歴史的文化と建築が交差する未知なるジョージアの魅力に迫る旅 Vol.2

荒々しい、粗野、そんな意味を持つ“Brutal”から名付けられた「ブルータリズム」は、華美を一切削ぎ落としたコンクリートそのものを前面に打ち出したミニマルな建築様式だ。かつて、ロシアがマルクス・レーニン主義を掲げたソビエト社会主義共和国連邦の時代にこの建築様式が盛んに用いられるようになった。一方面から見上げてもその全貌を見渡すことができない巨大なコンクリートビルディングは、2020年代に突入した現代においてもヨーロッパの至るところに残されており、全く別の用途で再利用されているビル、放置されたまま廃虚になりつつあるビル等さまざまだ。

そんなブルータリズムを代表する建築が東ヨーロッパと西アジアをまたぐジョージアにはいくつも存在する。それだけに限らず、同じくソビエト時代を象徴する安価な集合住宅「ホシチョフカ」が街の至るところに残されている。コンクリート剥き出しの無骨な建物は、ノスタルジックな遺産として、かのモダニズム建築の巨匠ル・コルビュジエをはじめとする世界的建築家や写真家を魅了している。その一方で、そこで暮らす当事者達にとっては忘れ去りたい負の遺産と言われ、街の都市開発とともに取り壊しを希望する人々もいる。

ブルータリズム、ホシチョフカに着目し、トビリシで起業した建築デザイナーのNao Tokudaを案内人に迎え、ジョージアに残るブルータリズムや今見るべきスポットを紹介する。ヨーロッパ最後の秘境ジョージアを巡る旅、第2章をお届けする。

Nao Tokuda
1983年、兵庫県生まれ。大阪芸術大学デザイン学科、スペースデザインコース卒業後に上京。東京都内の設計施工会社、デザイン事務所にて商業空間の内装設計業務に約10年間従事後、単身デンマーク王国へ渡欧。現地首都コペンハーゲンの設計事務所にてブティック、カフェ、ホテル等々、大小問わずさまざまな空間の内装デザインを5年間にわたり担当する。2020年、活動の拠点をジョージア国 (旧グルジア) の首都ティビリシへ移し、Design Studio NAO. LLCを現地にて設立。築100年以上の廃虚ビルをリノベーションした茶室プロジェクトは、イギリスの「Dezeen Awards2022」、ジョージアの国際建築アワードにノミネートされる。旧ソ連の住宅を代表する「ホシチョフカ」を改装してユニバーサルな機能を持たせるプロジェクトや宮城復興支援プロジェクトなど、現在も日本と欧州を股に掛け、ボーダレスに活動中。
「Design Studio NAO. LLC」
Instagram:@designstudionao

世にも不思議なジェンガビルディング「Bank of Georgia headquarters」

首都トビリシの中心地から郊外に向かって、クラ川沿いを車で走っていくと見えてくるのが、巨大ジェンガのような外形の「Bank Of Georgia Headquaters (ジョージア銀行・本店)」だ。

下から見上げても圧巻の存在感を放つ同ビルは、1975年にジョージア人建築家ジョージ・チャカバとズラブ・ジャラガニアによって建てられた。元は高級ホテルとして設計が進められた後、高速道路建設省が所持していたが、ソ連崩壊後しばらく放置されたあと、2007年にジョージア銀行によって買い取られ、大規模な改修工事を経て、現在は本社ビルとして利用されている。

トビリシのユニークなブルータリズムとして「Bank Of Georgia Headquater」の名を真っ先に挙げたNaoにその魅力と特徴を聞いた。

「ソビエト連邦だった70年代のジョージアは芸術と文化の首都とも言えるほど、建築もアートも盛んでした。当時のジョージア建築家が競うように、これでもか! という“トンデモ建築”を数多く創出していたのもその時代の特徴の1つです。一見すると非常にクリエイティブで自由奔放にデザインされた建築物が多々混在しているように見えますが、これは当時のソビエトという時代背景やさまざまな制約、また限られた表現の自由の中で、建築家達がギリギリのラインで創造上の自由を攻めあぐねた賜物です。また、今のジョージアよりも相当額の予算をつぎ込んだ重厚感ある建築が多数建設されていたのも特徴です。『Bank Of Georgia Headquater』はその象徴とも言える建物で、ジェンガを交互に重ねたようなブルータリズムの中でも非常に珍しいデザインです。でも、実は平面にすると意外とシンプルな構図となっているというカラクリもおもしろいですね。最近だと、ハリウッドブロックバスター映画『ワイルドスピード9』のクライマックスでトビリシとこの建築がフィーチャーされたのも記憶に新しいです。僕の周りのジョージア人達も多数この映画のスタッフとして関わっていました。ハリウッドが東欧や旧社会主義国家にロケ地を選定するムーブメントの好例ではないでしょうか」。

「Bank Of Georgia Headquater」のすぐ隣にも同じくトビリシのブルータリズムを象徴する建築「Transcaucasia Power Control Centre」がある。ここは、ソビエト連邦時代に電力会社として利用されており、ソ連崩壊後には一時期、結婚式場として利用されていたが現在はほぼ空きビル状態の雑居オフィスビルとなっている。

日本の伝統文化にジョージア文化を融合させた唯一無二の盆栽ショップ

ビニールハウスと呼ぶのは失礼になるほど芸術的な美しさを誇るここは、トビリシで唯一の盆栽ショップ「Bonsai.ge」だ。1歩中に入った瞬間から目を見張るビビッドなグリーンと程よく朽ちた褐色の世界が目の前に飛び込んでくる。盆栽ショップではなく、盆栽ミュージアムと呼ぶにふさわしく、どこを切り取ってもフォトジェニックな空間が見事。

創設者のアレクサンダー・メシュキと息子のニコラス・メシュキの二人三脚によって運営されている同店は、ソビエト時代に父アレクサンダーが手にした1冊の盆栽の本を頼りに、何度もトライアンドエラーを繰り返し、30年以上という長い年数と丹精を込めて作り上げたまさに努力の結晶と言える。アレクサンダーは13歳ぐらいの時に、テレビで初めて盆栽を見たことから興味を持ったという。

広大な敷地に自然があふれるガーデンなど、近隣を含めた美しくて贅沢なロケーションにも見惚れてしまうが、一番の魅力はここでしか見られない店主独自のセンスとアイデアが詰まった唯一無二の盆栽である。寡黙な父親に代わり、息子ニコラスが盆栽について熱い思いを語ってくれた。

「盆栽は日本の伝統的文化であり、ジョージアの文化とは全然違います。しかし、ジョージアで盆栽の魅力を多くの人に伝えて、広めていくにはジョージアならではのアイデアを取り入れるべきだと思いました。そこで、思い付いたのがぶどうの木です。ご存知の通り、ジョージアはナチュールワインの名産地です。ワインの原材料となるぶどうの木を盆栽として育てたいと考えました。

ぶどうの木に限ったことではありませんが、さまざまな木を盆栽として美しい状態に育てるのはとても大変です。数年でできあがるものではなく、何よりコストが掛かります。例えば、日本の盆栽には通常陶器でできた鉢が使用されていますが、ジョージアではとても高級品で仕入れることも困難です。盆栽そのものだけでも高級品なのに、そこに鉢まで含まれたらとてもジョージア人には手が出せない逸品になってしまうのです。そこで、私達は身近にある木を盆栽として育てながら、鉢の代わりに石で代用する等、独自のアイデアとエッセンスを加えています」。

盆栽と聞いて真っ先に思い付くのは、日本の伝統文化である焼き物の鉢に入った松の木だろうか? 確かにそこには和の風情と美を感じるが、同店に陳列された約40鉢の盆栽達は、そのどれも同じものはなく、1点もののアート作品そのものなのだ。ぶどうの木以外に、紅葉、リンゴの木、桜など季節に合わせた樹木が盆栽として育てられている。「Bonsai.ge」では、定期的にワークショップも行っており、盆栽の基礎や芸術的な育て方を伝授しているとのこと。

実はここも他ならぬブルータリズムと関連しているとNaoが説明してくれた。

「“Expo Georgia”というソビエト時代の1960年代から1970年代初頭に建てられた11棟で構成されるブルータリズムパビリオン建築群が、エキシビション会場内に設置されています。当時は国営の施設でしたが1990年に民営化され、今では『TAF(Tbilisi Art Fair)』や『WINE EXPO』等が開催されるイベント会場として利用されています。日本の伝統文化である盆栽とブルータリズムとの絶妙なコントラストも素晴らしいですね」。

築100年以上の歴史的建築をリノベーションしたアパートメントでの暮らし

トビリシの街を歩いていると本当にさまざまな建築様式の住居を発見することができ、建築好きを飽きさせないのもこの街の魅力の1つだ。先に述べたソビエト連邦時代を象徴するコピー&ペースト建築「ホシチョフカ」やブルータリズム建築がひしめく中に、ジョージア王国時代やロシア帝国時代の華やかな建築が混在する街並みは不思議と風情を感じさせる。

Naoの住むアパートメントは、ブラックを基調としたシックなインテリアにレッドの窓扉が目を引くモダンなデザインでありながら、壁にはジョージア建築を代表する剥き出しのレンガが施されている。元は、19世期に建てられた築150年の歴史的建造物というから驚きだが、建設当時は、図書館とカジノを併設した「LONDON HOTEL」という高級ホテルとして、チャイコフスキーやクヌート ハムスンといった偉人達のお気に入りの宿だったとのこと。

トビリシの中心地に位置するアパートメントの並びには、現ジョージア大統領のサロメ・ズラビシュヴィリの官邸があり、近隣には世界的ホテルチェーンのマリオット・インターナショナルが手掛けるヒップなホテル「Moxy」やモダンなレストランやカフェが立ち並ぶ人気観光エリアでもある。

トビリシを訪れて驚いたことの1つにホテルのクオリティーの高さがある。最も有名なのは、デザイン雑誌を総なめしている「Stamba Hotel」やホットスポット「Fabrika」だが、それ以外にもモダンでデザイン感度の高いホテルが次々と誕生している。ちなみに「Stamba Hotel」はソビエト時代の新聞などの印刷工場跡地をリノベーションしているが、そんなデカダンスな印象は微塵も感じさせないほど完璧なまでに洗練されている。

2回だけではとてもジョージアの魅力を語り切れないが、例外なく、物価高騰による異常なインフレーションが起きているとのこと。ウクライナ侵攻により、避難してきたウクライナ人と戦争に反対するロシア人とがひしめきあい、ロシア語が飛び交うトビリシの街の様子は、予測不可能な未来の姿なのだろうか。

Photography Kazuma Takigawa

author:

宮沢香奈

2012年からライターとして執筆活動を開始し、ヨーロッパの音楽フェスティバルやローカルカルチャーを取材するなど活動の幅を海外へと広げる。2014年に東京からベルリンへと活動拠点を移し、現在、Qetic,VOGUE,繊研新聞,WWD Beauty,ELEMINIST, mixmagといった多くのファッション誌やカルチャー誌にて執筆中。また、2019年よりPR業を完全復帰させ、国内外のファッションブランドや音楽レーベルなどを手掛けている。その他、J-WAVEの番組『SONAR MUSIC』にも不定期にて出演している。 Blog   Instagram:@kanamiyazawa

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