連載「ファッションと社会をめぐるノート」第2回/中国について語る時に我々が語ること。

社会の様相が大きく変わりゆくこの現在において、ファッションのありようにはどのような変容が生じているのか? また、この先にはどのような可能性が残されているのか? 本連載で綴られていくのは、そのような問い掛けへの応答であり、ファッションの可能性の中心である。
国内外のファッションブランドのプロデュースやコンサルティングなどを手掛け、創作や評論活動も行う小石祐介が、「社会」という観点からファッションの現在地と行く末を描き出す連載企画。第2回では、近年ますます存在感を高める中国において、今新しく生まれているカルチャーの胎動と、それに直接触れるために必要な手続きやマインドセットについて論じていく。

Photography KLEINSTEIN

“If Biden wins, China wins”(バイデンが勝てば、中国の勝ちだ)

2020年11月に行われた米国の大統領選挙はバイデン候補の勝利に終わった。ファッション関係者をはじめ、多くの人々が歓喜の声を上げている姿が目立つが、世界の先行きはまだ不透明だ。印象に残ったのは、多くのメディアやセレブリティをはじめ、マスメディアのスタンスが明らかにバイデン候補に有利のように見えたのにも関わらず、4年前の選挙同様に大方の世論調査が軒並み外れ、選挙の命運を決めた州の票差が想像以上に僅差で終わったことだ。結果として投票者のうち約半数の7400万人が、失策続きと酷評されてきたドナルド・トランプへ投票したという現実を世界は目の当たりにすることとなった。最低人気の候補者達による選挙と揶揄された、パンデミック下の選挙だが、両候補は歴代大統領選の得票数を更新しそれぞれ得票で1位、2位を塗り替えた。

If Biden wins, China wins”(バイデンが勝てば、中国の勝ちだ)
米国のソーシャルメディアの動向を観察していた私は、ドナルド・トランプが発したこのシンプルなメッセージが、コロナウィルスのパンデミックが悪化するに従い米国の有権者と世界各国の人々の心を揺さぶったのを目にした。アジア人に対する視線は徐々に厳しくなり、若者のコミュニティから支持者を集めた快活な大統領候補者、台湾系アメリカ人のAndrew Yang(アンドリュー・ヤン)も肩身が狭そうに映った。
トランプのメッセージは「中国」への意識をより顕在化させた。その一方で数ヵ月もの間、米国国内、そして選挙に関心のある世界各国で語られた中国についての話題は、ソーシャルメディア上に持ち寄られた情報を根拠にした政治経済の話題でしかなかった。幅広い教養を持っていると少なくとも世間一般に思われているリベラルな文化人や評論家でさえ、中国について語る時に語ることといえば、金と政治の話ばかりである。

選挙期間中、前回のトランプ勝利を当てた世論調査会社や著名人にインタビューマイクが向けられていた。数々のインタビューの中で私の印象に残ったのは、両陣営の選挙キャンペーングッズを生産していた、中国浙江省にある義烏(Yi Wu)の工場の若いオーナーだった。
「今のところトランプグッズの発注数が多いので今回も彼が勝利するんじゃないかと思いますよ」と若いオーナーは飄々と嬉しそうに語っていた。米国ではトランプ、バイデン両陣営の支持者が中国の台頭を警戒する中、キャンペーングッズを作って大金を稼いでいる中国の工場のオーナーが笑顔で選挙情勢について答えるというのはなんとも皮肉だ。「MAKE AMERICA GREAT AGAIN」と書かれたグッズが無造作に積まれた山の目の前で、「TRUMP PENCE 2020」とプリントされた旗が作られ、その隣では「BIDEN HARRIS 2020」の旗が作られている。その様子はもはや現代喜劇である。チャーリー・チャップリンがもし生きていていたら、笑いのネタにするに違いない。トランプ大統領が言ったように、この工場のオーナーは選挙の勝者に違いなかった(実際にこういったシーンはThe New York Timesで取り上げられた)。

この現実のシュールなワンシーンは、グローバル社会の複雑さの一面を表している。人々は世界の動きを議論するとき、単純なストーリーを描き、すぐに結論を短絡的に決めつけがちだ。しかし、世の中はシンプルではなく、複雑さを孕み、矛盾を抱えたまま動き続けている。私にとって中国という国の面白さは、単純なストーリーで取り切りきれない、グローバル社会の根本的な矛盾や複雑さ、そして怪しさを受け入れながら、バイタリティあふれる姿で生きる人々が大勢いるところにあるのだと思う。おそらく、Higher Brothersが“Made in China”で歌ったのは、この現実の複雑さに違いない。

”My chains, new gold watch, made in China We play ping pong ball, made in China 给bitch买点儿奢侈品 made in China Yeah Higher Brothers’ black cab, made in China.”
[Higher Brothers x Famous Dex – Made In China (Prod. Richie Souf)]

Higher Brothers x Famous Dex – Made In China (Prod. Richie Souf)
Photography KLEINSTEIN

グレート・ファイアウォール、そしてそこに貼られた壁紙

中国はGDP世界2位の大国にも関わらず日本語や英語で調べられる情報はかなり限られている。ここまで毀誉褒貶が激しい国も無いだろう。日本語や英語で情報を発信している各国の中国通の嗜好は偏り、強いフィルターがかかっている。英語で調べられるものは、欧米受けしやすいオリエンタリズムの眼差しで中国を見る人たちに向けたヴィジュアルやストーリーで、日本語で調べられるものは親日や反日といった紋切り型のバイアスを通したものが多い。
「欧米メディアは中国の悪い所を誇張し過ぎです。中国メディアは中国を褒めすぎです」と語るのは中国南京市在住のドキュメンタリー作家の竹内亮だ。彼が制作した『好久不见,武汉(お久しぶりです、武漢)』というパンデミック後の武漢を撮影したドキュメンタリーはweiboで1日で1,000万回以上再生された。日本で生活する中国人、中国で生活する外国人を取り上げる、「我住在这里的理由(私がここに住む理由)」という番組も面白い。彼の配信するドキュメンタリーのように現地の人々の日々の姿を配信するメディアはまだ少ない。結局のところ、更に自分の関心に沿って「今」の情報を調べるには微博(Weibo)、大众点评(Dian Ping)、百度(Baidu)といった現地のサービスを使い、簡体字を打ち込んで調べ、そしてリアルな人と交友を持つ必要がある。慣れない簡体字を打ちながら調べていると「インターネットの限界と現実の広大さ」を突きつけられる。我々は非英語圏の世界を調べるとき、つい英語で調べたものを世界そのものだと考えがちだが、そうしたやり方で見つかるものは氷山の一角に過ぎないのだ。そこで見つかる情報は全て英語話者のフィルターを通していているからだ。
このような視点を共有できる多国籍のメンバーで構成されるデザインチームが、ジェンダーレスなユニフォームを作るレーベルBIÉDEを立ち上げた。そのプロデュース、マネジメントをクラインシュタインが行っている。コレクションのヴィジュアルは北京在住の写真家・映画監督のQuentin Shih(时晓凡/クエンティン・シー)が担当した(TOKIONでもインタビューが掲載された)。彼は「ディオール」や「ルイ・ヴィトン」といったクライアントと仕事をしながらも、欧米が期待するオリエンタリズムの眼差しにそのまま応えることはせず、欧米と中国という二項対立に対して批評的な作品を作り出している。

BIÉDE COLLECTION 01 VIDEO02
MOVIE Creative Direction by BIÉDE
Video by KANGHONG Image
Production by KANGHONG Image – YUANTING / BEIJI / KANGHONG
Music “Groovy” by SOULFRESH BEATS
© BIÉDE Photography Quentin Shih(时晓凡)

文革の後半時代に中国を訪れ、後にパルム・ドール受賞することになる映画監督の陳凱歌を含む、数々の文化人と交流を築き、中国文化を日本に紹介してきた映画研究者・文学者の刈間文俊は、とあるエッセイの中で詩について触れている。互いに信頼し合う詩人や作家たちは、かつて酒を飲みながら社会を風刺する詩や散文を披露し合っては、すぐにそれをゴミ箱に捨てたのだという。その時代の「今」を切り取った作品たちは、立ち上がったその場で儚く一瞬で消えていったようだ。
外国人のために作られた装飾の情報を掻い潜り、グレート・ファイアーウォールを乗り越える。その壁を乗り越えた先にも存在する幾重にも重ねられた膜をかいくぐると、オリエンタリズム、エスニック、イデオロギー、あるいは金や政治の話題で切り取りきれない、カルチャーの輪郭、未開の新しいシーンが存在する。

孔子は『論語』で「子曰、衆惡之必察焉、衆好之必察焉」という言葉を残した。
これは大勢の人が嫌うからといって、自分自身で確認せず判断をするな。また、大勢の人が好むからといって自分自身で確認を怠ってはいけない、という意味だ。2500年前に綴られたこの言葉は、強く今の我々にエコーする。
壁の内側でしか見ることのできないシーンはこの文章が読まれる間にも生まれている。気がつくかどうかは我々次第なのだ。

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小石祐介

株式会社クラインシュタイン代表。東京大学工学部卒業後、コム デ ギャルソンを経て、現在はパートナーの小石ミキとともにクラインシュタインとして、国境を超えた対話からジェンダーレスなユニフォームプロダクトを発信する「BIÉDE(ビエダ)」(biede.jp)のプロデュース、スロバキア発のスニーカーブランド「NOVESTA」(novesta.jp)のクリエイティヴディレクションをはじめ、国内外のブランドのプロデュースやコンサルティングなどを行っている。また、現代アートとファッションをつなぐプロジェクトやキュレーション、アーティストとしての創作、評論・執筆活動を行う。 kleinstein.com @yusukekoishi (Instagram)

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