改装されたガリエラ美術館の「ガブリエル・シャネル」回顧展が脚光を浴びる

パリのガリエラ美術館は約2年に及ぶ大規模な改修と拡張工事を経て、10月1日に再開を果たした。新たな形で生まれ変わった美術館は展示スペースが2倍となり、初の常設展示場となるギャラリーが「シャネル」のスポンサーシップを得て新設された。再開第一弾となるのは、「シャネル」の創設者ガブリエル・シャネルに焦点を当てた回顧展「ガブリエル・シャネル・ファッション・マニフェスト」。1910〜71年までにガブリエル・シャネルによって制作された衣類とアクセサリー約350点が展示される。20世紀のモード史を代表する彼女だが、意外にもフランスでの回顧展は今回が初となる。

展示は年代を追って、帽子デザイナーとしてキャリアをスタートさせたシャネルの初期の作品から始まる。20世紀初頭“脱コルセット”で女性のボディを解放したパイオニア的デザイナーとして知られるポール・ポワレがファッションを支配していた1912年、彼女は海辺の避暑地ドーヴィルに最初のブティックをオープンすると、高級リゾート地ビアリッツに自宅を構え、パリや各都市を行き来するジェットセッターなライフスタイルを送る。男性であるポワレとは違い、女性のシャネルは自身が着用する衣服の快適さの概念を制作に取り入れた。自分自身をミューズにすることで、当時の流行に真っ向から反対したのだ。当時、世間に大きな衝撃を与えた代表的な作品は、男性の下着やスポーツウェア用だったジャージ素材を使ったブラウス。柔軟性があり着心地が良い日常着を打ち出し瞬く間に評判を呼んだ。スポーティーなスタイルやリトル・ブラッド・ドレス、洗練されたミニマルなドレスまで、シックなスタイルの進化が時系列で展示されている。印象的なのは、エレガンスと快適さが常に共存していることだ。

小部屋のスペースでは、1921年に発表された「シャネル」にとって初となる香水「シャネル N°5 」の歴代パッケージと制作に関する直筆メモが展示されている。「女性の香りのする、女性のための香り」というシャネルの希望をかなえるため、初代「シャネル」専属調香師エルネスト・ボーは香水の伝統的なコードを壊し80種類の原料を用いて制作したという。華やかで抽象的、そしてシャネルのドレスにも通じる神秘的な香りは当時の常識を覆す調香で、香水業界の歴史にも革命をもたらした。シャネルは香りを主役にするためミニマルなボトルを選び、現在までほとんど変更されずに継承されている。

30年代に入ると、映画『グレイト・ギャツビー』や『ミッドナイト・イン・パリ』に登場するような華やかなイブニングドレスが豊富に登場した。展示品の周りには、シャネル本人の写真や肖像画が飾られており、彼女が自身のファッションをどれだけ体現していたのかが見て取れる。表情は少し固く、タバコを指の間に挟み、常に肩の力を抜いたカジュアルなポーズで優雅ないでたちだ。

その後、戦争により彼女はファッション界の第一線から退くも、1954年に71歳でブティックを再開させた。クリスチャン・ディオールによるコルセットシルエットのニュールックが脚光を浴びるなか、シャネルは再び時代の流行に逆らった。象徴的な作品は、スーツセットアップ。カーディガンのように軽量なジャケットは胸元を強調し、アームホールは腕の自由な動きを可能にする。ジャケットには必ずポケットを付け、柔軟性を維持するツイード生地を使いシルエットを構成。スカートは腰を縛ることがなく、後ろにスリットを入れ脚を引くことで膝の下で止まるような構造を用いた。シャネルが提案した動きやすく機能的なスーツは、フランスでは酷評されたがアメリカでは大人気を博し、デザイナーとして再び脚光を浴びることとなった。

新設された地下スペースは「ガブリエル・シャネルの部屋」と命名され、テーマ別にシャネルのドレスコードを解読する展示方法となっている。メゾンを代表するコントラストを効かせた縁取りと襟のない直線的なカットのスーツ、パリ・シックを象徴するリトル・ブラック・ドレス、バイカラーシューズと2.55 ハンドバッグなどアイコニックな小物やハイジュエリーが並んでいる。そのすべてがエレガンスでありシック、それでいて快適。もしも「シャネル」が誕生していなければ、現代の女性のファッションは極めて窮屈だったかもしれない。最も驚くべきは、全体を通して全く古めかしいと感じさせないことだ。時代を超越するデザインで、女性らしさの規範を築き上げた偉大なデザイナーであることを改めて証明する回顧展の内容である。

■GABRIELLE CHANEL. FASHION MANIFESTO
会期:10月1日~2021年3月14日
会場:Palais Galliera, musée de la Mode de la Ville de Paris
住所:10 avenue Pierre 1er de Serbie, Paris 16e, 75116 Paris
URL:www.palaisgalliera.paris.fr

author:

井上エリ

1989年大阪府出身、パリ在住ジャーナリスト。12歳の時に母親と行ったヨーロッパ旅行で海外生活に憧れを抱き、武庫川女子大学卒業後に渡米。ニューヨークでファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。ファッションに携わるほどにヨーロッパの服飾文化や歴史に強く惹かれ、2016年から拠点をパリに移す。現在は各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビューの他、ライフスタイルやカルチャー、政治に関する執筆を手掛ける。

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