過去作を無料配信 フィリピンの映画会社「TBAスタジオ」の先駆的試み 連載「ソーシャル時代のアジア映画漫遊」Vol.3

本連載Vol.2で取り上げたタイのアノーチャ・スウィチャーゴーンポン監督。彼女が設立した映画会社「Electric Eel Films」のTwitterが開設されていた。アノーチャ監督がベッドで赤ちゃんを抱いている動画も公開されているのでチェックしてほしい。今回は、フィリピンの独立系映画製作・配給会社「TBAスタジオ」YouTubeチャンネルで無料配信している作品を取り上げたい。

YouTube上で作品を無料配信するフィリンピンの映画会社「TBAスタジオ」

“ソーシャル時代”とタイトルに掲げたわりには、第1回、第2回ともにネットで視聴できない作品を取り上げてきたので、今回はYouTubeチャンネルで無料視聴ができるフィリピン映画について取り上げる。無料配信を行っているのは、フィリピンのTBAスタジオという会社だ。TBAとは、この会社の元になったフィリピンの3つの独立系映画会社、「Tuko Film Productions」「Buchi Boy Entertainment」、そして「Artikulo Uno Productions」の頭文字を合わせたもの。TBAスタジオは、タイの映画会社「GDH 559」(映画『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』『ハッピー・オールド・イヤー』他)、ベトナムの映画会社「Studio68」(映画『ソン・ランの響き』『ハイ・フォン』他)と並ぶ、東南アジア映画の新潮流を牽引する映画会社の1つだ。YouTubeチャンネルにおいて過去作の配信は、ベトナムの映画会社が断続的に実施しているものの、ここまで継続的な配信はなく、東南アジアの人気映画会社では先駆的試みである。ただし、残念ながら英語字幕のみで、日本語字幕はない。
では、配信されている作品のうち、ぜひ観てほしい2本を取り上げ、紹介しよう。

X指定になりかけたジェロルド・ターログ監督によるサイコスリラー映画

※クリックすると『至福』のYouTubeサイトに

『至福』(2017)

人気女優ジェーンは、新作映画の撮影現場で転落事故に遭い、昏睡状態に陥る。自宅のベッドで目覚めた彼女は半身が麻痺し、夫に軟禁されていることに気付く。そして彼女は次々と怪奇現象に襲われる。怪奇現象に加えて、複数の登場人物による回想シーンが説明なしに提示されるため、主人公の身に何が起こっているのか、観客の思考は混乱させられる。終盤、それまでバラバラだったパズルのピースが埋まり、このストーリーの全貌が明らかになった後、映し出されるラストカットに込められた悪意と暗い哄笑! ロマン・ポランスキー、イングマール・ベルイマン監督、そして、今敏監督の作品からの影響を感じさせる。さらに、主演俳優イザ・カルサドの熱演も素晴らしい。彼女は、「大阪アジアン映画祭2017」で、もっとも輝きを放っている俳優に授与される薬師真珠賞を受賞している。

当初『至福』は、長時間の正面ヌード、過激な暴力、そして自慰行為の描写を理由に、フィリピンの映画テレビ審査格付委員会(MTRCB)により、X指定(一般公開には向かない)と分類された。その後、製作者側の訴えによりR-18に引き下げられた。一時的とはいえ、X指定までされた毒気たっぷりの問題作がYouTubeで無料配信されたこと自体、驚きである。

監督のジェロルド・ターログは、1977年生まれ。キャリアの初期は、音楽家として活躍し、ロカルノ国際映画祭ビデオ部門金豹賞を受賞したブリランテ・メンドーサ監督の長編デビュー作『マニラ・デイドリーム』(2005)で音楽を担当している。その後ターログは監督として、フィリピンのホラーオムニバス映画シリーズ『シェイク、ラトル・アンド・ロール』の第12、13、15回に参加し、ホラー監督としての腕を磨く。この『シェイク、ラトル・アンド・ロール』に関しては、愛すべきフィリピンのホラー映画女優に関するモキュメンタリーで、雑誌『映画秘宝』の東京国際映画祭2019裏グランプリに輝いたアントワネット・ハダオネ監督の『リリア・カンタペイ、神出鬼没』(2011)でも、たびたび引用されている。

一方でターログは、恋愛映画『もしもあの時』(2013)、Netflix映画『アントニオ・ルナ -不屈の将軍-』(2015)、その続編『GOYO: 若き将軍』(2018)の歴史映画2部作をヒットさせ、ヒットメイカーの仲間入りを果たす。ちなみに日本語字幕がないものの『アントニオ・ルナ -不屈の将軍-』は、TBAスタジオも無料配信している。

またTBAスタジオ製作の最近の作品では、恋愛映画の脚本家男女を主人公にした、クリッサント・アキーノ監督の恋愛映画『愛について書く』(2019)が注目作で、この連載とも縁の深い大阪アジアン映画祭にて、2020年度ABCテレビ賞を受賞している。しかも、ターログが音楽を担当している。残念ながら新しい作品のため、まだYouTubeで配信はされていない(ただし、関西圏限定ながら、朝日放送テレビで、2021年3月の大阪アジアン映画祭開催までに放映予定)。ちなみに、ターログが現在進めている新企画は、フィリピンコミックの巨匠マルス・ラヴェロによって生み出されたスーパーヒロイン(フィリピンの『ワンダーウーマン』)、『ダルナ』の映画化である。

香港で住み込み家政婦として働くフィリピン出身の女性達のドキュメンタリー映画

『サンデー・ビューティー・クイーン』(2016)

2月から日本でも公開された、オリヴァー・チャン監督、アンソニー・ウォン主演の香港映画『淪落の人』(2018)は、事故で半身不随となってしまった初老の男性と、彼を介護するフィリピン人住み込み家政婦との1年間の交流を描いた作品だが、バビー・ルース・ビララマ監督による映画『サンデー・ビューティー・クイーン』は、この香港で働くフィリピン人家政婦達に焦点を当てたドキュメンタリー作品である。このドキュメンタリーの26分バージョンは、2015年9月1日、NHK BS1で『カラーズ・オブ・アジア2015 日曜日のシンデレラ』として放映もされている。以下、当時の番組案内から引用する。

「香港には、19万人ものフィリピン人家政婦が祖国を離れ働いている。家政婦として働く現場には、香港の社会事情が反映している。共稼ぎの若い夫婦が子どもの学校の送り迎えや食事の世話を依頼するケース。成長した子ども達が海外に移住し、一人暮らしとなった孤独な老人への介護など様々であり、香港社会はフィリピン人家政婦を必要としている。毎日曜日に彼女達は、香港島セントラルの広場に集まり、故郷に残した家族への思いや仕事の悩みを語り合いなぐさめ合う。毎年6月にはフィリピン独立記念日を祝い『家政婦・美人コンテスト』が開かれる。精一杯に着飾り、競い合う。フィリピン人家政婦、彼女たちの夢とは?」

ロイター通信社のサイトでも「アングル:現代の「シンデレラ」、フィリピン人家政婦の苦難」とタイトルで記事になり、今でも読むことができる。

「同映画は、世界中の家庭で働く何百万人もの女性に対するステレオタイプなイメージを打ち砕こうとしている。ドキュメンタリー映画『サンデー・ビューティー・クイーン』のなかで、監督のバビー・ルース・ビララマ氏は、フィリピン人家政婦5人が美人コンテスト出場に備え準備する様子を追っている」

この記事を補足すると『サンデー・ビューティー・クイーン』は、美人コンテスト出場者の家政婦達のみならず、コンテスト運営者の女性にも焦点を当てていて、より複眼的にフィリピン人家政婦の境遇と、美人コンテストの表と裏を記録しようと試みている。日々の大変な労働と、ハレの場として美人コンテストの対比が鮮やかで、香港で生きるフィリピン人家政婦の光と影が巧みに切り取られている。この香港で働くフィリピン人家政婦はフィリピン映画にとって重要なテーマの1つで、現在フィリピン映画歴代興行収入第1位のキャシー・ガーシア・モリーナ監督による『Hello, Love, Goodbye』(2019)では、香港を舞台にフィリピン人家政婦の女性と、バーテンダーの男性との恋愛を映画にしている。
つまり『サンデー・ビューティー・クイーン』は、フィリピン人家政婦を介して、香港映画『淪落の人』と『Hello, Love, Goodbye』をつなぐ映画とも言えるだろう。ちなみにヴィララマ監督による、ダバオ出身の男性同性愛者である青年とドイツのボーイフレンドとの遠距離恋愛を追ったドキュメンタリー映画『Jazz in Love』(2013)も無料配信されている。

フィリンピンの映画産業を支える女性映画監督達

興味深いのは『サンデー・ビューティー・クイーン』も『Hello, Love, Goodbye』も、監督が女性である点。さらに香港映画『淪落の人』のチャン監督も女性である。フィリピンは「男女平等ランキングで世界16位、ASEANでは1位」の記事が示す通り、女性の社会進出が進んだ国で、映画業界においても女性映画人が活躍している。例えば、日本で上映予定のフィリピン映画の中では、東京国際映画祭で新作『ファン・ガール』が上映予定のアントワネット・ハダオネ(『リリア・カンタペイ、神出鬼没』の監督)も女性、東京フィルメックスで上映予定で、ドゥテルテ政権の下で苦闘する人々を追ったドキュメンタリー『アスワン』のアリックス・アイン・アルンパク監督も女性である。最近のフィリピン映画の躍進を後押しする原動力の1つは女性映画人達なのだ。

「女性映画人の活躍」「過去作をYoutubeで無料配信」、この2点においてフィリピン映画界、特にTBAスタジオの活動は、アジア映画における先駆者として注目に値する。TBAスタジオでは、今後も配信される映画が増える予定だそうなので、とりあえずチャンネル登録をおすすめする。

TBAスタジオ:https://www.tba.ph/

author:

坂川直也

東南アジア地域研究者。京都大学東南アジア地域研究研究所連携研究員。ベトナムを中心に、東南アジア圏の映画史を研究・調査している。近年のベトナム娯楽映画の復活をはじめ、ヒーローアクション映画からプロパガンダアニメーションまで多岐にわたるジャンルを研究領域とする一方、映画における“人民”の表象についても関心を寄せる。

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