現代アートの重鎮イケムラレイコが表現する動物の中にある人間性とエロス

イケムラレイコ
画家、彫刻家。1991年〜2015年までベルリン芸術大学教授を務める。 2009年にアウグスト・マッケ賞を受賞。2014年から女子美術大学大学院客員教授。 2020年に芸術選奨文部科学大臣賞受賞。 近年の主な個展には「Toward New Seas イケムラレイコ 新しい海へ」(バーゼル美術館、スイス、2019)、「土と星 Our Planet」(国立新美術館、東京、2019)等がある。

ベルリンとケルンを拠点に世界中を舞台に活躍する日本人アーティスト、イケムラレイコが、ベルリンのギャラリー「ザ・フォイエルレ・コレクション(The Feuerle Collection)」にて個展「When Animals Become Art.」を開催中。ウサギのガラス彫刻やヴィンテージの「シュタイフ」のぬいぐるみ等、動物でアートを表現した同展に込められたメッセージとは?

ベルリンで開催中の「When Animals Become Art.Leiko IKEMURA」をレポート

入った瞬間、神聖な空気が流れ、心が洗われていくような不思議な感覚になる。ベルリンのクロイツベルク区に位置するギャラリー「ザ・フォイエルレ・コレクション」は、自分にとってきっとパワースポットのような特別な場所なのだと思う。

ミュージアムと呼べるほど広大な敷地面積を誇る同ギャラリーは、第二次世界大戦時に使用されていたと言われる情報通信防空壕の跡地をイギリス人建築家ジョン・ポーソンによって改装されたものだ。剥き出しのコンクリートを暗闇が覆い、必要最低限ながら的確に捉えたライトで照らされる作品。

ミニマルで厳かな空気漂う空間には、7世紀から13世紀のクメール彫刻、紀元前200年から17世紀の中国皇帝が使用した家具、荒木経惟の写真、クリスティーナ・イグレシアスの作品等が展示されており、古典美術と現代美術が対比している。

「ザ・フォイエルレ・コレクション」では、常設展示とは別にイレギュラーに企画展「SILK ROOM」が開催されている。現在は、日本人現代アーティストの重鎮として世界で活躍するイケムラをゲストアーティストに迎え、創設者のデジレ・フォイエルレ自身がキュレートする「When Animals Become Art」が会期中だ。イケムラは、当時まだ海外進出する女性アーティストが少ない1970年代にスペインに渡り、その後スイスに移住、1983年にはドイツのボンとニュルンベルクで初のグループ展を開催。1990年から2016年までは、ベルリンのUDK(ベルリン芸術大学)で教授として教鞭をとり、2014年からは東京の女子美術大学で教鞭をとっている。現在までに世界29ヵ国以上、700回以上もの個展やグループ展を開催しており、作品はベルリンの州立博物館や東京国立近代美術館等にコレクションされている。

「SILK ROOM」第2弾となる同展「When Animals Become Art.」は、400㎡の展示スペースに、イケムラが1990年から2022年までに制作したアーカイヴから厳選された作品と自身がこれまでに収集した希少価値の高いヴィンテージの「シュタイフ(ドイツの老舗ぬいぐるみメーカー)」のぬいぐるみが独自の展示スタイルで並ぶ。

タイトルの「When Animals Become Art」とは日本語で「動物がアートになるとき」を意味するが、そこには一体どんな思いが込められているのだろうか。イケムラは以下のように述べる。

「人間の中に動物的な側面が存在することは容易に理解できますが、動物の中にも人間の行動が存在すると考え、それを表現しています。人間と動物は共存して生きています。私は、動物は単なる生き物ではなく、人間との違いはあれど根本的にもっと繋がっていると考えています。その一例が“キツネ”です。私達が考える一般的なキツネという概念は非常に単純なものですが、キツネは物語の中で動物という存在から別の形に変身することができ、女性の姿になることもあります。キツネの出現とその謎めいた物語は神話から由来しています。ウサギも同様に不思議な意味を持つ動物の例えです。私は“ウサギ”という日本語の発音が大好きで、その美しさは彫刻の造形にも反映されています。ウサギの大きな耳はアンテナのような働きをしています。ジグザグする動き方は、精緻な自己防衛手段として予測不可能なスキルを表しています」。 

自身が制作したオリジナル作品と並列して展示されたのが、「シュタイフ」の希少なヴィンテージの動物達だ。イケムラはそれらをギフトとして受け取ったり、アンティークマーケットや店頭のショーウィンドウで見つけたりして、長年にわたり、収集してきたという。トレードマークである左耳につけられたボタン「ボタン・イン・イヤー」にも魅了されたというが、もとは誰かの大切な持ち物として触られ、愛されながら、最終的には見捨てられてしまった悲しい物語も存在する。年月が経ち、ヴィンテージとなったぬいぐるみは、高級感が漂いながらどこか悲しげに見えるのはそういった背景があるからかもしれない。

以前からイケムラと親交があり、今回の展示に至った経緯をデジレ・フォイエルレは「レイコの家で一緒に夕食をとっている時に、彼女がこれまで集めてきたシュタイフの動物達が、彼女の作品と同様に子どものような遊び心があり、魂を持っていることに気付きました。作品との違いは、視覚的にねじれており、ややエロティックで官能的であることです。そう感じたことから私は、フォイエルレ・コレクションで同展を企画することを思いつきました。一方では動物、もう一方では女性の官能性への明確な言及によって、喜びと濾過されていない動物の喜びの重要性が見えてきました。動物を見て彼等の魂を感じると同時に、エロスを重視し、私達人間の動物的側面との繋がりを見つけることができます」と語る。

7月より長期にわたり開催されてきた「When Animals Become Art」は、2024年1月7日でいよいよ会期終了を迎える。「ザ・フォイエルレ・コレクション」は、訪れた回数だけ新しい発見やこれまでなかった感情が湧き上がる場所だ。企画展、常設ともに特別な体験ができることを保証したい。 なお、企画展「SILK ROOM」では、ゲストアーティストによる展覧会だけでなく、パフォーマンスやアーティストトーク、上映会、コンサートなど、さまざまなプログラムが開催されており、日本人アーティストやクリエイターの活躍の場となっている。            

author:

宮沢香奈

2012年からライターとして執筆活動を開始し、ヨーロッパの音楽フェスティバルやローカルカルチャーを取材するなど活動の幅を海外へと広げる。2014年に東京からベルリンへと活動拠点を移し、現在、Qetic,VOGUE,繊研新聞,WWD Beauty,ELEMINIST, mixmagといった多くのファッション誌やカルチャー誌にて執筆中。また、2019年よりPR業を完全復帰させ、国内外のファッションブランドや音楽レーベルなどを手掛けている。その他、J-WAVEの番組『SONAR MUSIC』にも不定期にて出演している。 Blog   Instagram:@kanamiyazawa

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