#映画連載 古川琴音 混沌の今。やっぱり人間っていいなと思わせてくれた『君の名前で僕を呼んで』

映画鑑賞は動画配信サービスの普及によって、もはや特別な行為ではなくなり、感想の共有やレコメンド検索も簡単になった。しかし、それによって映画を“消費”しているようにも感じる。同連載では、映画を愛する著名人がパーソナルなテーマに沿ったオススメ作品を紹介する。

コロナ禍の自粛中に、世界中で起こったさまざまな動きがニュースで報じられるたび心を痛めたと話す俳優・古川琴音。そんなニュースを目にするたびに、人間の浅ましさや卑しさを感じとても落ち込んだ。そんな古川を救ったのが、映画『君の名前で僕を呼んで』だった。美しい映像と、美しい初恋…。そしてこんな素晴らしい作品を作ることができる人間がいることに、喜びを見出すことができた。

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2018年の公開時に映画館で観たのですが、コロナ自粛中に観返して改めて感動したので今回ピックアップしました。このコロナ禍、ただでさえ落ち込んでいたのに政治、環境問題、人権問題など、世界中で起こったいろいろな出来事をニュースで目にして、さらに気持ちが沈んでしまって。極端な言い方をすると、“人間ってなんて欲深い生き物なんだろう”って感じてしまって。私は役者で、人間を表現することが仕事なのに、人間が嫌いになりそう…。こんな仕事を続けられるの? 続けていくべきなの? いや、もっとやるべきことが他にあるんじゃないか? とまで考えるようになっていました。

そんな時に「あ、あの映画って本当にきれいだったな」と思い出して、イタリアの街並みを観て癒されたい、旅する感覚を再び楽しみたいという気持ちだけで再び『君の名前で僕を呼んで』を自宅で観たんです。そして期待を裏切らず、美しい街並みや色彩に思い切り癒されることができたんですが、実はもう1つ得るものがありました。それは「やっぱり人間っていいな」ってこと(笑)。1度目に観た時には気付かなかった、主人公エリオの1つの初恋を観客も実感できるような鮮明な描かれ方が見えてきて。1人の人間が生活をする中で、理由もなく相手に惹かれて恋に落ちる姿を見て、初恋っていいなって純粋に思えたんです。「人間て嫌な生き物だな」と思って役者の仕事に就いていることにさえ疑問を感じてすらいたのに、人間の一瞬のきらめきや感情をこうして美しい作品に昇華できる仕事を見せつけられると、人間ってやっぱり素晴らしいなと感じることができて、また役者として生きることに熱意が湧いてきたんです。

『君の名前で僕を呼んで』
Blu-ray&DVD好評発売中
発売元:カルチュア・パブリッシャーズ
セル販売元:ハピネット
価格:¥3,900
© Frenesy , La Cinefacture

エリオが初恋に落ちる姿は、全身で愛情表現をする子猫のように見えてとても可愛らしくって。ひと夏を過ごす避暑地のエリオの自宅にオリバーが居候にやってきて2人が出会って恋をする。たったそれだけの物語なのですが、夏の気だるい暑さもオリバーが来る前と来た後とではエリオにとって全く違うものになって。大げさに描いているわけではないのに、一気に日差しが魅惑的に変化するのを感じられたり、2人が触れ合っている体温や皮膚の感じも画面を通して想像できたりする。そこまで画面の中に観客を取り込める作品ってただただすごいなと感動しました。

ティモシー・シャラメの演技に魅せられる

エリオ演じるティモシー・シャラメもとても素晴らしかった。私自身、役を演じる時に “なぞろうとしないこと”を意識していて。相手の反応に対してリアクションで返すぐらい自然に振る舞うことが一番大切で、自分で気持ちや次に取る行動を準備しないようにしているんですが、撮られている環境ってカメラもあるし人と人との距離も近いから、そうしたいと思ってもなかなかできない時もあります。でもこの劇中でティモシー・シャラメはその場で、自意識を取り払って、その場で感じるだけの演技をしているように見えて、本当にすごいな…って思いました。相手が発した言葉や仕草に対して、エリオ自身が思ったことを表現する速度がものすごく早いからすごく自然で、まるで演技をしていないかのよう。

演技ってある程度、相手の反応や自分が発する言葉や行動がプロット通りの、いわゆる予測がついた中で行われるものになりがち。でも自分が脚本を読んで、準備してきたことをなぞるだけの演技だと、自分の想像の範囲内の演技しかできないし、その範囲内をやろうとして無駄な力みが出てしまう。そうなると、“演技しているな”ってわかってしまうから、ティモシー・シャラメがそうするように素直なリアクションを演技として積み重ねたいんだけれど、怖さもあります。理想的なのは、脚本を読んだり、できる限りの役についての準備をして、いざ演技をするとなったら一度全部それを取り払って、自分が思ってもみなかった方向に状況がそれたとしても、それたことを受け入れてまた新しい流れを作ることができる演技。それは私が理想とするものなのですが、ティモシー・シャラメは全部自然にそれができている。それって本当にすごいなと感動させられました。

また、美しい初恋のきらめきに感動した自分にもすごく喜びを感じました。この映画を通して全身を使って、無我夢中で人を愛することが人間にはできるんだってことを知ったし、こんな素晴らしいものを映像として作ることができる人間は尊いとすら感じました。それに気付ける自分で良かったし、やっぱり結果、人間っていいなって(笑)。生きていると言葉にできない感情や行動や事柄ってたくさんあるものですが、それを無理やり言語化するわけではなく、映像の中ですべての要素を使って丁寧に描かれている気がしてとても心に残りました。

振り返ってみると、私は異国情緒あふれる世界観の中で、物語だけではなくムードを楽しむ映画が好きなようです。この世界に入るきっかけになったのも『海辺の生と死』という映画で。この作品がとてもきれいだなと思って調べてみたら、製作会社と主演の満島ひかりさんの所属事務所が同じユマニテで。こんな作品に出たいと思って、事務所のオーディションに応募した過去があって今があります。中・高・大学と演劇部に入っていて演劇漬けの毎日。正直、映画は役者になるまであまり観ていなかったのですが、役者になってからいろいろと観るようになって。それからは映画からさまざまな人の感情や体験など自分が知らなかったことを吸収して、それが自分の演技の糧になっています。これからも映画はたくさん観ると思いますが、『君の名前で僕を呼んで』は私の人生の大切な作品です。

Photography Kosuke Matsuki
Hair&Makeup Ayane Kutsumi
Edit Kei Watabe

author:

古川琴音

1996年10月25日生まれ。神奈川県出身。2018年に沖縄市のPR動画「チムドンドンコザ」の主演オーディションに合格し、デビュー。主な出演作に、映画では『春』、『チワワちゃん』、『十二人の死にたい子どもたち』など。現在放送中の連続テレビ小説「エール」(NHK)では主人公の娘・華を演じるほか、10月から放送がスタートしたドラマ「この恋あたためますか」(TBS)では、主人公と一緒にコンビニで働く中国人の女の子・李思涵(リ・スーハン)役として出演。映画『泣く子はいねぇが』(2020年11月20日公開予定)、『街の上で』(2021年春公開予定)にも出演が決定している。 http://www.humanite.co.jp/actor.html?id=39 Instagram:@harp_tone

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