フランスの現代アーティスト、ジャン=ミシェル・オトニエルによる日本文化と交錯した「夢路」が表現したもの

繊細なガラスの作品などで知られる、フランスの現代アーティスト、ジャン=ミシェル・オトニエル。2000年にパリのパレ・ロワイヤル=ミュゼ・デュ・ルーヴル駅のエントランスを飾った「夢遊病者のキオスク(Le Kiosque des Noctambules)」の発表以降、名実共にフランスを代表するアーティストとして認められてきた。2011年にポンピドゥーセンターで開催した回顧展では3ヵ月の会期で20 万人という記録的人数を動員した。日本では六本木ヒルズ毛利庭園内にある「Kin no Kokoro」や「シャネル」銀座店3階の吹き抜け部分に設置されたオブジェなどを手掛けている。

9月にペロタン東京で開催したばかりの「夢路」は2012年に原美術館で開催された回顧展以来8年ぶりの新作個展で、日本のギャラリー展は初。最近ではフレグランスブランド「ディプティック」とのコラボレーションや「ルイ・ヴィトン」が発表した6人の現代アーティストによる“アーティーカプシーヌコレクション”も手掛けた。

同展のテーマにもなった菊花や、日本の古典文化における菊の象徴的な意味にインスピレーションを得るなど、オトニエルが考える日本文化との交錯は何だったのか。新型コロナウイルスの影響で取り巻く環境が激変する今をどう見ているのか。

――8年ぶりの日本での個展、ギャラリー展は初めてになりますが、この状況も含めて開催についての率直な思いをお聞かせください。

ジャン=ミシェル・オトニエル(以下、オトニエル):いつも日本に来るのが大好きな私にとっては大きなもどかしさを感じました。今回の展覧会は私の友人や、私の作品をフォローしてくれるすべての人や美術館に会える素晴らしい機会だったのにこのような状況になったのはとても残念です。

――これまでドローイングや彫刻作品から写真、執筆、パフォーマンスと多彩な制作を続けてこられ、1990年代初頭からはガラス作品も手掛けるようになりました。さまざまなジャンルを横断することはアーティストに何をもたらしますか?

オトニエル:私にとって作品の領域は重要ではないんです。ドローイングは彫刻に、執筆は写真につながっています。ジャンルを横断することで得られるエネルギーが大好きですから。

――本展のテーマである菊は、日本や中国では長寿を意味する花です。花の持つ意味も含めて、東洋思想をどのよう考えますか?

オトニエル:世界とのつながりや地球上での私達の生活は、すべて私の作品の一部なんですね。そして、花は人間よりも先に地球上にあったもので、花を見ると、人類最初の人間が持っていたのと同じ感情が湧き上がってきます。

――「菊まつり」についてミニマリズムのインスタレーションを見た気持ちになると語っていましたが、そう評価した理由はなんでしょうか?

オトニエル:日本の庭師がこれほどまでに緻密に、こだわりを持って、花を育てていることには驚かされます。菊の花びらの色や大きさ、高さを正確に再現して、特定の時期に花を咲かせる。これらの要素はすべて、ミニマリズムの言語とその過激さに例えることができるんです。だから、何百ものサロゲートの花で作られたインスタレーションを見ると、ミニマルアートのマスターピースを思い出しますね。

――今回の作品はどれもが有機的で美しく、抜け出せなくなるような不思議な没入感のある印象を受けます。制作において鑑賞者の行動や視点などをどのように意図したのでしょうか?

オトニエル:私は人が作品と対話するのが大好きなんです。鏡面ガラスには鑑賞者の存在が映し出されて、それぞれのビーズの中には自分自身を見ることもできますので、自分のイメージは無限に複製されますよね。鑑賞者自身が作品の一部となって、彫刻を違う角度から見ると作品も変化するんですよ。

――オンライン内覧会で本展の「kiku」に対し「花には目に見える以上のものがあり、魅力的であると同時に危険でもある」とコメントをされていましたが、オトニエルさんが思う花の持つ危険性とは具体的になんでしょうか?

オトニエル:“美”というものは危険であり、私達はそれに魅了されて自分自身を見失ってしまうことがありますよね。でも、アジアにおいて、瞑想の概念はそれ自体が問題ではなく、スピリチュアリティへのステップなんです。

――「今回の作品の中で最も優しい」とおっしゃっていた若竹色の「kiku」ですが、色の出し方など、具体的な制作についてお伺いできますか?

オトニエル:自然とリンクした色が好きなので、母なる大地とのつながりをイメージした感情を表現しました。技術的には、天然顔料を使用してガラスを融合させるのが好きなんです。

――「ルイ・ヴィトン」の“アーティーカプシーヌ コレクション”も手掛けられました。「夢遊病者のキオスク」を連想させる黒の樹脂ビーズで作られていますが、クライアントワークを手掛けることに対してどのような思いがありますか?

オトニエル:私と「ルイ・ヴィトン」とのつながりは、昔から私の作品を集めてくれているヴィトン財団との関係から誕生したんです。デルフィーヌ・アルノー氏からは、個人的にこのプロジェクトに参加してほしいと依頼されたので、とても楽しかったですし、自信を持って仕事をすることができましたね。

――コロナ禍で制作に影響はありましたか?

オトニエル:そうですね。旅をすることは大変ですし、彫刻は私とスタッフが設置しなければならないので、弘前現代美術館でのオープニングの展覧会の作品がまだ1点設置できていません。しかし、同時に本を読んだり、文章を書いたり、絵を描いたりする時間を見つけるのには良い環境だと思いますよ。

――アートにおいてもデジタルの波が急速に広がっていますが、デジタルは今後アートにどのような影響を及ぼすと考えますか? 

オトニエル:デジタルは世界中にアートを広めるのにとても良い方法。若いアーティストが自分の作品を発表したり、鑑賞者を増やしたりするのに役立ちますからね。私もカナダに渡航ができるようになり次第、モントリオールでのプロジェクトを進行し、来年には日本に戻って弘前に彫刻を設置する予定です。

ジャン=ミシェル・オトニエル
1964年、フランス・サン=エティエンヌ生まれ。1980年代からドローイング、彫刻作品、インスタレーション、写真、執筆、パフォーマンスに至るまで、領域を超えた制作を続けている。1993年よりガラスを用い始める。カルティエ現代美術財団(2003年)、パリ装飾美術館(2007年)、ポンピドゥーセンター(2011年)などで個展を開催した他、イスタンブール ビエンナーレ(2007年)などの国際展でも活躍。日本では、1991年に原美術館で開催された「Too French」展に参加。また2006年には東京都現代美術館での「カルティエ現代美術財団コレクション展」にて紹介された。今年の9月16日〜11月7日に日本初のギャラリー展「夢路」をペロタン東京で開催した。現在はパリ在住。

author:

芦澤純

1981年生まれ。大学卒業後、編集プロダクションで出版社のカルチャーコンテンツやファッションカタログの制作に従事。数年の海外放浪の後、2011年にINFASパブリケーションズに入社。2015年に復刊したカルチャー誌「スタジオ・ボイス」ではマネジングエディターとしてVol.406「YOUTH OF TODAY」~Vol.410「VS」までを担当。その後、「WWDジャパン」「WWD JAPAN.com」のシニアエディターとして主にメンズコレクションを担当し、ロンドンをはじめ、ピッティやミラノ、パリなどの海外コレクションを取材した。2020年7月から「TOKION」エディトリアルディレクター。

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