連載「ファッションと社会をめぐるノート」第1回/新しいカルチャーは乱世から生まれる

社会の様相が大きく変わりゆくこの現在において、ファッションのありようにはどのような変容が生じているのか? また、この先にはどのような可能性が残されているのか? 本連載で綴られていくのは、そのような問い掛けへの応答であり、ファッションの可能性の中心である。

国内外のファッションブランドのプロデュースやコンサルティングなどを手掛け、創作や評論活動も行う小石祐介が、「社会」という観点からファッションの現在地と行く末を描き出す連載企画。第1回では、ドナルド・トランプ以降の社会と、そこに立ちあらわれたオルタナティブなファッションの潮流について論じていく。

「政治とファッション」、といってしまうと堅苦しい感じのテーマに見えてしまうが、「インフルエンサーとファッション」と言えばどうだろうか。かなり見慣れた話題になると思う。この連載では、普段ファッションメディアでは語られることが少ない社会のニュースを観察しながら、ファッションについて書いていきたいと思う。

ドナルド・トランプが「インフルエンサー」となる世界で

今年の6月、イギリスのDAZED STUDIOが発表したトレンドレポートの『The Era of Monomass(https://dazed.studio/monomass/)』には、この過去数年を総括する上で、いくつか興味深いトピックがあった。そこにはCOVID-19下でのYouTube、tiktok、Instagramの利用率とユーザー数の増加、ジェネレーションZの分析などが掲載されていたのだが、中でも最も印象に残ったのは、インフルエンサーについて書かれた”WHO’S INFLUEZTIAL NOW”のページだった(The Era of Monomass, p.212)。

そのページには、カニエ・ウェスト、キム・カーダシアン・ウェスト、ビヨンセ、ビリー・アイリッシュやトラビス・スコット、G-DRAGON、若き環境活動家のグレタ・トゥンベリ、前アメリカ大統領のバラク・オバマといった面々の写真がピックアップされていた。各人物の写真は丸で囲まれていて、丸のサイズが影響力に比例しているようだ。どの人物も強力なインフルエンサーだが、カニエ・ウェストを抑えて一番大きな丸で囲まれていたのが、赤いキャップを被ったドナルド・トランプだった。確かに日本に居る自分にとってもドナルド・トランプというキーワードを見ない日は少なかったような気がする。オバマ政権時代ではあり得なかったことだ。トランプ政権の誕生によって、インターネット空間も実社会も騒々しくなったものである。アメリカに住む人にとってはおそらくもっとそう感じるのだろう。『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』では悪い冗談として描かれていたシーンが現実のものとなったのだから。

ファッションは、単なる衣服の流行ではなく、もっと大きな社会の様相を指す

その騒々しい世界に、新型コロナウイルスが登場し、今世界は荒れている。このタイミングにこそ、ファッションデザインについて考えてみたい。ファッションデザインとは服、シューズ、バッグ、アクセサリーといったものを作る仕事のことをいうのだろうか。あるいはスタイリングやヴィジュアル、総合的な組み合わせを行うディレクションまでを指すのだろうか。

僕たちがファッションについて語る時、人が身につけているものだけではなく、その周辺についても無意識に語っている。ファッションには、聴いている音楽、あるいは聴かなくなった音楽、好きな作家やアーティスト、スポーツ、あるいはソーシャルメディアでフォローしている人やブロックしている人といった情報、その人の仕草や振る舞い、言葉といったものが含まれるのだ。9月の全米オープンの試合中、大坂なおみはマスクを使って静かにBLACK LIVES MATTER(BLM運動)を支持した。彼女は今、最も代表的なリベラルなファッションアイコンの一人だが、彼女が何かを身につければ、本人のアティチュードと共鳴して、新しいアイデンティティがそこに表れる。

我々のアイデンティティは、個人の外へ、そして社会に滲み出している。個人と社会との関係性がアイデンティティを支えているのだ。同様の話は30年以上前、ヴィム・ヴェンダースが、山本耀司をフィーチャーして撮影した『都市とモードのビデオノート』(1989)の冒頭で、ヴェンダース自身によって語られている。ファッションは衣服や流行にとどまらず、人の「装い」の「有様」の移り変わりとその表現という、もっと大きな社会の様相(ダイナミクス)のことを指しているのだ。

『都市とモードのビデオノート』(監督・出演:ヴィム・ヴェンダース 、 出演:山本耀司)

このことを考えて、僕は正式な日本語訳を未だに持たない「ファッション」のことを「様装(Yo-u-so-u)」(人の装いと有様の様相)という言葉に翻訳することにしている。 *〔注 : ちなみにfashionの語源はラテン語のfactioという言葉だ。これは何かをする、作るという動作を示している。フランス語でいわゆるファッションを指すmodeという言葉には流儀(スタイル)や状態といった意味がその背景にある。〕

この大きな視点でファッションデザインというものを改めて捉えてみると、「社会のうねりをつくること」もファッションデザインの一部であると言っていいだろう。

行き詰まった現状には、いつも「文化」が一撃を加えてきた

さて、この5年を振り返ると、国際社会で最も大きなうねりを作ったのはドナルド・トランプだった。彼をファッションデザイナーといってしまえば皮肉にしか聞こえないが、彼の一挙一動がファッションシーンならびにファッションデザインの方向性に多大な影響を与えたのは紛れもない事実である。ドナルド・トランプが、世界最強であり最大の経済大国である「アメリカ」を象徴することになった結果、その現状に対する抵抗運動があちこちで立ち上がり、ファッションではこれまで以上にダイバーシティというテーマが強力なものとなった。

結果として、トランプ政権の誕生により、皮肉なことにファッションそのものには面白いシーンが増えたと思う。ファッションにおけるイノベーションは、多くの場合、現状に対する「カウンター」から生まれるからだ。過去の1960年代のカウンターカルチャーと、70年代以降のファッションシーンは、第二次世界大戦後の動乱、ニクソン政権とベトナム戦争、共産主義を掲げる東側社会と西側社会の対立構造と社会不安がなければ強力なものにはならなかったはずだ。

その頃と同様、トランプの大統領選のキャンペーンが始まった2015年後半から2016年頃にかけてファッションにも新しいシーンが生まれた。その一つはゴーシャ・ラブチンスキー、デムナ・ヴァザリアに代表される旧ソ連出身のファッションデザイン、そして周辺のポップカルチャーの勃興だった。キリル文字が書かれたTシャツを街で見かけた人も多いと思う。K-POPスターのファッションへの影響はすでに大きかったものの、米国での流行が本格化したのもトランプ政権以降である。

トランプ政権により、アメリカがリベラル的指向性を失う過程で、「非アメリカ的存在」、「非白人のカルチャー」に焦点があたったのは偶然ではない。人々はInstagramを使っては国境を超え、訪れることのなかった「非欧米的な世界」にオルタナティブを探し求めた。

今では「トランプ政権が志向するシンボルの否定」が、現状のアメリカに対するオルナタティブな存在となっているのだ。「MAKE AMERICA GREAT AGAIN(アメリカを再び偉大に)」という言葉が書かれた赤いキャップは元の意味をもはや失い、リベラル側にとっては「アンチダイバーシティ」、「アンチリベラル」のアイコンになっている。カニエ・ウェストがその帽子を被ったことで、叩かれたというニュースを覚えている人も多いだろう。

40年前、セックス・ピストルズのシド・ヴィシャスは、エリザベス女王を冒涜し、ナチスの鉤十字を身に着けるという社会的タブーを犯してステージで暴れていた。その過激なスタイルによって彼は若者たち(必ずしも若者だけではなかったと思う)に反権力の象徴として見なされ支持されていたわけだが、我々が生きる現在では、「リベラル」、「ダイバーシティ」、「環境保護」といった至極まっとうに見える態度こそが現状に対するカウンターであり反権力の象徴になりつつあるというのは何だか皮肉なものだ。もしトランプ大統領が大多数から見て、聖人君子のような存在であったとすればこの構図は存在しなかっただろう。かつて触れられてこなかった領域に新しい前衛的な表現の可能性が広がっているのだ。

2020年の11月3日には大統領選挙が行われる。新型コロナウィルスで世界は混沌と化し、米国ではBLM運動が始まった。それは反政権へのうねりに向かい、ファッションシーンにも早速強い影響を与えている。

我々の社会は今荒れている。しかし、乱世の時こそ、新しいカウンターカルチャーは生まれる。歴史の中で、行き詰まった現状に一撃を加えてきたのはいつも人が生み出した「文化」なのだ。ファッションの世界にも今、目の前に新しい地平が広がりつつある。

Photography and Illustration Yusuke Koishi

author:

小石祐介

株式会社クラインシュタイン代表。東京大学工学部卒業後、コム デ ギャルソンを経て、現在はパートナーのコイシミキとともにクラインシュタインとして、国境を超えた対話からジェンダーレスなユニフォームプロダクトを発信する「BIÉDE(ビエダ)」(biede.jp)のプロデュース、スロバキア発のスニーカーブランド「NOVESTA」(novesta.jp)のクリエイティヴディレクション、マルチカルチャーメディアの後現代 | POSTGENDAI(postgendai.com)はじめ、国内外のブランドのプロデュースやコンサルティングなどを行っている。また、現代アートとファッションをつなぐプロジェクトやキュレーション、アーティストとしての創作、評論・執筆活動を行う。 kleinstein.com Instagram:@yusukekoishi X:@yuurat

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