ブランドのヘリテージに息吹を与えるリバイバルの潮流 未来ではなく“過去”に価値を見出すモード界

常に斬新さへの渇望を絶やさないモードの世界では今、過去が生き生きと輝いている。それは相反する事象のようでもあるが、過去が現在に蘇り、未来を明るく照らしているのは否定し難い事実だ。「未来を築くことは、過去をより深く理解することを意味する」と「バルマン」のクリエイティブ・ディレクター、オリビエ・ルスティングは語った。彼は2021年春夏コレクションで、同ブランドの創始者ピエール・バルマンが70年代に発表したツートーンカラーのモノグラムを復刻させた。9月30日パリで催されたショー序盤は、ピエール本人がブランドについて語っている音声をBGMに、アーカイブをほぼそのままのデザインで採用した6つのルックとオリビエが登場する演出だった。

メゾンブランドのDNAと現代的なアプローチへのバランスを保つことは、クリエイティブ・ディレクターに課せられた最も困難なタスクである。遺産を守り続けて輝きを失うか、クリエイティブ・ディレクターに乗っ取られて遺産を失うか、メゾンブランドの行く末はさまざまだ。そんな中で、ブランドの原点へと立ち返り、過去を現代のニーズに重ね合わせる手法は、近年定着した大きな潮流である。「2ヵ月間のロックダウン中、明日の世界と未来をどのように構築すべきかについて熟考しました。デジタル、ミレニアル、未来が議題に上がり、アーカイブのリサーチを進めたのです。その中でピエールが作ったモノグラムに出くわし、『真のラグジュアリーは時代を超えている』と自分に言い聞かせました。時代を超えた価値ではなく、トレンドの価値にお金を費やす人はもう誰もいませんから」とオリビエはモノグラムを復刻させた理由について語った。

「ディオール」では、1999年に当時のクリエイティブ・ディレクター、ジョン・ガリアーノによってサドルバッグが再登場した。さらに2018年、現クリエイティブ・ディレクター、マリア・グラツィア・キウリはこれに微調整を加えてリニューアルさせた。クラシックの再版によって、メゾンの遺産はその価値をますます高めていく。ドナテッラ・ヴェルサーチェは、1997年に亡くなった「ヴェルサーチェ」創始者であり兄のジャンニ・ヴェルサーチェへのトリビュートとして、2018年春夏コレクションで多くのアーカイブを復刻させた。原型のデザインから変更したのはシルエットだけで、「真に価値あるものは死ぬことなく、無限に復刻可能」だと当時ドナテッラは語っていた。

ブランドのイメージを近代化させるために、コードを作り直すという手法もある。「バーバリー」ではリカルド・ティッシが創始者のイニシャルTBを重ねたモノグラムを創作し、「グッチ」のアレッサンドロ・ミケーレはGGモノグラムにフローラプリントを重ねたアイコンを寄せ集めたモチーフを、「ボッテガ ヴェネタ」のダニエル・リーもシグネチャーのイントレチャートに焦点を当てている。再版が明るい未来を持つ一方で、コレクションから外されることなく、生きる遺産として呼吸を絶やさないデザインも中にはある。代表的な例が、「マックス マーラ」の101801コートだ。1981年にアンヌ・マリー・ベレッタによってデザインされたこのコートは、約40年間生産を止めることなく同じパターンで作り続けられている。他ブランドに何度模倣されても「マックス マーラ」の価値が色褪せることなく、モードの世界における普遍性を体現している。

ブランドを象徴するアイコニックなデザインが需要を高めているのは、昨今のリセール市場の成長が背景にある。ヴェスティエール・コレクティブやザ・リアルリアルなどラグジュアリーブランドを扱うリセールサイトの台頭は、消費者の慣行さえも変えた。ヴェスティエール・コレクティブが行った調査、The Smart Side of Fashion 2020レポートによると、インターネットで多くの情報を受け取り、環境問題への意識が高いジェネレーションZとミレニアル世代は消費量を減らしてより良いものを合理的に購入する意識が強いという。彼らにとって、時代を超越するアイコニックな作品は、短命ではないという大きな利点がある。さらに、再販する際にもトレンドの作品に比べて高値が付きやすく、賢明な選択肢と認識されているのだ。

このような消費者の慣行の変化は業界全体にも影響を与えている。1927年に誕生した「スキャパレリ」は2020年春夏から初となるプレタ・ポルテを展開する。指揮するのは「トム ブラウン」でデザインディレクターを務めていたダニエル・ローズベリー。「スキャパレリ」はかつて、ジャン・コクトーと制作したドレス、ダリとの共作のロブスタードレスなど、次々にセンセーショナルなスタイルを生み出したが、第二次大戦後メゾンを閉鎖。2013年、ゲストデザイナーのクリスチャン・ラクロワによってメゾンが復活、マルコ・ザニーニを経てベルトラン・ギュイヨンがアーティスティック・ディレクターを務めオートクチュールを展開していた。また、「バレンシアガ」はブランドの原点であるオートクチュールを、創業者クリストバル・バレンシアガが発表して以来53年ぶりに復活させる。今年発表予定だったがパンデミックの影響により来年7月の発表へと延期された。メゾン復活の成功例といえば「パトゥ」。1919年にクチュールメゾンとして始まり、1987年に長い眠りについた。2018年にLVMHモエヘネシー・ルイヴィトン・グループに買収されると、「カルヴェン」や「ニナ リッチ」で経験を積んだギョーム・アンリをアーティスティック・ディレクターに迎えた。ファースト・コレクションの2020年春夏プレタ・ポルテは上々の滑り出しである。

「モードは回顧することにますます夢中になっている」と語るのはルヴァニスCEOアルノー・ドゥ・ルーメン。ルヴァニスはルクセンブルクに拠点を置く財産管理を行う会社で、これまでに「ヴィオネ」「モワナ」「ベルバー」「ポール ポワレ」の商標権を売却して、多くのブランドを復活させたことで知られている。アルノーは、若手ではなく往年のブランドの復活に投資する理由をその「文化的資産」にあると言う。「遺産を持つブランドは歴史書に掲載され、美術館に展示され、集合的記憶の一部となっており、過去から伝承された希少価値があります。公平性、歴史、信頼、豊かな物語を持っていることは大きな利点。さらに“眠れる森の美女”は眠っている間手つかずのため、目覚めさせた後はほぼ真っ白なキャンバスで新しいコードを自由に書き加えることができます。消費者は単に製品を購入するのではなく、歴史が付随した物語を手に入れることができるうえ、その価値はおそらく100年後も何かしらの意味を持つはずです」。多くのブランドの復活に貢献したアルノーだが、成功の秘訣はほぼないに等しいと言う。「懐古的だが先見の明を持つデザイン、素晴らしい遺産、優れた管理能力、そして少しの幸運の組み合わせによって成功へと導かれる」。

流れが加速し続けるうえに、パンデミックによって未来が不明瞭な社会では、過去に作られた遺産が“慰めの避難所”と見なされるようだ。変えることのできない過去は、どう変わるか分からない未来よりも魅力的に映る。しかし、これはあくまで一時的な“避難所”にすぎない。リバイバルという手法が一つの方程式として加わったとしても、社会や文明、人々は過去ではなく未来に向かっているのだから。進化のための“避難所”で一度立ち止まり過去を振り返り、何を学び生かすかが、今後の大きな分かれ道である。

author:

井上エリ

1989年大阪府出身、パリ在住ジャーナリスト。12歳の時に母親と行ったヨーロッパ旅行で海外生活に憧れを抱き、武庫川女子大学卒業後に渡米。ニューヨークでファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。ファッションに携わるほどにヨーロッパの服飾文化や歴史に強く惹かれ、2016年から拠点をパリに移す。現在は各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビューの他、ライフスタイルやカルチャー、政治に関する執筆を手掛ける。

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