日本絵画の現在地 新鋭芸術家・soh souenが“身体・わたし・他者”を紡ぎ描き出す、デジタル時代における体温のかたち

桑園創から改名した、新鋭芸術家のsoh souen。デジタルツールがあふれる中で、あえて身体を使った緻密なハンドペイントを用いて、“身体・わたし・他者”への興味を表現。現在開催中の個展「ささやかな叫び  A Modest Scream」において、身体と絵画への探究心と、デジタル時代における芸術の可能性をささやかに叫んでいる。

言葉の牢獄から抜け出したかったのです

——桑園創からsoh souen(ソー・ソウエン)へ名義を変更されましたが、ご自身では何と呼ばれるのがしっくりきますか?

soh souen(以下、soh):soh souenさん、soh souenくん、などでしょうか。

――なぜ、このタイミングで改名されたのでしょうか?

soh:名前ってなんなのだろうという疑問はずっとありました。私を規定する言葉への違和感と言いますか。私は本名で呼ばれたり、あだ名で呼ばれたり、私という言葉がそれぞれに代入可能なように、そのときどきによってさまざまな呼ばれ方に反応してきたように思います。私の感情や身体がぼろぼろな時、私はその名前で呼ばれることから逃げ出したい時期がありました。言葉の牢獄から抜け出したかったのです。

――改名前・改名後で、心境の変化はありましたか?

soh:本名とは、その血筋や土地、さまざまな要素を持ち合わせているので、実際に改名をして、さまざまなことから精神的に距離を置くことができたように思います。

――とはいえ、作品を創るのは桑園創であり、soh souenでもあったりします。気持ち的な解離は生まれたりするものでしょうか?

soh:それはまったくありません。自分という生身の人間が、生活の中で作品を創るということに関しては以前と変わらないので。

――改めて自身の作品を構築している、興味・要素・モチベーションを教えてください。

soh:私は自己の成り立ちへの興味を基に制作しているような気がします。もう少し言葉を足すならば、(自己を成り立たせる)身体や他者、記憶などと、それらを扱う場としての、絵画という形式への興味だと考えています。

――「自己の成り立ちへの興味」に対して向き合うようになったきっかけは?

soh:社会で生きていく上で、自分が社会とどのように関われるのだろう? 逆に、社会にとって自分とは一体何者なのだろう? ということが根源的な問いとしてありました。一人称として生きる、とはどういうことなのだろう? という感じでしょうか。

――ちなみに今現在、soh souenという人間を形成している要素はどのようなものがありますか?

soh:皆がそうであるように、私自身もたくさんのアイデンティティを保持し、複数のペルソナをそのときどきに使い分けています。さまざまな自分がいる中で、それらを1つに束ねるのは、2020年に東アジア、日本で生きているということだと思います。

――そのように形成された自分自身を表現するわけですが、多種多様な表現方法・手段がある中で、なぜ「描く・作る」こと、絵画を選んだのでしょうか?

soh:絵画というのはさまざまな次元でとても興味深く、詩的で哲学的なものだと思います。多くの画家がそうであるように私もその魅力にとりつかれた1人です。長い時間をかけて追求して行きたいです。

身をもった存在として生きるわれわれの小さな叫び

――長い歴史を歩んできた絵画ですが、時代や世代など関係なく引かれる理由は何でしょうか?

soh:絵画そのものが持つ歴史というものは、これまで脈々と続いてきたと思います。大きな話になってしまいますが、その歴史や思考の蓄積をいかに把握し、今日の絵画とするか、自分が死んだあとの世代や、自分以外の他者にとってそれがどのような形で残るのか。バトンをつなぐというか、有意義なものでありたいなという意識はあります。
また、自分を把握するため、自分の考えを整理する過程のためにやっている側面もあります。絵を描くというのは身体を通して行うものです。やはりそこに在る立体的な快楽は切っても切れないだろうなと。
写真が誕生してから今日まで、絵画のアイデンティティは常に揺れ動いてきました。私は「美術史は終わった」と言われたあとに生まれた世代の人間ですが、だからこそ、一体何をするべきだろう? といった大きな興味があるのです。

――現在、個展「ささやかな叫び  A Modest Scream」が開催されています。今展の狙いやテーマ、タイトルに込められた想い・意図を教えてください。

soh:現在、オンラインやヴァーチャル上でさまざまなことが遂行され、成立する時代となりました。私もその恩恵を受け、生活しています。その生活の中で置き去りにされたもの達の声を拾う展示でありたいという望みがありました。
ポートレート作品、パステル作品、インスタレーション作品、そのすべてに共通して、作品やその空間に身体を通して関わるように仕向けたことが特性としてあった展示だと考えています。身をもった存在として生きるわれわれの小さな叫び、のようなものを託しました。
「tie」においては、ある一定の距離をもって見るとポートレートとして機能しますが、近づくと像は壊れキャンバスや絵の具といった具体物に還元されます。鑑賞者の身体運愉に伴ってこの絵のアイデンティティが変容することに意義を感じています。パステルは定着せず、永遠に触れられるメディアです。それは鑑賞者が触れることでも、絵が変容するような危うい身体をもった存在であることを意味します。

――ポートレート作品「tie」(「body to body」もですが)のような、人の顔をモチーフにした作品はこれまでの美術史でも多く見られます。このシリーズにおいてなぜ人の顔を選んだのでしょうか?

soh:人間の身体において顔というのはとてもユニークな部位です。ゆえに肖像画という歴史も脈々と続いてきたのだと考えます。

――「tie」は知人のID写真が用いられています。IDは他人が認識するという意味で視覚的な情報の解像度が高くあるべきものかなと思います。ピクセル表現にすることで情報の解像度が低くなりますが、このギャップに狙いはあるのでしょうか?

soh:私はその逆であると考えています。個人を特定するという点で、一番解像度が高いものは生身の身体だと考えています。
そこで求められる合理性は、いかにミニマムにアイコン化、シンボル化かというすることなのではないでしょうか。マイナンバーなどを例にとるとそのことがわかりやすいかと思います。そして、そのような流れに対して批評的な態度で作品化しているのだと考えています。

――作品ごとにピクセルのパターンも異なりますよね。

soh:配置によって人物像の位置や見え方が変わってくるはずです。鋭いものを入れることで奥行きを感じられたり、ボーダーにすることで人物の解像度が上がって浮かび上がって見えたり。言わば、絵画空間といいますか、画面の中のイメージがどのように形成されるのか、その興味に沿って変えています。よく聞かれるのですが、被写体の個性に基づいてパターンを変えているわけではありません。

――自身も在学されていた京都精華大学の客員教員でもある、藤原ヒロシさんの『SLUMBERS2』のジャケットが話題になりましたね。

soh:ご本人が講義のため大学へ来校された際に、たまたま自分の作品が校内に展示されていました。それを見ていただいたことをきっかけに関係が始まりました。

――どのような気持ちで制作されましたか?

soh:各ポートレートのモデルと、それぞれの関係があるように、藤原さんとも私は1人の人間として関わり、同じように制作をしました。

――「etude」「caress and hug」では、土をコーヒーミルでくだいて顔料にしたり、顔料を固めて、自作のパステルを作ったりして制作を行ったそうですが、それらの素材を用いた意図を教えてください。

soh:自作のパステルを作ることがこの絵の主題ではないことはまず言わせてください。市販のパステルはスティック状で、画面に反映される現象もその規定に沿ってでき上がります。パステルを泥団子状に成形すると握りやすく、より表現に自由度が増します。色においても同様です。上でも述べましたが、パステルは可塑性が高く、永遠に触れられるという点で使用しています。

――塗られた顔料は何かしらの衝撃などがない限り、そのままの形で在り続けるのでしょうか?

soh:はい、ダメージがない限りはありのままの状態で残るはずです。ただし、油絵などに比べて風化も早いですが、そういったあやうさがもたらす緊張感は構造上あると思います。しかも、定着していないから光の反射が多様で、絵具で描くよりも色がライトに見えます。

――実際に会場で作品に向き合うと、絵画だけれど体温のようなものを感じられる気がしました。もちろん、感じ方は人それぞれなのですが。

soh:ありがとうございます。

――「my body, your smell, and ours」では、治癒や浄化を意図して採取された25種類のハーブと香木を使用されたということですが、なぜそれらを用いたのでしょう。

soh:このインスタレーションでは、身体のフォルムをした立体物を作りその内側にハーブや香木を配しています。個々の香りが混ざり合い、ある臭気のようなものとなって、香りの共同体を作ることに意義を見出しています。身体という規定を超えたところでそれぞれが関わり合い、確認し合うような場となるよう心掛けました。また古くから使用されるハーブなどを用いて、その共同体が治癒、回復されるよう願いを込めて提示しています。

――soh souenさん自身が体調を崩されたそうですが、そのことも関係しているのでしょうか?

soh:はい。そのことがきっかけでコンセプトを編み出したというか、今回の個展全体に影響を及ぼしているとは思います。

――逆に、そのことを隠して表現しないという選択肢もあったとは思います。それでも、作品群に反映していった理由はありますか?

soh:どこまで私的な部分を出すのかということは、いつも悩むところです。展覧で作品を披露するということは、社会性を帯びたものを発信することでもあると思うのですが、ちゃんと個人の体験にも寄り添うものでありたい。そのバランスは常に考えています。
ただ今回は、自分でも把握できない身体の内側で起こっていく何かを感じざるを得なかった。そして、その経験や体験によって、どんな社会的な発信が生まれるのだろうという興味もありました。

――個展「ささやかな叫び  A Modest Scream」を開催したことによって、新しい気づき、自分自身の現在地の確認など、発見はありましたか?

soh:在廊中鑑賞者の中に紛れて、鑑賞者がどのように作品と対峙するのかを観察していました。1Fのポートレート「tie」に関して鑑賞者はiPhoneなどのカメラを通して作品を見ていることが多かったように思います。このことは本展示の中で一番の反省点であり、今後の作品の改善点につながると思います。
また2Fのインスタレーション「my body, your smell, and ours」で立体物25体を点在するように配置したのですが、カルダモンの種を25個、ギャラリーの床にランダムに撒いてその位置に沿った形で配置しました。点在する立体物をかき分けるように鑑賞者が空間に入るため、会場内をすごくゆっくりと移動し、身体に意識を向けながら鑑賞している方が多かったように思います。

自分が芸術家として何を伝えられるのだろうか

――まさに、インスタレーションがもたらす作用ですよね。とはいえ、仰る通りデジタルツールやSNSなどが普及したことで、会場にいながらカメラ越しでの作品観覧も目立つようになりました。また、コロナによって以前よりもフィジカルを通じた体験やコミュニケーションが薄れてしまったのも事実です。そのような状況を、アーティストとしてどのように捉えていますか?

soh:私自身も、デジタルの恩恵を大いに受けています。しかし、身体という拠点を蔑ろにするというか、切り離したような発展の仕方で本当に良いのか? という疑問もあります。オンラインでのコミュニケーションは便利ですが、情報を伝達するだけで良いのか? その先には根源的に求めている何かがあるのではないか? と感じてはいます。もちろん、どちらかが良いということではなく、バランスの問題なのですが。

――2020年はコロナに見舞われてしまいましたが、コロナ禍における心境の変化、制作状況・環境の変化はありましたでしょうか? また、コロナ禍で、どのように過ごされていましたか?

soh:私はこの1年、個展へ向けた制作に明け暮れていました。コロナはもちろん、政治や社会問題でもさまざまなことが起きた1年でしたが、スタジオと家を行き来することにほとんどの時間を費やした日々は、社会の混沌ぶりとは打って変わって静まりかえったものでした。その静けさに救われた部分が多いように思います。そして今も続くコロナ禍において、これだけ技術が発展した今日に現実世界でできることは、ただ他人と2メートル距離をとり、接触を避けることのみのようです。
それほどに身体という領域が強烈で、いかに個々の身体が世界に対して影響を与えうるのかを実感させられた1年でもありました。

――改めて、今現在の心境や、今後に向けて描いているビジョンがあれば教えてください。

soh:自分が芸術家として何が語れるのだろうか、というのはすごく考えます。もしかしたら、できることがないのかもしれません。だとすると、別の領域のものを選ぶかもしれません。私は、作品や知識においてまだまだ未熟で発展の過程にあります。今回の展示で学んだ事はたくさんあり課題や反省点も見つかりました。その反省、疑問を1つずつ昇華していく工程を通して、じっくりと成長して行きたいです。

soh souen
1995年福岡生まれ。大学在学中から一貫して身体、わたし、他者などのアイデンティティを軸に、身体を有する存在として現代における絵画制作の探究を続け、初期作品である「body to body」を経て、本展で発表する「tie」「caress and hug」へと自身の表現領域を広げている。The Massでの展示は2018年に開催されたグループ展「PORTRAIT」への参加以降、2回目の展示にして初の個展として開催中。
https://soh-souen.com/

■「ささやかな叫び A Modest Scream」
会期:~12月27日
会場:The Mass
住所:東京都渋谷区神宮前5-11-1
時間:12:00~19:00
休廊:火曜・水曜
入場料:無料
URL:http://themass.jp/1/2020/

Photography Satoshi Ohmura
Text Takashi Suzuki

author:

相沢修一

宮城県生まれ。ストリートカルチャー誌をメインに書籍やカタログなどの編集を経て、2018年にINFAS パブリケーションズに入社。入社後は『STUDIO VOICE』編集部を経て『TOKION』編集部に所属。

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