多くのブランドから愛される「ループウィラー」が守る“文化としての日本の技術”

日本発のスエットシャツといえば、まず名前が挙げられるのが「ループウィラー」だ。吊り編み機を使用して作られた製品は、ヴィンテージスエットのようなふっくらとした仕上がりで、かつ耐久性にも優れ、着実にファンを増やしている。近年、アパレル業界で問題となっている大量生産とは全く逆の考え方は、スタート当初は受け入れられなかったというが、最初に作られた「LW01」は現在スエットの定番として多くのメディアでも取り上げられている。最近はサカナクションや「カラー」などとコラボを行うなど、多くのブランドから愛されている「ループウィラー」。そこに込められた“ものづくり”へのこだわりを聞いた。

——鈴木さんは1999年にブランド「ループウィラー」をスタートしましたが、何がきっかけだったんでしょうか?

鈴木諭(以下、鈴木):もともとブランドを始める前はアパレルのOEM生産を手掛けていたんですが、バブルが崩壊して1990年代前半〜中頃にかけてアパレルの生産が中国にシフトしていったんです。その結果、1980年代は和歌山に吊り編み機の工場が10軒ほどあったのが、97年に2軒ほどまで減ってしまったんです。僕自身が吊り編み機で作られた製品が大好きで、そこで働く職人の技術力を含めて、文化的なものだと考えていましたので、この吊り編み機をなんとか次の世代に残したいという強い想いから、この機械で編まれた生地のみを使用したスエットシャツブランドを始めました。

スエットといえばアメリカの「チャンピオン」が有名ですが、吊り編み機で作られていたのは、1965年くらいまでで、そこから5年ほどは吊り編み機で作られたものと高速で編めるシンカー編み機で作れられたものが混ざっていき、1970年代からはほとんどシンカー編み機に入れ替わりました。以降、世界中でシンカー編み機が主流となり、今では吊り編み機を使って完成度の高いスエットを作れるのは日本だけだと思います。

そもそも僕らのように文化として日本の技術を伝えていこうというブランドがないと、日本の工場は残っていかないですよね。1990年代前半〜中盤に掛けて多くの工場が廃業するのを見てきました。今になって、メイド・イン・ジャパンでものを作りたいといっても、もう工場がかなり少なくなっているので難しいのです。その重要さは当時はあまり理解されていませんでした。

——まず吊り編み機を文化として守りたいという気持ちからスタートしたんですね。そこまで鈴木さんが愛する吊り編み機の魅力はどこにあるんでしょうか?

鈴木:吊り編み機の場合だと1つの機械で編めるのが1時間で1メートルほどで、1日でも8〜9メートルしか編めない。数にしたらスエット7、8枚分しかできないんです。もっとたくさん作るには編み機の回転数や糸を供給するスピード、巻き取るスピードを速くする必要があります。シンカー編み機だと約30倍の速さで作ることができます。ただそんな風に速くすると、糸に余計なテンションがかかってしまって、糸が持つ100%の力を発揮できない。吊り編み機はゆっくり編むので余計なテンションがかからず、ふっくらとした仕上がりになるのが特徴で、耐久性にも優れています。そっちの方がやっぱり僕はいいと思うから、時間もかかるし、大量には作れないけど、吊り編み機で作り続けています。

日本より先に海外で人気になった

——1999年に「ループウィラー」をスタートしてからは順調でしたか?

鈴木:当時は裏原系の流れもあって、グラフィックがカッコいいものが人気でしたから、「無地でベーシック」「メイド・イン・ジャパン」「ものが良くて長く着られる」といったキーワードは受け入れられませんでした。セレクトショップなどへの卸を考えていましたが、全然相手にしてもらえなくて、一時は「自分がやっていることは本当に正しいのか」と不安に思っていましたね。

ちょうどその頃、「ドゥニーム」「エヴィスジーンズ」「フルカウント」といった日本発のデニムブランドがイギリスですごく売れていて、それなら「ループウィラー」にも可能性があるかもと思い、イギリスにいる知り合いを頼って、売り込みに行きました。イギリスには3回くらい行きましたが、運よく高級百貨店「セルフリッジ」のバイヤーが気に入ってくれて買い付けてくれたんです。それが2000年初めくらいのことで、それをきっかけにイギリスの雑誌が取り上げてくれたりもしました。その後、パリの「コレット」のサラ(・アンデルマン)がメールで連絡をくれて、1週間後に急いでサンプルを持って商談に行き、翌日にはオーダーを入れてくれましたね。その次はニューヨークにあったジャックスペードの10坪ほどの店で、「LW01」のグレーの取り扱いが始まってというように、日本ではダメでしたが、まずは海外の人が「メイド・イン・ジャパン」というキーワード、モノづくりを気に入ってくれて取り扱ってくれました。

そうして、2000年、2001年は主に海外向けにやっていたんですが、海外取り引きの難しさに直面し、このままだと大変な目に合うなと気付きました。ただ海外で認められたことで、僕達のやっていることは間違いではないという感触はつかめたので、日本では卸しで取り扱ってもらうよりもまずはもののよさを伝えていくことが大事だと考え方を変え、自分達で店舗を構えることにしたんです。

——それで2002年7月に中目黒に店舗を構えることになったんですね。

鈴木:当時仲がよかった「グルーヴィジョンズ」や「バンザイペイント」もちょうど小売りをやりたいと考えていたみたいで、それなら一緒にやろうかと地上3階の小さなビルがあって、そこで1階は「ループウィラー」、2階は「バンザイペイント」、3階は「グルーヴィジョンズ」で店を始めたんです。土日はお店に立つようにして、来てくれたお客さんに吊り編み機の説明をしていました。中目黒の店は3年ほどでクローズし、2005年に千駄ヶ谷に「ループウィラー」の旗艦店をオープンしました。当時は神宮前に事務所があったので、歩いて行ける場所で探していて、いろいろなご縁から千駄ヶ谷に来ました。その後は、福岡、大阪に出店し、現在では3店舗です。店舗に関しては人との縁があってやれているという感じですね。

——最近はサカナクションや「カラー」などコラボレーションも積極的に行っていますが、これは向こうから声を掛けられることが多いんですか?

鈴木:そうですね。よくご相談を受けて、それは大変ありがたいのですが、コラボは基本的にある程度、お互いを理解している人としかやらないと決めています。そうじゃないとうまくいかない。サカナクションの(山口)一郎さんや「カラー」の阿部(潤一)さんは、店舗の設計をやってくれた片山(正通)さんを通して仲良くなりました。「カラー」に関しては、「ループウィラー」の袖タグで使用しているカタカナフォントを渡して、自由にデザインしてもらいました。ボディーに関しては、「LW01」をそのまま使いたいと言ってくださって。とても光栄でした。

——確かに、あのカタカナも特徴的ですね。

鈴木:最初にイギリスに行った時に、何か日本のブランドだとわかるものが必要だと気付いたんです。それで漢字だと中国とも混同されてしまうし、ひらがなだと難し過ぎるということで、カタカナにしました。海外の人からするとカタカナは図形のようにも見えるらしくて、それもいいなと思いましたね。最初は伝わらないと思ったけど、やっている内にそれが浸透してきて。ただ当時日本人には「ダサい」「絶対にやめた方がいいよ」と言われましたけどね(笑)。

袖部分にあるカタカタタグが特徴的

——人気なのはやはり定番の「LW01」ですか?

鈴木:定番の「LW01」は人気ですが、他にもシルエットが全体的にスリムな「LW250」、ハイジップフーディの「LW290」も人気です。そうした定番品も少しサイジングを変化させて、アップデートを行っています。

震災をきっかけに消費者の意識が変化した

——ビジネスが軌道にのったのはいつ頃ですか?

鈴木:1999年にブランドを始めて、最初の10年はきつかったですね。僕らの仕事は“STAY SMALL”。今、吊り編み機のある工場は3つしかなく、使える機械の台数も決まっている。必然的に製品を作れる最大数は決まってくるので、限界のある商売をしているんです。その中で去年よりも今年、今年よりは来年と少しずつ良くなればと思ってやっています。2000年代はI T業界の影響やファストファッションブームもあって、大きくしていくという志向が幅をきかせていて、僕達の仕事は共感されることは少なかった。それが2008年くらいから徐々に良くなってきて、大きく変わったのは2011年の震災後でした。そこからものに対する価値観も変わって、ブランドに興味を持ってくれる人が増えて、「ループウィラー」のような文化的な考え方がみんなにわかってもらえるようになってきました。

——お客さんは男性が多いですか?

鈴木:男性が多いですが、女性のお客さまも2割ほどいらっしゃいます。奥さんや彼女が夫や彼氏のスエットを洗濯した時に、その違いに気付いて、自分の分も購入してくれるケースもあります。そうして気に入ってくれるのはこちらとしてもすごくうれしいです。

——最後にこれからの展望は?

鈴木:あまりないかも(笑)。僕らの仕事は真面目にものづくりに向き合って、1つひとつ地道に積み上げていくもの。目の前にあることを真摯にやっていくことが、信頼、信用に繋がっていって、お客さまから愛されるブランドになる。今はなかなかリアルでは集まりにくい状況だからこそ、ワクワクするコラボなどをやっていってファンに楽しんでもらえればと思っています。

鈴木諭
静岡県生まれ。1991年に起業し、カットソーを専門とするOEM生産を手掛ける。1999年に自社ブランド「ループウィラー」をスタート。現在は東京、大阪、福岡に店舗を展開。「ナイキ」や「カラー」など幅広いブランドとコラボを行っている
http://www.loopwheeler.co.jp/

Photography Takahiro Otsuji(go relax E more)

author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社。2020年8月から「TOKION」編集部に所属。

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