パリコレで日系モデルが大躍進 “美の基準”の変容によりモデルの重要条件にも変化が

ヨーロッパのファッションシーンでは今、日系モデルの活躍が目立つ。パンデミックの影響によりデジタルとフィジカルの両軸で開催された2021年春夏コレクションのパリ・ファッション・ウイークでは、主要なビッグメゾンのランウェイをアジア勢が彩った。まず、昨年最も注目を浴びたのは日本人の母とフランス人の父を持つ美佳。2020年春夏のデビューシーズンでは、モデル活動開始から約2ヵ月というキャリアで「プラダ」「シャネル」「ルイ・ヴィトン」「サンローラン」などビッグメゾンを中心にミラノとパリ合わせて計10ブランドのランウェイを歩いた。その活躍ぶりは現在も続いており、ショーだけでなく「エルメス」「ヴェルサーチ」「サンローラン」の広告に起用されている他、各国のエディトリアルでも存在感を示す。2001年フランス・パリ出身で日本、ロシア、インドで育ち、日仏英の3ヶ国語を話すトリリンガル。「VOGUE JAPAN Women of the Year 2019」に選ばれた彼女は授賞式で「今年一年世界中を旅した経験から学んだことは、健康的な食生活と適度な運動で丈夫な体作りの必要性」だと語っていた。Z世代らしく環境問題にも高い関心があり、モデル業を本格的にスタートしてからは菜食主義になったという。

美佳の活躍に続いたのは、2020-21年秋冬シーズンでデビューしたマリーエル・ウチダ。日本人の母と日本とブラジルのハーフの父を持つクォーターの彼女は、ブラジルで生まれ育った。14歳の時に母の勧めでモデルのコンテストに参加したことがキャリアのきっかけとなり、ブラジル国内で活動していた。19歳の冬、初めてロンドン、ミラノ、パリのコレクション・サーキットに参加するとすぐさま「JWアンダーソン」「マーガレット・ハウエル」「プラダ」「クリスチャン ディオール」「ロエベ」など各都市でランウェイを歩いた。その勢いのまま、「クリスチャン ディオール」や「ルイ・ヴィトン」の広告に起用される躍進ぶりだ。

 そして、最新の2021年春夏コレクションでも新星が登場した。神奈川県出身の樋口可弥子。フィジカルでのファッションショーは大幅に減少されたシーズンだったが、「マックスマーラ」「ヴェルサーチェ」「クリスチャン・ディオール」「アクネ・ストゥディオズ」など全都市7ブランドに起用されるという申し分ない実績を残した。キャリアをスタートしたのは2017年、当時16歳の彼女が六本木のスターバックスでモデル事務所にスカウトされたこと。「空港や飛行機が好きで、高校生くらいまでは客室乗務員を夢見ていました。高校で、ファッションショーを作る部活でモデルをしたことや、両親がファッションを好きだったこともあり、モデルの夢が芽生え始めました」と振り返る。

 世界に挑戦した今季、彼女の飛躍の大きなきっかけとなったのは、ロンドンの目玉ブランド「バーバリー」のオープニングを飾ったことだ。初となる海外でのショーでオープニングを任される大役だったが、新人とは思えない堂々としたウォーキングを見せた。このショーを見た他ブランドのキャスティング・ディレクターが彼女のモデル事務所に連絡を取り、ロンドン以外の他都市でもショーに起用される可能性が出たため、ミラノとパリのファッション・ウィークにも参加したという。業界が大注目する彼女を抜擢した「バーバリー」のキャスティング・ディレクター、パトリツィア・ピロッティは「オーディションに現れた瞬間、彼女を気に入った」と話す。「オープニングには新人モデルを使いたいと思っていたけれど、アジア人という予定ではなかった。可弥子を一目見て、私もリカルド(・ティッシ「バーバリー」アーティスティック・ディレクター)も惹かれた。少しクラシックな印象すぎたから、髪を切ってみないかと提案したら可弥子はすぐに承諾してくれた。結果、彼女が持つ美しさはより一層引き出されたし、パワーを感じたからオープニングにふさわしいと思った」。

 華々しい経歴を重ねている彼女だが、その裏で過食症に悩まされていた過去を持つ。「以前は、『モデルズ・ドットコム』のTOP50に入らなければモデルとしての価値がないと思い込んでいて、痩せなければと自分を追い込みました。当時は撮影で服が小さくて入らなかった経験が何回もあります。痩せなければならないと思えば思うほど食べることをやめられず過食症に悩み、自分を恥じ、苦しかったです」と当時の心境を語った。“痩身=モデル”の概念が彼女を締め付け、2年ほど過食症を患っていたことから今年の春頃にはモデルを辞める決意までしたという。しかし、逆にその決意によって肩の力が抜けた彼女は、症状が徐々に改善へと向かった。メンタルクリニックでADHD(注意欠陥・多動性障害)と抗うつの診断を受け、カウンセリングと薬の治療のおかげもあって夏頃には完治したそうだ。

 日系に限らずアジア系モデルの需要が高まっていることに関して、ピロッティは否定する。「アジア勢が活躍しているのは確かだが、モデルの世界に流行はないと思う。可弥子をはじめとするアジア系モデルが起用されるのは、アジア人だからという理由ではなく“個性”が光っているから」。確かに、昨今ファッション業界が発信する多様性と包括性の概念は、多国籍やプラスサイズのモデルが活躍していることからも、既存の美の基準が“個性”へと変わり始めていることを意味する。「本物の美しさであったり、奇抜なキャラクターであったり、各ブランドには独自の好みがある。一貫してモデルに求められる重要条件は、各々の”個性”。ファッション業界は今、“個性”という美しさの新たな一面を提示し始めているし、これが長く続くことを願う」と語るピロッティに樋口も賛同する。「私にとっての美の基準とは、1人ひとりが持っている誰にも侵されることのない価値観。年齢、体型、人種などの固定観念が壊され、“個の美しさ”が尊重されていくことを願います。その流れの一端となれるモデルとして、表現力を身につけていきたいです」。いつだって、隣の芝生は青く見えるものだ。他人を眺めて自分に無いものを羨むよりも、自分自身を見つめて欠点も長所も受け入れて“個性”を大切にすることが、モデルに限らずどんな職業でも、社会で活躍するのに重要なのかもしれない。

author:

井上エリ

1989年大阪府出身、パリ在住ジャーナリスト。12歳の時に母親と行ったヨーロッパ旅行で海外生活に憧れを抱き、武庫川女子大学卒業後に渡米。ニューヨークでファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。ファッションに携わるほどにヨーロッパの服飾文化や歴史に強く惹かれ、2016年から拠点をパリに移す。現在は各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビューの他、ライフスタイルやカルチャー、政治に関する執筆を手掛ける。

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