

マレーネ・ビット
デンマーク・コペンハーゲン拠点のデザインスタジオ「Spacon & X」の建築デザイナー兼パートナー。「Hvidt & Mølgaard」の共同経営者。祖父はデンマークの建築家であり、1950年代の家具デザイナーのパイオニアであるピーター・ビット。「Spacon & X」のクライアントには、レストラン「ノーマ」、「アディダス」等が名を連ねる。
Spacon & X
https://spaconandx.com/
Hvidt & Mølgaard
https://hvidtmolgaard.com/
STUDIO 0405
http://www.studio0405.com/

author:

宮沢香奈

2012年からライターとして執筆活動を開始し、ヨーロッパの音楽フェスティバルやローカルカルチャーを取材するなど活動の幅を海外へと広げる。2014年に東京からベルリンへと活動拠点を移し、現在、Qetic,VOGUE,繊研新聞,WWD Beauty,ELEMINIST, mixmagといった多くのファッション誌やカルチャー誌にて執筆中。また、2019年よりPR業を完全復帰させ、国内外のファッションブランドや音楽レーベルなどを手掛けている。その他、J-WAVEの番組『SONAR MUSIC』にも不定期にて出演している。 Blog   Instagram:@kanamiyazawa

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