ドバイの香水ブランド「アルカディア」創設者が語る“香りの力” 記憶と感情を呼び起こす過去への再訪 

「香りによって人生の重要な瞬間に再訪できる」と語るのは、ドバイ発ユニセックス香水ブランド「アルカディア」の創設者アムナ・スルタン・アル・ハブトール。実家の洗剤の香りが幼少期のノスタルジックへと誘い、昔の恋人の香水が淡い思い出を想起させる。香りと記憶には強い結び付きがあり、それは無意識のうちに脳の奥深くに長く居座り続けるものだ。

アムナは“香りの力”に魅せられて、若くして亡くなった母の思い出を留めておくため見よう見まねで香水作りを始めた。やがて香水への情熱はビジネスにまで広がり、ブランド立ち上げ前にロンドンとニューヨークの調香学校を修了し、2016年「アルカディア」を創設した。ドバイなどのアラブ首長国連邦やサウジアラビアで事業を成長させ、2020年に伊勢丹新宿店での取り扱いがスタート。初のアジアでの出店に日本を選んだのは、人生を通して日本文化との強いつながりがあったからだという。彼女の香水への情熱、「アルカディア」の哲学、日本への思い入れについて聞いた。

――香水は人生においてどんな存在ですか?

アムナ・スルタン・アル・ハブトール(以下、アムナ):香水やお香、さまざまな香りはアラブ文化の大部分を占めていると思う。私にとって香水の最も古い思い出は、祖母の家の香り。バクホールと呼ばれる伝統的なお香と、良質なオイルやアラビアコーヒーの温かい香りが美しく組み合わさった香水。とてもノスタルジックで、いつでもボトルに入れて持ち歩けたらいいと思うくらい。

――「アルカディア」が誕生したきっかけは?

アムナ:香水への情熱は、亡くなった母の思い出に触発されているの。時間とともに情熱が増していき、自分の人生の意義ある瞬間を捉える香水を実験的に作り続けるようになった。香水によって“人生の重要な瞬間をブックマークする”というアイデアが気に入った。だって、慣れ親しんだ香りで特定の瞬間に立ち返ることができるものでしょ。

大きなきっかけとなったのは、結婚式を挙げた時に、ゲストへの記念品としてオリジナルで制作した香水を配り、その後みんながその香水を愛してくれているのを知ったこと。私のアイデアは飛躍し、ブランドを立ち上げる自信につながった。結婚式の時に作った香水は現在、スペシャル・エディションとしてインフィニティという名で「アルカディア」の一部になっている。

――「アルカディア」創設する前はどのようなキャリアを築きましたか?

アムナ:大学でグラフィックデザインを学び、家業であるアル・ハブトール・モーターズのマーケティングおよびコミュニケーション部門に加わり、三菱、ベントレー、マクラーレンなど、高級外車の商取引に関わっていた。7年家業に従事した後、幼少期から情熱を傾けていた香水作りを探求する決心をした。ニッチな香水を作るという生涯の夢を実現する機会をつかみ、ロンドンとニューヨークの調香学校を修了してから、2016年に「アルカディア」を創設した。

――「アルカディア」の名前の由来は?

アムナ:「アルカディア」はブランド名というより、完璧であると信じられている人生のイメージやアイデアを提供する、現実または想像上の場所と定義している。

一般的に、嗅覚以外の感覚は重要視されているように感じる。多種多様な料理を味わう味覚、芸術を楽しむ視覚、音楽をたしなむ聴覚、触れることで捉える触覚。嗅覚に関しては当たり前過ぎて軽視されているように思う。香りには、人生の特別な瞬間を呼び起こす機能があるにもかかわらず。「アルカディア」は、重要な瞬間を捉え、いつでもその瞬間に再訪できるよう手助けする存在でありたい。

――香りが記憶を呼び起こす時、必ずしも良い感情だけが伴っているとは限りませんよね。悲しみや苦悩も含め、個人的な記憶が香りと結び付いてしいと願っていますか?

アムナ:その通り。「アルカディア」のすべての香りには、特定の記憶や感情を想起させる詩的な物語を添えている。 Edition1は、若々しく幸せな瞬間を呼び起こすために制作した。 Edition2は、人生の困難な瞬間を思い出すことを目的としているため、ダークシリーズとしても知られている。物語の例として、Edition2のNo.16 フェイズドを挙げるわ。

「苦痛の断片はまだ残っている。強さが必要だった。思いのまま、私のグラスは満ちていく。それを支えるためにつかんだ、残骸はやがて消えていくはず」

――「アルカディア」の代表的な香りについて教えてください。

アムナ:すべての香りに独自性があるけれど、象徴的なのはNo.1 ロイヤル・オーチャード。ムスクやアンバーなど特定の地域の香りに加え、ジャスミン、バニラ、パイナップルなどのフレッシュで誰でも馴染みのある香りが調合され、世界中の男性と女性に勧められる香水。また、各国の伝統的なお香やオイルなどとレイヤリングしてもうまく引き立てあう香りに仕上がっている。

――母国であり拠点にしているドバイの文化は、香水作りにどのように反映していますか?

アムナ:ドバイはルーツに忠実でありながら進歩的な都市。「アルカディア」は、手の込んだパッケージを使わずにフレグランス自体を際立たせるブランドでありながら、信念や物語が斬新で進歩し続けている点において、ドバイから受けた影響を表していると思う。

――ドバイは伝統的に家父長制社会に基づいていますよね。「アルカディア」をユニセックスの香水ブランドにしたのは、昨今アラブ首長国連邦が男女平等の権利を支持していることと関係していますか? 

アムナ:「アルカディア」は、単に人間の感情を誘発するために生まれた。これは性別、年齢、社会階級、文化などによって制限されるものではないはず。 父、夫、地域社会、国の指導者から、私が女性であることで不平等だと感じた経験は一度もないわ。それに、起業家、妻、母親として社会の中で女性が活躍している。アラブ文化には家父長制についての誤解や固定観念が多く存在し、私は真実でないことを破りたいと強く願っている。

――初のアジアでの出店に日本を選んだのはなぜですか?

アムナ:日本の文化は私の人生の大部分を占めているの。私と日本との関係は二つある。 まず1つは、アラビア語に吹き替えられたアニメ、漫画、ビデオゲーム、ファッションを通して、日本の文化に囲まれて育った環境。次に、1983年に家族が日本の大手自動車メーカーである三菱自動車工業のUAE正規販売代理店になったため、日本のビジネス感覚は常に私の周囲の一部だった。

このような経歴を経て、「アルカディア」を日本に持ち込もうと決心したのは自然の流れだったように思う。 東京でのキャンペーン撮影の際、私のビジョンを信じてサポートしてくれるであろう人々との長いミーティングリストを作成した。それから1年後の今年、伊勢丹新宿店で取り扱いが始まり、近い将来さらに拡大する予定。

――日本にどんな印象を持っていますか?

アムナ:2007年に初めて日本を訪れた時、国、人々、文化、自然、芸術に畏敬の念を抱いた。期待が裏切られることは一切なく、訪れるたびにこの国の自然の美しさ、豊かな文化と歴史、独特の庭園、彫刻、和歌といった素晴らしい遺産に感銘を受けている。日本の美しさは人々の寛大さ、敬意、親切心にも反映されていると感じる。

日本でのすてきな思い出はたくさんあり過ぎて語り尽くせない! 印象的なのは、マリオカートで東京の街を回ったこと。子供の頃のお気に入りのゲームだったから、ノスタルジックを感じて素晴らしい経験になった。また、若々しくユニークな傑作を生み出す村上隆は大好きなアーティストの一人。彼の作品をいくつか所有していて、自宅の中に飾っている。

初めての日本渡航で感じた気持ちを記録しておきたくて、日本への愛情を反映させたNo.4 ハッサク・ハイが誕生した。みかん、ライラック、ジャスミン、スズラン、オレンジブロッサム、バイオレットの柑橘系といった日本に馴染みのある香りで構成されている。加えて、サンダルウッドやムスクなどのオリエンタルな香りが、国際的でありながら日本らしい奥ゆかしさを後押しする。

――アラブ首長国連邦や欧米に比べると、日本の香水の歴史は浅いかもしれません。「アルカディア」を通じて日本の香水文化に影響を与えられることを期待していますか?

アムナ:今日、世界のほとんどのものがそうであるように、文化、嗜好、伝統にはもはや国境がない。香水も同様。 これまで以上に、日本やアジア文化にインスパイアされた香水を世界中で見つけることができると思う。

アムナ・スルタン・アル・ハブトール
ドバイ4大財閥の一つ、アル・ハブトール・モーターズの娘として生まれる。若くしてこの世を去った母への思いとともに香水作りを始め、香水への情熱をビジネスとして成功させるため2016年ドバイ発ユニセックス香水ブランド「アルカディア」を創設。ドバイなどアラブ首長国連邦、サウジアラビアで事業を成長させ、2020年に初のアジア進出先として日本の伊勢丹新宿本店で取り扱いが開始。現在ロンドン、ドイツ、ストックホルム、ニューヨークにも進出。

author:

井上エリ

1989年大阪府出身、パリ在住ジャーナリスト。12歳の時に母親と行ったヨーロッパ旅行で海外生活に憧れを抱き、武庫川女子大学卒業後に渡米。ニューヨークでファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。ファッションに携わるほどにヨーロッパの服飾文化や歴史に強く惹かれ、2016年から拠点をパリに移す。現在は各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビューの他、ライフスタイルやカルチャー、政治に関する執筆を手掛ける。

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