「ベルリン・アート・ウィーク」に見るフィジカルなアートの重要性とローカルカルチャーの未来

9月9日~13日、世界は変わらず混沌としている中、開催に踏み切った「ベルリン・アート・ウィーク」は例年以上の盛り上がりを見せた。ローカルアーティストの実力の再確認、フィジカルな芸術への再評価、ベルリンという街の存在意義の再認識、それらは、国境を越えることが簡単ではなくなってしまった今の時代を象徴しているかのようだった。外の世界へとアンテナを張り巡らせ、もっともっと広い世界を見たいと躍起になっていた時代は一旦幕を閉じざるをえない状況にある。これからは、目の前にあるもっと身近なものにフォーカスし、それらをクリエイトする時代がやってきたのではないだろうか。

気候変動によって死にゆく森林の再生プロジェクトをデジタルアートで表現するドイツ人アーティスト、ドイツで初の展示を行った対照的な2人の日本人彫刻家、音響兵器からインスパイアされたサウンドオブジェクトを作り続けるドイツ人アーティスト。ドイツと日本、それぞれを拠点に活動する4人のアーティストにスポットを当て、ベルリン市内のミュージアムやギャラリーで開催された「ベルリン・アート・ウィーク」のレポートとともにお届けする。

まず、最初に足を運んだのが、ミッテ区にあるコンテンポラリーアートギャラリー「DITTRICH & SCHLECHTRIEM」にて、現在も開催中のドイツ人アーティスト・アンドレアス・グライナーによるインスタレーション「Jungle Memory(Wald für Morgen)」だ。エントランスから階段を降りて地下の展示スペースへ向かうと、暗闇の中でう浮かび上がる大きなスクリーンに映し出された森林の映像と荒廃した9本の木々が並ぶ。これらは、干ばつやキクイムシの大量発生によって枯れてしまったトウヒの木々であり、ドイツのニーダーザクセン州の都市ゴスラーにある森林から運ばれてきたもの。3200ヘクタールという広大さを誇るゴスラーの森林は、約50%がすでに枯れているという深刻な状況に陥っており、ドイツやポーランドの死にゆく森林を救うために立ち上がったのがアンドレアスである。

9000人もの地元の子ども達が、アルゴリズムによってデザインされたらせん状のパターンに木を植えたり、枯れてしまったトウヒの木を成長中の新木を保護するために再利用したりとさまざまな活動を行っている。こうした活動は、地元の学校や政府の協力を得ながらゴスラーの町の創設から1100年を迎える2022年まで続けるという。アグロフォレストリーの概念を取り入れた森林再生プロジェクトは、通常アーティストではなく環境活動家が行うものだ。しかし、アンドレアスは写真やLED、映像などを人工知能を用いたデジタルアートで再現することで、自然とデジタルとの相互作用による芸術を生み出している。

さまざまな森林で撮影した1万枚もの写真をデータ化し、緑豊かだった森林がどのように死んでいき、再生されていくのかといったプロセスをスクリーンで表現している。これは、単なる記録写真ではなく、現在進行形で荒廃が進んでいることをリアルタイムで感じられるように表現している。

トウヒの木をリサイクルして作ったスクリーンの額縁。木のボックスには木を植えている女性の画像が刻まれている。これは、1949年に50ペニヒのコイン(ドイツマルク)に刻まれた環境活動家の像であり、彼女への敬意が込められている。

ベルリンの西側へ移動し、中世ヨーロッパの雰囲気漂うエレガントなギャラリー通りにある「Bermel von Luxburg Gallery」へと向かった。アルトバウ(第二次世界大戦前に建てられた建物)のアールヌーボー様式が美しい同ギャラリーでは、3名の画家と3名の彫刻家による合同エキシビション「Equilibrium」が開催されている。ラテン語でバランスという意味を持つ「Equilibrium」と題された同展では、鹿の骨や角を使用した繊細でリアルな花の彫刻を制作する橋本雅也と、数種の金属を織り交ぜたダマスカス鋼でミニマルな彫刻を制作している加藤貢介の2名が選出されており、彼らのドイツにおける初出展という記念すべきエキシビションとなった。

作品に一歩近寄るだけでも花や羽が振動を感じてわずかに揺れる。本物のように繊細なそれらは、とても自然界に逞しく生きる鹿の骨や角といった硬い物質から作られているとは信じ難い。しかし、草花の短く儚い命に動物の生命の強さを吹き込み、彫刻として永遠に残るものに生まれ変わらせたように思えた。水仙は毎年制作している近年最も注目を集めているシリーズ作品であり、実物の水仙を花瓶に挿し、太陽の光を浴びて成長する様子を観察しながら制作しているという。

草花をモチーフに繊細な作品を作り続ける作家にして、インドの山奥での経験をルーツに持っていることも非常に興味深い。2000年にインドの山奥を旅した際に川沿いで見つかった流木を拾い上げて磨き、その性質に魅了されたことをきっかけに彫刻の道を歩みだしたという。自然界に存在する美しいもの達は、モチーフとなり、材料となり、新たな命が吹き込まれ、また全く別の美しいものへと生まれ変わる。染色をせずに素材そのものの色や特徴を活かした橋本雅也の作品からそんなことを感じた。

対照的に、堅牢で無駄を削ぎ落としたミニマルな作風の中にエレガンスを感じさせるのが加藤貢介による真っ黒な作品である。日本刀の材質である鋼を用いた作品は、ベルリンの美しい洋館で日本の戦さの歴史を物語っているようだった。目を凝らしてみると木目のような斑点模様があり、これは種類の違う鉄やニッケルなどの金属を混ぜ合わせて幾重にも重ね合わせて作るダマスカス鋼によるもの。ダマスカス鋼は、古代インドで作られ、欧州の地へと広がったナイフに用いられる金属でもある。

日本の伝統文化や歴史を感じさせる和のテイストでありながら、抽象的でミニマルなデザインに異文化を織り交ぜた独特の存在感を放つ作品達に魅了された。隣り合う部屋にそれぞれの全くテイストの違う作品が並ぶ様子は、欧州の地で暮らす私達に改めて日本芸術の素晴らしさを認識させてくれた。

最後は、旧東ドイツの面影を色濃く残したままのクロイツベルク区にあるコンテンポラリーギャラリー「KINDL」へ。ここは、最もベルリンらしいスポットと言えるだろう。”KINDL=キンドル”とはベルリナーであれば誰でも知っているビールメーカー「Berliner Kindl」のことであり、1600平方メートルもの広さを誇る醸造所跡地をすべてアートスペースとしてリノベーションしている。リノベーションして違う用途で再利用している建物は他にも多数あるが、同ギャラリーの空間の豪快さと贅沢さに圧倒される。

アートウィーク期間から来年の5月までインスタレーションと展示を行っているのが、ドイツ人アーティストのニック・ノヴァックだ。ニックは、第二次世界大戦中に使われた音響兵器からインスパイアされた巨大な可動式スピーカーを制作しており、世界各地のサウンド業界や音響マニアから高い評価を得ている。「Schizo Sonics」と題された同展では、2010年に制作したブルドーザー型スピーカー「Panzer」と最新作である2019年に制作されたクレーン型スピーカー「Mantis」とが向かい合って展示されており、これらはサウンドタンクと呼ばれるオブジェクトでありながら、戦闘車のようにも見える。

ベルリンで生まれ育ったニックの作品には、東西が分断されていた時代やドイツにおける戦争の歴史的背景を強く感じさせる。アートウィーク中に行われたオーディオビジュアルインスタレーションでは、1960年代の冷戦時代の象徴であるベルリンの壁で戦ったドイツ軍によるイデオロギーの演説をビートミュージックに乗せて発表した。これは、聴覚器官や脳にダメージを与える音響兵器へのアンチテーゼでもあり、スピーカーから流れ出る音は壁や天井に反射し、約9秒間木霊する。工事現場から運び込まれた23トンもの石が敷き詰められたフロアーの中から偶然にも旧東ドイツ(DDR)時代の製品であるDDRの缶の残骸を発見した。

ニック・ノヴァックに関しては、彼の活動をずっと追ってきた日本人映像クリエイター田中弘雄のインタビューとともにアナザーストーリーとしてお届けする。

author:

宮沢香奈

2012年からライターとして執筆活動を開始し、ヨーロッパの音楽フェスティバルやローカルカルチャーを取材するなど活動の幅を海外へと広げる。2014年に東京からベルリンへと活動拠点を移し、現在、Qetic,VOGUE,繊研新聞,WWD Beauty,ELEMINIST, mixmagといった多くのファッション誌やカルチャー誌にて執筆中。また、2019年よりPR業を完全復帰させ、国内外のファッションブランドや音楽レーベルなどを手掛けている。その他、J-WAVEの番組『SONAR MUSIC』にも不定期にて出演している。 Blog   Instagram:@kanamiyazawa

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