「ストフ」20年でデザイナーの谷田浩が映像を通して伝えたい世界

谷田浩
和裁学校の教師の祖母と母を持つ。中学2年で漫画家ではなく、ファッションデザイナーになることを決意する。名古屋モード学園卒業後、大阪でショップMDを経験。2001年上京し、「DIET BUTCHER SLIM SKIN」の立ち上げに参加。2004年に「ストフ」を設立。
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ブランド設立から20年の歴史を振り返る

−−まず、ブランド設立20周年、おめでとうございます。ここまで続けてこれた理由はなんだと思いますか? 

谷田浩(以下、谷田):ありがとうございます。STOFの提案しているファッションは、TOKIONの読者層にも潜在的に親和性があると願望込みで思っていますが、正直なところ、今初めてSTOFを知ったという人も多いのでは?と想像しています。そんな日陰でもひっそりと20年咲き続けてこれたのは、取引先、関係者、店舗、顧客など、良き理解者達に支えられてるのと、あと、単純に私に才能があるからだと思います(笑)。

−−20年という節目にどんなことを思いましたか?

谷田:「ストフ」はあまり変わっていないけれど、世界は大きく様変わりしたなと感じています。

−−具体的にはどのようなことでしょうか?

谷田:なんというか、みんな真面目になっちゃったなと感じています。例えばですが、パロディとオマージュとパクりのガイドラインが有識者の良識ではなく、疑わしければ叩こう! といった方向性になってしまったりとか。

流れが変わった顕著な出来事としては、ソーシャルメディアの台頭ですよね。ソーシャルメディアには功罪があり、上手く使えばいいといった指摘に反論するのは困難ですが、ファッションと高い親和性があるようで、実は相性が最悪だと思っています。具体的にいうと、ファッションスナップはソーシャルメディアによって隆盛を迎えるかと思われましたが、いいね数が可視化されることへの違和感が拭えず、実際には低迷しました。極めて“private”なファッションは、“social”なソーシャルメディアという場所に向かないのか、多くの個性的なブランドが消えてしまったり、オーセンティックな方向へとシフトチェンジしました。

グローバルな価値観とダイバーシティは一括りに語られたりしますが、実は真逆なものなんじゃないかと思います。個人的にも自己顕示欲がほとんどないので、ソーシャルメディアとの親和性のなさは痛感していますが……。すみません、話が逸れましたね。

−−ブランド名の「ストフ(=STOF)」はオランダ語で“布”、20周年を迎える2024年春夏コレクションのテーマも“Voorplet!(=楽しいことが行われる前のワクワク感)”とオランダ語ですが、何かオランダという国に強い思い入れがあるのでしょうか?

谷田:欧州にはけっこう行っていますが、実はオランダには行ったことがありません。ブランドを始めた当初、オランダのデザイン集団droogのクリエイションにシンパシーを感じたのと、できるだけ意味の薄いブランド名にしたくて、音や見た目もシンプルな”STOF”を選びました。

多言語に翻訳しにくいけど説明したら理解できるみたいな、非言語領域の地球人あるあるに興味があって、“Voorplet”は「楽しいことが行われる前のワクワク感」を意味するので、世界中至るところで行われ、土地、宗教、文化、伝統に多くの人が心を通わせ歓喜する「祭」としてとらえてテーマにしました。オランダにはいつか行きたいと思っていますが、どちらもオランダ語になったのは偶然ですね。

映像作品として発表した2024年春夏コレクション「Voorplet!」について

−−2024年春夏コレクションは、民謡クルセイダーズとのコラボレーションによるMVのような映像で発表されましたが、なぜランウェイではなく、映像作品として発表しようと思ったのですか?

谷田:ランウェイという形で祭りを表現するのであれば、お客さんも全員踊ってしまうような演出にしたかったのですが、頼んで踊ってもらうのではなく、思わず踊ってしまうという現象は日本人の気質的に難しいと考えました。それと、普段とは違う何かをすると決めていたので、2017年に開催したような音楽フェスを開催するか、映像作品にするかの2択で迷いました。記録しておきたい、感謝を伝えたいという気持ちがあり、映像というフォーマットで作品にすることを決めました。

「ストフ」2024年春夏コレクション「Voorplet! feat.民謡クルセイダーズ」

−−ファッションブランドでありつつも、アートや音楽といったカルチャーとの深い結び付きを感じさせます。どんなことからインスピレーションを得ているのでしょうか?

谷田:旅や音楽、漫画、映画、アートなどさまざまなカルチャーからインスピレーションを得ています。 自分はいわゆるファッションの人ではないと自認していて、これまでの人生の中でインプットしてきたものを、主にファッションという形でアウトプットしているようなイメージです。

−−グラフィカルなデザインやアブストラクトなシルエット、特徴的なディテールデザインに定評があると思いますが、2024年春夏コレクションにおけるグラフィックやデザインの特徴を教えてください。特にこだわった点はどこですか?

谷田:グラフィック的には、祭りと高揚感が2つの大きなキーワードとしてあったので、リオのサンバ、ブルガリアのクケリ、インドのホーリー、ネバダのバーニングマンなど、世界中の祭りをリサーチして、それらをフュージョンし、世界のどこでもない祭りのグラフィックをコラージュすることにこだわりました。また、日本的な魑魅魍魎の宴の絵をアーティストの水野健一郎に依頼して刺繍に落とし込んだものは、今シーズンのメインアイテムになっていると思います。シルエットに関しては、極力シンプルにすることにこだわり、音楽フェスに着ていけるようなアウトドアテイスト、日本の伝統的な祭り衣装のリデザインが主軸となっています。 

−−これまで、多くの国と取引を行っていますが、特に勢いを感じた国はどこですか?

谷田:ファッション的に勢いがあるなと思ったのは中国ですね。 上海ももちろんですが、成都の街並みは圧倒的でした。日本にいるとあまり耳にしないような温州市、杭州市でも何百万人もの人口を抱えていて、ちゃんとした良い店もあります。全体のクリエイティヴィティのアベレージはまだまだですが、抑圧がある分、自由に対する希求があるからなのか、現地デザイナーの作品も原初的なつくる喜びに溢れていて、世界の工場と言われる生産背景もあり、今の日本のファッションから失われたものが、ここにはまだ生きていると感じました。

−−欧米諸国にも多く行かれていると思いますが、どんな印象を受けましたか?

谷田:パリとニューヨーク、それぞれのファッションウィークに何度か出展していたときの感想ですが、パリは、やや権威主義的で見慣れぬブランドに対しては関心が薄いように感じました。ただ、ヨーロッパ、中東、アジア等世界中からブランド、バイヤーが集まるのは大きな魅力ですし、私も地味に経験があるのですが、バイヤーとして訪れるなら、やはりパリがオススメだと思います。逆にニューヨークは、物自体を見てヴィヴィッドな反応が返ってくることが多かったです。あとはセクシュアリティを求める声が多かったのが印象的でした。そこを目指してないから仕方がないのですが、セクシーじゃないとよく言われました。

個人的な旅行で訪れた経験としては、ヨーロッパではアイスランド、アメリカではゴールデンサークルを車で周ったのですが、どちらも最高でした。でも、おそらく今世界で一番おもしろいのは日本の地方だと思います。

−−海外へ目を向ける人も多い中、日本の地方に可能性を見出して興味深い活動をしている人も多いですよね。

谷田:日本に限った話ではないかもしれませんが、大都市圏は地価の問題もあり、まず広く、気持ちよく、美しい空間を確保することが困難です。加えて、情報も物も飽和していて、バッティングの問題もあり、抜群の感性を持った経営者がいたとしても、空間、品揃え、すべてを満足いくレベルで揃えるのは難しい。その点、地方であれば、空間のコストとバッティング問題をクリアしやすいので、リスクを恐れずに思い切ったお店作りができる。同じ状況が、宿泊業や、飲食業界でも起きていて、魅力的な店、街が地方に増えていると思います。最近はソーシャルメディアの普及で情報の地方格差もなくなってきているので、この流れは今後さらに加速していくでしょうね。

−−谷田さんは、「ストフ」以外にも、レディスブランドの「ベッドサイドドラマ(bedsidedrama)」、アウトドアブランドの「ネイバー(NEYVOR)」、キッズブランドの「カー (K/A/A)」、「トゥマッチライフウェア(Too Much Life Wear)」、ユニゾン・スクエア・ガーデン(UNISON SQUARE GARDEN)の鈴木貴雄さんとやられている「パンタレイ(PANTARHEY)」等、ファッションブランドだけでもかなり多くのブランドを手掛けられています。これは、デザイナーとしてもかなり希少だと思うのですが、どういった経緯があったのでしょうか?

谷田:もともと趣味が多面的で、1つのブランドでアウトプットしようとするとブレてしまうのと新しいことをするのが好きなんです。あとは流れですかね。アーティスト気質ではなく、単純にデザインするスピードが速いというのもあると思います。

−−なるほど、ブランドを手掛けるにはスピードも必要ということですね。他にもこれからファッションデザイナーになりたいという若者にアドバイスがあったらお願いします。

谷田:率直に言うのなら、今から独立系のデザイナーを目指すのはきついからやめとけば、と(笑)。それでもやりたいというのなら、ブランドを立ち上げる前に自分自身のステータスを上げる努力をするといいんじゃないですかね。それこそ、地方でめちゃくちゃ良い店を作るとかでもいいし、芸人とか、YouTuberとかで人気者になるとかでもいいと思います。モノ作りをする前に、最悪ダメでもこっちでも食えますっていう柱があった方が余裕があっていいものが作れると思います。

余裕と愛とユーモアを大切にして、やられた! と思わせるようなものを見せつけてください。

−−今後やりたいことや叶えたい夢はありますか?

谷田:昔から一貫してそうなのですが、ありとあらゆることをやりたいです。旅行、文筆、グラフィック、飲食など興味のあることはたくさんあります。20年を1つの節目として、ファッションにも東京にもこだわらずに新しいことをどんどんやっていきたいので、心ある方からの無茶ぶりお待ちしています。 決まっていることで言うと、来年春に、「ATARAYO/可惜夜」という怪談イベントを開催する予定なのでぜひ観にきてください。

author:

宮沢香奈

2012年からライターとして執筆活動を開始し、ヨーロッパの音楽フェスティバルやローカルカルチャーを取材するなど活動の幅を海外へと広げる。2014年に東京からベルリンへと活動拠点を移し、現在、Qetic,VOGUE,繊研新聞,WWD Beauty,ELEMINIST, mixmagといった多くのファッション誌やカルチャー誌にて執筆中。また、2019年よりPR業を完全復帰させ、国内外のファッションブランドや音楽レーベルなどを手掛けている。その他、J-WAVEの番組『SONAR MUSIC』にも不定期にて出演している。 Blog   Instagram:@kanamiyazawa

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